第6話 衣食住
一話あたり3000字程度で収めたいんじゃ
ということで前回の話が長かったので分割しました。
さて、ここで今いる洞窟内の話をしよう。
夜目が利くとはいえ、完全に真っ暗だと当然何も見えない。だがそこはダンジョン。ところどころに魔結晶という、淡い光を放つ透明な鉱石が岩肌から生えており、それがダンジョン内を照らしているのだ。いつも水汲み場として使っている空間はその魔結晶が天井にびっしりと生えており、どこよりも明るい。ただ母さん曰く、それでも地上の明るさには敵わないらしい。
俺、生まれて五年、洞窟育ちなのでそこらへん分からない。
俺たちの寝床は、ご丁寧に舗装された『大通路』から脇道に入り、さらに奥へ進んだところにある小部屋だ。
大通路というのは俺が勝手に使っている呼称だ。そう呼ぶのには訳がある。大通路は、まるで巨大な神殿へと続く回廊のような仰々しさをしているのだ。同じ洞窟内とは思えない。土と岩だらけの他の通路と違い、全てが白い。白い石畳の道が続き、両脇にはギリシャを思わせる白い柱が連なっている。その道と柱を彩るかのように青い魔結晶が柱の根元や天井の隅から顔を見せている。天井にまで届く柱が両脇に連なり、妙な圧迫感がある。
これらを母さん一人で作れるわけがない。器用さ全部、剣術に極振りしたかのような人間だ。柱一つ建てるだけでも大変だし、その一つ一つに蔦のような渦巻き模様が描かれているのだ。母さんではない別の誰かがこの場所にいたのだろう。それも複数人。この場所には絶対に何かの文明があったはずだ。その未知なる存在がこの通路の先にいると思うと恐ろしくもある。
この先がどうなっているのか非常に興味があるのだが、母さんから危険だから絶対に行くな、と念押しされている。
何でも地下の階層に続いているらしく、出てくる魔物も強くなるんだとか。母さんが強いと言うほどの魔物なら、俺が敵うわけもなし。
そういうわけで、もっぱら俺の探索範囲は大通路を下層とは反対方向へ進んだ、上層へと続く一帯だけである。
真っ直ぐ行くと、分かれ道にぶつかる。
右側にいくと水辺の付近だ。
「地上を早く見つけるぞ」
俺とゴブ郎とスライムたち。全員で上層への道を探し始めた。
手札が揃ってきて、外に出るという目的に一歩近づいたので、というのが主な理由だが、それとは別に切実な理由もある。
『母さん、臭いです』
鼻を摘みながら放った言葉に、母さんはショックを隠せていなかった。
身体を洗う回数が倍に増えた。
一回の水浴びにかける時間も倍以上になった。
スラ坊が来てからは、その時間がさらに倍に伸びた。
きっと、水浴び中に皮膚の汚れをスライムたちに取ってもらっているのだろう。
そうやって、身体の汚れ自体は気にならなくなった。だが、服の傷みはどうしようもなかった。
むしろよくもっているものだ。どこから拾ってくるのか分からないが、母さんは布の切れ端を時折持ってくる。今俺たちの着ている服も、それを継ぎ接ぎしたもの。当然、裁縫するのは俺だ。前世の小・中の家庭科の授業に感謝した。
だがその布。なんか血の跡みたいに黒いシミが付いている。まさかアンタやったのか、と思ったが怖くて聞けない。材質もバラバラで見た目も悪い。母さんは上から鎧をつけるから大部分を隠せると思うが、俺は隠せない。上から羽織るローブ自体がもう継ぎ接ぎだらけだ。
服なんて何でもいいだろと思っていたのだが、思った以上に重要だった。人としての尊厳というか。
これが一人暮らしなら何の問題もないのだろう。だが、他人と暮らす以上、せめてまともな服くらいは着ていたい。
あと、いつまでも、不潔な服を着ていたくない。
……そういえば。
先日、母さんは女性の服装についても何か言っていたな。
『細かいことに気づくのも大事だと、聞いたぞ』
あのときは、またどこから仕入れた知識だと思ったが。
俺は母さんの服を思い浮かべる。
継ぎ接ぎだらけの布。ほつれた袖口。鎧で隠れているとはいえ、よく見れば俺の服と大して変わらない。
……いや、待てよ。
母さんだって女の人だ。
服装に気を遣いたいと思うことくらいあるだろう。
そう考えると、あの妙に歯切れの悪い恋愛指南も、少しだけ違って聞こえてくる。
もしかして、もっとまともな服を着たかったのか?
だったら普通に言ってくれよ。俺だって、もっとまともな服を着たいんだから。
まあ、今ある布ではどう頑張っても限界があるけどな。地上に出れば、もっとまともな布が手に入るだろう。服屋だってあるはずだ。いつか母さんにも、継ぎ接ぎではない服を着せてやりたいものだ。
あと、食事もだ。
ここ最近、母さんはいっそうやつれたように思う。頬は以前よりこけ、目元にも疲れが滲むようになった。それでも、剣を握る姿だけは昔と少しも変わらない。
母さんに年齢を聞いてみたら、四十三歳と返ってきた。前世の母親が四十三歳のときどうだったかな、と思い返したが、そもそも、現代日本とこんな洞窟暮らしを比べること自体が間違っているか。
母さんは歳だからとか言っていたが、俺が転生した直後の母さんは、実年齢よりずっと若く見えたと思う。
健康に問題があるのでは......。
そこで、気がついた。
人族の母さんが俺と同じ食事をとっていて大丈夫なのか、と。
思えば、肉ばかりだ。たまーに野菜、というか木の根っこみたいなものが、スープに入るくらいで。栄養素が足りてないんじゃないか。
ライオンとか、肉食獣は獲物の内臓も食べることで栄養を補っていると聞いたことがある。だが、俺も母さんも魔物の内臓は捨てている。食べる気出ないし。
そもそも、この世界の人族が地球の人間と同じ身体の仕組みをしているかもわからないのだが。
とはいえ、このままの生活が健康的だとは到底思えない。
地上に出れば、もっと色々な食べ物が手に入るはずだ。
野菜も果物も、もしかしたら俺の知らない栄養満点の食材だってあるかもしれない。
何より、母さんに毎日同じような肉料理ばかり食べさせずに済む。
……いや、あの人なら毎日肉でも喜びそうだな。
それはそれとして、だ。
俺は母さんのことを、ずっと強い人間だと思っていた。
いや、実際に強いのだ。そこらの魔物なら一人で狩ってくるし、俺がどれだけ鍛えてもまだまだ敵う気がしない。
だから、あまり考えたことがなかった。
母さんだって疲れるし、腹も減るし、歳も取る。
俺が気づいていなかっただけで、ずっと無理をしていたのかもしれない。
そういえば、あの日の帰り道。
母さんは何かを言いかけて、結局やめてしまった。
女性にはやさしくしろ。
小さな変化に気づけ。
相手を気遣え。
……ああ、そういうことか。
俺はてっきり、母さんがどこかで仕入れた恋愛指南を披露しているだけだと思っていた。
でも、もしかすると、俺に自分のことも少しは気にかけろと言いたかったのかもしれない。
だったら、あんな回りくどい言い方をしなくてもいいのに。
まったく、不器用な人だ。
もっとも、俺も人のことは言えない。
母さんの変化に気づいたのは、今になってからなのだから。
などなどという新たな理由を引っ提げて、俺は今日も探索をする。
すべては外に出てからの話。
一番の目的は、外に出て異世界を満喫することだ。
だが、それだけでもなくなった。
いつか母さんに、まともな服を着せてやりたい。
うまい飯だって食べさせてやりたい。
まあ、そんなことを言ったら、母さんはきっと笑うだろう。
それでもいい。
今まで散々世話になってきたのだ。
少しくらい恩返しをしたって、罰は当たらないだろう。
ああ、どんな街があるのか、どんな人がいるのか。どんなうまい飯があるのか。
想像が膨らむなぁ。
******
それは、ゴブリンたちを解放した日の帰り道。
「スラ坊よ。リオンは気づいてくれただろうか」
胸に抱いたスラ坊に、セレナは問いかけた。
当然、返事はない。
いや、ぷるりと震えたので、返事はあったのかもしれない。
「……やはり、似合わなかっただろうか」
セレナは耳の上に留めた、以前拾った小さな銀の髪飾りに指を添えた。
『せめて髪が長いとか、飾りとか付いてればわかりやすかったんだけどな』
あの何気ない言葉が、どうにも耳から離れなかった。
もちろん、ゴブリンの話だということはわかっている。
だが、髪の短さなら自分も同じではないか。
……いや、だからなんだ。
リオンはまだ五歳だ。そもそも、自分はあの子の母親なのだ。
「ああ、やめだやめだ」
頭を振り、雑念を追い払う。
「着飾ったところで意味はない。私はじきに……」
そこまで言って、セレナは口をつぐんだ。
背後から、小さな足音が近づいてきたのだ。
「母さん、待ってくださいよ!」
セレナは何事もなかったかのように振り返った。




