第8話 六歳の祝い
その日の夕飯は、いつもより少し豪勢だった。
「今日はリオンの六歳の誕生日だからな」
「誕生日?」
母さんによると、故郷では六歳まで生き延びた子供の成長を祝う風習があるらしい。
先ほど危うく死にかけました、とか言ったらどんな反応するかなと思ってしまった。
そんなわけで、両腕で抱えるほど大きな魔結晶を囲んで、食事の準備だ。魔結晶は魔力と反応する。今も、母さんの火魔術によって魔結晶の中で炎が揺らめいている。
初めて見たときは驚いた。魔結晶の中に酸素なんてないはずなのに、火のようなものが光を放ち続けているのだから。
母さんは壁を背にしながら、片膝を立てて座った。
俺は下に魔物の毛皮を敷いて、正座だ。
ゴブ郎は......あぐらをかいて食事をとるらしい。なかなか豪胆だな。
皆の準備が揃ったらやることは一つだ。
ゴブ郎も見よう見まねで手を合わせ、三人で食前の祈りを捧げる。
「ヴァルガン様の慈悲に」
「いただきます」「ギアあぎばグ」
母さんが出してくれた夕飯には、炙った串肉に、肉を煮込んだスープ、そして、柑橘のような華やかな香りがする、見慣れない赤い果物まで添えられていた。切り分けられた果物は、中心に近づくほど赤みを増し、瑞々しい果汁を滴らせていた。肉じゃない食べ物。うまそう。
果物なんて、ほとんど食べた記憶がない。
「これ、食べていいの?」
「もちろんだ。お前のために採ってきた」
「ありがとう、母さん」
そう言って果物を口に運ぶ。
ジュワッと舌先に広がる、懐かしい甘み。
いや、懐かしいというのも変な話だ。前世の味覚を呼び覚まされたのだろう。
甘さの奥にほのかな酸味があり、爽やかな香りが鼻を抜けていく。
感無量の感は、甘味の甘だったんだ。
洞窟の中で食べられるものとは思えない幸福感に、俺は思わず顔をほころばせた。
それにしても……六歳か。
転生してから、もう六年になる。前世なら、そろそろ小学生になる歳だ。
そう考えると、少し感慨深い。
そんなことを考えながら食事を続けていると、ふと数刻前の出来事を思い出した。
「そういえば母さん」
「なんだ?」
「今日、探索中に変な魔物を見たんだ」
「変な魔物?」
「ああ。すごく大きくて、足が多くて……芋虫みたいなやつ」
その瞬間、母さんの手が止まった。
「……ダンジョンワームか?」
「それかも?」
ようやく名前が分かった。
だがワームという割には、足があったな。ミミズというよりは芋虫だな。
いつの間にか、母さんは眉を寄せていた。
「リオン。あれに近づいたのか?」
「近づいたというか、向こうから来たんだよ。俺たちは必死に逃げて――」
「何っ!?」
母さんが勢いよく立ち上がった。
その拍子に傍らの器がひっくり返り、乾いた音が洞窟に響いた。
「襲われたのか!? 怪我は!?」
「えっ、いや、怪我はしてないけど……」
「本当だな?」
母さんは俺の返事も待たずに、肩を掴んで身体をあちこち確かめ始めた。
「ちょっ、母さん! 大丈夫だって!」
「……そうか」
ようやく手が離れた。
母さんは大きく息を吐くと、俺の隣に腰を下ろした。
「まったく……」
そう呟いて、額に手を当てる。
「お前は、どうしてそう平然としていられるんだ」
「いや、だって無事だったし……」
「無事だったからいいという話ではない!」
再び声を荒らげた母さんに、思わず背筋が伸びた。
「あれがどんな魔物か、わかっているのか?」
「いや、だから今聞こうと……」
「……そうだったな」
母さんは口をつぐんだ。
そして、しばらく俺を見つめたあと、もう一度深く息を吐いた。
「……すまん。少し取り乱した」
いや、少しどころではなかったと思いますけど。
「だが、覚えておけ。あれは、お前たちが相手にしていい魔物ではない」
「そんなに強いの?」
「ダンジョンワーム自体は大したことはない」
それ母さん基準ですよね。
「問題は、ダンジョンワームが魔族と関わりがあると言われていることだ」
母さんはそう言ってから、俺たちが見たものについて説明してくれた。
「あれは、ダンジョンを広げていると言われている」
「ダンジョンを?」
「そうだ。ダンジョンワームは土や岩を食べながら進み、その後には食べたものを含んだ土が残る。迷宮が少しずつ広がっていくのは、奴らが通った跡だという話がある」
「じゃあ、今日見たあれが、このダンジョンを作ってるってこと?」
「噂ではな」
母さんはそう答えて少し黙り込んだ。
そして、俺の頭に手を置く。
「リオン」
「ん?」
「しばらく、あまり遠くまで探索するな」
「でも――」
「約束だ」
珍しく、母さんの声が低かった。
俺は思わず口を閉じる。
「……分かった」
「よし」
母さんはようやく表情を緩めた。
そして、俺の頭を撫でながら言う。
「リオンは言うことを聞けて偉いなぁ。……そうだ、そんなお前にはプレゼントをやろう」
それ絶対、今考えただろ。
取って付けたようなセリフだ。だがおかげで、少し重くなった空気が吹き飛んだ気がする。
母さんは俺から見えない位置に置いていたモノを手に取った。
それは、鞘に収まった一振りの短剣だった。
「受け取れ」
差し出された短剣を、俺は両手で受け取った。
そして、まじまじと眺める。
鞘は黒い革で覆われ、縁には雫を連ねたような銀の装飾が施されている。黒い布が巻かれた柄は、俺の手には少し大きい。けれど、どこか温かく、手になじむ感触があった。
俺は柄を握り、ゆっくりと刃を引き抜いた。
重さはある。
剣身もまた、黒かった。光沢すらない漆黒の刃。魔結晶の炎に照らされても、光を反射する気配がない。
「これ、どうしたの?」
こんな良さそうなもの、どうやって手に入れたのか。
すると母さんはーー
「拾った」
ーーと、一言。
いや、たとえ本当だとしても、プレゼントを渡す相手に拾い物だよと、言う奴があるか。
まあでも、素直に嬉しい。
「リオンの黒髪に似合うと思ったんだ」
俺も外に出ることが増えて、倒した魔物を剥ぎ取ることが増えた。だが、骨刀だとどうしても切れ味が悪い。というか千切っているイメージだ。そのため、刃のあるナイフがあればと思っていたのだ。ダンジョンを出るまでは骨刀で我慢しなきゃなのかと覚悟していたから、まさかこうして誕生日のプレゼントとしてもらえるとは思っていなかった。
それに実用性だけじゃなく、見た目も考慮してくれたんだ。
「母さん。ありがとう。大切に使うよ」
剣身を鞘に収め、鞘についていた金具を腰のベルトに引っ掛ける。
うん、落ちない。これでいいだろう。
それにしても、短剣か......。いや、別に文句があるわけじゃない。ただ理由が気になる。
俺も前世の彼女に贈り物を渡すために色々調べた覚えがあるからわかる。確か、刃物を贈るのはあまりよくないんじゃなかったっけ。縁を切るとか、そういう悪い印象が目立っていたはずだ。この世界でもそういう慣習はあるのだろうか。
「母さん、ちなみに贈り物に短剣を選んだのには、何か理由があるんですか」
「理由か? ……まあ、剣を贈るのは縁起がいいからな。故郷では戦の前に夫婦で剣を贈り合う風習があった」
贈り合うのかい。
その夫婦、もしかしなくても戦の神の信仰者ですよね。
「それは......妻が夫に贈る場合は何か意味があるんですか」
「確か、敵を蹴散らしてこい、という意味だったか」
なるほど、なるほど。だいぶ物騒な物言いだが、戦に出る夫を不安に思う妻の気持ちはどこの世界でも変わらないよな。
「じゃあ、夫が妻に贈る場合は?」
男から女に短剣を渡すのは……身を守れ、という意味か? いや、戦の神の信仰者なら、もっと物騒な意味がありそうだな。
「背中は任せた、という意味だ」
そんなことだろうと思ったよ。
夫婦そろって戦場に出るのが当たり前なのかよ。新婚旅行の行き先は戦場だったりしないだろうな。
「リオンもいざとなったら、その短剣で魔族の首を掻き切ってやれ」
魔族限定なんだ。
「遠くに行かないから大丈夫だよ」
「そういえば今さっき、遠出はするなと言ったばかりだったな」
母さんはそう言って苦笑した。
俺もつられて笑う。
ダンジョンワームは確かに危険だが、あれはたまたま遠くまで探索したから出くわしただけだ。いつもの住処の近くなら、きっと大丈夫だろう。魔族も見たことないしな。
そんなことを思いながら、俺は赤く熟れた果実を頬張った。
このときの俺は、まだ魔族の本当の恐ろしさを知らなかったのだ。
ここから数話しりあす
あと新キャラもでるよー




