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海の民 第一章  作者: 来栖 傳
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瑞穂の国の実情

タジカヲとカンジのイケオジ?コンビの語らいも良いかもですが、事務的な協議の場を描きます。次章に密接にかかわる事実が明らかになります。

海の民と瑞穂の国側との戦後交渉が再開したのは、数日後であった。

タジカヲがまずは平伏する。

「民へのご配慮感謝いたします」

「こちらこそ。糧食には助けられました」

ヒメが端的に、こちらも再厚遇の態度を示す。

「まあ、もとはと言えば、そちらの補給からのものも有りますからな」

老将が、いたずらっ子のような笑みを浮かべ、海の国の諸将を煽って見せる。

シオジがそれを笑って受ける。

「一時、お預かりしていただいていたと思えば、何のこともございません」

「あなたは?」

「これは失礼。海の国、宰相家が一員、シオジと申す」

「ほう、貴方が」

タジカヲの興味を引いたようだ。

「御国では、賢き方と呼ばれているようで」

「なんの、なんの、わずかに冒険者時代に機略を巡らした程度にて」

老将は確信をする。

この戦場に似合わない男が、この度の「負けて勝つ」戦略を担った軍師だと。

「なかなか、やられる」

「貴公ほどではございません。実は国を出る前は楽勝と周囲に語っていましたので、この度の痛手…私の将来にも影が差し申した」

「それは、お気の毒に…しかし、我らの中にも、黙って降伏するわけにはいかんと、なかなか血気盛んなものが多く手の…」

自分がその急先鋒であったことなど無かったかのように、タジカヲは陳謝する。まあ、不幸なすれ違いというやつだ。

「ところで御国のご意見は纏まりますでしょうか?」

詫びの機を逃さず、シオジは切り込む。此度の降伏は、国としてのものなのか?地方軍としてのものなのか?

「御国ですか?」

不思議そうな顔だ。

「海の国の皆様は昨今の瑞穂の国の状況をご存じないと?」

「「「「状況?」」」」

「当たり前だ、そちらの国では当方からの訪問者を、悉く捉え返していないではないか!それで状況を存じて居ろとでも」幕僚の一人が激高して見せる。

タジカヲは驚いたふりをすると、

「これは!我が聞いているのは、帰国した海の民はみな厚遇されて、そちらに戻る気を無くしていると言うものだったが」と公式見解を述べる。しかも、海の民が留まることを、帰国と表現さえする。

「それは有りません。ご当地での待遇の三倍で迎えなおすと誓った者どもさえも戻ってこない有様では」

シオジが沈痛な表情を浮かべる。


そう、この度の遠征は、囚われているであろう同胞の救出も大きな目的だったのだ。

ヒメさんは、別の野心を隠せないでいるが…


「いやいや、みな然るべき待遇で仕官が叶っていると聞いている」

「これは、どういうことでしょう?」

ヒメが黙っていられずに、口を挟む。双方の言い分が違い過ぎる。

「そもそも、彼らは今どこに?」

カンジも、疑問を口にする。

「・・・・・・」

そこで初めて、老翁の口が閉ざされた。

「あんべ様?」

ヒメがいぶかしがると、やがて意を決したかのようにタジカヲが説明をする。


「まずは、民へのご配慮、心より感謝申し上げます。

戦とは、常に民草を巻き込むもの。今回、貴軍が命を重んじ、無用な流血を避けられたことは、我が国にとっても救いでありました。

さて、我が軍の布陣と策について、誤解を招いたことがあれば、ここにて釈明いたします。

我らが三関を守るにあたり、意図したのは、あくまで国境の防衛と、貴軍の意図を見極めるための時間稼ぎでありました。

包囲戦に至ったのは、戦況の流れと、我が兵の独断による部分もございます。

しかしながら、我が軍が降伏を選んだのは、貴軍の武威に屈したからではなく、貴軍の理念――“命大事に”という旗印に、我が兵が心を動かされたからに他なりません。

また、海の民の同胞が我が国にて消息不明との件――これは、我が国の混乱と、中央の不在による情報の錯綜が原因であり、意図的な拘束や隠匿ではございません。

むしろ、彼らの多くは地方にて仕官し、生活を築いていると聞き及んでおります。

ただし、その所在を明確に示すことができぬ現状は、我が国の不徳の致すところ。

この場を借りて、調査と報告の義務を果たすことを誓います。

最後に――我が名、タジカヲ。貴軍に同じ名を持つ将が居られると聞きました。

力をもって国を守る者同士、いずれ盃を交わす日が来ることを、心より願っております。」

老翁は一気に話し出した。


「ずいぶんと長文ですな」

シオジが苦笑する。まるで、事前に練ってきたかのような弁明である。

「要は、お国が混乱しているが悪いと…」

ヒメが沈痛な表情を作る。

「何か我らがして、差し上げられることはないものか…」


沈黙がその場を支配した。

それは、判りやすすぎたためだ、誰もが思った。

(ウチの姫様、意外に腹黒じゃね??)

本陣の奥に控えていたサクラまでも、やっぱりと言わんがごとく、ぶんぶん首を縦に振りながらシオジに何か言えと促していた。


しかし、沈黙破ったのは意外にも敗北の将であった。

「イチヒメノミコト様のご厚意、国の一部とはいえ三関の守将タジカヲとして感謝申し上げます。ところで、近頃、兵たちの間で妙な風聞が蔓延しておりましてな…曰く、天は再び君主を使わしただの、特別な方は瑞穂の民にも特別であろうとか…」

まるで駒読みが的中したかのような、満足ぶりでひげをさする。


(そう来たか)

シオジは心中唸った。この将の積極的な協力も、従順さも、すべてはここに有ったのだと。

よほど、現状に不満を抱えているらしい。

シオジの鋭利な頭脳が、この先の千手を高速で紡ぎ始めた。



「いや御国のことも良いが、先ほどの真名いや、やまんとはその区別をしないと聞くが、同じ名を持つとは我のことか?」

さっきからじれったい素振りをしていたカンジが、声を上げる。

緒戦でさんざんな目に逢わされたこの将に対して、相応の尊敬の念を抱いているようだ。

武力と知力、そして冷静な指揮ぶり、自分の目指す姿と対面していると彼は感じていた。


(昔は、やまんともあまんとも、仲良く混淆できてたというのに…)

一方、ヒメの沈痛は本心からであった。

豊かな農地を持つ瑞穂の国の力と諸国と交易を続ける中で磨いてきた海の国の技術力が合わされば、この国の混乱もきっと安らかに出来るであろうと。黄金への執着も一時、失念するほどであった。瞬時と言って良いほどの束の間ではあったが。


誰もがそれぞれの思いに沈む中、やはり先手を打ったのは、タジカヲであった。

「ひいては、ヒメノミコト様ご自身で、今の都の状況を、帝のお姿を拝していただくことが近道かと、臣は思いますが」



(まだ家臣じゃねーよ)

シオジの突っ込みが炸裂することはなかった。


ヒメが得心したような満面の笑みで立ち上がったからである。

「それ、いいですね。みやこは今は奈良のあたりですね。鹿ちゃん、もう居るのかな?」

今にも旅立ちそうな勢いに、諸将がのまれる。

「ヒメ様」

シオジが咳払いで、弟子への注意喚起を行う。


「では我は先触れを発することで、いやいや決断も早い。これぞ天の采配…」

老翁がのそりと巨大な体躯を持ち上げ、諸将へ頭を下げる。

(あれ?もう決まったの?)

挨拶された側は、何の意見も言えぬまま、決まった感の会議に身をよじり、お互いに顔を見合わせるばかりであった。


(ここは、ご老人に花を持たせるか。なかなか役に立つ人物のようだし)

シオジが無意識に、薄くなり始めた頭を撫でている時、ヒメも心中大忙しであった。

(これって国譲りの前触れ?タジカラヲが活躍すると言えば、そのシーンしか考えられないけど。でも、だいぶ弄っちゃったから、史実通りにはいかないよね。って史実というか、神話でしかないし…)


ヒメの秘密は小出しにしていきます。

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