20 『戦国一閃』豪族 笹口道昭 支配領域内「笠村砦」のWE3への移行完了ならびにアンロック完了を報告します
「ただいま非戦闘民の砦内への収容、完了しました!」
「ご苦労!」
板の間に駆け込んでそのまま報告してきた兵にねぎらいをかける。
「では、守備の任に戻りますので!」
短く返事をした兵は頭を下げると、そのままどたどたと駆けていく。
あのまま正門か裏門のどちらかの守備に就くのだろう。
「姫……」
部屋には二人の人間が居た。
板の間には、座って報告を受けた一名と、その斜め後ろに仁王立ちしているもう一名。
仁王立ちで完全装備の老侍が、もう一人に声を掛けてきた。
彼は刀を腰に履き、手には十文字槍を携えている。
「鉄舟、この場で姫は止めてくれ」
「……失礼を。千与様」
千与と呼ばれた床に座るのはまだ十代半ばほどの少女である。
こちらも鎧を着こみ、鉢がねを額に付けた臨戦態勢。
座ったすぐわきには薙刀が置かれている。
恐らくは千与の方が上位者であるのだろう。
「この後方にまで攻め込まれるとは。父上や兄者たちは……」
心痛を耐える顔には焦りもある。
この「笠村砦」は戦場の後方、ほぼ支配地域と接するほどの位置にあり安全とされる地域。
前線で鬼と熾烈な争いをしている父、兄の主力が抜かれたとは信じがたかった。
第一、この襲撃の直前にいままでに耳にしたことのない「理の声」が響いたのである。
「防衛準備を整えてください、だと? 今までそのような声が掛かることなど有りはしなかったではないかっ!」
千与が憤る。
いままで季節の折々に雪害や干害、台風、地震などが起こる際にだけ聞こえてくる「理の声」。
その「理の声」、つまりはアナウンスが初めてそれらの天災ではなく、直接の襲撃を伝えてくる。
それだけでも異常事態である。
そしてそのアナウンスは正しかった。
ぐじゃぐじゃとよくわからないことを宣ったあと、砦の外に複数の蠢く影が見えたのだ。
混乱する砦の外にいる民へと取り急ぎ砦へ避難を呼びかけ、そのままなだれ込むようにしての防衛戦の開始。
前線の主力を抜いてここまで鬼の軍勢が迫ることなど考えられないことだ。
「……父上、あとはさらに後方へと伝令は出せるか?」
「千与様、それは難しいところでしょう。完全に囲まれております。完全に不意を突かれたのが痛うございました」
砦内に収容できたのは約70名。
うち純戦力として計算できるのは30を切るだろう。
元々常備兵を合わせて砦の総数は100名ほどだったということで、その差分がどうにか逃げれたことを祈るしかない。
最初の物見の報告では攻めてきているのは鬼の軍勢の餓鬼であるとのことだった。
数は約50とのこと。
防衛のみに注力すれば乗り切れないことはないだろう。
とはいえ、前線を押し上げたことで空いた砦であるから、防備だけでいえばかなりの堅牢さを誇るが、それも援護の軍が来てくれることが前提である。
籠城戦というのは援軍ありきの策なのである。
「……鉄舟、一番の問題を確認するぞ。佐貫山、八万岳、古坊寺。ここからでも見えるはずのそれらが一向に見えぬ。さらに何か巨大な朽ちた墓石のようなものが遠くに立ち並んでおる、と」
「はっ! その報告を受け物見に昇り我が目で確認しております。全てその通りでございます。さらに砦外周にて作っておりました田畑が根こそぎ無くなり、石の混じる荒れ地へと変わっておりました。ぐるりと一回り見渡したところ、木材の切り出しをしていた山林も見えませぬ」
「鬼の妖術、まやかしということは?」
千与が尋ねた。
「それはなかろうて!」
答えたのは鉄舟ではない。
床の間にてくてくとやってきた袈裟を来た禿頭の老人。
「勝念和尚!」
鉄舟に勝念と呼ばれた僧侶は、自分の頭を撫ぜながら千与の前に座る。
「おう、姫よ。ちょいと外を見てみたんだがね、ありゃ鬼の仕業じゃあねぇぞ」
「……? 外に押し寄せているのは餓鬼の群れだという話でした。攻めよせているのがそうであれば、率いる長がいる筈でしょう。その者の術では?」
胡坐をかいた勝念は首を振り千与に説く。
「……鬼の野郎どもの妖力を何一つ感じやしねえ。餓鬼の群れだという話だ。一発法力をぶっ放してやろうと思ったが、どうも感じが違う。お前さん、戦う準備で手いっぱいでまだ敵を見てねえだろう? 唸り声に肌の様子。近くで見りゃ全然違う。ありゃあ、腐ってる。ナマモノの臭いじゃねえぞ。それと、何より着物だな。餓鬼何ぞ襤褸を纏うのがいつもの癖に、今押し寄せてるのはよっぽど上物のべべを着てやがる。しかもここらじゃ見ねえような拵え。明らかに餓鬼とは別モンだな」
「では、一体なんだと?」
「知らねぇよ、鉄舟。一番長く生きてる俺が知らんから、その次に生きてるオメェに聞きに来たんだろうがよ」
沈黙が降りる。
「どちらにしても襲い掛かる者は倒さねばなりません。私も前に出ましょう。敵が何なのかを見なくては」
百聞は一見に如かず。
まずは確認を。
そういって千与が腰を上げた時だった。
「緊急につき、ご無礼ッ!」
どどどっ、と最後は足を滑らせ床を転がるようにして一人、床の間に駆け込んできた。
「作法無用っ! 何か!?」
千与が緊急を鑑み、短く尋ねる。
「はっ! 正門の攻め手、厳しく陥落寸前とのことッ! 至急援護を!」
「バカなッ! 二十は置いたはず! まさか、勇んだ馬鹿でもいたか!?」
正門側に戦力の半分以上を置いたのだ。そうそう破られるとは思えない。
「いえッ! 奴ら胴を突いても、腹を裂いても、一向に死なぬのです! 腹で真っ二つ、泣き別れの上半身でも動く有り様ッ! 頭を砕いてようやく止まるという……。しかも斬られても怯む素振りすらなくッ!」
「なんだそれはッ!?」
「頭を砕いた仲間を踏みつけ押し寄せ、更に物見より墓石の森の奥から20ほどの群れを確認しております! まもなく正門へと合流するかと!」
墓石の森、つまりは廃ビル群からの増援。
「和尚、胴を割ったバケモノが、それが鬼のせいではないとおっしゃるかっ!?」
鉄舟が勝念に尋ねる。
明らかに尋常でない敵。
それが鬼の仕業でないとはいかなることか。
「ああ、なんだそりゃあ。死人が動くとでもいうのかよ? おい、正門なら丈念の奴がいるはずだ。アイツはなんと言ってる?」
「それが……。丈念様は餓鬼どもに襲われた仲間を担いで移動中に、足を噛まれ……。先ほどより高熱を。今は意識がなくなっております!」
「アんの、馬鹿タレが。法力の治癒だけに努めろとあれだけ……。分かった、俺が出向く」
勝念が苦虫を噛み潰したような顔で、報告に来た者へ告げる。
「では、ご一緒します」
「姫、こちらを」
立ち上がった千与に薙刀を手渡す鉄舟。
受け取るなり、動き出す彼女は報告に来た男へ命を下す。
「避難民をこの館まで上げよ。最低限のものだけを持ってな」
「! よろしいので?」
「許す。急げよ」
振り返りもせず、彼女は共を二人に正面へと駆け出す。
後ろで走り出す男の足音を聞きながら。
「どうなっているか!」
戦場でも聞こえる大声で千与が叫ぶ。
正門の傍にいる比較的装備の整った男が駆け寄る。
「はっ! 第一陣の制圧は完了しました。 負傷者は後方へと下げましたが、傷を受けた者の中でひどく熱を出している者が」
「……酷いのか?」
「噛みつかれた者が特に。奴ら肉を齧るようにして噛みついてきます」
そう言って地面に転がる餓鬼モドキの頭を男が蹴る。
念を入れて砕いた頭だが、口元は残る。
黄ばんだ歯が、普通のものよりも尖っているように見えるのは気のせいではないだろう。
「物見の話では奥から20ほどが来ると聞いたが?」
「……ここから離れた場所で止まりました。そこにさらに合流しています。いま、新しく効いた限りでは計40になりそうだ、と」
「40、だと!?」
何という事か。
策も何もないぶつかり合いをするなら、攻め手と守り手の均衡が崩れるのが三倍まで。
最初は30に対し50の敵である。裏に回ったのは10程度らしい。
それで3対4。
しのいだ現状で痛んだ30を切る戦力に50をぶつけられる。
避難民から徴用しても10は増えるかどうか。
父や兄の援軍が来るかどうかを考えるとどうするべきかを悩む数字になる。
悩む千与へ、ここで門の上で矢を射かけていた兵からダメ押しが来た。
「ウっソだろっ!? さらに20ほどの餓鬼どもが見えますッ! あのデカイ墓石の傍からこっちに向かってきます!」
「姫ッ! これは、これはッ!」
鉄舟が叫ぶ。
押しとどめられない。
明らかに、「理の声」が伝えた敵の襲撃はこの「笠村砦」の殲滅を狙っている。
(これは、どうすればいい!? 退くにしても、退く先があるかもわからん!)
裏門を突破し、避難民と共に落ち延びる。
それができる位置の砦であったはず。
だが、明らかに後方へと撤退するときの目印であった佐貫山、八万岳が見えない。
かわりにあるのは荒涼とした荒れ地、そして墓石の森。
もし逃げた先にも同じような餓鬼モドキがいたとしたら。
民を守りながらの逃避行は、困難を極めることだろう。
「ああ、殿を考えてんなら俺ぁ残るぜ、姫よぉ」
勝念が千与に言う。
「和尚!」
「取り繕う無ぇ。こりゃどう見ても負けだよ。落ち延びるにゃ、ここで誰かが踏ん張るしかねぇさ。兵のうち若ぇのと、女子供は連れてけ。後腐れねぇ男と、年寄りはジジババ全員残ってもらうぞ。棒っきれくらいは振れるだろうさ」
彼は状況を見ている。
抵抗して傷が深くなる前に、合流している餓鬼モドキが動き出す前に無事な人間を送り出す。
その面倒になる人間を捨て駒に逃げろと千与に言っているのだ。
もの凄くドライな判断を千与にさせるのではなく、老人である勝念が持ち出した。
これだけで彼女の罪の意識が軽くなるだろうという彼の思いだった。
「しかし!」
抗弁をしようとした千与。
それを見つめる勝念、そして同じ覚悟を決めただろう鉄舟。
そんな彼らの決意。
「……誰、だ? おいっ! 誰かが、餓鬼どもの群れに突っ込んでいきます! 速いッ!?」
物見が何かを捉え、報告の声を上げる。
……それを台無しにする、そんな音が響きわたる。
ずが、しゃぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!!!
「うわ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
全員がその爆音、そして距離があるというのに感じる熱さを持つ爆炎を目にした。
あまりの衝撃に、門の上に立っていた片方の弓手が吹き飛ばされ、下にいた者たちに抱き止められる。
「な、何が起きたッ! 敵の妖術か!?」
鬼の中には、拠点を吹き飛ばすほどの妖術を使える者がいるらしい。
一方の人は精々で大砲を撃つ程度しか出来ないのにである。
「い、いえ! あれは、あれは? 人、か?」
否定から入ったはずなのに、しりすぼみになる門の上に残ったもう一人の弓手。
どういうことか、正確に報告をと怒鳴りつけようとした鉄舟の耳に、聞き覚えの無い声が聞こえてきた。
「あー、大丈夫大丈夫。私たちは人間だからね。安心してほしいな」
がばっ、と鉄舟は声のした先と千与の間に体を入れる。
盾となるべくして勝手に体が動いたのだ。
声を掛けられるまで一切の気配を感じなかった。
「……その感じだと、その子がここの代表者なのね。オッケー、何とか救援間に合ったわ。危っブないとこだったー」
鉄舟たちの視線の先にふう、と息を吐いた女がいる。
紺の服の上に見慣れない鎧と兜を身につけ、そしておそらく刀槍ではなさそうな棒状のもの、恐らくは種子島の一種だろうそれを担いだ奇妙な女だった。
「ああ、助けに入ったんだから敵じゃないのは信じてほしいな。とりあえず、詳しい話をもうすぐしに来る人がいるから、ちょっと待っててほしいの」
「……話をしたい、ということですか。ならばどこのどなたかは教えていただきたいのですが」
千与が壁となる鉄舟を押しのけて前に立つ。
「私たちは『アキカンヒロイ』。そして私はその一員で南方詩音。それで今から交渉に来るのが……」
そう言って視線を外に。
遠くの先ほど爆炎を噴き上げた場所にいる人影を見る。
「……木下和人、ウチのコロニーの交渉人だよ」
アイテムボックスから「輝きの剣Ⅳ」のネタアイテムである「こじゃれたリクルートスーツ」を着たネクタイ姿のビジネスマン。
へらり、と笑う木下和人がてくてくと「笠村砦」に歩いてくる姿が見えるのだった。




