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学年一の才女を拾ったら癒されました  作者: PPHiT
第二章

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第92話 冷静さが逆に胡散臭いらしい

 Side:南雲 瀬那


 あの夢のような金沢旅行から数日後。私と朔也くんは警察署に来ています。

 旅行から帰ってきた()()()、彼から「ストーカーが亡くなった」という衝撃的な事実を教えられました。そして今日は、警察からその詳しい説明をするということで集められたのです。


 警察署の入り口で須藤先生と合流し、そのまま会議室へと通されました。()しくもそこは、私がストーカー被害に遭あsった事件当日に、事情聴取を受けたのと同じ部屋でした。

 中には槙野警視を始め、数人の刑事さんがいらっしゃいます。


「わざわざお越しいただきありがとうございます。どうぞおかけしてください」


 私たちは促されるまま、パイプ椅子に並んで座りました。

 どうしてもあの夜の恐怖がフラッシュバックして緊張してしまい、隣に座った朔也くんの手を握ってしまいましたが、朔也くんは何も言わず、優しく握り返してくれました。――彼の手のひらの確かな温もりに、ホッと息をついて安心します。


「では、話を始めさせていただきます。ご連絡した通り……約一ヶ月前にあった事件、南雲さんのストーカー加害者である『素十範』が、先日殺害されました」


 事前に知らされていたとはいえ、警察の方の口から直接その言葉を聞いた瞬間、私はビクッと肩を跳ねさせ、朔也くんの手を力任せに握りしめてしまいました。自分の鼓動が、痛いほど早くなるのがわかります。

 朔也くんが「大丈夫だ」と伝えるように力強く握り返してくれなかったら、きっと呼吸困難になっていたかもしれません。


「犯人はまだ捕まっていません。彼が亡くなったと思われる日、ルナポート付近で、何者かから逃げている素十の姿が多数の人に目撃されていました。ただ、その犯人の姿を見た者は誰もおらず、周囲の監視カメラを追ってみても、追跡者の姿は一切映っていなかった。凶器は見つかっていますが、そこから指紋は出ていません」

「……そのような詳細な内容を、私たちに話してしまってよろしいのでしょうか?」


 サスペンスや推理ドラマでしか聞かないような言葉の羅列に、須藤先生が冷静な声で疑問を呈しました。確かに、ただの被害者である私たちに捜査情報を話して良いのかは疑問です。


「大丈夫です。素十が夜の街を逃げ回っている姿は、すでに SNS でいくつも動画が公開されているので、警察としても隠せるものではありませんから」

「……今回は、 SNS に上がっているのですか?」

「ええ。いくつも拡散されています。これも、妙な点なのですよね……」


 疑問をぶつけたのは朔也くんでした。

 私はメッセージアプリ以外ほとんど SNS を使用していないので、話の意図についていけません。後で彼に尋ねたら、「瀬那が被害に遭った時は、ネット上で情報が全く広がっていなかった。それなのに今回の件は拡散されていて、不自然だった」と教えてくれました。朔也くんの洞察力には本当に驚かされます。

 そのまま、槙野警視は真剣な表情で話を続けます。


「――と言うのが、現在わかっていることです。皆さんに話せるのはこの辺りまでですね。幸い……と、警察の私から言うわけにはいかないのですが、結果として南雲さんが今後、素十から襲われることはなくなったのだけは確かかと」


 結果から言えばそうなります。旅行で忘れかけていましたが、私は彼から逆恨みで狙われるかもしれない状態でした。今後はその心配をしなくて良いというのは、助かりますが……。人が一人亡くなっていることを考えると、素直に喜べないですね。


「……それで、東條くん。気分を悪くしないで聞いてほしいのですが。事件があった期間、君はどこにいたか教えていただけませんか?」

「えっ!?」

「槙野警視、それは朔也くんを疑っているということですか?」


 私は槙野警視の言葉の意図がすぐには理解できませんでした。須藤先生が険しい顔で問いかけてから、数秒遅れてやっとその意味に思い至ります。


「さ、朔也くんがそんなことするわけないじゃないですかっ!」

「それは……」


 私はガタッと立ち上がり、申し訳なさそうな顔をしている槙野警視に、詰め寄る勢いで前に乗り出します。

 ですが、朔也くんと繋がったままの手が、彼によってクイッと軽く下へ引かれます。


「……落ち着け、瀬那。これは警察として当たり前の確認だから」

「朔也くんっ!?」


 当事者である朔也くんが一番冷静なのが、私には意味が分かりません! 彼は今、殺人事件の容疑者として疑われるようなことを言われているのですよ!?


「東條くん……あなたは、本当に冷静なのですね」

「冷静と言われても……正直、奴が死のうが生きていようが俺としてどうでも良かったので。一番大事なのは、瀬那に危害が及ばないかどうか、それだけですから」

「さ、朔也くん……?」


 朔也くんは合理的な考え方をしているのはよくわかっています。取捨選択と言うか、自分にとって大事なものや譲れないもの以外は、どうでも良いと考えている節があります。その『どうでも良いもの』の中に、自分の怪我が入っているのはどうかと思いますけどね……。これも彼にとってあの夜に言っていた『優先度』なのかもしれません。

 ただ――。


「先ほど言っていた『当たり前の確認』って、どういうことですか?」

「……単純に考えると、素十の近々の出来事はストーカーの件だと思う。奴はつい最近まで病院や警察に拘束されていたから、新たに追加されていないだろう。そうなると、そのストーカーの件で被害を受けた俺が『仕返し』として犯行に及ぶ線を、警察が疑うのも不思議じゃないってことだ」

「言われてみればたしかにそうですけど……。自分のことなのに、冷静に考えすぎではないですか」

「そこは気にすんな。……それで警視。アリバイを確認されるのは構いませんが、事件があったのはいつ頃ですか?」


 そう言えば教えてもらっていませんでした。旅行から帰ってきた日に連絡を受けていたので、少なくともそれ以前になります。


「……七月三十日の夜から、三十一日の朝にかけてよ」


 少し訝しむ目をしていた警視に違和感を覚えつつも、その期間なら――


「その期間なら、私とずっと一緒にいたので確固たるアリバイがあります! ね? 朔也くん!」

「落ち着けって……。瀬那と一緒にいただけだと、アリバイ証明にはならないと思うぞ。……そうですよね、槙野警視?」

「そうね。南雲さんの証言だと、やや弱いですね」

「なんでですか!?」


 意味が分かりません。金沢で朔也くんと二人で、ずっと一緒に旅行をしていたのは本当なのに……。


「単純な話です。警察の調書上では、南雲様と東條様が『恋人』ということになっているからです。家族や恋人の証言は、庇っている可能性が高いため、法的にアリバイとしてカウントされないことが多いのです」


 私を挟んで朔也くんの反対側に座っていた須藤先生が答えてくれました。

 確かに、警察に説明した内容では私たちは恋人だということになっていましたね……。まさかこんなところで、その設定のデメリットが出てくるとは。……でも!


「私たち、本当は付き合っていませんよね!?それでも駄目なのですか?」

「夫婦と違って、恋人と言う括りは証明が曖昧ですからね。それに……私からしたら、お二人はどう見ても恋人同士にしか見えません。ここで今更『付き合っていない』と主張しても、槙野警視は納得しないでしょうね」

「ええ。第一、親戚でもない高校生の男女が同じ屋根の下で同居している段階で……ねえ?」


 苦笑いをしている警視を見て、私は顔から火が出るかと思いました。

 困った事になったと思いつつも、今はそれどころではないと理解していますが、周りの大人たちから『恋人にしか見えない』と言われたことが、不謹慎にも少しだけ……嬉しいと感じてしまいました。


「瀬那、大丈夫だからさ。取り乱すのもわかるけど、とりあえず座って落ち着いて」

「さ、朔也くん……」


 私は泣きそうな気持ちになってしまい、朔也くんを見つめるしかありませんでした。いつも助けてもらっているのに、このような時に役に立てないとは……情けないです。


「槙野警視、とりあえずですがその期間だと俺……というか俺たちは、金沢にいました。瀬那と離れていたのは長くても入浴時間ぐらいです。そのわずかな間にこちらまで戻って、素十を探し出して殺害し、もう一度金沢へ戻るのは時間的に普通は無理かと。夜中だと新幹線の時間も難しいですね。……物理的なアリバイとしては、ホテルの監視カメラをご確認ください。ロビーか大浴場前の監視カメラに映っているか、逆に映っていないことがアリバイになると思います。カメラは部屋の前にもあったかもしれません」

「金沢ですか……なるほど、それならアリバイになりそうですね。……えっ? お二人で旅行してきたのですか?」

「そうです。理由は大したことではないのですが、強いて言えば夏休みなので」


 たしかに監視カメラに映っていれば絶対的なアリバイになります! さすが朔也くん! 良く気づきますね!

 そのあと、朔也くんは淡々と泊まっていたホテルの情報を槙野警視に伝えていました。それに加え、覚えている限りの細かな動向も教えています。私の記憶も同じようなものでした。……あの夜のソファでの出来事など、適度に濁してくれたところもありましたが……思い出しただけでも顔が熱くなります。


「……わかりました。二人の反応からして間違いは無さそうですね。念のためこちらでも裏はとるかと思います」

「それで疑いが晴れるなら、お願いします」

「はい。……それにしても、君はもう少し動揺はないのですか?」


 槙野警視の抱いた疑問は、私も同じことを思いました。ただ、この状態になった朔也くんを知っている側からすると『朔也くんらしい』と、納得できてしまうのもたしかです。


「先ほども言いましたが、ヤツの顛末は正直どうでも良いからですから。……どちらかと言うと、犯人が無差別の通り魔なのか、それとも素十への怨恨の線なのかどうかの方が気になります」

「……それは南雲さんに被害が出る恐れを心配して?」

(……私?)


 私の名前が出たことで困惑しました。……私も少し冷静に考えてみたほうがよさそうです。


「第一はそうですね。あとは単純に治安が悪いという意味での心配ですかね」

「朔也くん……犯人の動機に、私が絡んでいる可能性があるということですか?」

「うーん、何て言ったら良いかな。槙野警視が俺を疑ったのと同じで、『瀬那がこれから危険な目に遭わないように』って意味での犯行の可能性もあるし、逆に『俺の瀬那に何しているのか!』って可能性もある。どちらにしろ、新たなストーカーが生まれる可能性が出てくる。……逆に、ただの通り魔なら直接は関係ない。……『ただの』って言っては駄目だろうけどな。まあ、可能性だけならいくらでも言えるからあまり気にしなくて良いと思う」

「……そんなこと言われても、気になりますよ」


 新たにストーカーができるのは嫌ですから、通り魔の方が……いや、どちらもダメです。


「可能性って言う意味なら、通り魔か瀬那とは関係ない怨恨の線の方が高いって印象かな。もし、瀬那が関わっているなら、俺と一緒にいる事とか、ストーカー被害の段階で何かしらアクションしているはずだ」

「……頭がこんがらがってしまいます」

「そうだな。だから変に意識せずに、今まで通り防犯に気を付ければいいんじゃないか。見えない相手の影に怯え続けても、気持ちがまいってしまうだけだからさ」

「はい……」


 不安になる要素はたくさんありますが、朔也くんの言う通り、考え過ぎても仕方ないですね。私にできる防犯から、しっかり始めましょう。


 ◇


 警察署を後にし、須藤先生の車に乗りました。どうやら送ってくれるようです。


「須藤先生、気になったのですが。朔也くんは最初から今日みたいに、異常なほど冷静だったのですか?」

「『異常』って……」

「そうですね……少なくとも私が最初に会った時から、冷静に物事を考えていましたよ。自分のことを俯瞰して見ていると言った状態です。……どう考えても、中学一年生には見えないほど、おかしかったですね」

「ちょっと、二人して酷くないか?」


 朔也くんは先ほどの警察署での冷徹な顔とは打って変わって、普通の男子高校生らしい不満げな表情をしています。頼もしくて冷静な時はそれで格好いいですけど、やっぱりこういう普通の男子高校生らしい表情を見せてくれる時も、絶対に必要だと思います。


「さて、今日これからですが、二人は用事がありますか?」

「いえ、特にありませんけど……」

「そうですか、それでしたらこのまま私の家に行きましょうか。……美里(みさと)が待っていますので」

「えっ!?」


 横にいる朔也くんが、ガバッと前のめりになって驚いていました。こんなに動揺している姿は珍しいです。

 ……それよりも。ミサトサン、ッテ、ダレ?


「最近、一緒に食事をしていないではないですか。それで美里がどうしてもって言っててね。……拒否権なしの強制です」

「マジか……」


 須藤先生が、目を逸らしています。どうにもできない、諦めているような表情です。朔也くんも頭を抱え、完全に諦めているような……。


「あの……『ミサトさん』って、どなたですか?」

「南雲さんには言っていませんでしたか、私の妻ですよ。朔也くんとも何度か会っていますし、食事をするぐらいの仲ですね」

「奥様でしたか」


 須藤先生の言葉に、私は胸を撫で下ろして安心した気持ちになりつつも、朔也くんがげんなりしている理由がわかりません。でも、先生の奥様なら、ご挨拶に伺ってもとくに問題はないと思いますが……。


 ――すぐにその『げんなりしている理由』を嫌というほど知ることになるとは、この時の私は思いもしませんでした。

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