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響くは『ハーメルン』の笛の音  作者: 勇寛


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10

「はーい。では大きく腕を伸ばして背伸びをしましょーう!」


 広場の真ん中でそう大きな声を出しているのは姉崎敏郎。

 スーツを脱いで、今は和人から提供された動きやすい「布の服」に着替え、希望者を集めた朝の体操を行っていた。

 元々の趣味だった筋トレの成果である鍛え下られた上半身が、動くたびに筋肉の盛り上がりをくっきりと浮かび上がらせている。

 一見すると、一時期はやったトレーニングビデオのトレーナーのようにも見える。

 その彼の前には、急に始まった集団での運動募集に、何事かとちらほらと集まってきた人間が暇だしな、とかせっかくだし、とかでえっちらおっちら運動をしているという状況。


「……トレーニングというよりも、どっちかと言えば夏休みに学校のグラウンドに集まったラジオ体操みたいですね」

「私の地元だと参加した子にはスタンプを押してあげてたんですけど、その風習って今もあるんですかねぇ」

「俺の子供の頃はありましたよ。懐かしいなぁ」


 少し離れた場所でそんなことをつぶやいているのは雄一郎と和人の二人。

 この二人はその朝の運動には参加せず、ぼんやりとその様子を眺めていた。


「ですが、朝起きて体を動かすというのは良いものですよ。仕事前に朝礼でつまらない話を長々とするよりも、運動の方が目が覚めますし」

「そういうものですか」

「まあ人や職種に場所によりけりな所はありますが」


 そんな話をしていると、敏郎の“朝の運動”が終わりに近づいてきていた。


「最後に、大きく伸びをしながら深呼吸をー……。はい、もう一度、ゆっくり息をすってー、大きく吐いていきましょーう!」


 最後の深呼吸を行い、皆が息を整える。

 全員が運動を終えたのを確認して、敏郎が周りに声を掛ける。


「はい! ありがとうございましたー! また明日も、表示時間朝七時から始めまーす。また明日、この場所でお願いしまーす!!」


 最後のシメの挨拶をして頭を下げる敏郎にぱちぱち、と散発的な拍手が浴びせられる。

 そして皆が、多少満足げな顔をして各々散っていった。


「お疲れでーす。敏郎さん、『飲料水』です。どうぞ」

「お、ありがとうな!」


 薄く汗をかいた敏郎が、近くにベンチに向かいながら雄一郎の差し出した「飲料水」を受け取る。

 ベンチに座ると、ごきゅごきゅとそれを飲み干す。


「クハァッ! やっぱ、コレだぜ!」

「真夏の生ビールみたいな感想っすね」


 あはは、と笑う雄一郎たちの元に、今まで運動していた皆の中から健太がこちらに歩いてきていた。

 空を見ながら、歩いてきているのをみると、ステータス画面を開いているのだろう。


「おう、健太も“検証”お疲れなー」

「ああ、お疲れー」


 話しかけられて健太も三人に合流する。

 そして健太にも「飲料水」を一つ。


「これがなー。コーラとかだったらサイコーなんだけど」

「贅沢言うなっての」


 健太もぐびぐびと水を飲み、そしてこの朝の運動の結果を報告する。


「あーと。検証結果の報告っす。イイすか和人さん」

「ええ、どうぞ」


 頷いた和人に健太はステータスの表示を見ながら話し始める。


「まずレベル、経験値の項目に関しては一切の変更なし。運動前と何一つ変化はありません。何ですけど、各種ステータス内で体力の項目がわずかですけど増加してます。それに伴ってHPも若干ですが増えましたね。ま、本当に微々たる量、ってやつっすけど」

「成程成程」

「それ以外の項目は……。駄目っすね、変更なしというとこです」

「そうですか、やっぱり昨日“私たちで試してみた”結果と同じ効果、体力値の向上が見られたと。減少している項目はありませんね?」

「ああ、大丈夫ですね……。はい、減ってる項目はありませんでした」

「ありがとうございます。雄一郎君はどうです?」


 健太に謝意をつたえ、今度は雄一郎。


「あー。駄目っすね。一応最初から最後まで何一つ見逃さずに見学してましたけど、ステータスは増えてません。勿論減ってもいませんが。見学だけして結果だけってズルは駄目みたいですね」

「上出来です。実際に体を動かさないと参加扱いにはならない、ということがこれではっきりわかりました」


 うんうん、と和人が頷く。


「最後に敏郎さん、どうですか?」

「ああ、ステータス画面は一向に見えないままです。でも、最後にプレイしてた時と同じ、『育スタ』のプロデューサーのアビリティの画面の方ですね」

「ええ、昨日の“試し”で見えるようになった方です」


 昨日の夜に試しとして行ってみた敏郎のアビリティ。

 プレイしていた『育てよ!スター・スター・スタート1&2デラックスエディション』の主人公、プロデューサーの能力は街中の様々な場所でスカウトしたアイドル候補たちを育て上げ、最終的にはトップスターを目指すという王道のADVである。

 だが、王道であっても独自性を出したかったのか、男女どちらのアイドルでも育成できるという仕様になっていた。さらにはキャラクタークリエイトで顔のパーツや衣装を選べるのは普通だが、その中にはモヒカンヘッドに、アフロヘア、皺の有り無し、眼帯などのアクセサリはまだいい方で。明らかにネタで入れたと思われる、宇宙人的なチョウチンアンコウのような触手やら額にある第三の目やら、絶対に現実では入れないだろうタトゥーだなんだとやらかした感のある物も普通に混ざっていた。


「うーん。駄目ですね。やっぱり、レッスンメニューの中で効果の高い『ジムトレーニング』『ボイストレーニング』系は全滅。『カラオケ練習』『アルバイト』各種もグレー表示。やっぱりそれ用の設備やら施設が無いとできないんでしょう。今の時点でできるのはやっぱり『マンツーマン』『合同トレーニング』の一部のみです」

「ありがとうございます。ですが、少なくても今お願いしてみた『みんなで体操』は大丈夫でしたね」

「ええ、本当に良かったです。みんな有用そうなゲームだったのに、俺だけ役に立たないのかもって不安になっちゃって」


 ふう、と汗をぬぐいつつ笑う敏郎。


「いやいや、この『みんなで体操』の効果だけでも素晴らしいものですよ。参加者皆さんの体力がわずかばかりとはいえ間違いなく上がるんですから。普通の生活でもたまにステータスが上がることはあるそうですがランダム、それが確実に上がる方法があるなら皆さんに勧めることができますからね」

「そうですよやっぱりHPが上がるってのはデカいっす。要は死ににくくなりますよ、って言えますから」


 健太がうんうんと強く頷いている。

 現場で実際にモンスターに出くわす可能性のある彼からすれば、体力値のアップがイコールでHP上昇につながる恩恵は大きい。


「今回はいきなりでしたが、次回からはその旨をアナウンスしたうえで行います。強制すると問題がありそうですからこのレッスンを受ける受けないの判断は各々に任せましょう。それで、レッスンができるのはやはりゲームの仕様と同じ午前、午後の一回ずつということでしょうか?」

「ええ、そうですね。今終わった瞬間にレッスン項目が全部選べなくなりました。えーと、表示によると午後のレッスンは午後一時以降となってます」


 目を顰めて内容を読み上げる敏郎。


「成程成程。では午後も『みんなで体操』ですか?」

「いや、そこは別のものにしようと思います。『基礎のヨガ』ってのがありますから、それを木陰で。ゲームの通りなら集中力のアップってなってましたから、多分そこが上がりそうな気はします」

「敏郎さん、ヨガ教えることもできるんですか?」


 雄一郎が尋ねると、敏郎があははと笑う。


「いや、それがだな。何故かは知らんができる様な気だけはしてるんだよ。たぶん、プロデューサーとしてのアビリティのせいじゃないか? ほかにも『整体マッサージ』とか『栄養指導』とか『水泳』とかもだな。最初の二つは知りもしなかったし、『水泳』は平泳ぎとクロールくらいはできたがバタフライはやったことすらない。だってのに今は全部できない気がしないしな」


 わはは、と笑う敏郎。


「そりゃあ、すごいですね」

「とはいえ、『マンツーマン』の中にある『おべっか:芸人MC用』とか『バラエティ対応:一発ギャグ』なんてレッスンが今の世界で役立つとは思えないなぁ。これが芸人引退する前に手に入ってたら俺も売れっ子だったりするんかな?」


 元芸人の就職活動中の敏郎にそう言われて返し方が分からない。

 苦笑いを浮かべるのが精いっぱいな健太と雄一郎であった。





「おー。皆揃ってきたんだー」


 敏郎の午前のレッスンを見届けて、今度は詩音の様子を見に来た一同。

 午後のレッスンまで特にやることもない、ということで敏郎も同行している。

 やってきたのは山積みのゴミ、もと廃棄資材の山の前。


「おはようございます。どんなもんですか?」


 挨拶もそこそこに、小山の前の開けた場所で廃材をボディーアーマーを身に着けただけの素手で解体している詩音に話しかける。


「うーん……役立つか、役立たないか。人による、って感じじゃないかな」


 解体した廃材から引きちぎり、引っこ抜き、分解し、そしてそのうち役立ちそうなものを回収、再利用ということを彼女にはお願いしている。


「元々の『ワールドエンド3』の『メカニック』職ってのと修理の方法が違うから。直るかどうかは五分五分、いやもう少し悪くなりそう。でも、まだ初日だからね」


 腕のデバイスを操作して、解体した部品をその横に置かれたポンコツトラックにどのように組み込んでいくのかを調べている。

 そう、部品を組み込まれていくのはジェットが運転しているあの廃車寸前のポンコツ軽トラであった。


「……でも片目だけは点くようになった」


 トラックの運転席に座っているジェットがそう呟いた。


「え、マジで! ヘッドライト点くようになったん?」


 健太の声に答えずジェットは無言でトラックのエンジンを起動。

 ぷすすん、と一回目はエンジンがかからないが、二回目でエンジンが動き始める。

 そしてエンジンのかかったトラックの右側だけだがライトがちかちか、と点滅してから点灯する。


「おおおー!」


 皆がぱちぱちと拍手をする。

 それに照れたように詩音が手を挙げて制した。


「と言っても片目だけだしね。修理用のパーツも狙ってこの山から掘り当てるってのは大変よ」

「ですが流石は『ルナリアンズ』の『マーセナリー』。サブミッションの能力は問題なく使えたみたいですね」

「本当に。……これが『月』『地球』陣営だったら駄目だったわ。自由意志バンザイってね」


 ふふふ、と詩音がほほ笑む。

 彼女のプレイした「ルナリアンズ」は月の「月面都市企業連」と地球の「地球国家連合体:月面管理区」という二つの陣営の経済摩擦から始まる戦争をテーマとしていた。月で新たに発見された資源掘削地を強制的に接収した地球側と、枯渇した資源を地球側に輸出することで莫大な利益を挙げ、代わりに地球から食料を輸入する月面都市の企業集団とのいざこざを発端とした戦争もののFPS。

 地球側、月側のメインストーリーをクリア後に、双方のクエストを受領できる傭兵「マーセナリー」ルートが発生するのだ。

 それをプレイすることで地球・月双方の真の思惑と、驚きの黒幕が現れるという作りで遣り応えもあると発売当時は評判だった。

 地球側・月側は装備品が自軍のものしか使えない仕様だが、「マーセナリー」ルートは、どちらの装備も使用可能であるということが大きな特徴だ。

 ただし、公のサポートが受けられないため、傭兵用の兵站基地で購入できる弾薬などの消耗品の購入価格が通常の五割増しと割高で、弾丸のジャム率もまさかの一割増し。

 ジャムなどの少ない正規品を購入する場合はブラックマーケットで定価の二・五倍という横暴さ。さらに航空支援や援護の手段も少ないというデメリットが満載。

 しかし、そういった事もありながらこのルートでしか参加できないクエストも多い。

 その中で実装されている人気クエストが、廃棄された車両や武器などを回収し、修理することで自分個人の持ち物として取得できる「スカベンジャー」ミッションというもの。

 入手した物を売却して弾薬費などの足しにしてもいいし、コレクターアイテムとして飾ってもいい。もちろん自分でそれをぶっ放して遊ぶことも可能である。

 そんな自由度がウリの「マーセナリー」ルートこそが「ルナリアンズ」の真のメインルートだと断言するプレイヤーも多い。

 シリーズを重ねていくと、最初から「マーセナリー」が選べるものや、「マーセナリー」単独の外伝も作られるほどである。


「といっても私が優秀って訳でもないし。サポートAI様様よ」


 こんこん、とベンチに置かれたヘルメットを指で小突く。

 そこにAIが入っているわけだ。


「……その感じだとインベントリ扱いの『ロッカー』から予備のボディアーマーは出せはしませんでしたか」

「ええ。腕のデバイスから『ロッカー』にはアクセスできましたけど、中身は空っぽ。和人さんの『ナップザック』と違って形が無いってのが原因かもしれないですね」

「私の『ナップザック』は実際のアイテムとして実体化して存在していました。詩音さんのロッカーは実体化してはいませんでしたから、その違いですかね」

「一応、資材を集めれば製造はできるかも。でも……」

「あまりに手に入らなそうな物が多すぎる?」

「必要品目のプラチナとかチタン、とかはもしかしたらワンチャンどうにかできるかも……。でも、例えば『第二世代型ナノマシン』なんてどこで手に入るか」

「……そこはまあ諦めますか」


 視線をトラックと、地面に並べられた部品とゴミに向ける。


「トラックの完全修復と、そしてできれば埋まっている他のアイテムの修復。これが『メカニック』抜きでもできるようになれば、素晴らしいことです」

「資材の山の奥の方に、車のシャーシが見えてる。もしかしたらもう一台、予備で車が手に入ればだいぶ楽になるでしょう?」

「それはもちろん。お任せしても?」


 和人の質問に詩音が頷く。


「ま、やれることはやっておいた方が良さげだしね。こうなればゴミ漁りってのも面白いかもって思いこむようにはしてるわ」

「はは、ご迷惑をおかけします」

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