帝と会う その3
ようやく第一章のエンディングです。何年かけてやるつもりなのか?妄想のまとめ次第ですね。
「語れ。海の民よ。
この国に、何をもたらすつもりか」
みかどの問いは、重く、低く、室内の空気をぴりぴりと震わせた。
過去の辛苦を、飢えを、見捨てられた絶望を乗り越えてきた「やまんと」の数百年分の怨嗟が、その一言に凝縮されている。
答えるべきは、一国の命運を背負うヒメミコトであった。
しかし、彼女が口を開くより僅かに早く、静かに一歩前に出た者がいた。
「——美味い飯を」
場違いなほどに平易な、しかし妙に腹に響く声だった。
声を上げたのは、海の国の軍師であり、同時に「調理人見習い」に身をやつしていた男、シオジである。
みかどの額にピキリと青筋が浮かぶ。
「……愚弄するか、海の賢者よ。我らは今、命の尊厳と過去の裏切りについて問うているのだぞ」
「滅相もございません。大真面目でございます、帝」
シオジは一礼すると、顔を上げ、その鋭い目を真っ直ぐにみかどに向けた。
「先ほど帝は仰いましたな。『何度すき返そうとも芋のひとかけらを育てるしかできぬ、呪われた土地』だと。その芋のひとかけらを分け合い、泥をすすりながら、この瑞穂の国を繋いできた帝家の執念には、一介の料理人として深く敬意を表します。……ですが、それは『呪い』ではございません。ただの『知識と技術の不足』でございます」
「何だと?」
「海の民が気ままに交易や冒険を続けていたとお思いか。我々は海を渡り、諸国の知恵を集めてまいりました。土地の毒を抜く術も、乾いた土に実りをもたらす新たな穀物の種も、我々の船には積まれております。武力でこの国を奪う気などさらさらない。我らがもたらすのは、かつて共にこの地に生きた同胞への、遅すぎた『手土産』にございます」
シオジの言葉に、本陣の奥で控えていたタジカヲが「くくく……」と声を殺して笑った。
(やりおるわ、あの賢者(笑)。過去の怨恨という『感情の泥沼』を、一瞬で『利害の取引』に引きずり込みおった)
ヒメがシオジの背中を見つめ、小さく頷く。そして、再び凛とした声を響かせた。
「帝、失われた年月を今すぐ埋めることはできません。ですが、あまんとが海へ逃げたのは、生き延びて、いつかこの瑞穂の国が本当に困窮した時に、外の世界から『救い』を持ち帰るためだった……そう考えることは、できませんでしょうか」
「……」
「私たちが欲しいのは、奪い合うための黄金ではありません。共に豊かになり、誰も飢えぬ国を作るための、新たな『誓い』です。どうか、私たちの手土産を、お受け取りください」
みかどは、ヒメの掲げる焦げた古紋の旗と、シオジの揺るぎない目、そして背後に控える「ツヌガアルシト」ことカンジらの圧倒的な武威を交互に見つめた。
海の民は、戦えば瑞穂を蹂躙できるだけの力を持ちながら、あえて頭を下げ、豊かさを分け合うと提案している。
長い沈黙の末、みかどは深く、深く息を吐き出し、玉座のあった空間の床へ視線を落とした。
「……ウィンウィン、とやらだな」
「「「「「へ?」」」」」
思わぬ言葉に、海の民の諸将が揃ってずっこけそうになる。
タジカヲが平然と髭をなぞりながら言った。
「いや、ツヌガの湊で商人が喧伝しておりましてな。『これからはヒメミコト様の仰るウィンウィンの時代じゃ!』と。帝の耳にも届いていたようで」
みかどは少し決まり悪そうに咳払いをすると、静かに告げた。
「……あまんとの民の仕官先、および所在の調査を許す。また、諸国との取引、および農地の改良に関する全権を、海の民……いや、帰ってきた同胞たるおぬしらに預けよう。ただし、もし一度でも民を飢えさせるようなことがあれば、その時は全土を挙げておぬしらを討つ」
「御意にございます」
ヒメが満面の笑みで一礼した。
こうして、武力による制圧ではなく、交易と「胃袋のハッキング」による、瑞穂の国の建て直し——『第二章:大和変革編』の幕が上がるのだった。
(なお、この夜の宿舎にて)
「いや〜、一時はどうなるかと思ったけど、さすが師匠! あの『美味い飯』って切り返し、最高に格好良かったですよ!」
ヒメが目を輝かせてシオジにすり寄る。
「はいはい、ありがとよ。おかげで俺の仕事が百倍に増えたわ。これからやまんとのクソ硬い土壌の分析と、リサに送らせる新型甘味の流通ルート確保で寝る暇もねえ。……で、ヒメさん」
「何ですか?」
「黄金を『ちょっとだけ分けてもらう』って目的、みかどの前で綺麗さっぱり忘れてただろ」
「あ」
ヒメはわざとらしく自分の頭をコツンと叩いた。
「てへっ、命大事にの精神が溢れちゃって、つい」
「ジト目(笑)の意味、分かってんのかなぁ、あの聖女様は……」
後ろでオトマツ達が呆れ顔で囁き合う、いつも通りのあたたかな夜が更けていくのだった。
(海の民 第一章 完 / 第二章へ続く)
シオジの活躍が続きますねー。ヒメ様の本音も見え隠れてるのか?居ないのか?稀代の悪女に成れる才能も持つヒメ様だけど、まわりの人間関係に恵まれて、ちょっぴりの物欲と食欲が優先して居ます。これに恋愛への気付きが生まれたら、この物語は完成ですね




