↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/32

第一章 約束③

  不意に尋ねられ、アレンと少女は顔を見合わせた。


 将来、何になりたいのか。


 考えたことはある。


 けれど、誰かへ話したことはなかった。


「どうした?」


 少年が不思議そうに首を傾げる。


「急に聞くから」


 少女が答えた。


「そうか?」

「そうだよ」

「でも、気にならないか?」


 少年はアレンと少女を交互に見る。


「二人が大人になったら、何をしてるのか」

「それを聞きたいなら、最初は君から話して」

「俺から?」

「聞いたのは君でしょう?」


 少年は少し考え、すぐに頷いた。


「分かった」


 先ほどまで眺めていた海へ、もう一度目を向ける。


「俺は、もっと強くなりたい」

「やっぱり剣?」

「ああ」


 背負っている木剣へ手を触れた。


「今は、みんなに全然勝てないから」

「みんなって?」

「一緒に暮らしてる奴ら。みんな強いんだ」


 少年は嬉しそうに笑った。


「一緒に飯を食って、訓練して、毎日騒いでる。血は繋がってないけど、家族みたいなもんだ」


 アレンは、王城の食卓を思い出した。


 用意された料理を、決められた作法で食べる。


 少年が話す食事とは、きっとまるで違うのだろう。


「その人たちに勝ちたいの?」


 少女が尋ねる。


「勝ちたい」


 少年は迷わず答えた。


「でも、それだけじゃない」


 木剣から手を離し、膝の上で拳を握る。


「何かあった時に、俺もみんなを守りたいんだ」

「今は守ってもらってるの?」

「子供だからって、いつも俺ばっかり守られる」


 少し不満そうな声だった。


「だから、早く強くなりたい。みんなを守れるくらい」


 少年は照れたように鼻の下を擦った。


「それで、ずっと一緒にいられたらいい」

「いいね」


 少女が微笑む。


「君らしいと思う」

「まだ会ったばかりだろ」

「それでも、君らしいよ」

「そうか?」


 少年は嬉しそうだったが、すぐに顔を背けた。


「こういう話、ちょっと恥ずかしいな」

「自分から聞いたのに?」

「聞くのと話すのは違うだろ」


 アレンが笑うと、少年はますます頬を膨らませた。


「次は私だね」


 少女は足元で光る月魔草を見た。


「私は、知らないことをたくさん知りたい」

「たくさんって、どれくらいだ?」

「できれば全部」

「全部は無理だろ」

「たぶん無理だね」


 あっさり認めた少女に、少年が首を傾げる。


「じゃあ、何で全部なんだよ」

「知らないことが、たくさんあるから」


 少女は月魔草の近くへ屈んだ。


「この花も、本では読んだことがあったけど、本物を見るのは初めてだった」


 青白い光をじっと見つめる。


「本に描いてあった絵より、ずっと綺麗だった」

「海も初めて見たんだろ?」

「うん。二人に会うとも思ってなかった」


 少女は顔を上げ、アレンと少年を順番に見る。


「今日だけで、知らなかったものを三つも見つけたよ」

「俺たちも数えるのか?」

「だって、二人のことも知らなかったから」

「名前は知らないままだけどな」

「それは言わない約束でしょう?」

「分かってるって」


 少年は笑い、少女もつられるように笑った。


「だから、もっといろんなものを見たいの」


 少女は再び海へ目を向ける。


「見たことのない生き物も、知らない国も、誰も知らないものも。自分で見つけてみたい」

「見つけたら、僕にも教えて」


 アレンが言うと、少女は目を瞬かせた。


「聞きたいの?」

「うん」

「俺も聞きたい」


 少年も加わる。


「君は本より剣の方が好きなんでしょう?」

「本を読むのと、話を聞くのは別だ」

「それなら、見つけたら話すね」


 少女は嬉しそうに頷いた。


 二人の視線が、今度はアレンへ向けられる。


「最後はお前だな」

「僕か……」


 アレンは海を見た。


 波が岩へ砕けるたび、白い飛沫が暗闇の中へ浮かび上がる。


 本当のことをすべて話すつもりはない。


 王子であることも、王城から抜け出してきたことも言えなかった。


 けれど、自分の夢まで隠したくはなかった。


「僕は、世界を見たい」


 口にすると、胸の奥が少しだけ軽くなった。


「この海の向こうも見たいし、もっと遠くへも行ってみたい」

「遠くって、どこだ?」

「分からない」

「分からないのかよ」

「まだ知らないから」


 アレンが答えると、少女が小さく笑った。


「私と同じだね」

「少しだけね」


 王城には、いろいろな国について書かれた本がある。


 けれど、読んだだけでは分からないことも多い。


「本に書いてある場所へ、本当に行ってみたいんだ。そこで暮らしてる人とも話してみたい」


「じゃあ、行けばいいじゃん」


 少年が簡単に言った。


「そんな簡単に言うなよ」

「でも、行きたいんだろ?」

「行きたいけど……」

「だったら、行けばいい」


 少年の答えは変わらない。


 面白そうだから来た。

 見たいから進む。


 少年にとって、それだけで十分なのだろう。


「今日だって、ここまで来られたじゃねえか」


 アレンは三人が通ってきた細い道を振り返った。


 今朝まで、自分が王城の外へ出るなど考えられなかった。


 けれど今は、二人と並んで夜の海を見ている。


「私も、行けると思うよ」


 少女も頷いた。


「その時は、見たものを教えて」

「僕が見たもの?」

「うん。私も、見つけたものを二人に話すから」

「俺にもだぞ」

「分かってるよ」


 アレンは二人を見た。


 大きすぎる夢だと笑われるかもしれないと思っていた。


 けれど、二人は当然のことのように受け入れてくれた。


「分かった」


 自然と笑みがこぼれる。


「いつか世界を見て回れたら、二人にも話すよ」

「約束だな」


 少年が笑う。


「まだ行けるか分からないよ」

「今から諦めるなよ」

「そうだよ。私も楽しみにしてるから」


 三人は顔を見合わせて笑った。


 少年は強くなりたい。

 少女は知りたい。

 アレンは見たい。


 それぞれ違う夢だった。


 けれど、三人とも話している時の顔は楽しそうだった。


「十年後ってさ」


 少年が、ふと夜空を見上げた。


「俺たち、もう大人なんだよな」

「十七歳だから、そうだね」


 少女も夜空を見上げる。


「その頃には、俺も今よりずっと強くなってるはずだ」

「本当に?」

「当たり前だろ」

「何でも力で解決する人になってたりして」

「ならねえよ!」


 少年がすぐに言い返す。


 少女は楽しそうに笑っていた。


 十年後。


 今より背も伸びて、大人になっている。


 少年は、本当にみんなを守れるほど強くなっているのだろうか。


 少女は、どれほど多くのものを見つけているのだろうか。


 自分は、世界を歩けているのだろうか。


 想像しても、何一つ分からない。


 それでも、大人になった二人には会ってみたかった。


 その時に、今夜話した夢がどうなったのかを聞いてみたい。


 けれど、今夜が終われば、二人とは二度と会えないかもしれない。


 名前も知らず、どこから来たのかも分からない。


 別れたあとで捜すこともできないだろう。


 そう考えると、急に寂しくなった。


「だったら」


 アレンは二人へ向き直った。


 口にする直前になって、少しだけ怖くなる。


 断られるかもしれない。


 それでも、このまま別れたくはなかった。


「十年後、また三人で会わない?」


 少年と少女が、同時にアレンを見た。


 波音だけが、短い沈黙を埋めていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。