↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/32

第四章 滝下の日々⑤

 天啓の儀を終えた後、教会の前ではユナを祝う席が設けられた。


 長い机には、焼きたてのパンや野菜のスープ、川で捕れた魚を使った料理が並んでいる。


 ユナはソフィアの隣へ座り、村人から声を掛けられるたび、少し照れながら礼を返していた。


「おめでとう、ユナ」

「ありがとう」

「何か作ってみたいものはあるのかい?」


 村の男性に尋ねられ、ユナは困ったように首を傾げる。


「まだ、何が作れるのか分からない」

「そうか。なら、作れるようになったら何を作りたい?」

「作れるようになったら……」


 ユナは少し考えた後、離れた場所でパンを取り合っているレンとフィナへ目を向けた。


「薬」

「薬かい?」

「うん。怪我を治す薬。レンお兄ちゃんが、よく怪我するから」


 突然名前を出されたレンが、パンを持ったまま振り返った。


「俺のためか?」

「フィナお姉ちゃんが治す前に、また動こうとするから」

「それならフィナに治してもらえばいいだろ」

「動かないようにする薬も作った方がいいかも」

「それは薬じゃなくて毒じゃないか!?」


 フィナは腕を組み、何度も頷いていた。


「いい考えね。最初にそれをお願いするわ」

「フィナまで乗るなよ!」

「少しくらい動けなくても、レンなら困らないでしょ」

「すごく困る!」


 ユナが口元を押さえて笑う。


 レンは納得できないように二人を見比べた後、助けを求めるようにアレンへ顔を向けた。


「アレン兄も何か言ってくれよ!」

「怪我をしても動こうとするレンが悪いと思う」

「アレン兄まで!?」

「動けなくなる薬が必要かどうかは別だけどね」

「そこは最初から否定してくれ!」


 フィナが吹き出し、ユナも再び笑った。


 まだ創作士として何ができるのか、ユナ自身にも分かっていない。


 それでも、最初に作りたいものとして挙げたのは、誰かの怪我を助けるための薬だった。


 フィナが神官になる前、自分には何もないと不安を漏らしていたことを、アレンは思い出す。


 今のフィナは村人の傷を治し、神官として自分にできることを一つずつ増やしている。


 強くなるために剣士となったレンも、普段は騒がしくとも、重い荷物があれば真っ先に手を貸していた。


 創作士となったユナも、自分の力を知る前から誰かの役に立つものを作ろうとしている。


 皆が異なる天啓を持ち、それぞれにできることで誰かを支えていた。


 自分の結界も同じだった。


 魔物の攻撃を防ぐだけではなく、畑を獣から守り、荷物を運び、足場を作ることもできる。


 ガルドから学び、村の人々と暮らすうちに、嫌っていた力の使い道は少しずつ増えていた。


 力の価値は、授かった瞬間に決まるものではない。


 誰が、何のために、どのように使うのかで変わっていく。


「アレン兄、何を見てるんだ?」


 いつの間にか、レンが隣へ来ていた。


「皆を見てた」

「何だそれ」

「少し考えていたんだ」

「また副職のことか?」


 アレンは驚いてレンを見る。


「どうして分かったの?」

「何か考えてる時、遠くを見るだろ」


 思いがけない指摘だった。


 自分が周囲を見ているように、レンたちも日頃から自分を見ているのだろう。


「決まりそうなのか?」

「わからない。でも、どんな力が欲しいのかは分かってきた」

「剣士じゃないのか?」

「うん」


 剣を扱えるようになれば、自分で敵を倒せる。


 結界師に不足している攻撃手段を得るという考えは、今でも間違いではないと思う。


 ただ、それはアレンが本当に欲しい力とは違っていた。


「僕は、自分一人で何でもできるようになりたいわけじゃない」

「そうなのか?」

「レンも、フィナも、ユナもいるから」


 アレンは祝いの席へ目を向けた。


 フィナが料理を取り分け、ユナの皿へ運んでいる。


 ミレアは足りなくなったスープを追加し、ソフィアは娘の様子を穏やかに見守っていた。


 ガルドは少し離れた場所で、机を動かそうとしている村人へ手を貸している。


「皆が同じことをできても、仕方がないと思う」

「それはそうだな。フィナが二人いたら、俺が二倍殴られる」

「聞こえてるわよ!」


 離れた場所からフィナの声が飛んできた。


「聞こえるように言った!」

「後で覚えてなさい!」


 レンはアレンの背後へ半歩隠れた。


「僕を盾にしないでよ」

「結界師だろ。守ってくれ」

「フィナを怒らせたのはレンだよ」

「原因が誰でも、危ない時に仲間を守るのが結界師だろ!」

「都合のいい時だけ仲間を持ち出さないで」


 アレンは呆れながらも、レンの言葉を胸の中で繰り返した。


 危ない時に仲間を守る。


 それは結界師として、これからも果たしたい役目だった。


 しかし、守るだけでは足りないと思う自分もいる。


 異なる力を持つ者たちが、それぞれの長所を活かせるようにしたい。


 迷った時には共に考え、危険な時には進むべき道を示す。


 自分一人で何でも成し遂げるのではなく、皆と共に進むための力が欲しい。


 これまで副職を選べなかったのは、どの天啓が優れているのか分からなかったからではない。


 その力を使って、誰と、どのように生きていきたいのかが分からなかったからだ。


 今は、その答えが目の前にある。


 生まれ持った力も、進もうとする道も違う。


 それでも、互いを支えながら一緒に笑っている人たちがいる。


 誰かを自分と同じ形へ変えるのではなく、違うまま共に進めるようにしたい。


 長く見つけられなかった道が、ようやく一本に繋がった。


「アレン兄?」


 レンに呼ばれ、アレンは顔を上げた。


「どうした? 急に黙って」

「……少し、考え事をしてた」

「まだ迷ってるのか?」


 アレンは、もう一度祝いの席を見渡した。


 ユナと目が合う。


 ユナは小さく手を振り、隣にいるフィナもこちらを振り返った。


 迷いはなかった。


「ううん」

「じゃあ、決まったのか?」


 アレンはすぐには答えず、小さく笑った。


「ガルドさんに話してくる」

「俺には教えないのかよ!」

「選んだ後ならね」

「何だよ、それ!」


 レンは不満そうだったが、アレンの表情を見ると、それ以上は尋ねなかった。


「ちゃんと決められたなら、まあいいか」

「うん」

「二年も待ったんだから、変なのを選ぶなよ」

「変かどうかは、使い方次第だと思う」

「それもそうか」


 レンは納得したように頷き、フィナたちのもとへ戻っていった。


 アレンはその背中を見送ってから、広場の端にいるガルドへ目を向けた。


◇


 祝いの席が終わる頃には、空が橙色へ染まり始めていた。


 村人たちが机や椅子を片づけ、それぞれの家へ帰っていく。


 アレンは後片づけをしていたガルドのもとへ向かった。


「ガルドさん」

「何だ」

「答えが見つかりました」


 ガルドは手を止め、アレンへ目を向ける。


「そうか」

「驚かないんですか?」

「いつか見つけると思っていた」

「随分待たせましたけど」

「自分で見つけたのなら、遅くはない」


 長く迷ったことを責めず、自分で答えへ辿り着いたことだけを受け入れている。


 十歳の時に求められていたのは、周囲を納得させるための選択だった。


 今、アレンが見つけたのは、誰かに認めてもらうための答えではない。


 自分がどのように生きていきたいのかを考え、自分の意思で選び取った道だった。


「迷いはないか」

「ありません」

「なら、行くぞ」


 ガルドは片づけていた机から手を離し、村外れへ続く道を歩き始めた。


 アレンも、その隣へ並ぶ。


 歩き慣れた村の道には、夕暮れの光が差し込んでいた。


 畑では、一日の仕事を終えた村人たちが道具を片づけている。


 教会の前では、ユナが村人から贈られた小さな包みを抱え、ソフィアと一緒に一人ずつ礼を告げていた。


 フィナは残った料理を器へまとめ、その傍ではレンが最後の一つへ手を伸ばそうとしている。


 数年前のアレンには、自分がこの中で笑っている姿など想像できなかった。


 誰もが異なる力を持ち、異なる道を歩いている。


 同じになる必要はない。


 違うままでも、互いを支え、共に進むことはできる。


 アレンは、その中で自分が担いたい役目を見つけていた。


「ガルドさん」

「何だ」

「僕が迷わなくなるまで、待っていてくれたんですか?」

「急かして、俺が選んだ答えにしても意味がない」


 ガルドは前を向いたまま答える。


「お前の道だ。お前が決めろ」


 アレンは小さく笑った。


「はい」


 村外れへ近付くにつれ、滝の音が少しずつ遠ざかっていく。


 やがて、木々の間から古びた石板が見え始めた。


 十歳のあの日には選べなかった道を、今度は自分の意思で選ぶために。


 アレンはガルドと共に、石板へ向かって歩いていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。