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「お恥ずかしい限りです。こんな格好でまさか祥子さんにお会いするとは思いませんでした」
「こっちの方もよ。あなたその様子だと紀子には会っていないのね」
「おや? 紀子もこちらに? 話によればゲームをしていた人間だけがこちらに拉致されたと聞きましたが。アイツ、そういった類のものは嫌いだったはずですが」
穴の開いたソファに座り、親し気な雰囲気で話し出す二人を遠目に皆が眺めている。
元義母・義息子という関係性であるが、そこまで険悪な雰囲気が無いのは、円満な離別であったからだろうか。
そう考えた雄一郎が、何故か皆の“お前が聞けよ”的視線を一斉に集めて仕方なく口を開いた。
「え、と。察するに木下さんの元奥さんが祥子さんの娘さんで、今はお別れされている、ということですか?」
「ああ、まあそうだねぇ。いやぁ、仕事で長い間、家を空けてたら愛想をつかされて。捨てられちゃってさ。まあ僕の側にも問題があったんだけどさ」
「あの子もいい年して何考えてるのか……。苗字を変えたくないって和人さんに婿に来てもらったっていうのに。それで和人さんに急に別れてほしい、って一方的にね……。結局そのまま家を出て、離婚。それでその後働きだした職場で会った人と結婚して苗字もその人のものに、でしょ? 我が娘ながらスゴいことをするものだと思ったわ」
「そっか、祥子さん苗字木下でしたね」
健太がそういえば、と思い出す。
「まあありふれた苗字だからね。和人さんも元の苗字に戻しても良かったのに……」
「いや、そこを変更するとなると色々役所やら銀行やらの手続きが面倒くさいんですよ。それに紀子も仕事で自分を見てくれない僕よりも、自分のキャリアを積みたかったということも判らないではないですし」
あはは、と笑う彼に祥子が少しほころびつつ言葉を告げる。
「それで、紀子なんだけど……。こことは違うコロニーにいるのよ。名前は『青海ヶ原臨時市議会:世界攻略本部』ってとこに」
「おやおや、ということは彼女、もしかして」
「そうよ、青海ヶ原市の郡山紀子市長サマはその攻略最前線のコロニーグループの一つでトップにいらっしゃるわけ」
「何か見てて面白いモンでもあります? ほとんどスラム街みたいな場所っすよ、ここ」
コロニー「アキカンヒロイ」の中を見て回りたいという希望を受け、雄一郎が和人を案内していた。
今は夕暮れの中、「飲料水」を生産する「水採取ポンプⅠ」の前で興味深そうにその稼働状況を見ている和人に話しかけたわけである。
「ふむ……。大変に興味深いですよ。このポンプが一種の生命線というわけでしょう。そう考えればまさに死守すべき『施設』ということですから」
すりすりとそのさび付いた見た目の表面を撫ぜる。
その当てた手のひらからごうんごうんとポンプが地下から水をくみ上げる稼働音が伝わってくる。
「あの……。昨日の夜の話なんですが」
「うん? ……ああ、そういえば落ち着いたらお話しします、ということにしていましたね」
ぽんと、手を打って和人は昨日のことを思い出す。
なぜ彼ら第二次召喚組というべき者たちが最前線のトップグループに合流しないのか、ということだ。
和人はポンプの傍に置かれた背もたれの掛けたベンチに腰掛ける。
何となく開けたポンプの傍には同じような崩れたベンチ類やテーブルが置かれている。一種の休息スペースともいえる空間になっているのだ。
「お話を聞いたところで思ったんですよ。ああ、このワールドクエスト。これは中々に趣味の悪い罠だなぁ、と」
「罠、ですか」
こくんと和人が頷く。
「様々な項目をクリアして、その封印されている報酬をアンロック。そしてその先に進んでいく。……まあ、よくあるタイプのゲームですよ。ゲームであれば、ね?」
「ゲームであれば、ですか」
「これはある程度この世界で生活した皆さんと、我々がなぜか後発という形で出会えたというスタート時の条件の違いでしょうね。その辺りに気付くか気づかないかの違いは。このシステムはかなり悪辣。しかもそれに気付いても最初からスタートした人間はどうしてもその輪から抜け出せないようになっています」
「抜け出せない?」
「このゲーム、いやゲームシステムを内包したこの世界。明らかにワールドクエストをどんどんクリアして開放していく方が有効な方策であるように一見見えます。ですが、それは一部に限り、でしょう。中には一歩立ち止まりクリアを敢えてしないことが、生存に有用なモノすらあります」
例えば、と和人が指し示すのは一番最初の惨劇の起きたプレイヤーが集団を形成した際のこと。
「これは明らかにもっと先になってから手に入れるべき報酬でした。ですがそうはならず、一気にコミュニティが壊滅することになったというお話。このポンプ、そしてコロニーシステム。非常に有用な報酬に見えても、実のところ有効に活用しきっているとはいいがたい」
「それは、そう見えるかもしれませんが!」
「いえ、はっきり言いましょう。このコロニーという拠点システムが初期に解放されたことで、プレイヤー全体が戦闘経験を積むという機会を大きく減じてしまいました。本来もっと小さな集団で互いに補い合うような四から五名ほどのパーティーで戦闘を繰り返し、レベルを上げ、そしてそれが自然と集まる形でコロニーが形成されたていたなら。このコロニーだけではなく、他のコロニーもこんなに追い詰められなかった。ある程度の自信。いわばどうにもならなくなった時に、最低でも自己防衛ができる様な戦闘経験が培われる機会が失われてしまったんです。それでいて逆に攻略に積極的な最前線のコロニーは恐らくですが、このような生産系の施設アイテムを活用する人材を必要とする一方、囲い込みに力を注いでいる。つまり、人材育成ではなく、外部補強が中心となっているということです」
「え、ええと」
「そうなると、人材を吸い上げられたこの『アキカンヒロイ』タイプのコロニーは枯渇し、そして攻略タイプのコロニーは食糧アイテムなどの生産を担う人材の供給源を失い、そして立ち行かなくなる。すでにこの時点で負のループの入り口に立っていますよ。……正直に言えばこのまま進めば、負け確定なんですよこのゲーム」
和人の指摘にはっ、とする。
確かに言わんとすることは的を得ているし、ワールドクエストの進捗率も鈍化しているような感覚はあったからである。
「時間はありましたから、その辺りに気付いたところはいくつかはあるはずです。出来るところは可能な限りのコロニーの強靭化計画にすでに着手しているでしょう。ファーストステップをしくじったぶん、遠回りになることを覚悟のうえで手を加えることのできる余裕のあるコロニーが中心でしょうが」
夕焼けの空が徐々に暗さを増していく。
「だ、だったら。そういう所に和人さんはなんで行かなかったんです? そっちの方が自分を売り込めるでしょう?」
「この世界でそれをすると、間違いなく使い潰されますよ」
ふふふ、といつもの人の好い笑みを浮かべる。
「こちらはブラックだとかホワイトだとかの管理できるような政府や公の機関はありません。かといって、主導権を実力行使で奪ったうえで、誰かにやらせると? それも現実的ではないでしょう。警察力の失われた世界で私は背中を気にして生きていける様なタフガイではありませんし」
「じゃ、じゃあここに来たのは祥子さんが居るかもってだけの理由ですか?」
聞かれた和人はふるふると否定の意味で首を振る。
「それは私個人の感情と事情です。親しい人間の存在は精神安定上有益ですが、他の詩音さんや亘くんたちにとっては関係ないでしょう。彼らはさっきの内容を言って、説得したんですよ。前線に行けば使い潰される可能性が高い、英雄願望があるならば構いませんがどうされますか、とね?」
「親切なんですね」
「いえ、むしろ自己保身でもあります。彼らが前線に行けばさらにクエスト進捗率が進む。そして何かがアンロックされて、有用に“見える”報酬とそして“危険な何か”も実装される恐れが高い。まあこれも自己申告で話してはありますがね」
はぁ、と和人の考えに頷く。
こちらに来て早々にここまでのことを思いつくだろうか。
先行者の雄一郎たちの話を聞き、その上でここまでを推測するのは後発であったからとはいえ、異常に感じる。
「……後発の我々はどういうわけかステータスがバグの影響で見れません。ですが、恐らく各項目、知力の項目も含めてですが、高くなっているのではないのかと思われます。その関係でこういったことも思いつくのでしょう。以前の私でここまでの考えがこんなに早く思い至るとは考えにくい」
雄一郎の顔に浮かんだ少しの畏怖が何なのかを察した和人がフォローを入れてくる。
「先ほどのファーストステップからやり直して、どうにかできるコロニー。遠回りのできる精神的・物質的余裕のあるコロニー以外には、実はもう一つあるんですよ」
「もう一つ、ですか?」
「ええ、これはほとんど初期状態から手を付けていない、このアキカンヒロイのようなコロニーです。ですから私たちはここに来たんですよ」
そして和人は笑う。
夕暮れ時にその顔が一瞬、夕日を浴びて雄一郎には輝いて見えた。
「最初の転移被害者と、二番目の私たち、第二陣。その共通項と、違いについてわかることを出してみます」
廃ガレージの中で、そう話を始めたのは和人。
他のメンバーは詩音に亘、敏郎の第二陣の被害者メンバーに、ガレージの主であるジェット。
そして「アキカンヒロイ」のトップの祥子と調達班トップの羽田。ガレージまでの護衛として健太。最後に雄一郎。
要するに「オレンジ」の調査から帰還したメンバーと「アキカンヒロイ」幹部ということだ。
すでに夜も更けており、亘の「ブットビカート」の車がライトを点灯してそれを灯りとしている。
「まあ、共通項は『ワールド・エンド3』のゲームをプレイ中であった、若しくはそのプレイヤーの近くにいた。それくらいです。あとは日本人ばっかりですがこれはこちらに引き寄せられた時の座標が比較的近しい人間をいくつかに分散して集めたということでしょうね。話を確認したところ『オレンジ』コロニーは最初の召喚地点から少し離れた場所に作ったという話ですから」
「ああ、向こうから追い出された人間がそう言ってる。世界中のコロニーがそういう形で点在しているんだろうな。これが世界中の人間をミックスして平均で分けてたら、言葉が通じなくて大変なことになったかもしれない。とはいえ、世界中で発売されてる人気タイトルだからな。コロニーのいくつかには日本語のあまりうまくない外国の方も確認している」
「その例外を除いてですが、意図的なモノは感じざるを得ませんね。海外でも同様にコロニーが形成されてるのではないかとは想像できますが、確認の術は今のところありませんし。ま、そういうことですが、一番の関心事。皆さんと我々の差異に関してです。これは当時の状況を聞いたところすぐにわかりましたよ」
「あら? そんなに簡単にわかる事なの」
「はい。祥子さんも知っての通り私はこのコロニーの区分け帯としてそんなに離れていない場所に居住しています。ですが、敏郎さんは大阪、亘君は山口、そして詩音さんは岩手にお住まいだったそうです。ゲームプレイしていたのはそのお住まいで……明らかに居住場所が違いすぎます。まずはこれが一点」
祥子の疑問に和人が大きく頷いてにっこりと笑う。
「次に第二陣の我々も全員、『ワールド・エンド3』のゲームを起動していたんですが正確にはプレイはしていませんでした。そして全員が別のゲームを操作中であったことが分かりました。私は『輝きの剣Ⅳリマスター』、詩音さんは『ルナリアンズ・ポータブル』、敏郎さんは『育てよ!スター・スター・スタート1&2デラックスエディション』、亘君は『ブットビカートこれくしょんず』をプレイしていたことが分かりました。初回プレイでムービーカットができなかったもので、あまりに長く、飽きてきてその間にということですがね。つまり、実際プレイ中だったのは『ワールド・エンド3』ではなく、今各々が纏っているゲームキャラクターの元ゲームということになります。ま、別ゲームのプレイデータが反映されたということではないか、と思いますね」
ほへぇ、と雄一郎たちが思う所で声がかかる。
「ちょっと待ってよ! そういうことならおかしいって。アタシここに飛ばされるときは元カレの横でスマホのゲームしてた! それが反映されてないじゃない」
今の意見に抗議したのはジェット。
そういえば、と雄一郎も思う。
プレイしていた者が全員、というのではなくそのプレイ中のモニタ近くにいた人間がここに飛ばされたのだというのは皆の共通認識だ。
その二次被害者ともいうべきプレイヤーの中にはジェットと同じようにスマホでゲームをしていたりしてもおかしくない。
同じ部屋で別の携帯ゲーム機を使うものもいただろう。
その人間たちは何も和人たちのように得たものはない。
「そこも当然考えました。そういう人間もいただろう、と。そこで皆の実際のプレイ環境を確認したんですが、面白いことが分かりました」
「面白い事?」
祥子が尋ねる。
「ええ、全員がプレイ中のムービーが長くて、それが終わるまでそれぞれのゲームを“『ワールドエンド3』の起動している筐体からケーブルをつないで給電しながら”プレイしていたことが分かりました」
「え?」
ジェットの声に二度目の皆が苦笑いする。
「私、ちょうどスマホの充電して加湿器入れて、それでタブレットで動画も流してたんだよね。空いてるコンセント無くって」
と詩音。
「俺の家はコンセントがもともと少ないんだよ。それでPCとかゲーム機のUSBのトコに刺したりしてる」
腕組みして敏郎。
「僕はPCでプレイしてたんですけど、スマホも携帯ゲーム機もUSBで充電したりするのがフツーだったんで」
いたって普通の亘。
「私は久しぶりに日本に帰国してきたんで、充電機がどこにしまっていったか見つからなかったんです。探してるあいだに携帯ゲーム機のUSBの給電ケーブルだけは見つけまして。つまり全員が『ワールドエンド3』を起動している本体と物理的に接続しているゲーム機でプレイ中でした」
四者四様のことを言い放つ。
「で、でもそうやってスマホの充電してる人間は他にもいるんじゃ……」
「でしょうね。ですが日本の本州のほぼ端から端まででこの四名です。いたとしてもこの周辺にあと一人二人という所ではないかと。もしかしたら北海道や九州・四国は区分けが違うかもしれませんが」
和人の説明に亘が補足を加える。
「あと、多分だけど『ワールドエンド』系とパブリッシャー同じソフトは混在してるんでしょ? そこのとこもあるんじゃないかな?」
「ん? どういうことかしら」
祥子が亘に尋ねる。
「けっこー僕ゲーム好きなんで、情報誌とかに載ってるゲームクリエイターの開発秘話とか読むんですよ。そん中で『ワールドエンド』の製作チームって新興ではあるけど有名どこのクリエイターとかプログラマーとかシナリオライターとか集まって作ったゲームのはずなんです」
「へぇ? そうなの?」
あまり詳しくない皆が亘の説明に耳を傾ける。
「たしか『ルナリアンズ』の初期、そのモーション関係のプログラミングが『ワールドエンド』のチーフプログラマのデビュー作だったんじゃないかな。あと『育スタ』はメインキャライメージの絵師が『戦国一閃』シリーズと同じ人です。『ワールドエンド』のミニゲームにカート系のゲームが実装されてて、繋がりは分かんないけど操作感は凄い似てるよ。だれか引き抜いたのかそれともそこの部分だけお願いして別注だったかもね。『輝きの剣』シリーズの3~7のメインシナリオ担当のシナリオライターのカバサワシュンイチは海外でも超有名人だし。でも元の会社からごたごたがあって独立して、今は『ワールドエンド』の会社の共同設立者のはず。『ワールドエンド』のイベントシナリオのいくつかはカバサワシュンイチが書いたってのを見た気がする」
「間違いない。『ワールドエンド』『ワールドエンド2』のメインシナリオの半分と、『ワールドエンド3』のDLCのシナリオは全部書いてるはずだから」
亘のおぼろげな記憶にジェットが補足を入れる。
その内容に皆が一斉にジェットを見る。
「……お前詳しいのな」
「た、たまたまだよ! な、何だよこっち見ンじゃねえよ!!」
健太が感心したようにつぶやくと、ぷいと横を向いてしまうジェット。
そこで祥子が手を叩く。
「まあまあ、ジェットちゃんの趣味は兎も角として、つまりゲームの製作陣が基礎のプログラムとか物語のベースとかそういうのに関係してるっていうのが原因の可能性があるということでいいのかしら?」
「あくまで仮説ですけれど。……もう一つかなり妄想に近いこちらも仮説ですが、ここに来るまでのタイムラグもその辺りに原因があるんではないかなと」
「同感。多分そんな感じっぽいよ」
和人の仮説に詩音が続ける。
「バグって全然見えなかったステータス画面なんだけど、最初に見てた時のよりも少しだけマシになってきてる。ほとんど見えないのは変わんないんだけどね。本来意図しないデータ部分をなんとかかんとか受け入れれるように調整、言って見ればアップデートしてるんじゃない、コレ?」
「成程、本当だな。俺、見てなかったから気づかなかったわ。確かにちょっと一部だけ読めるようになってるかもしれん」
敏郎は目を顰めて、くぬぬとモザイク越しの向こうを覗き込むような顔をする。恐らくは自分のステータス画面を見ているのだろう。
「いわゆる画面の上でぐるぐる状態でフリーズしてたけど、ようやく読み込みが始まりました、的な?」
「的な、でしょ」
例えを出した亘に詩音が答える。
「うん、ま。言おうとしてたことは言われちゃいましたが、そういうことですね。飲み込んだはいいけれどうまく消化できていなかった部分が時間を掛けて消化、そしてこの世界で血肉になった。それが我々第二陣ということでしょう」
「辻褄は合う。でも、間違いないとは言えない」
「その通りです」
祥子と羽田が腕組みして悩む。
このぎりぎりの現状をどうにかすることのできるかもしれない、和人たち第二陣の他ゲームプレイヤー。「ワールドエンド」系の縛りを受けていないそれは魅力的で、そして実際に止める者のいない暴力装置としても作用する。
悩みながらも祥子がつぶやく。
「……でも、時間がないんでしょう?」
そう、時間がない。
そのように言われて夜になったというのに祥子たちはこのガレージに来ているのだ。
夜のモンスターどもの活動の活発化と、時間帯限定の高レベル帯モンスターの出現のリスクがある中でも。
それほどの理由のある内密な話をしなくてはいけない理由。
「はい、先ほど見たんですが喫緊で最大の懸念である『全マップ捜索率2%を達成』の項目が現時点で1.3パーセントに一気に進んでしまいました。雄一郎君が確認した我々と出会う直前で1.1パーセントだったと聞いています。この短期間で0.2パーセント捜索率がアップしていますので恐らくタイミングからして我々と同じ第二陣組が世界中のどこかに現れ、この項目をアンロックしようとしているのではないかと推測できます。このままでは早々に『NPC街のアンロック』が報酬として“手に入って”しまいます」
「それは本当にマズいことになるのかしら。……あなたの思い過ごしや心配しすぎではないの?」
祥子の声に和人が首を否定に振る。
「心配しすぎならば、それはそれで私を笑っていただければいいんです。ですが、そうでなかった場合、つまりリスク管理の問題です。『NPC街のアンロック』、そう言われれば単純にNPC、つまりプレイヤーでないキャラクターと交流ができるようになり、街があるならば流通も行えるかもしれない。モンスターに対して共闘できるかもしれない。確かにそう考えるのが自然です。ですが、私は根が心配性ですので」
ははは、と笑って和人が続ける。
「……NPCが協力関係をとれる人間系のキャラクターだ、とは一切記載されていません。例えばそれが人間と敵対関係の、そうですね。RPGでよくあるパターンだと魔族、とか獣人、とかですか。物語によってはエルフとかも敵対していることがありますね。もっと言えば人間系であっても山賊団や盗賊団に夜盗。あとはポストアポカリプスではスタンダードな末法思想の宗教の信奉者、他者から強奪するのが基本の暴力集団、暴走した機械生命体や侵略宇宙人に占拠されたの街、ってのは一般的なんですよ。そしておそらく今挙げた全部が“我々の平均値より良い装備と戦闘力を持っている”だろうということです。それが自分たちのコロニーの傍に発生してしまおうものなら」
「……少なくても零細コロニーは壊滅状態になるでしょうね」
「最初の魔族云々は微妙な線ですが、所謂ヒャッハーなモヒカン頭の世紀末な敵対NPCの出現の可能性は高い気がします。というか未だにそういった敵モンスターが出ていないのであれば、このアンロックで出現させるのはかなりピッタリのタイミングでしょう」
「利便性が高まる可能性とこれ以上の敵の出現……。天秤にかけても敵の増加がありうるならうちのようなコロニーはデメリットの方が大きい。正直アンロックされるのは頭が痛いな、それは」
羽田が頭を押さえる
ぞっとする。
和人の言っていることは一歩下がってみれば当然の話なのだ。
そこに思い至る余裕が皆になく、更に個々のコロニーが連絡を取りにくい状況下では、それに気付いても他へと伝播しない。
仮に思いついてもそれを発することで不安をあおるなら、と飲み込んでいる者もいるだろう。それはコロニーのリーダー格であってもだ。
「やるべきなのは万が一に備えての自衛力の強化。そして逃げ出すことのできるサイドコロニーの準備。『NPC街のアンロック』の本来のクエスト達成順はきっともっと後にのはずだったんですよ。ですが、攻略サイトも無いこの世界で、簡単に時間さえかければ達成できる項目のアンロックは希望でもあったんでしょう。それが、今回は最悪の結果になる可能性がある。まあ、あくまで私の心配性から来る杞憂であればいいんですが……」
最後にフォローを入れた和人の声は、苦悩に満ちていた。




