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学年一の才女を拾ったら癒されました  作者: PPHiT
第二章

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第96話 ウィークポイント

 屋台を回ること、数十分。俺はある一つの屋台の前に立っていた。弾を当てて景品を倒す遊戯、いわゆる射的だ。この系統は基本的に落とせないのが前提だが、挑戦したくなるのは男心か。


 しかし、ここは少し特殊で、コルクを弾にした銃ではなくおもちゃ売り場に売っている硬めのスポンジを飛ばす銃、通称『シューティングトイ』と呼ばれるもので射的を楽しむらしい。

 コルクよりは威力が出るのか出ないのかわからないが、景品は高価なものではなく主にお菓子やおもちゃの引換券(等級によって選べるものが異なる)を取ることができる。景品を見る限り、子供向けの射的なのだろう。


(明らかに小学生に達していない子供もいるけど、大丈夫なのだろうか)


 年齢制限のことはこの際気にしたら負けだと思ったので、野暮なツッコミは心の中だけにしておく。そんなことより祭りの楽しさの方が大事だろう。


 そんな子供向けの射的に並ぶ高校生、しかもテンションが高いときたもんだ。目立つのは当たり前だ。意気揚々と銃を構えている浩紀の周りには幼稚園から小学低学年ぐらいの子供が集まっている。


「任せろ、少年! あの菓子だな、取ってやるよ!」


 片目を瞑って片手で銃を構え、狙いをつける浩紀。どうやら狙っているのは箱に入ったスティックタイプのお菓子のようだ。二つ重ねていて安定度を増している。


「いっけえええ!」


 浩紀の威勢のいい声と共に、一発目のスポンジ弾が発射された。しかし、片手でカッコつけて撃ったからか、弾は菓子の箱の遥か上を通り過ぎ、ひな壇の奥の幕へと虚しく吸い込まれていく。


「あ、あれ……? おかしいな、風の抵抗を計算し忘れたか」


 誤魔化すように笑う浩紀に、周囲の子供たちから純粋な、それゆえに鋭い疑惑の目が向けられ始めた。


 気を取り直した二発目。今度は両手でしっかりと銃を構え、慎重に引き金を引く。

 ポスンッ。

 見事、箱の真正面に命中した。しかし、スポンジ弾は軽々しく跳ね返り、お菓子は微動だにしない。威力が足りないのか、箱の重心が下にあるのか、見た目以上に安定しているらしい。


「くっ、思ったよりも重い……! ならば端を狙って重心を崩す!」


 謎の解説を叫びながら放った三発目。箱の右端を的確に捉え、的が少しだけ斜めにズレたものの、やはり落ちる気配はない。


 そして、運命の四発目、最終弾。


「少年、見ていてくれ! これが俺の全力だぁっ!」


 渾身の弾は見事な軌道を描き、箱の上部の角に命中――したかと思えば、お菓子はくるりとその場で半回転し、見事に元の位置へ戻ってピタリと静止した。


「……嘘だろ」


 静寂に包まれる屋台の前。子供たちの「なんだ、口だけかよ」という冷ややかな視線が、膝から崩れ落ちる浩紀の背中に容赦なく突き刺さっていた。

 後ろで見ていた俺たちに振り返った浩紀は、俺と目を合わせ――


「さくえもん! 助けてよー」

「誰がさくえもんだ! すり寄ってくるな……わかった、わかったから! 落ち着け!」


 半泣きで縋りついてくる浩紀をテキトーにあしらい、俺は屋台の店主に硬貨を渡した。手渡された銃と、四発のスポンジ弾。


 先ほどの失敗を見て、一つわかったことがある。この弾はとにかく軽く、箱の上部を撃っても力が逃げて回転するだけで倒れない。

 つまり、一撃で倒そうとするのが間違いなのだ。狙うべきは重心のある下部。


 一発目。俺は箱の右下ギリギリを狙って引き金を引いた。

 ポスッという軽い音と共に、箱の右側がわずかに奥へ押される。


「……おおっ?」


 後ろで見ている子供たちの空気が変わった。

 すかさず二発目。今度は左下を的確に撃ち抜く。箱はジグザグと『歩く』ようにして、ついに台の縁ギリギリまで押し出された。


「いける、いけるぞ朔也!」


 外野で騒いでいる浩紀を無視して、俺は冷静に三発目を装填する。

 照準を合わせるのは箱の中央――やや下。迷わず引き金を引くと、放たれた弾が見事に重心を捉えた。

 ぐらりとバランスを崩したお菓子の箱は、そのままコトンと心地よい音を立てて後ろに転がり落ちた。


「お兄ちゃんすげええっ!」

「やったー!」


 子供たちが歓声を上げ、なぜか浩紀がドヤ顔でガッツポーズを取っている。お前が取ったわけじゃないだろ。

 やれやれと息を吐き、俺は手元に残った最後の一発に視線を落とす。弾は残り一発。後ろで成り行きを見守っていた瀬那たちへと向き直った。


「残り一発だけど、どれにする? 多分落ちないと思うから何でもいいぞ」

「それでは、あ」


 瀬那は子供たちのところにいる、食い入るように見ていた女の子の方へ歩いて行く。


「あなたは何が欲しいですか? 取れるかどうかわかりませんが、どれでも大丈夫ですよ?」


 幼稚園生ぐらいの女の子に、しゃがんで話しかける瀬那。その女の子は「いいの……?」と小声で答えた後、瀬那が頷くのを見て、ビシッと指をさして言った。


「あの、シール!」


 それは今話題の、女の子の中で人気がある、ふっくらとしたシールだった。

 瀬那の自然な優しさに思わず頬が緩む。俺は無言で銃を構え直し、女の子が指さした景品へと狙いを定めた。


 ターゲットのシールは、どう見ても絶対に倒れないよう、不自然に分厚く重い台紙に貼られて固定されている。目玉商品として、ただ見せびらかすために飾っているのだろう。まともに的のど真ん中を撃ったところで、この軽いスポンジ弾では何発撃っても落ちないはずだ。


(なら、狙うのは的自体じゃない……支えのバランスそのものを崩す)


 俺は小さく息を吐いて呼吸を止め、銃を構え直す。狙うのは的のど真ん中ではない。重い台紙が棚の縁に接している、ごくわずかな『底の角』――その一点へとピタリと照準を絞った。


 迷わず引き金を引く。ポスッ、という気の抜けた発射音。

 だが、俺の放った最後の弾は寸分違わず台紙の底の隙間を打ち抜き――支点と摩擦を同時に失ったシールは、見えない足元を掬われたようにクルンと回転して、呆気なく落下した。


「わぁっ! 落ちたぁっ!」

「嘘だろ……」


 女の子が目を輝かせ、ピョンピョンと跳ねて歓声を上げた。声を漏らして驚いている店主の顔は、完全に「やられた」と書いてある。

 ……悪いが、商売よりあの笑顔の方が大事だ。


 店主から景品を二つ受け取り、俺はしゃがみこんでそれぞれに手渡した。正直、俺の無愛想な顔で怖がられないか少し心配だったのだが、子供たちにとっては景品を手に入れることの方が遥かに優先度が高かったらしい。満面の笑みで受け取ってくれたので、杞憂に終わった。


「お前すごいな! よく取ったよ」

「たまたまだ。上手くいって良かったよ。さてそろそろ花火を見に行くか」


 俺たち四人は射的を後にし、人の波に入って行った。

 この時間ならギリギリ座れるはずだ……たぶん。


 ◇


 人の波に流されること数分、最初の嫌な予想通りに見事に(はぐ)れた。幸いにも二人ずつのペアで逸れたので逸れたので、女性陣が一人にならずに済んでいる。


『流されたんだけど、戻れそうにないからここで合流しよう』


 浩紀からメッセージが届き、指定の花火が見られる場所の情報が送られてきたため、そのまま瀬那と向かうことにする。

 彼女とも離れるわけにはいかないので、しっかりと手は握っている。


「足は痛くないか?」

「大丈夫ですよ。それより先ほどから前に進みませんね」


 そろそろ花火が打ち上がるためなのか、人の量が先ほどまでより増えていた。そのため道に人が詰まってしまい、浩紀たちのところへ行きたいのに全然前に進めない。

 これもしょうがないと思いつつ、その場で立ち止まっていた。


「朔也くんは大丈夫ですか?」

「俺? 俺は特に何も……強いて言えば暑いぐらいだよ」

「それは仕方ないですね」


 取り留めもない雑談をしつつ、進むのを待っていた時だった――


「でさー、ちょっと泣き真似して『あいつに酷いこと言われた』って言ったらさぁ」

「えー、最低! で、どうなったの?」

「――くんがガチギレして、あいつのこと呼び出してくれてさー。超スッキリした!」


 ――喧騒の中、無駄にクリアな声で俺の耳に届いた。


『◾️◾️泣かしてんじゃ◾️◾️よ、死◾️!』


 ――脳裏に、鮮明な光景がフラッシュバックする。


『あ◾️つマジでう◾️い。消◾️ば◾️◾️のに』


 ――苦しいという気持ちだけが俺を満たす。


『お前の◾️◾️で◾️◾️だ。も◾️◾️◾️ねーよ!』


 ドクンッ!


 その瞬間、俺の心臓が飛び出すぐらいの勢いで跳ねた。「まずい」と思った時にはもう遅く、瀬那の手を握っている右手は震え、呼吸が荒くなる。左手でピアスを触るが、あまり効果がない。


「……えっ◾️ 朔◾️く◾️! ど◾️◾️◾️したの◾️◾️!?」


 瀬那が俺に声をかけているのがわかるが、風邪をひいた時のように遠くに、水の中に入っている時のように不鮮明にしか聞こえない。


(これはまずい……このままじゃ駄目だ……!)


 歯を食いしばり、必死に大きく息を吸って呼吸を整えようとする。……駄目だ。過呼吸のように息が浅く、早くなる。冷や汗がどっと噴き出し、視界の端がぐにゃりと歪み始めた。

 だが、ここで倒れるわけにはいかない。隣には瀬那がいる。


「朔◾️くん、あ◾️◾️に行き◾️◾️ょう! ……す◾️ません、ここを通し◾️◾️◾️さい!」


 不意に、震える右手が強い力でグッと引っ張られた。

 いつもは俺の後ろを歩く小さな手が、今は人混みを掻き分けるようにして、強引に俺を先導していく。

 俺は引かれるがまま、よろける足取りでその場を離れた。

 まだ耳も、手も、心臓も、まともに機能してはいなかったが、繋がれた右手の確かな熱だけが、俺を暗闇から繋ぎ止めていた。


さあ、第二章のクライマックスへ。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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