第94話 夏休みの来訪②
仮にも進学校に通っているだけあって、二人は同世代の平均よりは勉強ができる。ここまで課題が溜まって大変なことになっているのは、ただ単純に二人の要領が悪いのと、うちの学校の授業の進み方が早いだけだ。
なので、俺や瀬那が少しヒントを教えるだけでスラスラと解ける課題の方が多い。
ただ、数時間もぶっ通しで課題と向き合えば、集中力が切れるのは仕方ない。ちょうどお昼時になったこともあり、一旦勉強会を終わりにすることにした。
二人の課題は予想以上に残っていて、早めに泣きついてきただけマシだったとしよう。これが夏休み終盤に持ち込まれていたのなら……俺でも匙を投げていたかもしれない。
「くぁ〜っ、疲れた〜。お昼はどうする? どこか食べに行く?」
浩紀が大きなあくびをして尋ねてきた。だいぶ肩が凝ったのだろう、ぐるぐると腕を回している。
「うーん、なんの予定だったんだっけ、瀬那?」
「おい、南雲さんに投げっぱなしだったのかよ」
「わりーかよ」
「ふふっ。元々、今日のお昼は私が作る予定だったのですよ。昨晩はバイトが入っていて、朔也くんが夜ご飯を作ってくれましたから。昼食はパスタの予定だったのですが……四人分となると、少し材料が足りないですね」
当たり前だが、瀬那がバイトで遅くなる時は俺が料理を作ることがほとんどだ。それが彼女としては申し訳ないらしく、瀬那はそれ以外の食事はできる限り自分でやろうとしてくれている。俺としては別に気にする必要はないのだけどな。
冷蔵庫の中身を確認して困った顔をした瀬那を見て、浩紀は「あー」と言いながら納得したように手を叩いた。
「俺らが急に来たせいかー。よしっ! 朔也、ちょっと買い出しに行くぞ!」
「俺もかよ……まぁ、仕方ないか」
真夏の炎天下に瀬那を行かせるわけにはいかないので、俺は浩紀の提案にのることにした。こいつは近くのスーパーの場所を知らないだろうから、道案内も兼ねてだ。
……ただ、理由はそれだけではない。
「すみません、必要なものをいつも通りメッセージで送っておきますね」
「あぁ、頼むわ」
「『いつも通り』って、すっごく新婚さんっぽくて何か良いよね〜♪」
後ろで愛莉がからかうように何か言っているが、とりあえず無視をしておく。瀬那は愛莉の言葉を素直に受け取ってしまい、顔を真っ赤にしていた。
◇
マンションのエレベーターを降り、外の熱気に当てられた時、俺は横を歩く浩紀に尋ねた。
「で、何かあったのか?」
「あぁ、少し気になってな」
さっき「買い出しに行く」と提案をした時、浩紀は瀬那たちには見えない角度で、俺の脇腹をツンツンと小突いていたのだ。つまり、男同士で話したいことがあるという合図。それがあったから、俺も素直についてきたというわけだ。
「南雲さんの前でする話じゃないかなって思ってな。……ストーカーの件、一応解決して良かったな。後味は悪いけど」
あのストーカーが殺害されたという事実は、協力をお願いしていたこいつらにはすでに連絡済みだ。反応はまちまちだったが、浩紀たちはストーカー犯に直接会ったことがないこともあり、どこか TV の中の出来事のように感じていたのか、ひどくショックを受けるような奴はいなかった。
「正直な話、瀬那の手前言えなかったけど、自殺じゃなかったのは本当に良かったと思ってる」
「……南雲さん、そういうのめちゃくちゃ気にしそうだもんな」
「そうなんだよ。……人が死んでるのに言うことじゃないけどな」
「まあ、しゃーないだろ。お前にとっては南雲さんの方が大事やしな」
瀬那の方が大事なのは当然だが、こいつの口からそう言われるのは何か釈然としない。俺は軽く肘で浩紀の横腹を小突いておく。
「いてぇよ。まあ、暗い話はここまでにして、楽しい話しようぜ! 海に行ったんだろ? 南雲さんの水着姿はどうだった!?」
「話の落差が酷いな……お前に言うわけないだろ」
「くくっ! 隠すってことは、相当お楽しみだったみたいだな!」
「……」
腹が立ったので、とりあえずもう一度、横腹を叩いておいた。
叩かれた浩紀は「あははっ」と笑いながら身をよじっていたかと思うと、急に真面目な顔つきになって俺に尋ねてきた。
「なぁ、結局のところ。お前は南雲さんのこと、どう思ってんだ? 好きなのかよ?」
「……なんだよ、急に」
「いいから答えろって。これについては、ダチとして確認しておかないとダメなんだよ。お前、彼女いるわけではないんだろ? 事情はなんとなく理解できるけどさ、普通に考えて高校生の男女が親の目もなしに一緒に住むって、結構常識から逸脱してるんだぜ。お前なら、わかっているとは思うけどさ」
珍しく真剣なトーンで語る浩紀に、俺は少しだけたじろぐ。こいつの言っていることは正論だし、俺自身、意図的になあなあにして目を逸らしていた部分だったからだ。
「保護者が叔母さんなんだから、本来なら責任は叔母さんが取るべきだ。ただ、どうしようもない事情があるのはなんとなくわかる。だからお前が受け入れてるんだろうしな。南雲さんが悪い奴には見えないから、お前が騙されてるとも思わない。……だからさ、ここまでお前がやるなら、それ相当の『理由』がないと親友として納得できないんだよ」
そこまで一気に言って、浩紀は少し言葉を選ぶように一拍おいた。
「嫌な言い方になるけどさ……今のところ、朔也にはこの同居のメリットが何もないだろ? お前の性格からして、自分に得がない状態を簡単に受け入れるとは思えないんだよ。これが単純に『南雲さんのことが好きだから助けたい』って理由なら俺も納得できるし、全力で応援できるし、後押しだってできるし……」
浩紀が言いたいことはわかる。俺自身、第三者の目線で『東條朔也』の性格を分析したら、今のように助ける可能性は極めて低いと判断するだろう。
あの日、公園で途方に暮れる瀬那を見つけたとしても、普段の俺なら『親族に無理にでも連絡』させるか、『一度距離を置いて警察を呼ぶ』だろうな。
俺が彼女を家に連れ帰った答えは簡単だ。二つある。
一つはわかりやすい理由だが、もう一つは最近になって気づいたことだし、俺自身にもまだ確証がない。
それにしても、浩紀がまさか俺の性格まで加味して、真剣に心配してくれていたとは……。
「……お前の言いたいことはわかった。ちゃんと俺なりの理由はあるよ。あいつの事情までは詳しく言えないが、俺の事情の方はそうでもない」
「さすがに、俺も本人の許可なく聞かないよ」
「わかってる。だからとりあえず俺のことを話そうか。俺がなんで一人暮らしなのかから――」
俺は、以前に瀬那に話したことと、彼女が態度で感づいているであろう事実を浩紀に話した。母親と仲が良くない事と、再婚についての話だ。
「――と言うことだ」
「なるほどな。つまり、お前は居場所のない南雲さんにシンパシーを感じたんだな」
「シンパシーって……いや、まあそうなのか」
「そうとしか言えないだろ。まあ、とりあえずお前が自分の意思で助けた理由は納得できたわ。……なんとなく、言葉にしていない理由が他にもありそうだけどな」
こいつもこいつで、妙に勘が良い。
「それは置いておいて……で? 結局好きなの? Love なの?」
「お前、まだ言うか……」
ため息をついて浩紀の顔を見ると、冗談で言っているのではなく、マジで言っているのだと分かった。顔は笑っているが、目が一切笑っていない。友人としての真剣な目だ。
「……どうしても、言わないと駄目な感じか?」
「おう! マジでお前が思ってるより重要なことなんだよ、これは!」
「それが意味わからんのだけど。はぁ……わかったよ。瀬那にはもちろんだけど、愛莉にも絶対に言うなよ。約束できるか?」
「あぁ、男の約束だ」
俺は観念して、自分の今の本当の気持ちを正直に浩紀に話すことにした。他人の目から見て、この関係がどう捉えられるか、俺自身気になっているのは本当だ。
多分、俺の口から出る言葉は、浩紀の予想とは違う答えになるだろう。




