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学年一の才女を拾ったら癒されました  作者: PPHiT
第一章

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第10話 暖かい部屋

 公園から十数分歩き、俺の家があるマンションに到着した。

 途中、通り道のコンビニで南雲なぐもが当面足りないものを買っていた。


「そう言えば、夕飯は食べたのか?」

「まだです」

「俺も作りかけだったんだよな。一緒に食べるか?」

「そこまで甘えてもいいのですか?」

「大したことじゃないだろ」

「では、いただきます」


 六階でエレベーターを降り、部屋の前に着く。

 鍵を開け、ドアを押さえたまま中へ促した。


「スーツケースは車輪を拭くから置いておいて。そこ、左に入ると洗面台。入って左がトイレで、反対側がお風呂な」

「……わかりました」


 少し緊張しているのか、南雲の表情は硬い。

 まあ、男の一人暮らしの部屋に来たんだ。当たり前か。

 車輪を拭き、俺も中へ入る。

 リビングにはカウンターキッチン。

 その前にダイニングテーブル。

 奥には広めの二人掛けのソファとローテーブル、テレビがある。

 生活感はあるが、散らかってはいない。


「お部屋、広いですね」

「ここまでは必要なかったのだけどね。条件が合わなくてさ」


 リビングに入ってすぐの部屋を開ける。

 中には端に本棚とパソコンが置いてあり、中央は空いていた。

 スーツケースとカバンをそこへ置く。


「この部屋、使っていいから。とりあえずお風呂の準備するわ。……服も洗うだろ?」

「すみません。正直、洗いたいですね……」


 洗面所に戻り、風呂の準備を始める。

 着替えを取り出した南雲に、簡単に説明した。


「女性用のシャンプーとかはないけど、中のはどれ使ってもいいから。タオルはこれ使って。まだ未使用だから安心して」

「ありがとうございます」

「洗濯機も好きに使って。俺はご飯用意してるから、ゆっくりでいいよ」


 色々あってまだ落ち着いていない南雲が、少しでもリラックスできるように言う。


「何から何まで、すみません」

「いいよ。困ったときはお互いさまだろ」

「……ありがとうございます」


 洗面所からリビングに戻り、扉が閉まる音を確認してからスマホを取り出す。

 ……シャワーの音が聞こえるな。よし。

 電話をかけると、数コールのあと、相手がでた。


「……お久しぶりです。少し問題がありまして、明日お時間を……」


 中学の頃から世話になっていて、信用できるあの人に、さっきのことを説明する。


 ◇◇◇◇◇


 Side:南雲 瀬那


 熱いシャワーで髪を洗いながら、今日の出来事を思い出していました。


(放課後から今まで、怒涛の展開で目が回りそうです。まさか私が、男性のお宅でシャワーをお借りすることになるなんて思いませんでした)


「少し、賭けに出すぎたかもしれませんね」


 思わず、素直な気持ちが口からこぼれました。

 私にとって、東條さんの家に来るのはギャンブルに等しい行為でした。委員会やプライベートで交流はあるものの、まだ彼のことはほとんど何も知りません。そんな相手の家に入り、しかも無防備にシャワーを浴びている状態なのです。


(優しい方なのはわかっています。それに、あのままあそこにいても仕方がありませんでしたし)


 今日の言動からも、見た目に反して――と言っては失礼ですが、優しい性格なのはわかります。ただ、彼も男の子だということを忘れてはいけません。

 そう思いながらも、委員会で抱きとめられたこと、公園で助けてもらったことを思い出し――また、心が跳ねました。


 顔が赤いのは、シャワーの熱にやられたせいでしょうか。それとも、別の理由でしょうか。

 ……考えないようにしているだけかもしれませんけれど。


 いつもと違う香りのコンディショナーを洗い流し、自然とそこにあったクレンジングに手を伸ばしました。顔からお化粧とすすを落とします。思ったより汚れていて、さっきまでその顔でいたことが急に恥ずかしくなりました。


(……? 何か違和感が)


 違和感を覚えつつ体を洗うと、ちょうどよく湯船にお湯が張られました。

 お湯に身を沈めると、ざぶん、と縁からお湯がこぼれ、それと同時に疲れも浮かび上がってくるようです。


(思ったより疲れていたみたいですね)


 ふう、と息を吐いて目を閉じます。肩まで浸かった身体から、疲れがじわじわと抜けていく。とても気持ちいい。

 これからのことを考えると気分が沈みそうになりますが、気持ちを切り替えようとしても、なかなか上手くいきません。


(このことは叔母様にも、ましてや両親《あの人たち》には言えませんね)


 言ったら最後、援助を打ち切られる可能性があります。最悪の場合、学園を退学させられることだって――。


(本当に、困った人たち……)


 面倒な人たちの顔を思い出し、自然とまたため息がこぼれました。


 ◇


 お風呂から出た私は髪を整え、リビングへ戻りました。

 中に入ると、ダイニングテーブルに料理が並んでいました。

 キャベツたっぷりの生姜焼き。パプリカやきゅうり、サニーレタスのサラダ。卵焼き。お味噌汁。ほうれん草のおひたし。


(いい匂い……美味しそうです)


 作るとは仰っていましたが、お相手は男子高校生です。もっと偏った食事を想像していました。

 それが予想外すぎて――思わず立ち止まり、凝視してしまいます。


「少しはリラックスできた?」

「えっ? は、はい。ゆっくり温まれまし……た!?」


 視界の外から声をかけられ、動揺しながらもなんとか答えます。

 そのまま振り向くと――エプロン姿の東條さんが立っていました。

 持ち直しかけた気持ちが、またぐらりと揺れます。


「それは良かった」

(エプロン姿が……似合っています! ピアスはあんなに多いのに)

「あとはご飯よそるだけだから座ってて。あ、その前に、これくらいで大丈夫?」

「はい、それくらいで十分です」


 お茶碗を受け取り、席に着きます。

 東條さんもご自分の茶碗を持って向かいに座り、姿勢よく両手を合わせ――。


「いただきます」

「いただきます」


 ——その言葉を、誰かと一緒に言ったのはいつぶりでしょうか。

 私も続けてご挨拶をします。


 合わせたてのひらの隙間から、温かい湯気と共に、自分一人では決して作り出せなかった『生活の匂い』が立ち上りました。


 ——随分と久しぶりです。

 一人ではない夕食。

 学校ではお友達とお昼をいただきます。けれど朝も夜も、お家ではずっと一人でした。


(一人ではない晩ごはん……本当に、久しぶりです)


 料理を一口いただきました。

 見た目だけではありません。ちゃんと美味しい。

 ……そういえば、誰かが作ったごはんをいただくのも久しぶりです。

 もちろん学食でいただいたことはありますが、それとはまったく別の温かさがありました。


 思いに沈みかけたところで、東條さんが口を開きました。


「これからのことだけど、一度大家さんか管理会社に連絡した方がいいと思うんだ」

「そういえば、不動産屋さんにはまだお話ししていませんでしたね」

「時間も遅いし、今日は仕方ないよ。もしかしたら補填とかあるかもしれないし。……ただ、その前に一人、話を聞いてほしい人がいるんだけど。一緒に来てもらっていい?」

「話を聞いてほしい人、ですか?」

「うん。こういうことに詳しい人。アドバイスももらえるかもしれない」


 東條さんは少しだけ柔らかく笑いました。


「そういうことでしたら、ぜひお願いします」

「了解」


 それから私たちは、とりとめのないお話をしながら食事を続けました。

 ——心地いい空気が、静かに流れていました。

 ——この時間が、ずっと続けばいいのに。


 ◇


 食事を終え、洗い物をしようとしましたが、東條さんに止められました。「今日はゆっくりしておけ」と。

 そして洗い物を終えた東條さんは、予想外なことを言い出しました。


「うちに布団は寝室のベッドしかないから、今日はそれを使ってな。シーツもカバーも新しいのに替えてあるから安心して」


 奥の部屋を指さします。


「それは駄目です! お邪魔している私が、空いているところで寝ます!」

「ダメ」


 即答でした。


「女の子を雑に寝かせられないし、疲れてる南雲はちゃんと寝るべき。これは譲れない。泊まるための条件だ」

「……後出しの条件はずるくないですか?」

「そういうものだ」


 恨めしく睨んでみましたが、まったく動じていません。

 ソファを借りられれば十分でしたのに。


「あと、手を出して」

「?」


 言われるまま差し出すと、ぽん、と私の手のひらに冷たい金属が乗せられました。

 シンプルなキーホルダー付きの、ディンプルキーでした。


「えっ?」

「俺の家の鍵。合鍵は誰にも渡してない。これを持って中から鍵をかけておけば、俺を含めて絶対に誰も家に入れないから」


 言葉の意味を理解するのに、一拍かかりました。


「……どういうことですか?」

「俺はこれから朝まで、外で時間を潰してくる。だから安心して寝てくれ」


 ――予想外すぎます。

 図々しく押し掛けてきたイレギュラーな私がベッドに残って、家主である彼が外へ出て行くなんて、絶対におかしいです。


「……何を仰っているんですか、駄目です!」

「南雲、よく聞いて」


 子供に言い聞かせるような、優しく諭す声でした。


「今日は本当に色々あって、君は心身ともに限界まで疲れているはずだ。今は何も考えずに、ちゃんと寝た方がいい。そのために、おれが同じ空間にいる状態じゃ、警戒して絶対に休めないだろ」


 確かに。

 頭では、そうかもしれないと思います。

 そうかもしれないけれど――。


「ここに泊まると決めて甘えたのは私です。そんなこと気にしないでください。家を出るなら私です」

「ダメ。女性と男性とでは、夜中に外で一人でいる危険度がまったく違う。これも譲れない条件。今日はいいから、ゆっくり休んで」


 有無を言わさず、きっぱりと言い切られてしまいました。


「……やっぱり、ずるくないですか」

「ずるいだろうな」


 彼は、あっさりと肯定しました。


「先に風呂入れたのも、外出づらくするためだし」

「……卑怯です」

「最高の褒め言葉として受け取っとく」


 そう言って、彼は屈託なく笑いました。


 ――本当に、卑怯です。

 そんな顔で笑われたら、これ以上反論できないじゃないですか。


「……私が、何か悪さをすると思わないのですか?」

「思わないよ。俺を信用してここまでついて来てくれたんだ。なら、こっちも君を信用しないとな」

「……ずるいです」

「ただ、嫌かもしれないけど、連絡先だけ教えて。明日起きたら連絡ちょうだい」

「あっ……」


 私が少し戸惑ったように見えたのか、東條さんが「ごめん、嫌だったか」と申し訳なさそうな顔をします。


「ち、違います。嫌ではありません。ただ――」


 少しだけ言葉を選んでから続けます。


「家までお邪魔しているのに、まだ連絡先を交換していなかったことに驚いただけで」


 本当に、嫌ではありません。

 私は学校の男子には誰にも連絡先を教えていませんので、()()()()連絡先を初めて教える異性の同級生になります。


 それなのに。

 ――まだ交換していなかったことに驚いた自分自身に、一番驚いてしまいました。

 出会って間もないのに、自然と彼とは『繋がっているのが当たり前』なのだと思っていたから。


「あぁ、確かに順番は逆だな」

「はい、そうだと思います」


 スマホを取り出し、連絡先を交換します。

 私の画面に、彼のアカウント名が登録されました。


「……私の今の番号を知っている男性は、学校では東條さんだけです」

「え?」

「……誰にも秘密にしてくださいね。いじわるさん」


 自分の口から出た言葉の熱さに、心臓が痛いほど脈打つのがわかりました。

 驚いた顔をする東條さんを見て、少しだけ意地悪が成功したような、それでいて胸の奥がぎゅっと締め付けられるような不思議な心地になります。


 頬が熱い。

 冗談めかして笑っていないと、今にも泣きそうなほど安堵している自分を、彼に悟られてしまいそうで。

 私は慌てて、視線を逸らしました。


 そのあと、インターホンの使い方を教えてもらい、東條さんは仰った通り玄関へ向かいました。


「そうだ。この部屋は作業部屋。入ってもいいけど、機材に触ると怪我するかもしれないから気をつけて」


 玄関横の部屋を指さします。


「わかりました。本当に、すみません。お気をつけてください」

「はいよ。気にすんな。それじゃ行ってきます」


 本当に、出て行ってしまいました。


 ……私が言うのも変ですが、信用するのが早すぎではないでしょうか。


 改めてお部屋を見渡します。

 やはり広いです。3LDKでWCまであります。

 『条件が合うものがなかった』とは仰っていましたが――。


「私の部屋とは、月とすっぽんですね」


 私の部屋は一応1LKですが、玄関を開けるとすぐキッチンが見える作りでした。

 お風呂とトイレも一緒です。


()()()()()()()()()()を、あまり使いたくはありませんので仕方がありませんが)


 両親《あの人たち》からの援助はありますが、大した額ではありません。

 ……嫌なことを考えても仕方がありませんね。頭を振り、思考を切り替えます。


 お洗濯した制服と下着を干し、寝る準備をします。

 ベッドを使うのに戸惑いはありましたが、あそこまで言われて使わなかったら、後で文句を言われてしまいそうです。

 そう考えた私は、意を決して柔らかなシーツの中へ身を沈めました。

 ――知らない匂いがします。


 その瞬間。

 抱きしめられた時の記憶が蘇り、また顔が熱くなりました。


(……もう)


 自分でも呆れてしまいます。

 よほど疲れていたのでしょう。

 恥ずかしさを抱えたまま、意識はゆっくりと深いところへ落ちていきました。

 外はきっと、少し寒いです。


 ◇◇◇◇◇


 Side : 東條 朔也


 マンションを出て、近くの公園まで歩く。

 誰もいないベンチに腰を下ろし、冷たい夜風に当たりながら少しだけ空を見上げた。


(……寝たかな)


 ポケットの中のスマホを取り出しかけて、やめる。

 メッセージの通知は来ていない。

 来ていないってことは、安心してちゃんと眠れてるってことだ。


「……なら、正解か」


 小さく呟いて、息を吐く。

 春の夜風は、少し冷える。

 けれど、俺が譲ったあの暖かい部屋で彼女が眠っていると思うと――不思議と、ちっとも寒くはなかった。

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