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学年一の才女を拾ったら癒されました  作者: PPHiT
第二章

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第99話 彼の傷痕を抉るには

 Side:南雲 瀬那


 自殺未遂……。これで明るみになると思っていましたが、朔也くんは首を振って、「本当になっていない」と伝えてきました。


「このことは警察沙汰にもなっていない。幸いって言っていいかわからないが、目撃者もいなかったんだ」

「……あり得るのですか?」

「それがあり得たんだよ。今思えば凄い偶然だよな。……だけど、川に落ちて生き延びたそこで、俺は考えたんだ。『生き残ったんだから、このまま死ぬのが馬鹿馬鹿しい』とな。……後に精神科の先生曰く、この時に強い自己暗示をかけて、精神に異常をきたしたのではないかって。『自分は死んだ人間だから、もう何があっても恐れる必要はない』と」

「『恐れる必要がない』……もしかして、ナイフに刺された時……」


 私はストーカーのナイフを素手で受け止めていた場面を思い出します。刺さったナイフを見せ、さも何も起きていないと言った仕草の朔也くんを。


「そうだな。瀬那を守るって意味が強かったけど、躊躇わずに手で防げたのは、それがあったからだと思う。……だから、俺は正しく人間をしてないんだ。ちゃんと生きている人の人生をもらってはいけないと思っている」

「それは……そんなことはないですよ!」

「ありがとうな。でも、この話には続きがあって……死ななかった俺はとりあえず、復讐をしようと思ったんだ。とは言っても同じようなことをしても同レベルに落ちる。だから、ちゃんとした方法で復讐しようと」


 同じ手を使って復讐するということは、いじめをやり返すことになります。相手と同じ外道なことをすることは、朔也くんにとって譲れないラインだったのかもしれません。だから、合法で正しい復讐……法的措置を考えたのでしょうね。


「まず、証拠を持って弁護士を探した。……初雁や学校をどうにかしたくて。でもさ、中一のガキの話をちゃんと聞いてくれる大人は全然見つからなかった。何十件、下手したら何百件を回ってやっと――話を聞いてくれる人がいた」

「……それが、須藤先生ですか?」

「あぁ、なぜか先生は最初から親身に話を聞いてくれたよ。その後はトントン拍子だった。先生曰く『朔也くんが用意していた証拠が十分過ぎた』らしいが。そんなことはなく、先生がやり手だったからだと思う」


 その時に私が居たわけではないので、実際にはどうなっていたかはわかりません。ただ、以前須藤先生から「私が最初に会った時から、異常なほど冷静に物事を考えていましたよ」と聞いているので、私の所感だとお二人の連携自体が凄かったのではないかと感じました。


「母親に対しては傑作だったよ。『世間体を気にするのは構いませんが、私はこの状況を見て見ぬふりは出来かねます。児童相談所や国へ調査の依頼をお願いすることになりますが?』みたいな内容で納得させてたな。まだ、その時はちゃんと契約できていないのにだよ」

「本当に親身だったのですね」

「そうなんだよ。……それで、学校側にも正式に抗議を行うことができて、最終的には初雁や他のいじめていた奴らは転校をさせられ、そこまで処罰がなかった奴らからも、慰謝料を取る形で決着した」


 朔也くんが言うには、学校側に呑ませた要求の実行が、地味に大変なことらしかったとのことです。


 一、もみ消しを図った当該教員および関係者は、今後一切、鳳朔也の指導・接触・成績に関わらないこと。


 二、本件の告発、および今後のそれに類する鳳朔也の行動を理由に、内申点等の評価を不当に変動させないこと。


 三、前記の二項目が継続して遵守される限りにおいてのみ、学校側への慰謝料請求額の減額に応じ、本件を公にしないこと。


 要するに、完全な不可侵条約を結んだらしいです。

 須藤先生が担当しているので、彼の手腕の賜物(たまもの)だとは思いますが……普段の朔也くんを見ていると、これを提案したのは彼ではないかとも疑ってしまいます。


「ピアスに関しても、診断書に加えてこの条件があったから学校側から何も言われなかったんだよ」

「以前おっしゃっていた、『俺に負い目がある』がこれですね」

「そうなるな。……これで、俺のいじめ問題は終わるはずだった」

「『終わるはずだった』……? まだあるのですか!?」


 主犯と学校側の処罰を持って、この件は終わるはずですが……。よく考えたら、この内容だと、私を拒絶する理由がありません。強いて言えば、『周囲の友人が助けてくれなかった』ぐらいで、他人を信用できないという点のみです。


「加害者側の一人が、慰謝料の減額を求めて、俺におかしなことを言ってきたんだ。『俺たちは鳴鷹(なるたか)にお願いされた』って」

「鳴鷹……?」

「最初に出てきた、俺に告白してきた女子が『鳴鷹』だ」

「……えっ?」


 気づいてしまいました。朔也くんがピアスを握りしめている左手から、血が垂れています。


「朔也くん! 左手から血が出ています!」

「あぁ、強く握りすぎたか。大丈夫、たいしたことはではない」


 朔也くんは自分の手から流れる血を、まるで他人のもののように無機質な目で見つめていました。


「たいしたことないわけありませんっ!」


 私は慌てて自分のハンカチを取り出し、彼の左手を両手でぎゅっと包み込みました。

 金属が食い込んだ手のひらからジワリと血が滲んでいましたが、それ以上に……彼の大きな手は、氷のように冷たかったのです。


「この情報が出たことで、もう一度調べたんだ。長くなるから省いて結果から言うと……彼女はクロだった」

「クロ……」

「まず、告白自体が罰ゲームの一環だったらしい。本当は彼女から振る予定だったのに、俺に振られたことでプライドが傷つけられたってさ」


 罰ゲームで告白……。リアルでも行う人がいるとは……。


「私がその場にいたら、『馬鹿ですか?』って言っていますね」

「はは、そうかもな。まあ、それが気に入らなかったから、自分を好いている初雁たちが俺に絡むように噂を流した。ついでに彼らに直接泣きついたらしいぞ」

「そこまでするのですか? よくわからない感情です」


 正直な感想です。嘘ではないですが、噂を流して他の人を操ろうとする行動力……その苦労を、たった『先に振られてプライドを傷つけられた』だけのために行うとは……。その労力を他に使えばいいのに。


「俺もだよ……。正直、それだけならまだ良かった。思ったより初雁たちが動かなかったからって……」

「……まだあるのですか……え? まさか、ノートと教科書の件って」

「察しがいいな。そう、彼女がやったらしい。ただ、これは証拠もなく、俺が出した結論を彼女に問いただした時に、彼女が答えただけだ。もちろん録音はしていたが、それ以外の証拠はない。だから、彼女自身は特にお咎めがない状態だ」


 ハンカチ越しに伝わる朔也くんの手が、微かに、けれどはっきりと震え始めました。


「……この全ての件が終わって、俺が一番恐ろしかったのは、クラスメイトからの陰口でも、直接的な暴力でもなかったんだ。一番は『好意的な表情をして近づいてきた人間が、一番醜い悪意を持っていた』という事実なんだよ」

「……朔也、くん」

「鳴鷹は、俺に優しく笑いかけながら、頬を染めて俺のことが好きだと言っていた。でも……裏では罰ゲームとして俺を笑い物にしていたんだ。自分の思い通りにならなくて振られたら、今度は悲劇のヒロインみたいに泣き真似をして、初雁たちの暴力を誘導した」


 朔也くんの目が、光の届かないひどく暗く、冷たい虚無の底に沈んでいくように見えました。


「だから俺は……人の好意を信じることができない。俺の中の『そういう感情』は中一の時に完全に壊れて死んでしまった」

「そんな……」


 私の震える手から、彼が静かに、けれど強い力で手を引き抜きました。


「……瀬那、俺はお前が大事(だいじ)だ。お前の心は真っ直ぐで綺麗で、あの鳴鷹なんかとは全然違うってことは、頭では十分にわかってる。……でもな、いざお前から向けられるその好意に触れようとすると、どうしてもあの時の光景がフラッシュバックするんだ。心のどこかで、『これも俺を陥れるための嘘なんじゃないか』って、お前のことまで疑おうとする最低な自分がいるんだよ」

「……っ」


 朔也くんは、今にも泣きそうな、苦痛に歪んだ顔で私を見ています。私の想いが彼を苦しめているなんて……


「だから、俺はお前の想いには応えられない。これ以上一緒にいたら、俺のこのトラウマと壊れた感情が、必ずお前を深く傷つける。……だから、お願いだ。俺を……俺なんかのことを、好きになるな」


 私は彼が絞り出すように出した「好きになるな」という拒絶の言葉を聞き、後ろによろけそうになります。彼の声はひどく弱々しいのに、私の心を撃ち抜くのには十分すぎるほどの威力がありました。


 朔也くんの気持ちは痛いほど伝わりました。彼がどれほど傷つき、他人の好意を恐れているか。

 だから――。


「ごめんなさい――」


 ――私は、彼をそのままにしておくことなんて、絶対にできません!


「――いやですっ!」


最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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 瀬那、いい女! 偉いッ!
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