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学年一の才女を拾ったら癒されました  作者: PPHiT
第二章

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第91話 金沢旅行の終わりと予想外な連絡

 三日目の朝。ビュッフェで美味しい朝食をとった後、俺たちは部屋に戻って帰宅の準備を始めた。

 たった二泊三日の旅行だったはずなのに、もっとずっと長く居たような、不思議な充実感がある。……せっかくだから、ルームサービスをしておけばよかっただろうか。


「このお部屋とも今日でお別れですね。とても過ごしやすかったです」

「さすがスイートって感じだったな。広すぎるくらいだし、普通にここに住めるよな」

「ふふっ、そうですね」


 忘れ物がないか部屋中を再度確認し、スーツケースの鍵をカチャリと閉める。乱れたベッドやソファのクッションを簡単に整えれば、あとはフロントでチェックアウトをするだけだ。


「今日も陽が強そうですね。目が痛くなりそう……。ここまで日差しが強いと、サングラスが欲しくなります。効果があるのかどうかはわかりませんけど」

「効果あるだろ。使ったこと……あっ!」


 俺はハッとして、せっかく閉めたスーツケースの鍵を再び開け、中から直方体のケースを二つ取り出した。


「……完全に忘れてた。日傘を差してたから、そこまで気にならなかったしな……」

「ま、まさか!」

「はい、サングラスです」


 それぞれのケースを開くと、シックなデザインのサングラスが姿を現した。俺は普段かけているメガネを取って、片方のサングラスを身につける。そしてもう片方を、瀬那へと手渡した。


「ほら、こっち使ってみて」

「ありがとうございます。……あの、同じようなのが二つありますけど、何か違いがあるのですか?」


 瀬那は手渡されたサングラスを、不思議そうにじっと見つめている。


「あぁ、俺がつけてる方は度入りレンズにしてあるんだよ」

「なるほど」


 納得したように頷き、瀬那がサングラスを顔にかけた。――その途端、彼女が完全に『ギャル』に見えてしまった。

 綺麗な亜麻色の髪が、金髪っぽく見えるのも影響しているのだろう。だが、いつもの清楚で真面目な瀬那を知っているからか、それとも小柄な背丈のせいか、どこか『必死に背伸びをしているギャル』のようで、なんとも言えず可愛らしくて微笑ましい。


「……何か変なこと考えていますね」

「そ、そんなことないぞ」

「嘘ですね」


 サングラス越しでもわかるほどのジト目で睨まれたら、観念するしかない。


「……良い感じに、ギャルに見えました」

「『良い感じに』ってなんですか! むぅ……朔也くんも良い感じに、はん……半グレに見えますね……ふふっ」

「笑うなよ。ギャルと半グレ……良い組み合わせだな」


 俺は自嘲気味に息を吐いた。真っ黒なサングラスをかけ、両耳には計九つのピアス。隠しているとはいえ、左手の傷痕もあるのだから彼女の言う通り、客観的に見れば完全に『そっちの筋の人』だろう。

 俺はサングラスの奥で、明後日の方向に冷めた視線を向けるのだった。


 ◇


 チェックアウトを済ませた後、『ひがし茶屋街』へと向かった。

 支払いの際に副支配人がわざわざやってきて、初日の部屋の手違いについて再度謝罪されたが、もう過ぎたことだ。むしろあの手違いのおかげでスイートルームを満喫できたのだから、こちらとしては感謝したいぐらいである。丁寧にお礼を告げて、俺たちはホテルを後にした。

 ……そう言えば、あのミスをしたフロントスタッフは初日以降まったく姿を見ていない。まあ、俺が気にすることでもないか。


 ひがし茶屋街へ向かうため、まずは金沢駅で一旦スーツケースを預け、そこからバスに乗り込む。

 隣に座る瀬那の亜麻色の髪には、俺が誕生日プレゼントで贈ったディープブルーのヘアクリップが留められていた。似合っているとは思うが、自分の選んだものを身につけてもらうというのは、どうしても少し気恥ずかしさが勝つ。


 バスに揺られること十数分。金沢の伝統が息づく『ひがし茶屋街』。そこは、一歩足を踏み入れた瞬間に時間が数百年前へと巻き戻ったかのような、不思議な錯覚に陥る場所だった。


「わあ……! 朔也くん、見てください。本当に、街全体がタイムスリップしたみたいです」


 隣を歩く瀬那が、目を輝かせて声を弾ませた。彼女の視線の先には、美しい木虫籠(きむすこ)と呼ばれる細かい出格子(でごうし)が続く、木造二階建ての町家が整然と並んでいる。

 足元に続く石畳(いしだたみ)は、午後の柔らかな光を反射して、しっとりと落ち着いた情緒を醸し出していた。


「そうだな。これだけ並ぶと、壮観だ」


 そぞろ歩きを楽しむ観光客の喧騒さえも、ここではどこか遠い世界の出来事のように感じられる。時折通り過ぎる人力車の車輪の音が、乾いたリズムを刻んで石畳に響いた。


「それで、朔也くん。……あの、あそこ」


 瀬那が遠慮がちに指差したのは、店先に『金箔』の文字が躍る甘味処だった。金沢に来たからには避けては通れない、あの()()が目当てなのは明白だ。


「金箔ソフトか。よし、行ってみるか」

「はいっ!どんな味がするのですかね、気になります」


 注文して手渡されたのは、ソフトクリームの白い山を、文字通り一枚の大きな金箔が丸ごと覆い尽くした、豪華絢爛の一品だ。


「……これ、本当に食べられるんですよね? なんだか手を付けていいのかわからなくなります」

「味はしないらしいけどな。ほら、溶ける前に」


 意を決したように瀬那が口を開き、ソフトクリームにそっと唇を寄せた。


「んっ……ふふ、唇に金箔がついてしまいました。……どうですか? 朔也くん」


 いたずらっぽく微笑む彼女の唇と歯に、薄い金の破片がキラリと輝いている。その無邪気な姿に、心臓が少しだけ跳ねたのは内緒だ。

 俺は湧き上がる照れを誤魔化すように、何気ない動作で素早くスマホを取り出して――


 パシャ。


「……っ! 朔也くん!」

「ここで撮らないでどこで撮るのさ」


 スマホ越しにいつものジト目で睨まれたが、このシャッターチャンスを逃すわけにはいかない。この一枚も、いつか良い思い出になると思う……だから、顔を真っ赤にして俺の肩をポカポカと殴るのはやめてほしい。揺れるから俺のソフトクリームが落ちるから。


「むぅ……! なら、私も撮りますからね!」


 俺が食べようとすると、瀬那はすかさず自分のスマホを構えて仕返しとばかりにシャッターを切ってきた。

 一口食べると、濃厚なミルクの甘みと、唇に触れる金箔の紙のようでありながらスッと溶けていく不思議な感触。それはまさに、金沢でしか味わえない特別な体験だった。


 甘いものの後は、香ばしい香りに誘われて路地裏へ。

 炭火で焼かれる醤油の香りが鼻腔をくすぐり、今度は串に刺さったお団子を買い求める。

 石畳の角に立ち、温かい団子を頬張りながら、格子戸の隙間から漏れる三味線の音に耳を澄ませる。


「贅沢な時間ですね。……なんだか、ずっとここにいたくなってしまいます」


 食べ歩きの満足感と、美しい情景に満たされた心。

 瀬那の横顔を眺めながら、俺はこの穏やかで贅沢な時間が、少しでも長く続いてほしいと願わずにはいられなかった。


 ◇


 帰りの新幹線でも、瀬那は案の定ぐっすりと眠ってしまった。金沢駅を出発してすぐに肩へ寄りかかってきた彼女は、乗り換え駅で降りた時「また寝てしまいました……」と、とても残念そうな顔をしていた。

 だが、俺としてはそれだけ無邪気に楽しんで、疲れてくれたのだと思えるので、素直に嬉しい。急に決まった旅行だったから、どこまで上手くエスコートできるか心配だったのだけど、どうやら杞憂だったようだ。


 今夜はさすがに自炊する気が起きなかったので、降りた駅で駅弁を買って帰ることにした。これもまた、旅の醍醐味だろう。

 二人並んでスーツケースを押しながら家路につく。まだ少し空が明るい、通り慣れた帰り道をガラガラと音を立てて進んで行く。


「ただいま」

「ただいまです。……そして、お帰りなさい、朔也くん」

「え? あぁ……瀬那も、お帰り」


 並んで靴を脱ぎ、家に着くなり荷物をある程度整理する。早くやりたかったのか、瀬那に急かされて、旅行中の洗濯物を抱えて洗面所へ向かっていった。洗濯機のスイッチを押し終える頃にはすっかり夕食の良い時間になり、二人でダイニングテーブルに向かい合って駅弁の蓋を開けたその時だった。


 ヴヴヴヴ……、ヴヴヴヴ……。


 マナーモードにしていた俺のスマホが、テーブルの上で低く震えた。ディスプレイを見ると、『須藤 明』という文字が表示されている。

 こんな時間にかかってくるなんて珍しい。瀬那に「ごめん、ちょっと電話出てくるわ」と一言伝えてからリビングを出て、玄関前まで移動した。


「はい、朔也です。こんな時間にどうかされましたか?」

「こんばんは、朔也くん。……今、電話口で話しても大丈夫ですか?」


 声のトーンから、ただの世間話ではないのは明白だ。張り詰めたような、ひどく真剣な響きに、俺の背筋がスッと冷たくなる。


「はい、大丈夫です。一人で玄関にいますから。……何かありましたか?」

「……ありました。驚くと思いますが、冷静に聞いてください。実は――」


 電話の奥で、先生が深く息を吸い込む音が聞こえた。

 そして、一瞬の重い静寂の後、彼は非情な事実を告げた。


「――素十範が殺害されました」


最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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