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さて、パンツ一枚の和人たち「ポンプ」回収班が大慌てするところに、詩音と健太の「生存者探索班」が合流するより少し前。
彼女達が和人たちと別れて、「オレンジ」内の廃墟を探索するところまで時間をさかのぼろう。
「こりゃあ、何にもないんじゃないですかね」
傾いて開かなくなったドアを押し広げて中へと入った小さなコンクリート造りの小屋の中。
粗末な元寝床と思われるボロボロな布と、火を使った跡だろう炭が転がった床には、特に見るべきものも無い。
幾つかの汚れた食器が転がっている以外には特に目ぼしいものも無さそうではある。
「ここに関しては誰もいないってのは判ってるわ。あんなドアしか出入り口が無いんだから。私たちが来るまで誰も開いていないってことでしょ?」
詩音が床に残った炭を指先で摘まみ、少し力を入れる。
ぱき、と音を立てて砕けたそれは、灰になって床に落ちていく。
火を使ってからしばらくは経っている、というAIの表示が詩音のヘルメットのモニタに表示された。
部屋に足を踏み入れた時に、うっすらと埃が積もっているのも確認している。
「そしたらなんでここに?」
健太が尋ねる。
「一つ一つ確認していくのは面倒だけどね。もし、最後まで何も見つからなかったときに適当に調べていたら、また最初からってなるじゃない? でも虱潰しにしておけば少なくても潰したところは確認する必要は無くなる。でも、見逃してたら元も子もないんだけど」
くすくす、と笑う詩音。
とはいえ、部屋に入ってすぐにアーマースーツによる内部のサーチは行ったうえで、更に視認での確認を二人がかりで。
これで見過ごしたならそれはもう諦めるしかないと思うのだ。
「でも、外ればっかりだとやっぱ気も滅入りますよぉ……」
「外れだと思うから滅入るの。上から順番にチェックしていく名簿だと思うのよ。全部チエックが終われば仕事は終わり、……ってのは学生さんにはわかりにくいかぁ」
社会人と学生の認識の違いともいえる。
仕事のノルマというものに日々晒されていればなんとなくニュアンスはつかめるのだが、学生だと難しいかもしれない。
「うーん。バイト先のコンビニの在庫確認とかそういう感じっすか? それなら何となくわかるような気もします」
「そうね、何となくで掴んでくれると嬉しいかな」
詩音は部屋の中をぐるりと見渡して再度何もないことを確認。
この部屋の真ん中に移動すると、腰のラックからスプレーを取り出した。
そしてそのまま地面に大きくバツ印を描く。
綺麗な発色の緑のラッカースプレーだった。
「よし、この部屋も完了。外に出て、出入り口にも同じようにね」
「うす、先に出ます」
亘から渡された「ブットビカート」の車体に使う、リペイント用の塗料だった。コンソール画面で車体のカラーリング変更の際に、変更を決定すると、画面にディフォルメされたスプレー缶が出てきて車体を塗りたくる演出があるのだ。
亘の車体のベースカラーである黄色、そして指し色である紫と緑。この三色のみであるが、スプレーとして車体の中に格納されていたのだ。不可思議パワーによりどれだけ使っても中身のガスも塗料も減る様な気配のないそれは重要な物資の一つとなっていた。
それ以外の基本色もあるかと期待されたが、どうやらそれらはアンロックされないと使用できないらしい。
だが、別に色とりどりのスプレーが必要な状況ではない。
色よりもまずははっきりとわかるマーキングができればそれでいい。
和人たちは紫のスプレー、「アキカンヒロイ」の皆には黄色が今は貸与されている。
「さーて、何か背徳感っ」
詩音が茶目っ気を見せて、外の壁に大きくバツ印。遠くからでもわかる目印である。
日本の街中で無許可のグラフィティをやらかす程度の低い趣味はなかったが、やはりいけないことをしているようなそんなゾクゾク感はあるものだ。
山奥の廃墟に忍び込んでそんな違法行為を仕出かす連中もこういう感情なのだろうか。
「でも、これに関しちゃ安全確保の為ですよ」
「ふふ、だからこんなにでっかく書いたのよ。次の部屋は健太君、やってみる?」
差し出したスプレー缶を健太がにやり、と笑って受け取る。
「あざーっす! やらしてもらいます!」
ちらちらと床や入り口にでっかく“確認済み”のバツ印を描いていた詩音をちらちらと見ていたのは気づいていた。
やっぱり、こういう普段はやってはいけないことを堂々とやらかせるというのは魅力的ではあるのだろう。
健太も若干楽し気である。
先ほどまでのモチベーションのダウンもこれで少しは改善するかもしれない。
大人びて背伸びしてはいても健太は十代なのだ。
手に取ったラッカーをシャカシャカ振って中身を確認している。
そんな様子を見て一応の注意。
「その辺りの壁に『夜露死苦』とか書かないでよ?」
「……クラシックスタイルっすね。興味あるっすけど、さすがにしませんよ」
「私の地元だとまだ現役だったりするわよ?」
「マジっすか!?」
「マジマジ」
ほへーと変な関心をしながら、二人は次の場所へと移動する。
途中で索敵範囲に集団の腐れ犬を確認し、それを回避するようにしたので本来の目的地ではなく、後の予定の別建物へと目的地を変更した。
今回の「オレンジ」への遠征では、屋内での仕方ない接敵なら戦闘に入るが、屋外ではできる限り戦闘は避けようということにしている。
戦闘中に周辺の敵が呼ばれることになるかもしれないし、戦闘後でも血の匂いを嗅ぎつけて集まって来るかもしれない。
リスクを減らすことは生存確率を上げることにつながる。
そう、「アキカンヒロイ」の基本戦略は「いのちだいじに」だ。
「着きましたね。行きますか」
ぎゅっ、と和人から渡された「ブロンズダガー」を握る和人。「レザーシールド」の持ち手が緩んでいないかの再確認をする。
崩れた倉庫跡のドアに手を掛けようとしたところで、詩音がその手を掴む。
「ちょっと、いま何か。これは……っと」
そう言って詩音は愛銃であるダスクを構える。
射撃体勢を取ることで、AIの索敵機能が最大になる。その最大有効範囲は500メートル。
その範囲内の動体の反応を察知することができる。
遮蔽物などで完全には分からないし、屋内に潜伏された場合も同様。
障害物が多ければ多いほど索敵距離は縮まる。動体全てを察知するとなると、野鳥などを拾うこともあるので、反応サイズを中型犬サイズまでに限定。
その索敵範囲に反応がグレーの何かを発見したというAIの報告が一件。
距離は現在地より南西方向に約300メートル。
コロニー「オレンジ」の北で作業中の和人たちであれば、登録データからグリーン表示。実際に戦ったことのある敵モンスターに関してはレッドとなるようにしている。
つまり、このグレー表示は、未確認の敵モンスター、若しくは。
「まさかまさかのコロニーの生存者? そんなことあるかしらね」
「マジっすか。モンスターじゃなかったらワンチャン、生き残りってことですよね?」
「それか、どこかからの流れ者さん、かな」
そうなると、どうするかの判断を詩音が下す必要がある。
プランとしては和人たちと合流し、そのグレー表示を捜索するのが第一案。
第二案は詩音たちだけで追跡するというプラン。
(どうするのがべスト?)
悩むわけがある。
反応を捉えたそのグレー表示は、ときおり止まりつつ詩音たちから離れていくように動いている。こんな動き方をモンスターがするということは今までなかった、となればそれ以外。つまりは生存者の可能性がたかそうだ。
そうなれば、まず第一案の和人との合流をした場合は今遠ざかっていく反応を見失う可能性がある。
仮にグレーの反応が生存者であれば、身を隠すのは当然のこと。
和人たちと合流後に捜索しても、その隠蔽能力が高ければ、見逃してしまうかもしれない。
さてならば第二案を取りたいところだが、グレー表示がモンスターや敵対的な生存者であった場合。
和人たちの戦力がないというリスクは見逃せない。
健太と二人で複数を相手にした場合の詩音はともかく、健太が被害を受けるリスクを考えると、「アキカンヒロイ」のモットー「いのちだいじに」を破ることになるかもしれない。
さて、どうするか。
「…………追いましょう」
「和人さんたちは呼ばなくてもいいんですか?」
少しの逡巡の後、詩音が決めた。
「反応がストップアンドゴー。つまり周辺警戒しながらの移動をしているわ。そうなると、モンスターではなさそう。そう考えると、友好的かどうかは別にして、生存者の可能性がある。……それに、もう少しで索敵範囲を外れちゃうもの。……健太君、スキルに『逃げるが勝ち』を入れて」
「……うっす。最悪全力でケツまくって逃げるってことっすね」
「そういうこと」
健太に「WE3」の逃走用のスキルアビリティを装備させる。
その上で、追跡を開始。
適切に距離を測りつつ、安全な距離と逃走ルートをAIに表示させる。
これならばまだ安全策を取るという範囲からの逸脱はしていない。
(和人さんとしては生存者がどういう人間でも保護はするでしょうし)
詩音の思う木村和人は人を使うことの上手い人間という評価だ。
会社員だという話だが、ある程度の権限を持ったリーダー職だったのだろうというのは間違いないはずだ。
適材適所の人員配置と、将来の問題を理論立てて説明するコンペ能力、そしてコミュニケーション能力。
それらを持ちながらも、自分は前には出すぎないという補佐に特化した人間。
実際に自身の意見が採択されるまでは、この「オレンジ」の再捜索について催促もしていない。
あくまで提案し、それを採択するのは「アキカンヒロイ」のリーダー陣に委ねている。
そんな彼が今、欲しているものは何か。
(『アキカンヒロイ』単独では分からない、そういった情報)
他コロニーの生存者からの情報、破壊された「水採取ポンプ」の構造、自分を含めた皆の戦闘能力・サバイバル技術。
それらの欠けている情報を吸収するというのが目的。
そしてそれ以上に、人的損害の徹底的排除。
生来の気質なのか、打算的な考えがあるのか。
詩音としてはある程度の力を示し、それに追随する皆をまとめ上げる形でこの世界を生き抜く方がより簡単であると思う。
しかし、和人はどこまでも“皆で”這い上がる道を選んだ。
最初の時からそれは変わらない。
詩音は正直、和人がいなければ最初のタイミングで他のコロニーへと移動していただろう。
自分の「ルナリアンズ」由来の装備は確実に他コロニーでも優遇されるだけのアドバンテージを有している。
だが、自身と違う由来の「輝きの剣」の装備や能力を有する和人は、それと同等ないしは上回る可能性が十分にあり得る。
他コロニーへと移動し、万が一にも彼と敵対するのは避けるべきだし、それに望むなら彼と同じグループである方が、生存確率は上がる。
和人の提案する零細コロニーを底上げすることは有益であっても害悪にはならないとも思う。
(……それにこの方が楽しいしねー)
最前線のコロニーの状況を伝え聞くにかなりの強行軍をしている気配がある。
そんな殺伐とした生活を強いられるより、皆で何かを築く方が楽しいに決まっている。追いつめられた今を生きるのに、せめてもの楽しみを彼女は“そこ”に求めたのである
(あと、廃材からモノづくりしていくのも。モンスターから武器やら食糧やらゲットするのも。やっぱこんな状況だし、少しくらいは面白くなくっちゃね)
ふふふ、と笑い詩音がまた移動を始めたグレー表示のマーカーを追い始める。
近未来型FPS「ルナリアンズ」。そのマーセナリーにハマる人間の共通点の一つが、コレクター気質である事だ。
詩音は、この世界に溢れる様々なアイテムや道具や、自身の成果物。
先日廃材からクラフトしたつぎはぎのランタンだったり、左右非対称なスコップ、明らかに取っ手が本体より大きなヤカン、不格好ながら頑丈な一輪車。掘り出した車のシャーシに色んなパーツを乗っけたりして皆であーでもないこーでもないと議論を交わす。
軽トラの完全に死んでいた両目が、白とオレンジで色が違っていても点灯できるようになった時には全員で抱き合って喜んだりもした。
今までは自己満足でしかなかったその全てを、他者と分かち合い、有用性を話し合うことができることが楽しくて仕方なかったりするのであった。




