第7話 ダンジョンワーム
ゴブ郎との日課の鍛錬を終えると、次は探索が始まる。
母さんからは『夕飯までには帰ってくるように』といつも以上に念を押された。
だが俺は生まれてこの方、陽を浴びたことがないので、夕方がわからない。母さんの時間感覚の基準は何なのだろうか。
ちなみに異世界でも時間感覚は地球とほぼ同じだった。一年は十二ヶ月で構成されており、ひと月は三十日きっかり。異なるのは、短い時間の単位。現代と違い、一秒、一分、一時間という決まった時間の概念がないらしい。
さて、今回の探索でも引き続き、上層へ続く道を探すことが目的だ。
どうやらダンジョン内にも魔物たちのテリトリーがあり、それに応じて階層の景色も変わるらしい。今いる階層は曲がりくねった道と岩壁がどこまでも続く、いわゆる迷宮タイプ。普通のダンジョンはこのタイプがほとんどだという。
だが、母さん曰く、ここの上の階層は景色が違う別の階層らしい。
そこまでのルートを確保することが、この探索の目的だ。
「今日は水辺と反対の道を行くぞ」
「ギョい」
「「「キュイッ」」」
俺の掛け声に隣を歩くゴブ郎は力こぶを作って見せつけてくる。
背後に続くスライムたちも、各々触腕を元気いっぱいに振り回している。
やる気があるようで何よりだ。思わず笑みが浮かぶ。
ここ数日観察してわかったが、どうやらスライムたちにも個性というか、特徴があるらしい。
まずスラ太は、なんでも食べる食いしん坊。血や糞便の処理もしてくれる便利屋だ。将来的には糞便処理用と血抜き用は使い分けたいところだが、今は我慢している。
食べたものの色を覚えているのか、体色を自在に変えられるようになった。
食事量は他のスライムより多いが、選り好みしないので、俺が捨てた魔物の内臓を、知らぬ間に食っていたりする。そのため、基本的には放し飼いだ。
次にスラ坊。
体表の硬さを自在に変えられるらしく、特に寝る前には欠かせない。母さんのお気に入りだ。
糞便の処理はさせるな、と言い、母さんは俺そっちのけでスラ坊に上等な肉ときれいな水を与えている。
母さんでも、さすがに、う◯こ食ったスライムを抱きしめる趣味はないか。
これは母さんに呆れればいいのか、スラ坊を褒めればいいのか、悩む。
最後にエッサイムだが、食事の好き嫌いが激しい。
魔法を使うには、やっぱり良質なエサが必要なのだろうか。
ただ、美味しそうなものに目がないらしく、スライム用とは別に取っておいた肉を食べていいかと、触腕を伸ばして聞いてくる。
そのしぐさが、意外とかわいい。
そして、ゴブ郎は……。
「ゴブ、ヴァえ、ぎぐ」
一人称は『ゴブ』にしてやった。
ちょっと高めの声が子供っぽかったからだ。子どもの頃は一人称を自分の名前で言うとかよくあるよね、とかもっともらしい理由が浮かんだが、実際はただのロマン。
『オデ』とも悩んだが、あれはオークとかトロールみたいな、もっとガタイのいい奴のほうが似合うだろう。
まだ基本的な単語ばかりで発音も拙いが、言いたいことは何となくわかった。
まだ子供だろうし、言葉はこれから覚えていけばいい。
そうすれば、連携も上がるだろう。ゴブ郎の生い立ちとかも聞いてみたいもんだ。
そんなゴブ郎は身の丈の数倍はありそうな槍を持って、俺の前をスタスタと先行していく。きっと敵をいち早く見つけるために先陣を切ってくれたのだろう。
こうして前に立たれると改めて思う。
先ほどの力こぶを見た時も思ったが、ゴブ郎はだいぶ脂肪も筋肉もついてきた。初めて会ったときは、俺より少し背が高いだけの、骨と皮ばかりの体だった。
それが今では、肩や胸に筋肉がつき、以前は浮き出ていた肋骨もすっかり目立たなくなっている。腿も太くなり、昔から履いているパンツが窮屈そうだ。
肩甲骨のあたりには、筋肉の筋が浮かんでいる。
よくもまあ、こんな短期間で仕上がったものだ。
それからは、探索の道中、様々なフォーメーションを試してみた。岩壁を登るときはスラ太たちを先行させ安全を確保させたり、魔物との戦闘では俺が先頭で切り結んでいる間に俺の後ろからゴブ郎が槍で突く、といった連携も確認できた。
それに切り札もできた。
魔法を使った応用だ。
魔法を使うためには魔力を操れる必要がある。だが、魔力について学べる環境にない俺がどうして扱えるようになったのか。その方法に気づけたのはゴブ郎のおかげであった。
あれはゴブ郎と協力して初めて猪型の魔物グランドボアの子供を倒したときのこと。労いのつもりでゴブ郎とグータッチをした直後、ゴブ郎が驚いたように自分の手を握ったり開いたりし始めた。どうかしたのかと思い聞いてみた。
『ぢがあ、ああ゛っだ』
異世界ものの漫画アニメを見ていた俺にとっては、魔物を倒したらレベルアップして能力値が上がるとか、あるある。そのときはゲーム感覚で強くなれるのでは、とか思ったがそんな話はなかった。レベルアップとかあるのかとも思ったが、どうやら、俺が触れた瞬間にゴブ郎の力が増したらしい。それはスライムたちも同じだった。
それからというもの、意識して力を上げられないか試行錯誤していたのだ。何となく体の内側から手先まで張り巡らされた神経を通してエネルギーのような感覚を集めることができた。これが魔力だろう。
ただ闇雲に訓練をすることは許されなかった。
『適切な鍛錬を積まないと魔力は暴走するぞ』
『ええと、暴走したらどうなるんですか』
『爆発する』
以前母さんが言っていた、魔術や魔法が危険というのはこのことだったのか。
魔術を学び始めるのは、貴族の子供でも早くて六歳かららしい。それ以前は魔力の制御が難しく、暴走すれば腕が吹き飛び、最悪の場合は死に至るという。
そのため、本格的な魔法の修練はできなかった。エッサイムのように火を無から生み出すことも、自分自身の身体能力を上げることもできない。
ただ、ゴブ郎たちに触れて魔力を流し込むことだけは、少しずつできるようになった。
これこそが、今の俺に使える唯一の魔法なのだ。
使うと疲れるので多用はしない。いざという時のために残しておく。
そんなことを考えながらしばらく探索を続けたところで。
「もっと、ご丁寧に平らな道が続いているとかを想像してたんだけどなぁ」
俺は不平を垂らしていた。
漫画で仕入れた知識と違う。
俺の想像していたダンジョンは、もっと階層がはっきり分かれたものだった。ビルのように各階が平らで、階段を登れば次の階層に進める。
だが実際は、登ったと思えば下り、下ったと思えばまた登る。これでは上に進んでいるのかどうかすらわからない。まあ、階層そのものに厚みがあると考えれば、納得できなくもないが。
「ゴブ郎、戻ってきてくれ」
「ギョい」
前を歩いていたゴブ郎が俺の隣まで来る。
そして、自らの胸を叩いて俺の言葉を聞き逃すまいと待機するゴブ郎。非常に頼もしい姿だが、俺は他のことを考えていた。
まだ言葉が拙いから、思ったとおりに発音できないのはわかる。だが、その返事はなんか......。
『御意』に聞こえるじゃん。一人称、せっかく『ゴブ』にしたのに、『拙者』にしないとキャラが合わないぃ。ちょっと高めの声から子どもらしさを感じたのでゴブにしたのに。見る見るうちに筋肉ついていって、そのせいかわからんけども、なんか心なしか声低くなってる気がするし。
「後で、返事の練習しようなー」
「ギギ?」
隣を歩くゴブ郎が首をかしげる。
せめて、変声期前の男子のような高音で、『ぎゃい』と、朗らかな返事をさせたいなぁ。
そうこうしているうちに、前方に三叉路が見えてきた。広い通路が真っ直ぐ続き、その途中から狭い脇道が分かれている。
「ちょうどいいから、この狭い通路の先を確認して終わるか」
先を少し探索したら帰ろうと、軽い気持ちで言った。
まだ少し時間に余裕はありそうだったが、母さんのあの念の押し方から早々に戻ったほうがいいだろう。三叉路なら目印にもなるので、次回通るときもこの場所を覚えていられるだろうし。
そして、狭い横道に足を踏み出して少し経ったときのことだ。
地面が、揺れた。
「……ん?」
ダン。
遠くで何かがぶつかったような音。
続いて、ダダン。
今度ははっきりと、地面そのものが震えた。
「な、なんだ?」
スライムたちが一斉に動きを止める。ゴブ郎も足を止め、耳を立てた。
さらに大きな音が響く。
ダダン、ダダン、ダダダン、ダダダン。
まるで車のエンジンが唸りあげるかのように、狭い通路に幾重にも音を反響させて、何かがこちらへ近づいてくる。
そして狭い通路の先、暗闇でも形を感知できる俺の目が、巨大なものを捉えた。
通路全体を覆い尽くす巨大な土色の芋虫の顔面。それが大きな口のような大顎を開けて、四方の壁をすり減らしながら猛烈な勢いで近づいてくる。
「ぎゃぎゃぎゃ」
ゴブ郎も同時に気付いたらしい。驚きの声をあげて固まっていた。
「逃げるぞっ」
大声をあげて踵を返す。ゴブ郎たちも焦った様子で俺の後をついてくる。
「やばいやばいやばいっ」
先ほどの三叉路まで逃げればいい。そこから先は運次第だ。右に進むか左に進むかわからない。もしかしたら、俺たちを狙っているかもしれない。でも帰り道の方に逃げ込むしか手はない。だが。
「くそッ。追いつかれるっ」
無数の脚が岩盤を叩く音が、狭い通路に幾重にも反響していた。
ダダダン、ダダダン、という連続した足音の間隔は長いのに、近づいてくるのが妙に速い。きっと一歩がでかいのだ。追いつかれそうになり、俺はある手を思いついた。
「さっそく使うハメになるのかよっ」
先ほど思い返していた切り札を使うことにする。
「みんな、俺の近くに寄れっ。槍なんて捨てていいっ」
ゴブ郎が俺の前に来て、少し速度を緩める。その足にスライムたちがまとわりつき、その背に俺が飛び込む。当然、俺たちを背負ったままではゴブ郎は速度を出せない。だが、俺はゴブ郎の背に両手を押し付け、手のひらに意識を集中させる。
「行けっ」
直後、ゴブ郎の全身が青白い光に包まれた。
そう。これが、俺たちが見つけた切り札。
魔法による身体強化だ。
身体強化されたゴブ郎は力強く踏み出す。
踏みしめた地面が軋む。
その一歩で、俺たちは猛烈な勢いで前へと押し出された。
体の負荷はかなりあるだろう。それをスライムたちが抑制してくれていた。足や膝など、関節の周りにまとわりついたスライムたちが衝撃を抑える。
背後の巨大生物以上の速度で駆け込む。
風圧をまともに受け、ゴブ郎の首にしがみつくので精一杯。だが、出口はすぐそこだった。
見えたっ。三叉路だ。
「左だ!」
帰り道は左。この調子ならその先も逃げ切ることは可能だ、と思った瞬間。体が宙に浮いた。
「あッ」「ギャッ」
覚えたばかりの新技はやはり練度が足りていなかったのだ。直角で曲がりきることができず、慣性のまま先の岩壁にぶつかってしまう。
「キュイーッ」
ぶつかる直前、スライムたちがクッションがわりとなってくれた。
「ぐっ」
何とか頭をぶつけずに済んだ。少し痛むが今はそれどころではない。来るっ。
「避けろっ」
俺たちは壁際から身を投げ出し、帰り道へと転がり込んだ。
直後、巨大生物が俺たちの目の前を駆け抜けた。
ダダダダダダダン、ダダダダダダダン、ダダダダダダダン、ダダダダダダダン。
無数の脚が岩盤を叩き、貨物列車のような轟音が響く。
俺たちの何十倍もの図体を持つ多足の芋虫のような生物。そいつは俺たちの存在など意に介さず、三叉路の正面にそびえる岩壁へと突っ込んでいった。
いや、突っ込んだというのも正確ではない。
岩壁はそいつの前で削り取られ、まるで初めから道があったかのように、新たな通路が生まれていく。
そして、先ほどまで三叉路だった通路は、四叉路になっていた。
俺は息を殺して、その様子を見ていた。
そして訪れる静寂。
「なんだ、あれ」
初めに出た言葉は、安堵のため息とか、そういうもんじゃなかった。
俺は唖然とするしかなかったんだ。それはゴブ郎たちも同様だったのだろう。今も口を開けたまま、巨大芋虫が去った方向を見つめていた。
助かった、とかそういうもんじゃない。未知のものを恐れる感覚だ。
立ち上がり、芋虫が来た方向の通路を見る。
そこには、巨大生物に削られて一回り広くなった通路があった。その中央には、色の変わった土が一本の帯のように伸びている。巨大芋虫が来た方向から、新たに掘り進んでいった道の奥まで、途切れることなく。
母さんの助けなしでも、この付近の魔物はほとんど倒せるようになったと思っていた。
だが、あれは見たことがなかった。
迷宮に、あんな巨大生物がいるとは。
「……ゴブ郎」
「ギギ?」
「今の、何だったんだろうな」
「ギ……ギギ」
ゴブ郎にもわからないらしい。
俺たちは顔を見合わせた。
「……とりあえず、帰ろう」
「ギョい!」
今日は探索どころではない。
俺たちは急いで住処へ戻った。




