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響くは『ハーメルン』の笛の音  作者: 勇寛


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18

 窓の隙間から光がうっすらと差し込んできた。


「ああ、もう朝ですか」


 眩しそうに眼を細め、手で日差しを遮る。

 ステータスを表示させると時刻は朝の五時二十分。

 パイプイスからコンクリの床に胡坐を組んで座っている彼の手にはブロンズナイフと先っぽが菊の花のようになった木の棒、フェザースティックがある。

 くぅ、と大きく伸びをして手元のフェザースティックを段ボールの中に放り込む。

 段ボールの中には箱いっぱいのスティックが入れられていた。

 野営用にという名目で暇つぶしに作っては放り入れ作っては放り入れとしていたのだ。

 和人は段ボールに蓋をしてナップザックの中にそれを格納する。

 必要な時にまた取り出せばいい。

 作業前に敷いた、何が書いてあるのか一切読めないこの世界の新聞の中心に、散った木くずと加工前の木の棒を纏めて簡単に片づけをする。

 ちょこちょことそんな片づけをしていると五時四十分を少し過ぎた頃に。


「さて、と」


 立ち上がり、ソファで寝息を立てる祥子に近づき肩を軽くゆする。


「ん……。ああ、おはよう」

「おはようございます」


 程なく祥子が目を覚ます。

 彼女は起きると周囲をきょろきょろと見渡した。


「朝、ね。かなり休むことができたわ。ありがとう」

「ええ、熟睡してらっしゃいましたよ。一応お休みになってから今のところ何事もありませんでした。クエストのマップ進捗も1.9のままです。ちなみにもうすぐ六時ですね。なので、あと一時間で姉崎さんのラジオ体操の時間ですよ」


 答えてくる和人を見つつ、きょろきょろとしていた祥子はテーブルで目を止める。


「……不思議なものが置いてあるけど」


 テーブルの上には二つの置物があった。

 一つはこの世界で手に入った「クマの木彫り」。

 何の変哲もない一般アイテムで、要するにハズレと分類されるものである。

 皆が見つけても捨ててくるような物で、現状の緊急時に強いて使い道を考えるならば薪のかわりにするくらいの用途しか無い。

 その「クマの木彫り」の横に、「クマの木彫り」がある。

 だが全く同じデザインだというのに、そのもう一方は無着色のニス無しで削りたての断面を持った状態の新品に見えた。


「装備品の調整も終わりましたので、少しばかり時間もあり……。自分のステータスについて実験(ちょうさ)をしようと思いつきまして」

「ステータスについて?」

「はい。バグで数値が見れませんが、どの程度のことができるのかを理解すべきかと」


 ナイフケースに入れたブロンズダガーを軽く持ち上げて祥子に見せる。


(あなた)()迷惑の掛からない(起こさないように)項目を調査しようと思いまして、対象は器用さを。まあ元々自分では器用な方だと思いますが、如何せん美術的なセンスは無いという自覚もあるんですよ。水彩画に挑戦したこともありますが、どうも全て前衛芸術になるんですね」

「ああ、そうねぇ」


 昔一度、娘の家に行ったときに彼の描きかけの絵を見たことがある。

 お世辞にもうまいとは言えない物だった。


「流石にここに絵の具などの画材はない。ですが、木材はあります。そこで彫刻をしようかと。失敗すれば薪にすれば良いのですから」

「……ええ」


 よく見ると和人のズボンに木くずがついていた。


「それでモチーフの像を参考に作ってみたんです。そしたら、ですね」

「あの未塗装版のクマができた、と」

「はい。恐らくは器用さのステータスでしょうね。寸分たがわぬクマを彫ることができました」

「凄いわね、それは」


 祥子の言う通りそれはかなりすごいことだ。

 彫刻は全体のバランスを考えつつ微妙な力加減で一塊から彫り出していく過程がある。力加減を間違えればサイズも形も変更していく必要が生じる。

 更に絵画と違い平面ではなく立体的な視点も必要になり、正面からだけでなく側面、上方と視点を変えての作業を必要とするのだから。

 それを元ネタのクマと同じ形に彫り上げるというのは凄い技術、器用さなのだろう。


「……ですが、元のモチーフなしでは無理でした」

「え?」


 遠くを見る様な和人。


「少しでも形を変えようとすると、途端にパースが狂うんです。腕の長さがおかしくなったり胴と頭をつなぐ首が変な方向を向いたり……。何度試してもオリジナリティを出せませんでした」

「失敗した像はないじゃない?」


 テーブルの上には無塗装版の「クマの木彫り」しかない。


「……失敗した物はすでに焚きつけ用に加工済みです」


 祥子は知らないが、しゃりしゃりとフェザースティックを作っていたのはそういうことだ。

 段ボールいっぱいのそれ。

 何体の失敗作のクマがスティックに変わったのかはまあ、深く追求することでもないだろう。


「……さて、それじゃあ私は姉崎さんのところへ行くことにするわ。寝起きの体を起こすのに少し動いておきたいし」


 話題を変えることにした。

 大人の対応というのはこういうことだ。


「そうですか。では、私は一度部屋に戻って昼まで少し休むことにします。緊急時はここに詰めるのではないですよね?」

「ええ、今日明日の日中は皆の集まる中央部に。少なくても羽田さんか私のどちらかはいます。夜はここに戻りますが」

「了解しました」


 テーブルの上にある二体のクマはそのままに、床の新聞を抱えて和人がドアに向かって歩いていく。


「和人さん、アナタもしっかり休みなさいよ?」

「はは、分かっていますよ」


 生返事をして出ていく和人。


「……ああいう小物を作るのは好きだったわね、あの人は。本当に休むのかしら?」


 はぁ、とため息を吐く祥子だった。

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