第5話 気遣いが大事らしい
ソースは俺、って今の若者通じないのかも。
奈落迷宮の奥、灯火を反射した二振りの骨刀が弧を描き、乾いた音を響かせてぶつかり合う。
「ゴブ郎、すごいぞっ」
『カンッ』『カンッ』と響く音に合わせて、俺はゴブ郎との打ち込み稽古に興奮を隠せなかった。
俺はあの痩せ細ったゴブリンに『ゴブ郎』という名を与えた。某◯ろう系の追放モノ主人公のような成り上がりを期待して付けた俺の愛ある名称なのだ。決して適当に付けた訳ではない。だから母さん、そんな目で見ないでほしい。
ゴブ郎は賢かった。俺の言葉を理解し、刀の振り方もすぐに覚えた。すり足も、抜き足差し足も見事。
今のところ、意思疎通は身振り手振りが中心だが、俺の言葉を真似して発声してみたりと、適応力が凄まじい。言葉も話せるように努力しているようで今後が楽しみだ。
そんなゴブ郎を仲間に迎えて数日。俺は一つの問題に頭を悩ませていた。
「母さん、相変わらずこのゴブリンたち、全く言うことを聞いてくれないんですが、なんでかわかりますか」
母さんに疑問を投げかける。
ゴブ郎の元いた群れのメンバー。
残ったゴブリンたちにも、傷の手当てをしてから仲間になってくれないか聞いたのだが、全く聞く耳を持たない。口から唾を散らしながら暴れる始末。危険なため今もロープで縛ったままである。
「そもそも、魔物を飼い慣らすこと自体が不可能と言われているのだぞ。リオンのスラ坊やゴブ郎のように、こちらに従う魔物のほうが異常なんだ」
俺の不満を聞いた母さんは呆れた顔で言う。そういう母さんは今も胸にスラ坊を抱いたまま。
あまりにも聞き分けよく仲間になってくれたので俺も忘れていた。これだけ便利なのに、誰も使役できないとはもったいない話だ。
そうして一人納得する俺をよそに、母さんは思案顔になりポツリと呟く。
「強いて言えば、使役できたのが雄ばかりということか」
え?なんの?
「いや何、リオンの使役しているスライムもゴブリンも雄だなと思ってな」
「え?スライムに性別があるんですか?」
「常識だぞ。って、そうかリオンは知らないか」
おい、こちとら転生して五年だぞ。話し相手母さんしかいないんだから、教えてくれなきゃわかんねえよ。
「ピンクのスライムは雌で青のスライムが雄だ。魔物の世界は基本的に雌が強い。強い個体ほど、他者には従わんものだ」
「じゃあ俺は力が足りないのかわからないけど、今は雌の魔物を使役できないかもしれないってことですね」
「ああ、そうなるな」
だが、そうすると疑問が浮かぶ。
「でも、他のゴブリンたちも仲間になってくれてないですよ。雄なのに」
「何を言ってる?あのゴブリンどもはどう見ても雌だろ」
俺は唖然とする他なかった。
「服着てるのが雌だ。こればかりは人族でも同じだぞ」
同じだぞ、同じだぞ......同じだぞ............?
同じじゃねえよ。
じゃあ、服着てる雄はなんだ、と聞くのは野暮か。
「せめて髪が長いとか、飾りとか付いてればわかりやすかったんだけどな」
ゴブリンたちは、側頭部を刈り上げ、頭頂部にだけ短い髪を残している。ツーブロックというよりモヒカンだな。
つい不平が漏れてしまった。まあ、これは確認しなかった俺が悪いか。
だとすると、あれ?
ゴブ郎のいた群れってゴブ郎以外、みんな服着てたよな。ってことは他全員雌?
ゴブ郎以外が全員雌なら、もしかして……
ゴブ郎の群れって、ハーレム的なやつだったりした?
そうじゃなくても、ゴブ郎に好意を抱いていた相手がいたんじゃないのか?
まさか俺悪いことしちまったか?
つい不安になり、ゴブ郎に聞いてみたが首を振って否定する。どうやらなんとも思っていないようで安心した。
恋仲を裂こうとするとか、馬に蹴られて死ぬパターンじゃないか。
数日後、結局、残ったゴブリンたちは拠点から離れたところで解放した。彼女ら(?)を仲間に引き入れられれば戦略の幅もぐんと広がるはずだ。そのため無理に長時間引き留めてしまった。だが、食糧にも限りがある。これ以上、母さんに負担をかけるわけにもいかないので、泣く泣く諦めることにした。ゴブ郎を引き入れることができただけ大収穫としよう。
解放したその帰り道、スラ坊を胸に抱いた母さんは神妙な顔で話し出した。
「リオン、女性にはやさしくするんだぞ」
なんですか。急に。
「女はいつだって白馬の王子様とやらを待っている……らしい。王子様には強さだけでなく、気品も必要……らしい」
あんたは五歳児に何を説いているんだ。
「隣を歩くときは歩幅を合わせるとか、馬車に轢かれないよう道の内側を歩かせるとか。
気遣いが大事、らしいぞ」
いつも先頭に立って剣を振り回しながらズカズカ歩いていきますよね。
「細かいことに気づくのも大事だと、酌婦どもが言っていたぞ。髪型とか、香水とか、服装とか。その日の気合いの入り方が違うらしい」
そんな真面目な顔して息子にする話じゃねえぞ。
なんか心なしか、母さんの腕の中でスラ坊が潰れかけている気がする。
「食い方が汚いのは、興ざめするらしいぞ。ケチなのは人によるらしいが」
ケチは許されるんだ。
ていうか、さっきから語尾が『らしい』ばかりで、まったく説得力ないんだが。
「それから……」
母さんはそこで言葉を切った。
何かを考えるように視線を落とし、それから俺の顔をじっと見つめる。
「……いや、なんでもない」
「えっ、なんですか。気になるんですけど」
「つまり、そういうことだ」
どういうことだよ!?
母さんはそう言って耳の上の髪を指で撫でると、優しく微笑んだ。
それからすたすたと先を歩いていった。
えっ。答え合わせなしですか。せめて俺の行動のどこがまずかったか教えてもらえませんかね!?
「母さん、待ってくださいよ!」
俺は急いで母さんの背を追いかける。
そんな母さんの後ろ姿はいつもと雰囲気が違って見えた。だがそれが何かまではわからなかった。




