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海の民 第一章  作者: 来栖 傳
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吉備の国

一説ではヤマト王権を超える勢力さえ持っていたとされる吉備の国ですが、神話では何度も謀略に削られ分断されてしまったそうです。この物語では、そうはなって欲しくないものです。

次に向かったのは、岡山の吉備きびの国。

ここの領主、吉備津彦キビツヒコは、出雲のオオクニヌシとは対照的な、冷徹な戦術家であり、弓の名手であった。

「中央のタジカヲめ、海の民に誑かされおって。ツヌガとやらが本物の『鬼』ならば、我が弓と、我が精鋭——『犬・猿・雉』の二つ名を持つ者たちで退治してくれよう」

吉備の陣へ近づくカンジの前に、突如として雨のような矢の嵐が降り注いだ。キビツヒコが放った、一糸乱れぬ斉射である。

「なるほど、良い弓だ」

カンジは呟くと、担いでいた棒を猛烈な速度で回転させ始めた。

シュシュシュシュシュシュッ!!

凄まじい風切り音と共に、飛来するすべての矢が、カンジの数歩手前で叩き落とされていく。一本たりとも、彼の衣服に触れることすらできない。カンジはそのまま、平然と矢の嵐の中を歩いて前進してくる。

「ば、化け物か……! 近接班、突撃!」

キビツヒコが驚愕しながら叫ぶと、「犬・猿・雉」の異名を持つ吉備の俊敏な精鋭部隊が、三方から同時にカンジの死角を突いて躍り出た。

しかし。

「お前たちの動きは、少し軽すぎるな」

カンジの棒が、まるで生き物のようにしなった。

鋭い踏み込みから放たれた一撃は、三人の武器だけを正確に、そして凄まじい衝撃と共に弾き飛ばした。三人は道具ごと身体を吹き飛ばされ、地面を転がっていく。

気がつけば、キビツヒコの鼻の頭に、カンジの木棒の先端がそっと触れていた。

「……勝負あり、だな」

カンジが爽やかに微笑む。

キビツヒコは冷や汗を流しながら、弓を落とした。

「あの矢の嵐を棒一本で……。俺は鬼を退治するつもりだったが、本物の鬼の懐に入られては、どうしようもないな」

そこへ、シオジが台車を押してやってきた。

箱を開けると、そこには本国から届いたリサのレシピを元に、やまんとのきびを使ってシオジが即興で作った、砂糖たっぷりの白い団子が並んでいた。

「ほら、お疲れさん。吉備の衆、これでも食って落ち着きな」

差し出された謎の甘味を、恐る恐る口にした「犬・猿・雉」の若者たちの目が、一瞬で丸くなった。

「な、なんだこれは……! 脳が、脳がうぃんうぃんと蕩けるように美味い……!」

「これを食えば、あのツヌガ様のように強くなれる気がするぞ!」(※ただの糖分補給による疲労回復である)

キビツヒコもその団子を口にし、ため息をついた。

「技でも、武威でも、そしてこの『食』とやらでも、我らは完全に一本取られたわけか。……よかろう、瑞穂の国を豊かにするまつりごと、吉備の力も貸し出そう」

後にこの地方では、「吉備津彦が不思議な団子で犬・猿・雉をお供にし、鬼(の二つ名を持つツヌガ様)と仲良くなって国を豊かにした」という、少し歪んだ『桃太郎』の起源のような伝説が、やられ自慢と共に末代まで語り継がれることになる。

桃太郎伝説の元となったと言われる吉備津彦ですが、鬼退治は瀬戸内海の島を根城とする海賊征伐との説もあるとのこと。鬼ヶ島とは歴史好きには堪らない妄想ネタですね(笑)

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