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学年一の才女を拾ったら癒されました  作者: PPHiT
第一章

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第9話 そしてプロローグへ

第9話 そしてプロローグへ



 夕飯の準備を進めていると、テレビにコンビニ限定の新商品が映った。


「これ、食べたいかも」


 最寄りのコンビニ「ロー〇ン」にはなく、少し離れた場所にある「セ〇ンイレ〇ン」限定の商品だ。

 思い立ったら吉日ということで、夕飯の準備を中断し、コンビニへ向かった。

 ――今は、その帰り道。


 昼間は少し暑くなってきたが、夜はまだ涼しい。

 夜道は静かで、さっきまで聞こえていたサイレンの残響だけが耳に残っていた。

 だらだら歩きながら、今日のことを思い返す。


(緊急とはいえ、抱きしめてしまったな)


 思い出した瞬間、体温まで蘇った気がして、思わず視線を逸らす。

 誰もいないのに。


南雲なぐもも恥ずかしそうにしていたな。悪いことをした)


 心の中で、もう一度だけ謝っておく。


(月曜日は担当じゃないし、会うこともなさそうだが……)


 そんなことを考えながら歩いていると――


「……いえ、……だい……結構です」


 ちょうど思い浮かべていた少女の声が聞こえた。

 南雲の声だ。

 耳に届いたのは、明らかな拒絶の響き。

 嫌悪を含んだその声に、吸い寄せられるように視線を向ける。

 ――こんな声、初めて聞いた。


 公園のベンチの前に、大学生くらいの男が二人立っていた。

 そのベンチには、不快感を隠そうともしない表情の南雲が座っている。

 横にはスーツケースと、大きめのバッグ。


(……ナンパか?)


 友達――という線は低いだろう。

 状況はまだ掴めない。

 だが、このまま放置するわけにはいかなかった。

 俺は、足音を殺して三人に近づいた。


「だからさー、そんな荷物持ってたら大変だろ? 持ってあげるから、どっかで休憩しようよ」

「迎えが来るので大丈夫です」

「でもさ、さっきから見てたけど誰も来てないじゃん」

「大丈夫なので、お構いなく」

「そんなこと言って、本当は困ってるんでしょ?」


 男の一人が、南雲に手を伸ばした――


「やめっ……」

「なあ」

「「!?」」

「俺の友達に、何か用か?」

「えっ?」

「呼ばれたから来たんだけど。どうした?」


 さっき聞こえた会話をなぞるように、自然を装って言う。

 それから男たちの方を向き、軽く目を細めた。

 声は低く、感情は乗せない。


(このまま帰ってくれると助かるんだが)


「あ、あんたはなんだよ」

「だから、その子の友達だよ」


 あえて名前――南雲とは言わない。

 こういう時は個人情報は極力与えない方が良い。


「友達に呼ばれたから来ただけ。何か問題ある?」

「い、いや……」

「おい、行こうぜ」


 二人は速足で公園を出て行った。

 こういう時ばかりは、この見た目も役に立つ。


 俺は南雲に向き直る。

 さっきまで強張っていた顔が、わずかに緩んでいる。

 指先が、かすかに震えていた。

 安堵しているのが分かった。

 その横には、大きなスーツケースとバッグ。

 ……よく見ると、制服が汚れている。


(なんでだ?)


「何しているんだ。そんな荷物もって、こんなところで」

「……気にしないでください」


 その横顔は、学校で見せる完璧な優等生のそれではなく、ただ途方に暮れ、今にも折れてしまいそうなほどもろい、一人の少女のものだった。

 握りしめられた膝の上の拳が、微かに震えている。


「いや、気にしないわけないだろ。困ってるんじゃないのか?」

「……ほっといてください」


 南雲は顔を背ける。

 素っ気ないというより――拒絶に近い。


 委員会の件が尾を引いている様子ではない。

 いつもと違う態度に、妙な新鮮さを覚える。

 ……と同時に、胸の奥が少しだけ痛んだ。


(……胸が痛い?)


 まあいい。

 このまま放っておくわけにもいかない。

 俺は隣に座り、コンビニで買ったカフェラテを取り出した。


「……なぜ座るのですか?」

「いや、少し休憩しようと思ってな。これ、飲むか?」


 カフェラテを差し出した瞬間、彼女の髪や制服から、微かに『焦げた匂い』が鼻を突いた。

 昼間の図書室で感じた香りが上書きされている。


「……結構です」

「そうか」

「……」

「……」


 カフェラテを飲みながら、無言の時間が続く。


「……」

「……」

「……(ちらっ)」

「……」


 様子をうかがうまま、時間だけが過ぎていく。

 結局、飲み干してしまった。


「……帰らないのですか?」

「本当に迎えが来るならな。……嘘だろ?」

「……聞こえていたのですね。はい、迎えは来ませんし、()()()()()()()()()()


 その言い方は、拒絶ではなく――諦めに近かった。


(呼ぶこともできない?)


 その言葉に違和感を覚える。

 だが、それを確かめるのは違う気がした。

 迎えが来ないなら、このままにはしておけない。

 ――さあ、どうするか。


「……」

「……」

「言いたくないのは分かるけど、このまま一人にはできないよ」

「なぜですか? あなたには関係ないことでしょう?」

「気づいてないみたいだけど――南雲のこと、まだ様子見してる奴らいるぜ」

「えっ……!?」


 南雲は周囲を見回す。

 公園の入口や中にいた何人かが、サッと視線を逸らした。


「……っ」

 視線を落としたまま、指先が膝の上でぎゅっと握られた。


「たぶん俺がいなくなったら、別の奴が声かけてくる。南雲みたいに可愛い子が制服で夜の公園に座ってたら、そりゃ目立つ」

「かわっ……変なこと言わないでください!」


 少し睨んだ顔でこちらを向く。

 ――まあ、その怒った顔も可愛いんだけど。


 ……良かった。やっとこっちを見た。これで話を進められる。


「自分が何かできたかもしれないのに、何もせずに友達が面倒事に巻き込まれたら嫌だろ? 俺は嫌だ。逆の立場で考えてみてくれ」

「……それは、そうですが」

「俺で解決できるかもしれない。話してくれないか」

「……」

「最悪、補導されるまでここにいるぞ。警察なら、まだ安心できるだろ?」

「……補導は嫌ですね」


 南雲は、困った顔と諦めた顔を半分ずつ混ぜたような、ひどく疲れた表情で――重い口を開いた。


「学校帰りに分かれた後、自分のアパートに戻ってみると……燃えていました」

「燃え……火事ってことか?」

「はい」


 目の前で居場所が燃え落ちる光景を思い出しているのか、彼女は絶望を宿した暗い瞳のまま、淡々と話を続ける。


「借りている部屋の反対側の部屋から出火したらしくて。アパート自体は半壊程度で済んだのですが、私の部屋のすぐ近くまで燃えてしまって……放水の影響で、部屋の中も完全に水浸しになってしまいました」

「えぇ……」

「無理を言って少しだけ部屋に入れてもらったんですけど、とうてい住める状態ではなくて……。とりあえず貴重品と当面必要なものだけ、急いでカバンとスーツケースに詰めて出てきました。そのあと、崩れる恐れがあるから……もう住めないだろうって消防の方に言われて」

「それで、行く当てもなくここで途方に暮れてたってわけか」

「……はい」

「制服、煤で汚れてるけど、怪我は?」

「大丈夫です。煙と、急いで荷物をまとめてる時に汚れたんだと思います」

「家族の人は無事?」

「……一人暮らしなので、私以外は問題ありません」

「……なるほど。じゃあ問題は、当面住む場所だけか」

「そうなります。正直……どうしたらいいのか……」

 彼女の細い声が、痛ましく掠れていた。


 普通なら、こういう緊急事態に最初に頼るのは親だ。

 この夜更けの時間になってもこの公園で立ち往生しているってことは――親に相談していないか、あるいは、相談できない事情があるかだ。


『呼ぶこともできません』


 さっき彼女は、確かにそう言っていた。

 実家が遠いのか、それとも――親に頼れない別の理由があるのか。俺みたいに。


「ホテルとか、他に誰か頼れる心当たりは?」

「……近場のホテルはどこも埋まっていました。それに、未成年だけだと親の同意書がどうとかで……。友達も、近くにはいないですし……。いたとしても、一日二日ならともかく、ずっと泊めてもらうわけにもいかないでしょう?」

「確かにな」


 状況からして、彼女は完全に詰んでいる。

 俺の中で、たった一つの『最終手段』は思いついているが、一般的に見ればあまりにも非常識で、いい方法とは言えない。

 口にするかどうか、喉元まで出かかった言葉を飲み込もうと迷っていると――


「すみません、困らせましたね。あとは自分でどうにかするので、東條さんは帰っていただいて大丈夫ですよ」

「うーん、それはちょっとな……」

「とは言っても、もう方法なんて思いつかないでしょ?」

「いや、あるにはある。……ただ、あまり良い案じゃない」


 言った瞬間、後悔する気がした。

 俺は視線を泳がせながら、ポツリとこぼした。


「先に言っておくけど、俺には他意も下心もこれっぽっちもない。どうか額面通りに受け取ってくれ」


 警戒されないよう、できるだけ淡々と。けれどこれから言うことの重みを考えると、俺の心臓は自分でも引くくらいうるさい。


「……行く場所がないなら、うちに来るか?」

「……えっ?」

「俺の家なら、当面は凌げる。……男の家なんて、南雲からすれば最悪の選択肢だろうけどな。でも、ここに居続けるよりは少しマシ、という程度だと思ってくれればいい」


 南雲の丸い琥珀色の瞳が、信じられないものを見るように見開かれる。


「俺も一人暮らしなんだよ。だから一人増えたくらいなら誰にも文句は言われないし、問題ない。……一応、部屋も余ってて分かれてるしな。掃除と整理は必要だけど……無理だと思ったら、いつでも出て行っていいからさ」


 自分で言っておきながら、発言のハードルの高さと胡散臭さに顔が熱くなるのを自覚した。

 俺はあえて視線を逸らす。南雲の反応が怖い。


「……」

「……」


 重い沈黙が続く。

 やはり引かれたか。耐えきれなくなり、俺は自ら口を開いた。


「ごめん、やっぱり今のはなかったことに――」

「……本気ですか?」


 逃げるように言いかけた俺の言葉を、南雲の静かな声が遮った。


「……えっ?」

「しばらくお邪魔しても……本当に、大丈夫なのでしょうか?」


 微かに震える声と共に、彼女の強い瞳が俺を真っ向から射抜く。

 疑い、迷い、そして――暗闇の中で見つけた一筋の光に救いを求めるような、切実な色。


「……嫌じゃないのか? 何度も言うけど、一人暮らしの男のところだぞ」


 我ながらしつこい問いだ。だが、最終確認せずにはいられなかった。

 南雲は少しだけ俯き、自分の指先を見つめてから、ぽつりと答えた。


「……何も考えないわけではないです。ですが……このまま一人でここに居るよりは、ずっと安全かと思いまして」


 彼女は一瞬だけ、本当に一瞬だけ、泣きそうな顔で脆く微笑んだ。

 それが、彼女なりに精一杯考えた末の結論なのだろう。

 少なくとも、少しは信用されているという事実に、胸の奥がほっと緩む。


「……そうか」

「はい」

「それなら、行こうか。ここに居ても仕方ないしな」


 促すように言い、俺は南雲の足元にあったボストンバッグを手に取って立ち上がった。

 予想以上の重みが、腕にずしっと伝わる。これを抱えてずっと途方に暮れていたのか。


「あ、自分で持てますよ」


 遠慮がちに伸ばされた彼女の手を、俺は視線で制する。


「これくらいは俺にさせてくれ。南雲はそっちのスーツケースを引いてついてきて」

「……はい。ありがとうございます」


 街灯がまばらな夜道を、二人の足音がゆっくりと刻んでいく。

 背後で響く、スーツケースのキャスターが路面を叩くガラガラという不規則な音。

 少しの気まずさと、それ以上に大きな『独りではない』という安堵を感じながら、俺たちは静まり返った公園を後にした。

 初夏の夜風が、静かに吹いた。

 ――物語は、ここから始まる。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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