商人を追って⑨
街に…………そう、街に交換日記のための日記帳を買いに行っているはずだった。お義母様の手紙があまりにも分厚くて、めんど……いや、えーっと……そう、紙が、紙が勿体ないと思ったから? なのに、なんで今あたしはクルル様に馬車の中で壁ドンをされているのでしょうか?
クルル様との距離が近くて、鼻に爽やかな香りがふわ~ってしてます!! クルル様の前髪があたしのおでこに当たる距離ですぅぅぅぅ!
鼻血が出そうな程興奮しているあたしは、なんとか必死に堪える。
切れ長の藍の瞳が僅かに眇められ「思い出せないようだな……なら、仕方ないな」そう言って口角だけを吊り上げ笑ったかと思えば、右手であたしの顎を持ち上げてる――!!
大きく見開いた視界の先で、呼吸するのも忘れて見つめたクルル様の藍の瞳は熱を持っていてゆっくり降りされる。
耳が痛くなるぐらい周りの音が消えたかと思えば、唇に触れる熱い熱とマシュマロのような感触。ヌルっと何かが唇をかすめ……僅かに遅れて、耳に届くチュッと軽いリップ音。
「思い出したか?」っておでことおでこがくっついたままクルル様の掠れた声が耳に響く。潤んだ瞳があたしを見つめている。
思い出したって何を? 何をですか…………あっ、もしかして、前に欲望のまま押し倒してキスしたアレか? まさか、仕返し?!
そのまさかが的中している気がして、クルル様の名前を呼ぶ。すると再びチュッて、チュッて啄むようなキスが降ってきた。
痛いぐらいドキドキする胸を押さえ、どうして……いきなりご褒美が来たのか? 必死に頭を働かせようとするも単純なあたしの脳は既にキャパオーバーでした。ただ、何度も何度もクルル様の麗しいキス顔を反芻する事しか出来なくなっていた。
顔を離したクルル様の瞳が一瞬開かれ、そして、見事にしてやったりと言う顔をする。
そんなクルル様を見ながら名残惜しいような、これ以上は勘弁して欲しいような良くわからない感情にあたしは揺れていた。
なのに――!
「ふっ、その顔はなんだ……くっ、あははははは」
そんな笑わなくたっていいじゃない。雰囲気台無しだよ! せっかくのクルル様からのキスがっ!! あたしの乙女な部分なのにぃぃぃ!
むぅっと膨れ顔のあたしはドスンと音を立てて座った。ひとしきり大爆笑したクルル様は、はぁ~と大きく息を吐き出し濡れた目尻を拭って隣に座った。
良かったですね。あたしで遊んで楽しかったですか? そうですか……キィィィ!
「そう、むくれるな」
「クルル様の意地悪!」
ぷぅっと膨らんだまま窓の方へ顔を向ける。ふっと再び笑ったクルル様は肩を竦めて腰に手を回すと耳元に顔を寄せ「白」と掠れた声であたしを呼ぶと謝った。
チラリと視線をクルル様に向ける。再び、視線が絡み、藍の瞳が僅かに細くなった。
色香漂うクルル様の瞳を見つめ再びのキスを期待していたら、逆サイドから扉がノックされた……。
そう、空気を読まない男イリュス様が扉を開け「お二人とも雑貨屋へ到着しましたよ」と声をかけてくる。
扉が開くと同時に、漂っていた甘い雰囲気が一瞬で霧散する。
「ご苦労。さぁ、降りよう。母上との日記帳とやらを買うのだろう? くくっ」
未だに笑いをこらえてそうなニマニマ顔で手を差し出すクルル様の手をとって馬車を降りる。再び膨らむあたしの頬を見たイリュス様が不思議そうな表情を見せた。馬車止めから店まで数歩だけど、クルル様は約束通り手を握ってくれた。恋人繋ぎじゃないやつで……。
連れてこられた雑貨屋さんは、今このアリューストの王都で流行の『アニー×ベリルの雑貨屋』と言う名前の可愛らしい雑貨屋さんだった。
組み木で作られたような建物は二階建てで、赤い色に塗られた屋根に赤茶の大きな帽子を被り、トレードマークなのか四葉のクローバーが飾られている。ショーウィンドウと呼ぶには小さな過ぎる出窓には、お店の商品なのか色とりどりの髪飾りやリボンが置かれていた。
見るからに十代の女の子が好きそうなお店だ。
「可愛いですね~」
あたしの反応にホッと息を吐くクルル様とイリュス様。
そのままクルル様が歩き出し、手を繋いだまま店内へエスコートして貰った。扉を開けた先は、白とピンク交互に塗られた壁がまず目を引いた。所狭しと並べられた雑貨類は大人向けではなく、確実に少女と呼ばれる女の子たち向け。
「アニー×ベリルの雑貨屋へようこそいらっしゃいませ。お探しの物などございましたらどうぞ、お声かけ下さい」
恭しく礼をするゴスロリメイドさん。新宿に普通に歩いてそうなコテコテのゴスロリ衣装は、トイピンクでボリュームがある。
その服、何処で買ったんですか? とついつい聞いてしまいそうになり慌てて口を閉じた。
「あー。その分厚い手帳のようなものを探している」
視線を店員さんに向けたままクルル様が、非常に居た堪れなさそうな様子で探しているものを告げる。すると店員さんは、すぐに奥の方にある戸棚へと案内してくれた。
「こちらが当店で扱っております。手帳類になります」
「感謝する。白、どうだ? これでいけそうか?」
「ありがとうございます。うわー。可愛い~」
案内してもらったことにお礼を言いつつクルル様が棚からいくつか手帳を取り出し見せてくれる。その中の一つを手に取る。本のように紙を幾重にも重ね――日本で言うところのA4サイズのシステム手帳を三冊ぐらい重ねた分厚さ――表紙に分厚い皮を張り付けたものだった。
その中で可愛いと思ったものに候補を絞る。
一つ目は、こちらのお店のロゴマークなのか、表紙に帽子にクローバーが入っているもの。
二つ目は、同じく表紙にハートと小さなお花が入っているもの。
三つ目は、表紙に大輪の花が入っているもの。
「ん~。どれにしよう?」
「母上には、これなんかどうだ?」
並べた三つ以外のものをクルル様が進めてきた。表紙はにバラの花刺繍されたもので、中を開くと紙からほんのり同じくバラの花の匂いが香る。留め具がバラの蕾と葉を銀細工で飾られたものだった。
「確かに、お義母様にはいい感じですね~。う~ん」
悩めるあたしは、その後三十分かけ悩みに悩み、クルル様が進めてくれたバラの手帳とハートに小さなお花の入った手帳を選んだ。
足をお運びいただきありがとうございます。
楽しんでいただければ幸いです!




