出雲 力での勝負
諏訪まで逃げずに済んで良かったですね。まあ、後の世では、諏訪湖の神わたりと関連付けられる宿命かも知れませんが。貴種流離譚で良くあるパターンですね。
出雲の地に足を踏み入れたカンジ一行を迎えたのは、瑞穂の国でも一、二を争う巨躯を持つ男、大国主命であった。彼は穏やかな笑みを浮かべつつも、その背後に数千の精鋭を従え、地響きのような声で言った。
「海の民が都を動かしたと聞いたが、この出雲の土地と民を譲れというなら、まずは我が息子たち、そしてこの俺を力でねじ伏せてみせよ。それが瑞穂の古き習わしだ」
オオクニヌシの息子であるタケミナカタが、丸太のような腕を鳴らして前に出る。
「鬼のツヌガとやら、その中途半端な棒切れごと、ひねり潰してくれる!」
「……来るか」
カンジは構えすら取らず、ただ一本の木棒をぶら下げて立っていた。
タケミナカタが咆哮と共に突進し、カンジの胸元へ掴みかかろうとした瞬間——。
パァン!
乾いた音が響いた。
カンジが棒を一閃させたのではない。ただ、相手の突進の軌道にそっと棒の切っ先を置き、その力を綺麗に「受け流した」だけだった。しかし、自身の突進力がそのまま上空へと跳ね返ったタケミナカタは、木の葉のように宙を舞い、そのまま背後の砂浜へと派手に突っ込んでいった。
「なっ……!?」
出雲の兵たちが一斉に色めき立つ。
「避けるの、無理だろう」
観戦していたタジカヲが、どこかで聞いたような帰還兵のセリフを呟く。
「面白い!」
オオクニヌシが激昂する風でもなく笑い、自ら前に出た。彼は足元の巨大な岩を軽々と持ち上げると、カンジに向けて剛速球で投げつけた。
空を裂いて飛んでくる巨岩。
カンジは一歩も引かず、素振り用の棒を大上段から振り下ろした。
ズドォン!!
岩が真っ二つに割れ、左右に飛び散る。その土煙を割って、カンジの棒の切っ先が、オオクニヌシの喉元寸前でピタリと止まっていた。
静寂が場を支配する。
「……いやあ、参ったな!」
オオクニヌシは豪快に両手を挙げた。
「その間合い、一歩も入れんかったわ! 骨のある男だ。出雲の国は、お前たちの言う『うぃんうぃん』とやらに乗ってやる!」
その日の夕方、シオジが出雲の名物であるアゴ(トビウオ)の出汁を使った温かい麺を兵たちに振る舞うと、砂まみれになったタケミナカタたちは涙を流して貪り食った。
「美味い……ツヌガ様もこれを食って大きくなったのか……」「いや、ツヌガ様は黍を食っていたと商人が……」
出雲の国には、早くも「心地よい敗戦の記憶」と、やられ自慢の種が植え付けられていた。




