第95話 夏祭りへ
昼食を食べた後、四人で課題を再開した。とは言っても、すっかり集中力が切れた浩紀と愛莉は、ほぼ雑談メインでダラダラとこなしている。
時折、浩紀がこちらを見ている理由はわかるが、とりあえずスルーする。
俺もそこまで長時間は集中できないので、適度に手を抜きつつ根を詰めない程度にこなしていた。この賑やかな状態で、一人だけ真面目にシャーペンを動かし続けている瀬那は流石だと思う。
「そういや今週は夏祭りが近くでやるよな? 花火が上がるやつ。みんなで行かないか?」
「そういや大きめのやつがあったな。お前ら二人で行くんなら邪魔になるだろ?」
「地元のやつは行ったからねー。別に問題ないよー。それにその祭りすっごく混むらしいから、複数人で行った方が安全かなって。ね、瀬那も行きたいよね?」
「は、はいっ! 行きたいです!」
ずっとノートに向かって集中しているとばかり思っていたが、愛莉の質問に食い気味で答えたところを見ると、思っていたよりこちらの雑談に耳を傾けていたようだ。顔を上げた彼女の瞳は、お祭りと聞いてわかりやすくキラキラと輝いている。
「瀬那も行きたいってさ! 朔も良いよね?」
「まあ、そういうことならいいけどさ。……和人も呼ぶか?」
「あー多分無理だと思う。それがさ、実は今日も和人に声かけたんだよ。そしたらさ、なんかハプニングあったらしく、忙しくて部活にもあまり出られないって嘆いていたよ」
忙しいのは仕方ないが、部活ができないぐらいのハプニングって何だろうか? 後で一応連絡してみるか。あいつにも何度も世話になっているし、何か手を貸せるかもしれないしな。
「忙しいならしょうがないな。それなら俺たちで行くとするか。……一応聞くが、浴衣とか甚平とか着る予定か?」
「私は着るよー! せっかくだしね。ひろは着ないってさ」
「持っていないからな。わざわざ買うのもなー」
よく使うならともかく、男としてはそこまでこだわらないのはわかる。甚平なら普段着にできなくはないが、俺もそこまで着ることはなさそうだ。
「瀬那は持っているの? うちにいくつかあるから貸そうか?」
「お気遣いありがとうございます。ですが一つ持っていますので、大丈夫ですよ。幸い、火事の被害にも遭わず無事でしたから」
「よかったねー! なら、当日は二人で着ようね♪」
「はい♪」
あの放火で使えなくなってしまったものは多かったが、彼女の思い出の品が少しでも無事で本当に良かった。浴衣なんて、高校生がそう簡単に買い直せるものではないので、余計にそう思ってしまう。
「二人とも、着付けは自分でできるのか?」
「私はできますよ。昔、曾祖母に教えてもらいましたからね」
「もち、私はできないよ! ママにやってもらうから大丈夫!」
(瀬那の浴衣姿か……)
少しだけ想像して、柄にもなく楽しみになっている自分がいる。
これもまた、今年の夏休みのいい思い出になると良いな。愛莉と浴衣の話で盛り上がり、横で嬉しそうに微笑んでいる瀬那を見ていると、自然とそう思えた。
◇◇◇◇◇
そして迎えた週末。リビングで瀬那の着替えが終わるのを待っていた。
俺は予定通り普段着の格好だ。だからといって完全にいつも通りではなく、少しでも浴衣に合いそうな服装にした。リネンシャツにアンクル丈のパンツ、あとはサンダルを履く予定だ。浴衣ほどではないが、和服っぽい生地だと思う。
ガチャ。
扉が開く方を向くと、瀬那が部屋から出てきていた。着ている姿はもちろん浴衣だ。
瀬那の髪色が映えるような、深みのある濃紺をベースに、柄は白い百合の花と彼女の本来の瞳の色と同じ金色の花火。ベースが濃紺なので、夜空に咲く様子を表しているのだろう。帯は明るい黄色だ。
(なんとなくだけど、彼女のことを考えて用意されたような浴衣だな)
「……いかがですか? 中学以来だったので、裾などを伸ばしたので変ではないか心配で」
「似合ってるし、可愛いと思う。長さもちょうどいいんじゃないかな。俺のセンスがいいかどうかわからんが」
「くすっ、朔也くんのセンスは悪くないですから、安心ですよ。……それに似合ってるって思っていただいて良かったです」
恥じらい含んだその笑顔に心が揺れる。
「この浴衣、ひいおばあちゃんが選んで買ってきてくれたのです。大きくなっても着られるようにって、大きめのものを、ですね」
「あーなるほどね。だから、瀬那の色に似合う色合いなんだな」
「えっ?」
「そうだろ? その深い紺色は瀬那の綺麗な髪色が一番映える色だし、柄の金色の花火は、瀬那の本来の瞳と同じ色だ。……つまり、瀬那が『生まれてからずっと持っている不変の色』を大切にできるようにって、そういう願いが込められているんじゃないかな」
俺は先ほど直感的に思ったことをそのまま口にした。瀬那の話からして、曽祖母は彼女のことをひどく大事にしていたはずだ。それなら、彼女の『異端の瞳』すらも美しく見せるような、そんな愛情のこもった一着を選んだに違いない。
「……言われてみれば、本当にそうですね。ふふっ、朔也くんは相変わらず、私のこととなると本当によく気がつきますね」
「……たまたまだ」
「ひいおばあちゃんもおっしゃってくれたら良かったのに」
「そんなもん、恥ずかしかったんだろ」
「今の朔也くんみたいに、ですか」
「……こら。調子に乗るな」
軽く瀬那の頭を叩く。「痛っ」とわざとらしく痛がった彼女は、少しムッとしたわかりやすい作った顔をしていた。
「これは DV ですね。慰謝料を請求します!」
「DV って……あなた……」
「ですので慰謝料として、今日お祭りにいる間は、ずーっと私の手を握ってもらいますね!」
それはもう『あざとい』と断言できるほど、完璧に計算し尽くされた動作だった。右手の人差し指を自身の柔らかそうな頬にぷにっと押し当て、小首をかしげながら、下から上目遣いでこちらを覗き込んでくる。
極めつけに小声で「いやです……か?」なんて甘く呟きながら要求されては、俺に首を縦に振る以外の選択肢など、初めから用意されていないも同然だった。
「……仰せのままに」
「ふふっ、ありがとうございます♪」
わかっているくせに、ひどく純粋で満足そうな笑顔を向けられてしまえば、それ以上何も言うことはできない。また俺は……この同居人に、甘い空気で流されている。
◇
浩紀たちとの待ち合わせ場所は、最寄駅から一駅で着く。自宅から歩いて行けなくもないが、混んでいるのを覚悟して電車を使う。それに加え、予定より早めに家を出ることにした。瀬那がせっかくだからと慣れない下駄を履いているからだ。
初めて知ったのだが、今はいろんな種類の下駄があって、鼻緒で痛くなりづらいものもあるらしい。
瀬那は女性らしく、鼻緒に刺繍がされている『レース下駄』というのを履いていた。やはり、普段の靴と違い歩きづらいらしいので気をつけないといけない。
「待たせたな」
「お待たせしました」
集合場所に着くと、すでに浩紀たちはいた。
愛莉も浴衣を着ているが、瀬那とは違い、生成りを基調にくすんだ水色や茶色で描かれた、大正ロマン風の矢絣や椿が描かれている。帯はそれに合うように焦げ茶色だ。
「俺たちも今来たところだから大丈夫!」
「いい匂いがするね! お腹空いてきたよ〜」
この夏祭りは花火大会も兼ねているため、来場者数が凄いことになる。当然、学校の連中が来ている可能性も高いが、逆にこの人の波ならピンポイントで見つかるリスクは少ないだろう。
それに、正直なところ……俺と瀬那が仲が良いことは、すでに隠しきれていない気がしている。だから、今更バレるバレないを過剰に気にしてもしょうがないと、ある程度は開き直ってきていた。
「――と、そう思うんだが。どうだろうか、浩紀」
「えっ!? ちょっと待って朔也、急になにさ!?」
「なんで俺の脳内での論理的な自己完結が伝わらないのだよ……。友人として幻滅だわ」
「ええっ……なんかごめん。いや待って、今のは絶対に俺は悪くなくない!?」
どうでも良いやり取りをしつつ、俺たちは瀬那たちに合流する。瀬那は愛莉にパシャパシャと何枚も別のポーズで撮られていた。
「いいねいいねー! 瀬那、最高に可愛いよ! 次、りんご飴を持った感じで、憂いを帯びた瞳で見つめて!」
「う、憂い……? こ、こうでしょうか……」
「そう! そしてそのまま『りんご飴と私、どっちが甘い?』って感じで振り返って! いたっ!」
「無茶ぶりすぎるだろ」
俺はたまらずツッコミを入れた。どうやら愛莉の脳内では、架空のアイドル写真集の撮影が始まっているらしい。
「はっ! 私としたことが、変な世界に入ってしまっていたよ。よし、とりあえず良いの撮れたから、後で朔にも送るね」
「ちょっ、ちょっと愛莉さん! 恥ずかしいじゃないですか……」
「すべて見てたから今更だろ。それはそれとしていただきます」
「さ、朔也くんっ!?」
両手で顔を隠して赤面する瀬那を置いておいて、祭り会場を見渡した。
人が多く、簡単に見失いそうなほど、ごちゃごちゃしている。人波に逆らって歩くのはほぼ不可能だ。
「とりあえず、瀬那と愛莉は俺たちから逸れないようにな」
「はい」
「はーい」
返事をする二人を見て、俺と浩紀は目線で合図するのだった。
これはフラグなんだろうなって。
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