第一章 約束③
不意に尋ねられ、アレンと少女は顔を見合わせた。
将来、何になりたいのか。
考えたことはある。
けれど、誰かへ話したことはなかった。
「どうした?」
少年が不思議そうに首を傾げる。
「急に聞くから」
少女が答えた。
「そうか?」
「そうだよ」
「でも、気にならないか?」
少年はアレンと少女を交互に見る。
「二人が大人になったら、何をしてるのか」
「それを聞きたいなら、最初は君から話して」
「俺から?」
「聞いたのは君でしょう?」
少年は少し考え、すぐに頷いた。
「分かった」
先ほどまで眺めていた海へ、もう一度目を向ける。
「俺は、もっと強くなりたい」
「やっぱり剣?」
「ああ」
背負っている木剣へ手を触れた。
「今は、みんなに全然勝てないから」
「みんなって?」
「一緒に暮らしてる奴ら。みんな強いんだ」
少年は嬉しそうに笑った。
「一緒に飯を食って、訓練して、毎日騒いでる。血は繋がってないけど、家族みたいなもんだ」
アレンは、王城の食卓を思い出した。
用意された料理を、決められた作法で食べる。
少年が話す食事とは、きっとまるで違うのだろう。
「その人たちに勝ちたいの?」
少女が尋ねる。
「勝ちたい」
少年は迷わず答えた。
「でも、それだけじゃない」
木剣から手を離し、膝の上で拳を握る。
「何かあった時に、俺もみんなを守りたいんだ」
「今は守ってもらってるの?」
「子供だからって、いつも俺ばっかり守られる」
少し不満そうな声だった。
「だから、早く強くなりたい。みんなを守れるくらい」
少年は照れたように鼻の下を擦った。
「それで、ずっと一緒にいられたらいい」
「いいね」
少女が微笑む。
「君らしいと思う」
「まだ会ったばかりだろ」
「それでも、君らしいよ」
「そうか?」
少年は嬉しそうだったが、すぐに顔を背けた。
「こういう話、ちょっと恥ずかしいな」
「自分から聞いたのに?」
「聞くのと話すのは違うだろ」
アレンが笑うと、少年はますます頬を膨らませた。
「次は私だね」
少女は足元で光る月魔草を見た。
「私は、知らないことをたくさん知りたい」
「たくさんって、どれくらいだ?」
「できれば全部」
「全部は無理だろ」
「たぶん無理だね」
あっさり認めた少女に、少年が首を傾げる。
「じゃあ、何で全部なんだよ」
「知らないことが、たくさんあるから」
少女は月魔草の近くへ屈んだ。
「この花も、本では読んだことがあったけど、本物を見るのは初めてだった」
青白い光をじっと見つめる。
「本に描いてあった絵より、ずっと綺麗だった」
「海も初めて見たんだろ?」
「うん。二人に会うとも思ってなかった」
少女は顔を上げ、アレンと少年を順番に見る。
「今日だけで、知らなかったものを三つも見つけたよ」
「俺たちも数えるのか?」
「だって、二人のことも知らなかったから」
「名前は知らないままだけどな」
「それは言わない約束でしょう?」
「分かってるって」
少年は笑い、少女もつられるように笑った。
「だから、もっといろんなものを見たいの」
少女は再び海へ目を向ける。
「見たことのない生き物も、知らない国も、誰も知らないものも。自分で見つけてみたい」
「見つけたら、僕にも教えて」
アレンが言うと、少女は目を瞬かせた。
「聞きたいの?」
「うん」
「俺も聞きたい」
少年も加わる。
「君は本より剣の方が好きなんでしょう?」
「本を読むのと、話を聞くのは別だ」
「それなら、見つけたら話すね」
少女は嬉しそうに頷いた。
二人の視線が、今度はアレンへ向けられる。
「最後はお前だな」
「僕か……」
アレンは海を見た。
波が岩へ砕けるたび、白い飛沫が暗闇の中へ浮かび上がる。
本当のことをすべて話すつもりはない。
王子であることも、王城から抜け出してきたことも言えなかった。
けれど、自分の夢まで隠したくはなかった。
「僕は、世界を見たい」
口にすると、胸の奥が少しだけ軽くなった。
「この海の向こうも見たいし、もっと遠くへも行ってみたい」
「遠くって、どこだ?」
「分からない」
「分からないのかよ」
「まだ知らないから」
アレンが答えると、少女が小さく笑った。
「私と同じだね」
「少しだけね」
王城には、いろいろな国について書かれた本がある。
けれど、読んだだけでは分からないことも多い。
「本に書いてある場所へ、本当に行ってみたいんだ。そこで暮らしてる人とも話してみたい」
「じゃあ、行けばいいじゃん」
少年が簡単に言った。
「そんな簡単に言うなよ」
「でも、行きたいんだろ?」
「行きたいけど……」
「だったら、行けばいい」
少年の答えは変わらない。
面白そうだから来た。
見たいから進む。
少年にとって、それだけで十分なのだろう。
「今日だって、ここまで来られたじゃねえか」
アレンは三人が通ってきた細い道を振り返った。
今朝まで、自分が王城の外へ出るなど考えられなかった。
けれど今は、二人と並んで夜の海を見ている。
「私も、行けると思うよ」
少女も頷いた。
「その時は、見たものを教えて」
「僕が見たもの?」
「うん。私も、見つけたものを二人に話すから」
「俺にもだぞ」
「分かってるよ」
アレンは二人を見た。
大きすぎる夢だと笑われるかもしれないと思っていた。
けれど、二人は当然のことのように受け入れてくれた。
「分かった」
自然と笑みがこぼれる。
「いつか世界を見て回れたら、二人にも話すよ」
「約束だな」
少年が笑う。
「まだ行けるか分からないよ」
「今から諦めるなよ」
「そうだよ。私も楽しみにしてるから」
三人は顔を見合わせて笑った。
少年は強くなりたい。
少女は知りたい。
アレンは見たい。
それぞれ違う夢だった。
けれど、三人とも話している時の顔は楽しそうだった。
「十年後ってさ」
少年が、ふと夜空を見上げた。
「俺たち、もう大人なんだよな」
「十七歳だから、そうだね」
少女も夜空を見上げる。
「その頃には、俺も今よりずっと強くなってるはずだ」
「本当に?」
「当たり前だろ」
「何でも力で解決する人になってたりして」
「ならねえよ!」
少年がすぐに言い返す。
少女は楽しそうに笑っていた。
十年後。
今より背も伸びて、大人になっている。
少年は、本当にみんなを守れるほど強くなっているのだろうか。
少女は、どれほど多くのものを見つけているのだろうか。
自分は、世界を歩けているのだろうか。
想像しても、何一つ分からない。
それでも、大人になった二人には会ってみたかった。
その時に、今夜話した夢がどうなったのかを聞いてみたい。
けれど、今夜が終われば、二人とは二度と会えないかもしれない。
名前も知らず、どこから来たのかも分からない。
別れたあとで捜すこともできないだろう。
そう考えると、急に寂しくなった。
「だったら」
アレンは二人へ向き直った。
口にする直前になって、少しだけ怖くなる。
断られるかもしれない。
それでも、このまま別れたくはなかった。
「十年後、また三人で会わない?」
少年と少女が、同時にアレンを見た。
波音だけが、短い沈黙を埋めていった。




