悪役王女④
落ち込んだあたしの背を優しく撫でるクルル様の手が一瞬だけ硬直したように動きを止める。けれどそれは直ぐに同じように上下運動を再開した。
「覚えがないのだが? 確かにあの茶会で貴方からいずれ夫婦になりたいと言う打診は受けた。けれど私は貴方に『結婚の約束は出来ない。私の結婚に関しては父であるアストラル国王が決めることだ』と言ったはずだ」
クルル様のハッキリとした否定にあたしはハっと顔を上げクルル様を見る。あたしの視線に気づいたクルル様が優しい瞳で頷いてくれると同時に詰めていた息を再び再開した。
あぁ、良かった。クルル様は約束なんかしてなかったんだ……本当に良かった。でも、じゃぁなんであの王女は結婚するって思ったのかな?
誤解があったにしては余りにも食い違う言葉にあたしは首を傾げた。
判りやすいほどに視線を泳がせる悪役王女はクルル様とあたしを見て、悔しそうに眉根を寄せる。
誰も何も発言しない事でシンと静まり返る室内に、慌ただしい足音が幾つも近づきバンと言う音と共に観音開きの扉が開かれ白地に赤の模様が入った騎士福の男たちがなだれ込んむ。
「王女殿下ご無事でございますか?」
「アーニセス!」
「姫様!」
悪役王女の無事を大声で確認し始める騎士の声と同時に赤い髪を振り乱し焦るようなアレクの姿と声がした。
状況を考えれば焦るのは当然だけど、そこまで妹と仲が良かったっけ?
私が知るゲーム内の情報によればアレクとアーニセスは互いに不干渉であり、どちらかと言えば疎遠だったように思うがこの世界ではどうやら違うようで……。
「お、お兄様!」
「あぁ、アーニセス無事で良かった! 行き成り爆発音が鳴ったと思ったらお前の部屋の窓が吹き飛んだから心配したんだぞ!」
菱ッと抱き合う兄妹を見ながらあたしは白々しい雰囲気を感じる。そんな自分に罪悪感を感じながら横に立つクルル様に視線を向ければどこか遠い所を見るかのように死んだ眼をしていた。
更にオリジンとニマ君が同時に『あれは何をしているのだ? 心では酷い暴言を吐きながら何故抱きしめ合うのだ?』『心の声が酷いね~。アレで兄と妹なんて……うわ~。僕関わりたくないなぁ~』などと言っていた事から確実に茶番なのだと理解した。
あ~なんか、これって間違いなんだろうなー。クルル様の反応的にもオリジンとニマ君の会話的にも……。なんだろ、なんか怖いなぁこの流れ。
「感動のご対面中申し訳ありませんが、こちらの問いにお答えいただけませんか……アーニセス第二王女殿下」
そう言って白々しい兄妹の再開に水を差したのは冷笑を浮かべていますと言わんばかりの顔をしたイリュス様だった。いつの間に来たのイリュス様!
そんな彼の視線から何かを感じ取ったらしいアレクはワザとらしい咳払いを数回繰り返し悪役王女から腕を外すとこちらへと向き直った。
「あー、そのどういった状況なのか聞いてもいいか?」
こちらの視線が居たかったらしいアレクは王女の周囲を見回し、あたしとクルル様の方へ視線を向け頭を掻いた。そこへ事情説明すべく立ち上がったのは勿論いつもより更に冷めた視線をしたイリュス様だ。
この人も怒らせるとヤバイ人なのかも……気を付けよう。本気でこの人は怒らせないようにしないと……。
「それではご説明させていただきます。今夜、と言いましてもつい一時間ほど前ですが、離宮でお休み頂いたはずの王太子殿下の婚約者であるハク様が離宮の寝所に侵入した何者かにより攫われました」
『そこの黒服だな』
「アレク殿下は、既にご存じかと思いますがハク様には常に精霊様お二方がついていらっしゃいます」
『僕たち白の事守るから~。ずっと一緒だよね~』
「その精霊様にお伺いしたところこちらに運び込まれたハク様は、そちらにいらっしゃいますアーニセス王女殿下に、短剣を突き付けられクルル様との婚約破棄を強要されたようです」
『まったく呆れる。短剣ごときでハクを害する事が出来ると考えるとはな……これだから人は愚かだと言うのだ』
『オリジンの言う通りだよね~』
イリュス様の説明の合間合間でオリジンとニマ君が合いの手を入れている。しかもオリジンは両手を腰に置きふんぞり返った姿でだ……けれど、多分イリュス様にもアレクにも、クルル様にも決して見えていないし伝わっていない。
お、オリジン、ニマ君……多分、今二人の姿は誰にも見えてないし聞こえてないからちゃんと姿見せてから……ぷぷっ、言わないと分かってもらえないよ。
必死に笑いを堪えるあたしは俯いた。せめて吹き出し歪む顔だけでも隠そうと思ったのだ。揺れる肩に気付いたクルル様が腰に手を回し絶妙に肉を掴むと心配するような慈愛に満ちた声音であたしに声をかけてくれる。
「ハク、そんなに恐ろしかったのか? 大丈夫か? 耐えられないようであれば私に捕まれ」
優しいクルル様には申し訳ないけどあたしは辛い訳じゃない。ただ、ただ笑いを堪えているだけだ。
でも、待って? これはアレじゃない? こんな時こそか弱い女の子感を醸し出すべきで、女子力を発揮するときじゃない?
そう思ったあたしは俯いた顔でニヤニヤしながらクルル様に軽くしな垂れかかる――が、そこであたしは俯いていたために気付いてしまう。この体勢でしな垂れかかれば寝巻の隙間からあたしの絶壁が見えてしまう事に!!
来週も更新します!




