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それから数日。
ゆっくりと上昇していくワールドクエストの進捗状況と日々にらめっこしながらも、物資回収に基礎ステ向上のレッスン、廃品からのリサイクルとリメイクチャレンジをこなす。
徐々にではあるがその流れはコロニー内にもうっすらとした活気を生み始めている。
「朝のレッスン、皆が言うには朝体操の時間、ってなっているんだけど。評判が特にいいわね」
ボロのソファに腰掛けて祥子が最近のコロニー内の状況について口を開いた。
「なにせきっちり朝の七時に始まるからね。一日の始まりとして分かりやすいっていうのがあるんでしょ。コロニー内のほぼすべての人間が参加しているわ。サボり、というわけではないけど来なかったりしても翌日は居たりするし。これに関しては毎日の習慣づけとして今後も続けていくべきでしょうね。ベースになる生活リズムが整うっていうのもあるし」
「ありがとうございます!」
満面の笑みで敏郎が頭を下げる。
「それに参加者に目に見えるメリットがあるのが大きい。自分の目で『ステータス』が上昇しているというのはモチベーションになり得る。現実の筋トレと違って数字で上昇値が表示されていますし。外で戦わなくてもステータスが上がる手段があるならそれに飛びつくのは当然だしなぁ」
そう言った羽田が敏郎にサムズアップをしていた。
敏郎もそれに同じくサムズアップでかえす。
「ただ、午後は皆が各々活動しているので参加率は少し下がっているわ。でも誰もいないわけではないし、今後も敏郎さんができる日はレッスン業務は継続をお願いしたいの。良いかしら?」
「そりゃあもう! 参加者がいれば僕の『マネジャー』の経験値にはなりますのから。とは言っても『WE3』とかのジョブが取れない状況はどうにかしたいんですよね」
そう言って敏郎が物資調達の責任者の羽田に目線を向ける。
「一応、昨日よりジェットの『軽トラ』の修復作業が約七割完了した。ベースの軽トラの基本性能はほとんど回復したと言ってもいい。それの確認ができ次第、ジェットの『軽トラ』チームと『リヤカー』チームに分かれて物資回収を始める予定だ。『軽トラ』チームは詩音さんも参加して午後のみの出撃なので、朝のレッスンがあるのであれば、負担を考えてそちらに割り振ることにしたいが……」
「オッケーです。毎日は参加できませんがそちらでお願いします!」
祥子がスケジュールを考える。
「午後のレッスンは三日に一回ということにしますか。休息・レッスン・物資回収。このルーティーンで無理のないように」
「……良い考えと思います。休息を入れるのは賛成ですね。無理をしないのが我々のモットーですし。『軽トラ』チームも連日はきついでしょうから」
「羽田さん、うまくスケジュールを組んでください」
「はい。了解です」
これで敏郎のスケジュールも準備完了と。
一息入れて祥子が窓の外を見る。
「とは言ってもまず、彼らが無事に帰ってきてからだけど」
「ですね。なんとかうまくいってくれれば最高ですが」
窓の外には出入り口の一つであるマンホールへと降りていく和人たちの姿があった。
「回収できるんですかね、まず大前提として」
やることも無く、手持無沙汰な雄一郎が同じく暇そうな和人に声を掛ける。
こちらもがたがたと揺れる床に揺られながら答える。
「できるかどうか、それも確認してきたいことですね。無理である、という事実になったとしてもそれはそれで必要な情報と言えるでしょうし。喉に引っかかった骨というのは早めに抜いておきたいものですよ」
「ぶっ壊れて水源にブッ刺さってる『オレンジ』の「水生成ポンプⅠ」。引っこ抜いて回収して、そんで修理できないかのチャレンジですか……」
「誰も必要としないのであれば、我々がもらって行っても良いでしょう。手に入るなら儲けものです。駄目ならば、修理が可能かどうかの判断に、そしてそれも無理なら水源を汚染するそれを破壊する術を考えねばなりません。我々のポンプが将来的に壊れる可能性もありますからね。既に壊れたジャンクならばいじくりまわしてその構造を完全に把握するいい機会です」
「メカニックなしでも直せるかどうか、ってことですよね」
「はいはい。そういうことです」
「それに、水生成ポンプの回収だけが目的というわけでもありません。……生存者保護も兼ねた簡易的な調査を行います。もっとも望みは薄いと思われますが、ね」
つぶやくようにして付け加えた目的。
雄一郎は真剣な表情になり、こくんと頷く。
壊滅したコロニー「オレンジ」。その跡地で、生存者を捜索することも目的の一つであった。
雄一郎たちが到着する前に壊滅し、和人たち第二陣の被害者と共に「アキカンヒロイ」へと移動してからすでに一週間以上経過している。
その期間、あの廃棄コロニーに誰かが生き残っている可能性が本当にあるのだろうか。
「すでに壊滅した『オレンジ』の居住者たちがその時にいなかったことからして、正直期待はできません。ただ、我々第二陣があの周辺で『オレンジ』を襲撃したと思われるモンスター群をせん滅したことで、一時的にではありますが空白地帯になった可能性があります。もちろん、空白地帯に違うモンスター群がその穴を埋めるように移動してくることは十分考えられます。ただ、その時に周囲で身を潜めていた生存者が『オレンジ』に戻ってくることも同様に考えられる。……死体が残っていなかったことからして、周辺のコロニーへと脱出した様子だという話でしたが、全員がその選択肢を選ぶかは五分といったところでしょう。散り散りに逃走していたならば、逃げ損ねた、そして切り捨てられた人間がいるかもしれません。彼らが『オレンジ』に身を潜めていてもおかしなことは無い」
「あの水源からして水が補給できないと思います。そこにわざわざ戻りますか?」
和人に健太が尋ねる。
あの魚の浮いた水源を見ている健太がそう思うのも無理はない。
「……戻りたくて戻るのではなく、その外に出られないから、ですね。仕方なしの消去法ですよ。先の無い緩慢な死が近づいてくるだけの、ね。ですが望みはあるでしょう。曲がりなりにも『オレンジ』は零細コロニー群の要である流通拠点としてコロニー運営をしていた。となれば、何かしらの貯蔵物資がのこっていてもおかしくない。外部の人間には判らない、ね。前回雄一郎君たちが来たときは簡単にしか確認はしていないんでしょう? 見落としはあるかもしれない。実際『アキカンヒロイ』にもアイテムを貯蔵しておく部屋を準備しているでしょう」
「そこで引きこもって備蓄した物資を消費しながら、助けがくるのを待っている、と?」
雄一郎が尋ねる声には若干の疑念が混じる。
そんなことがあるだろうか。
もうすでにかなりの日数が経っているだろうに。
「ワンチャンあるかも、という程度です。むしろ他コロニーへと逃げ出す方がリスクはあっても生存確率は上がるでしょう。実際このリヤカーができるまでは生存者探索に関してはゴーサインが出ませんでしたしね。壊滅したコロニーの外で数日。プラス我々が『アキカンヒロイ』に帰還し、状況整理に二日。その最短のタイミングで出発したとしてもさらに一日。仮にそれらを含めて十日としましょう。……もしかして『オレンジ』に人がいるかも、という希望的観測と、実際に救出に向かうメンバーの生命の危険を天秤にかけるとすれば、祥子さんたちの判断はトップとして妥当。いえ、最も選ぶべき正解と言えます」
実のところ、「オレンジ」の再調査は和人からかなり早い段階で祥子たちに提案されていたことでもある。
和人たちが第二陣としてここに飛ばされてきたというイレギュラーが無ければ、雄一郎たちは「オレンジ」の調査を行い、そこの残存物資を回収できたはずである。
襲撃を受け、「オレンジ」を放棄した際に、必要な物資を一切合切持ち出して逃げ出したとしても、アイテムの重量制限もあり、取捨選択の必要がある。
どうやっても持ち出せないもの、つまり優先度の低いダブリのアイテムなどはそのまま遺棄されている可能性が高い。それを発見できれば大きな利益になり得る。
それに加え、生存者の調査と破壊された「水生成ポンプⅠ」の回収作業の必要性を説いてをようやくゴーサインが出た。
これに関しては祥子がどうこうよりも「アキカンヒロイ」の居住者に対する建前ということだ。
「安全第一ってことですよね」
「ええええ。その通り。リスクを可能な限り低くし、そのうえで薄く利を掠め取る。ローリスクローリターン。『アキカンヒロイのメンバー』の安全が最優先ですから。とはいえ、生存者が見つかれば即保護即撤収で、と言われています。ポンプの回収も後回しでいいということでね。ま、祥子さんらしい決定ですよ。うんうん」
できる事をできるだけ。
そして決して無理はしない。
か細い苗木でしかない「アキカンヒロイ」にできる精いっぱいを。
「さぁて、これは……酷い状況ですねぇ」
既に人気の無い廃棄コロニー「オレンジ」にたどり着き、一番最初に向かったのは水源である池。
だが、和人が覗き込んだかつては水源であった、いまはただの毒水でしかない池を見て率直な感想を述べざるをえない。
完全にぶっ壊れた「水生成ポンプⅠ」からの廃液で汚染され切った水源には、この間見た時よりさらに多くの魚が浮かび、それを食べただろう鳥も浮かび、水を求めてきただろう動物が首を汚水に突っ込んだままで死んでいる。
明らかにこの水源からくみ上げた水はすでに命をはぐくむことは無いだろう。
「こないだよりもさらにひでぇ。……こりゃ、どうしようもないな」
隣にいる雄一郎がそういって口をシャツで隠す。
風で腐敗臭がそこまで流れてきたからだ。
この間は、水源が死んだ、と言ったが今ではこの水源が死を運んでくる。
「これ、来てみたけど『ポンプ』の回収ってできる? まず、あの『ポンプ』のところまでどうやって行けばいいのさ? この毒水かき分けてあのポンプまで行かないと回収も何もないよ?」
リヤカーの本体、「ブットビカート」のレースカーを運転していた亘がつぶやく。確かにまず、この毒水のデストラップの中心にある「ポンプ」までたどり着くのが困難だろう。
回収できるかどうか、修理できるかどうか、よりも「ポンプ」にたどり着けるかどうかの問題に変わってきているのだ。
「詩音さんのアーマースーツならどうにかできそうですが……。今は捜索活動をお願いしていますし……」
ふむ、と腕を組む和人。
一緒にここまで来た詩音は健太と一緒に「オレンジ」内の廃墟を中心にその索敵・探索能力を用いた生存者捜索、物資回収をするため別行動中。
何かあれば、狼煙を上げるということになっている。
「……仕方ありません。あまり気が進みませんがここは私がどうにかしましょう。多分、大丈夫だとは思うんですが」
「はぁ……」
そう言って和人はガサゴソと自分の「ナップザック」を漁る。
和人の持つ「輝きの剣Ⅳ」のインベントリである「ナップザック」には様々なアイテムがため込まれているのだ。
この中身については可能な限り「アキカンヒロイ」の居住者には内密にしている。和人の目的はコロニー全体の基礎能力の強化であり、バグに近いアイテム頼りの寄生、変型のパワーレベリングではないからだ。
以前も言ったアップロード時のBANの可能性も考慮すれば、当然ではある。
とはいえ、どうしようもなくなれば使えるならば使う。なにせ死んでしまえばそれまでよ、の世界なのだから。
その観点から祥子や羽田などの詳細を知るメンバーには「切り札」としてのアイテム提供も行われている。
そんな和人の「ナップザック」から取り出されたのはネックレスと指輪。そして禍々しい形状の鎧。
「取り敢えずは『毒除けの指輪』『癒しの首飾り』『封殺の呪鎧』。これだけあれば、毒水の効果も薄れるでしょう。あとは、気合ですかね」
はっはっは、と笑う和人。
各々の装備品の効果を組み合わせるつもりなのだろう。「毒除けの指輪」は八割の確率で毒の状態異常を回避する効果と毒状態の際の継続ダメージを半減する。「癒しの首飾り」は移動時は時間経過に併せてゆっくりとHPを回復。戦闘時はターンごとにHPを15ポイント回復する。
最後の『封殺の呪鎧』は装備自体の防御力以外に、特殊効果として合計防御力を1.5倍。HPを2倍に跳ね上げる。ただし、MPと攻撃力を半減するデメリットが生じる。
つまりこれらすべてを装備して、継続ダメージ覚悟で「ポンプ」へと向かおうというわけである。
「まあ、『輝きの剣』の効果が『WE3』ベースのこの世界に対応していればの話ですが。まずそうなら引き返しますが念のため、一応これもお願いします」
ほい、と瞬時に着替えた和人は「ナップザック」からではなく、リヤカーの荷台に置いてあった黄黒のトラロープの一端を雄一郎たちに差し出す。
雄一郎と亘が受け取ると、和人はぐるぐると自分の体にロープを巻き付けていく。
ぐっぐっ、としっかりとロープに体を縛り付けて緩みが無いことを確認する。
「よしよし。大丈夫ですね。もしばたんと私が倒れたら、有無を言わさず引っ張ってくださいね。レスキューをお願いします」
「わ、判りましたけど……。大丈夫なんですか?」
「さあ? やってみないと判りませんねぇ」
はっはっは、とまたも笑う。
一笑いしてからおもむろに池に向き直って何の躊躇もなくざぶさぶ、と水の中に足を踏み入れていく。
慌てて雄一郎と亘はトラロープを握る。
念のため、ということで亘は「ブットビカート」のディフォルメされたデカいグローブを、雄一郎は手袋をして。
染み込んだ水にも、もしかしたら汚染物質が染み込んでダメージが、と考えれば自然な流れ。
心配する彼らをよそに和人は、腰を過ぎてみぞおち近くまで毒水につかりながらも水をかき分けかき分け「ポンプ」の前までたどり着く。
そして大穴が空いているそれを軽く拳で叩くとごんごん、という音と一緒にギシギシという音も併せて響いてきた。
「だいじょうぶですかー!?」
周りにモンスターがいるかもしれないが、取り敢えずは和人の状況確認。
大声での問いかけに、和人は大きく両手で○を作る。
「今から、これをそっちに移します! ちょっとはなれてくださーい!」
大声で返事した和人にこちらも○をした雄一郎たちはどうするのだろう、と少しだけ言われた通りに場所を空けた。
それを確認し、和人が一度どぷん、と毒水の中に自分から沈む。
「ええっ!?」
それに驚いた雄一郎たち。
不測の事態ならトラロープを引っ張って和人を引き上げるつもりなのだ。その姿が見えなくなってはロープを引けばいいのかどうなのかわからない。
だが、狼狽えた彼らの心配はすぐに晴れる。
みきめきぼきごき……。
池の真ん中の「ポンプ」付近からそんな音が発った。
何事かと見つめる雄一郎たちの前で、ゆっくりと壊れた「ポンプ」が、池の接地面から引き抜かれていく。
呆然と見ていると、「ポンプ」は引っこ抜かれ、その下に歯を食いしばった和人がいた。
「おおおおっ!!」
気合の声をあげ、雄一郎たちが離れているのを確認すると、そのまま振りかぶって「ポンプ」をリヤカーの方に向かってブン投げた。
ごっ……どんっ!
どか、カカァァァァンッ!
投げ捨てられた「ポンプ」が池の外で地面にぶつかり、銅鑼を鳴らしたような音が響き渡った。
岩にぶつかって止まった「ポンプ」はさらに破損がひどくなった感もする。
「うわぁっ! 無、無茶するなぁ」
そして、「ポンプ」を放り投げた和人は、そのまま毒水の中をクロールでばしゃばしゃと泳いで戻ってくる。
池のふちまで戻ってくると、濡れた髪をかき上げてふう、と息を吐いた。
「和人さん!」
「あ、駄目です。今近づいては行けませんよ」
駆け寄ろうとした二人を手で制して、和人はすぐに「封殺の呪鎧」を「ナップザック」に放り込んで、「輝きの剣」シリーズの恒例装備「ダンディな縞パン」を装備する。
色気もそっけもない青と白のストライプの縞々のトランクスタイプのパンツだ。だというのに最初の街に売っている鎧よりも守備力の強いという不思議アイテム。
先日手に入れた「ウェイトレスセット」と同じ神の意思が反映されているのである。
急にネックレスと指輪だけを装備した半裸の中年男性がそこに現れることになった。
「うお! なんすか!?」
「あー。毒です毒。結構酷く毒喰らっちゃいましたね。あははは。洗い流すまではちょっと離れててください」
そう言って和人は自分のミネラルウォーターを頭からかぶってわしわしと洗い流す。口に水を含んでぐちゅぐちゅと口をゆすぎ、それを毒水の池に吐きだす。途中でウェス扱いの「くたびれたシャツ」を取り出して念入りに体も拭いていく。
全身をある程度清めて、じっとりと毒水の染み込んだ「くたびれたシャツ」を池に捨てた。この池はどうにもならない、という和人の諦めも含んでいるし、毒を含んだ衣服を持ち帰っても使う当てがない。
「向こうにたどり着いた段階で結構削られちゃいまして。いや、毒の継続ダメージってキツイんですね。ずーっと痛いんですよ。それを同じタイミングで回復していくのもありますから。あのままだと変な性癖の扉を開くところでしたね」
あっはっは、と笑う和人。
とはいえ、そんなレベルではないはずなのだ。
法則がゲームに従ってはいても、ゲームではないこの世界。
毒の痛みは全身を貫くようなもののはずだし、それを繰り返されてすぐにこの顔のできる和人が凄い。
「でも、我慢できなくって。細かに『ポンプ』を調べるという気が無くなってしまいましたよ。いやはや、我慢が足りませんでした」
申し訳ない、と頭を下げてくる和人に、そんなことはない、とフォローを入れる。
「修理できるかどうかよりも現物を持ち帰るのが目的ですから、大丈夫ですよ。むしろ、おかしな後遺症とか出ませんか? 急にばたんっ、て倒れられるのは怖いですよ?」
「ああ、大丈夫大丈夫。どうやら減っていく分より、「癒しの首飾り」で回復する方がほんのわずかですけど上回っています。これなら、問題なしです。あと毒ダメージですけど、それに関しては……」
がさごそと「ナップザック」を探す和人。
「あったあった。この『解毒花』を食べておけば大丈夫ではないか、と」
取り出したのはドライフラワーになっている。小さな花の花弁。カラカラで元の色も判らないが、それを口に運んで、残っていたミネラルウォーターで一緒に飲み込む。
ぐびぐびっ!
喉を鳴らして飲み干すと、和人は薄く微笑む。
「うんうん。大丈夫でした。毒の継続ダメージは消えたようです」
和人が飲んだのは「輝きの剣」のスタート時の街でも売っているアイテム「解毒花」。モンスターの放つ毒攻撃で毒・猛毒状態になった場合に、その状態異常を回復する、RPGではよくあるタイプの回復アイテムの一つ。
「良かったです」
ほっ、とした風なのは亘。
「いやいや心配をかけるとは。申し訳ない」
新しい「くたびれたシャツ」でわしわしと水気の残る髪に擦り付けるようにして吸わせていく。やはりこれだけ露骨に死骸の浮いている水に頭までつかるとなると、どうも匂いが気になるようでふき取った「くたびれたシャツ」に何度も鼻を近づけてくんくんと嗅いでいる。
その度に顔を顰めるのだから、やはり毒水は毒水ということだろう。
「おーい!」
そんなことをしていると遠くから声がした。
なにごとか、と「朱塗りのこん棒」を掴んで雄一郎がそちらを警戒する。
声は健太だということが分かっているが、何か非常事態か、と身構えたのは当然のことだ。
「……いや、大丈夫みたいです。手を振ってますし、それにあれは……」
亘がリヤカーの上に登って様子を見た。
そうすると健太のほかに、詩音の姿。そして。
「……二人以外に誰かがいます。大当たりですね、『オレンジ』の生存者、かそれとも流れてきた人間か。どっちにしろ保護した方が良いような人がいるみたいです」
「ほうほう。それは良かった」
うんうん、と頷く和人。
そしてそのまま腕組みをしたままでくる人間を待とうとする彼に、雄一郎が一応の忠告。
「あの、和人さん。流石に初対面の人間の前でパンイチはマズいと思いますよ。あと、詩音さんもいますし。こんな世界ですけど、そこはセクハラってやつになりそうな……」
その忠告にはっ、と和人が自分の下半身を見る。
縞々のパンツ一枚。
それは確かにアウトである。
「おお、ありがとう! いや、やっぱりセクハラだね、それは! いやいや、危ないところだった!!」
慌てて和人が「ナップザック」に手を突っ込むのを苦笑して亘と雄一郎は苦笑を浮かべるのだった。




