第四章 滝下の日々⑤
天啓の儀を終えた後、教会の前ではユナを祝う席が設けられた。
長い机には、焼きたてのパンや野菜のスープ、川で捕れた魚を使った料理が並んでいる。
ユナはソフィアの隣へ座り、村人から声を掛けられるたび、少し照れながら礼を返していた。
「おめでとう、ユナ」
「ありがとう」
「何か作ってみたいものはあるのかい?」
村の男性に尋ねられ、ユナは困ったように首を傾げる。
「まだ、何が作れるのか分からない」
「そうか。なら、作れるようになったら何を作りたい?」
「作れるようになったら……」
ユナは少し考えた後、離れた場所でパンを取り合っているレンとフィナへ目を向けた。
「薬」
「薬かい?」
「うん。怪我を治す薬。レンお兄ちゃんが、よく怪我するから」
突然名前を出されたレンが、パンを持ったまま振り返った。
「俺のためか?」
「フィナお姉ちゃんが治す前に、また動こうとするから」
「それならフィナに治してもらえばいいだろ」
「動かないようにする薬も作った方がいいかも」
「それは薬じゃなくて毒じゃないか!?」
フィナは腕を組み、何度も頷いていた。
「いい考えね。最初にそれをお願いするわ」
「フィナまで乗るなよ!」
「少しくらい動けなくても、レンなら困らないでしょ」
「すごく困る!」
ユナが口元を押さえて笑う。
レンは納得できないように二人を見比べた後、助けを求めるようにアレンへ顔を向けた。
「アレン兄も何か言ってくれよ!」
「怪我をしても動こうとするレンが悪いと思う」
「アレン兄まで!?」
「動けなくなる薬が必要かどうかは別だけどね」
「そこは最初から否定してくれ!」
フィナが吹き出し、ユナも再び笑った。
まだ創作士として何ができるのか、ユナ自身にも分かっていない。
それでも、最初に作りたいものとして挙げたのは、誰かの怪我を助けるための薬だった。
フィナが神官になる前、自分には何もないと不安を漏らしていたことを、アレンは思い出す。
今のフィナは村人の傷を治し、神官として自分にできることを一つずつ増やしている。
強くなるために剣士となったレンも、普段は騒がしくとも、重い荷物があれば真っ先に手を貸していた。
創作士となったユナも、自分の力を知る前から誰かの役に立つものを作ろうとしている。
皆が異なる天啓を持ち、それぞれにできることで誰かを支えていた。
自分の結界も同じだった。
魔物の攻撃を防ぐだけではなく、畑を獣から守り、荷物を運び、足場を作ることもできる。
ガルドから学び、村の人々と暮らすうちに、嫌っていた力の使い道は少しずつ増えていた。
力の価値は、授かった瞬間に決まるものではない。
誰が、何のために、どのように使うのかで変わっていく。
「アレン兄、何を見てるんだ?」
いつの間にか、レンが隣へ来ていた。
「皆を見てた」
「何だそれ」
「少し考えていたんだ」
「また副職のことか?」
アレンは驚いてレンを見る。
「どうして分かったの?」
「何か考えてる時、遠くを見るだろ」
思いがけない指摘だった。
自分が周囲を見ているように、レンたちも日頃から自分を見ているのだろう。
「決まりそうなのか?」
「わからない。でも、どんな力が欲しいのかは分かってきた」
「剣士じゃないのか?」
「うん」
剣を扱えるようになれば、自分で敵を倒せる。
結界師に不足している攻撃手段を得るという考えは、今でも間違いではないと思う。
ただ、それはアレンが本当に欲しい力とは違っていた。
「僕は、自分一人で何でもできるようになりたいわけじゃない」
「そうなのか?」
「レンも、フィナも、ユナもいるから」
アレンは祝いの席へ目を向けた。
フィナが料理を取り分け、ユナの皿へ運んでいる。
ミレアは足りなくなったスープを追加し、ソフィアは娘の様子を穏やかに見守っていた。
ガルドは少し離れた場所で、机を動かそうとしている村人へ手を貸している。
「皆が同じことをできても、仕方がないと思う」
「それはそうだな。フィナが二人いたら、俺が二倍殴られる」
「聞こえてるわよ!」
離れた場所からフィナの声が飛んできた。
「聞こえるように言った!」
「後で覚えてなさい!」
レンはアレンの背後へ半歩隠れた。
「僕を盾にしないでよ」
「結界師だろ。守ってくれ」
「フィナを怒らせたのはレンだよ」
「原因が誰でも、危ない時に仲間を守るのが結界師だろ!」
「都合のいい時だけ仲間を持ち出さないで」
アレンは呆れながらも、レンの言葉を胸の中で繰り返した。
危ない時に仲間を守る。
それは結界師として、これからも果たしたい役目だった。
しかし、守るだけでは足りないと思う自分もいる。
異なる力を持つ者たちが、それぞれの長所を活かせるようにしたい。
迷った時には共に考え、危険な時には進むべき道を示す。
自分一人で何でも成し遂げるのではなく、皆と共に進むための力が欲しい。
これまで副職を選べなかったのは、どの天啓が優れているのか分からなかったからではない。
その力を使って、誰と、どのように生きていきたいのかが分からなかったからだ。
今は、その答えが目の前にある。
生まれ持った力も、進もうとする道も違う。
それでも、互いを支えながら一緒に笑っている人たちがいる。
誰かを自分と同じ形へ変えるのではなく、違うまま共に進めるようにしたい。
長く見つけられなかった道が、ようやく一本に繋がった。
「アレン兄?」
レンに呼ばれ、アレンは顔を上げた。
「どうした? 急に黙って」
「……少し、考え事をしてた」
「まだ迷ってるのか?」
アレンは、もう一度祝いの席を見渡した。
ユナと目が合う。
ユナは小さく手を振り、隣にいるフィナもこちらを振り返った。
迷いはなかった。
「ううん」
「じゃあ、決まったのか?」
アレンはすぐには答えず、小さく笑った。
「ガルドさんに話してくる」
「俺には教えないのかよ!」
「選んだ後ならね」
「何だよ、それ!」
レンは不満そうだったが、アレンの表情を見ると、それ以上は尋ねなかった。
「ちゃんと決められたなら、まあいいか」
「うん」
「二年も待ったんだから、変なのを選ぶなよ」
「変かどうかは、使い方次第だと思う」
「それもそうか」
レンは納得したように頷き、フィナたちのもとへ戻っていった。
アレンはその背中を見送ってから、広場の端にいるガルドへ目を向けた。
◇
祝いの席が終わる頃には、空が橙色へ染まり始めていた。
村人たちが机や椅子を片づけ、それぞれの家へ帰っていく。
アレンは後片づけをしていたガルドのもとへ向かった。
「ガルドさん」
「何だ」
「答えが見つかりました」
ガルドは手を止め、アレンへ目を向ける。
「そうか」
「驚かないんですか?」
「いつか見つけると思っていた」
「随分待たせましたけど」
「自分で見つけたのなら、遅くはない」
長く迷ったことを責めず、自分で答えへ辿り着いたことだけを受け入れている。
十歳の時に求められていたのは、周囲を納得させるための選択だった。
今、アレンが見つけたのは、誰かに認めてもらうための答えではない。
自分がどのように生きていきたいのかを考え、自分の意思で選び取った道だった。
「迷いはないか」
「ありません」
「なら、行くぞ」
ガルドは片づけていた机から手を離し、村外れへ続く道を歩き始めた。
アレンも、その隣へ並ぶ。
歩き慣れた村の道には、夕暮れの光が差し込んでいた。
畑では、一日の仕事を終えた村人たちが道具を片づけている。
教会の前では、ユナが村人から贈られた小さな包みを抱え、ソフィアと一緒に一人ずつ礼を告げていた。
フィナは残った料理を器へまとめ、その傍ではレンが最後の一つへ手を伸ばそうとしている。
数年前のアレンには、自分がこの中で笑っている姿など想像できなかった。
誰もが異なる力を持ち、異なる道を歩いている。
同じになる必要はない。
違うままでも、互いを支え、共に進むことはできる。
アレンは、その中で自分が担いたい役目を見つけていた。
「ガルドさん」
「何だ」
「僕が迷わなくなるまで、待っていてくれたんですか?」
「急かして、俺が選んだ答えにしても意味がない」
ガルドは前を向いたまま答える。
「お前の道だ。お前が決めろ」
アレンは小さく笑った。
「はい」
村外れへ近付くにつれ、滝の音が少しずつ遠ざかっていく。
やがて、木々の間から古びた石板が見え始めた。
十歳のあの日には選べなかった道を、今度は自分の意思で選ぶために。
アレンはガルドと共に、石板へ向かって歩いていった。




