第4話 初戦闘
「297、298、299、300ッ」
はぁー、と盛大なため息をついて大の字に倒れる。
素振りのおかげで、魔物の骨を加工した骨刀もだいぶ手に馴染んできた。刀のような見た目はしているが、刃は付いていない。振り回す分にはちょうどいい。だが、これで実戦ができるわけではない。そんなの学校の部活動で嫌というほど思い知っている。
「誰か鍛錬に付き合ってくれないかなぁ」
稽古をつけるのを断ってくる母さんを思い浮かべる。
何となくだが、俺に知識をつけさせることを躊躇っている気がするのだ。
俺は魔族だから、外に出たら、俺にも人族にも悪影響が出ると考えているのか。だが、その割には外に出るための努力をすることは良しとしている。
故に本心が見えてこない。
だが、俺もこんな場所にはいつまでもいたくない。
聞けば、魔族は寿命が長いらしい。前世で流されるままに生きてきた身としては、なあなあでこの洞窟に居着いてしまうのではないかと、焦りが出てきてしまう。
『逃げてもいいじゃないですか』
ふと前世の彼女のことを思い出してしまった。彼女なら今の俺になんて言うだろうか。そこまで考えて、何も変えられなかった嫌な記憶まで思い出してしまった。慌てて頭を振り、あの子の言葉ごと記憶を追い出す。
寿命のことがなくても、せっかくの第二の人生なんだ。こんなところで一生を終えるつもりはない。
「あっ、いるじゃん。武器を扱える相手が」
***
「というわけで、頑張って振ってくれっ」
困ったときのスライム様だ。変幻自在の万能生命体。
今も伸ばした触腕の先の骨刀をカウボーイの投げ縄のようにブンブンと振り回している。
頑張るってそういう意味じゃないんだが。
試しにスラ太相手に形稽古をお願いしてみた。だが。
「なんだろう。この虚しさは」
一定間隔で飛んでくる切っ先に持っていた剣先が弾かれる。タイミングをずらして隙間に入り込もうとすると、回転速度が上がり、近づけなくなる。ならばと相手の刀の軌道を読んで、当たらないようにかがみ込みながら飛び込む。すると、スラ太は骨刀を振り回しながら、俺から距離を取る。十分距離が開いたら、再度、骨刀の軌道を俺のほうに寄せてくる。
なんというか、無機質な、それこそ扇風機の羽を相手にしているような感覚。弱から強へ変化し、首振り機能も搭載した一般的な扇風機を思い出してしまった。
これは稽古ではない。ただの子どものちゃんばらだ。
昔、近所に付き合いのある夫婦がいて、その家の子どもにちゃんばらを挑まれたことがあった。請け負ったら、その子は木の棒二本を両手に持ち出した。まさかの二刀流。そして俺の方に向くと、二本の棒の間に九十度の角度をつけて突き出したまま、その場で回転し始めたのだ。何をしているのかと思ったら彼曰く、これで誰も近づけないとのこと。
自分が相手を正面に捉えている間は前に突き出した棒二本で相手の棒を弾き、回転することで連続した攻撃となり相手は近づけないとのこと。
あの、後ろ向いた瞬間無防備なのですがそれは、と思った。だが、子どもの思考とはそういうものだ。自分から見えないならば相手からも見えない。相手に背を向けた瞬間など存在しないのだ。早い話が頭隠して尻隠さずだ。
「よく考えたら俺魔族だから、仮想敵、人間じゃね」
そもそも相手が魔物というのも無理がある。
オンラインゲームでいうPvPの能力が必要だ。
人の腕の軌道や足捌き、間合い。そういったものを総合的に判断して対処できるようにならなくてはならない。そういう相手を欲しているのだ。決してスライムのような人の形をしていな......。
「あっ!!」
閃いてしまった。
スラ太たちに人型になってもらえばよくね、と。
「おいっ!!ズルすんなっスラ太!!」
「首は一周しねえよっ」
「なんで腕伸びてんだっ。どこのル○ィだよ」
「千切れた腕で切り掛かってくるなぁっ」
メチャクチャすぎた。人型になったスラ太たちは本能的に俺の攻撃を避けようとするあまり、人体では不可能な動きをしだす。
結論から言えば失敗だ。スラ太たちはそこまで人型になれても、人と同じ動きができるわけではなかったらしい。
だが、別の目標ができた。人型の魔物を味方につければいいのだと。
実は、人型の魔物はたまにこの辺りでも現れる。オークやゴブリンといった創作物にもよく描かれていた魔物たちが現れる。それも弱った状態で。
ダンジョンは魔族の巣と聞いた。ならばそこに住まう魔物たちは魔族の手下のはずだ。だが実際は、同じダンジョン内だというのに魔物同士で縄張り争いをしているらしい。魔族による管理が行き届いていないのだろう。その縄張り争いに敗れた魔物たちが、この寝床の区画に逃げ込んでくる。
ここら一帯は母さんが周囲の強力な魔物を狩り尽くした結果、ほかの強力な魔物が寄りつかない場所になっている。巨大な魔物は食糧として狩られるが、食糧にもならないような弱った魔物たちは狩られずに済む。彼らにとってはオアシスになっているらしい。
母さんの野生感は凄まじく、食糧になりそうな魔物はすぐ狩ってきてしまう。オークは二足歩行だが豚の見た目に近い。そして、その見た目通り、やはり味も豚に近く特に美味しかった。母さんも味をしめたのか、オークを見かければ必ず狩るようになったため、ここ最近は付近でオークを見ていない。
人型の魔物を仲間にするなら、狙い目はゴブリンといったところだろう。ゴブリンは小柄で肉つきが悪く臭みも多く、母さんも好き好んで狩ってはこない。
幸運にも、数日も経たずにゴブリンたちは現れた。緑色の肌をした醜悪な魔物たちが七体。どうやら群れのようで、上半身に布を纏った姿から最低限の文化はあるらしい。ただ、所持している斧は大きさも材質もバラバラで、寄せ集めの装備らしい。服の隙間から覗く肌には、無数の擦り傷があった。この魔物たちも争いに敗れて逃げ込んできたのだろう。
「あのー、仲間になっていただけないでしょうかぁ」
まずは交渉からだ。これで受け入れてもらえるのが一番良い。
ゴブリンたちは俺の姿を視認すると、何やらギャアギャアと喚き出す。そのうちの一匹が小さな斧を頭の上に掲げ、叫びながら走ってきた。
「ですよねえっ」
交渉は失敗した、というかそもそも言葉が通じているかもわからないんだが。
俺はすぐさま骨刀を構えて、走り込んでくるゴブリンの様子を見る。
その小さな体格に合っていない巨大な斧を頭上で掲げる様は、恐ろしいというよりかは、健気。
その隙だらけの姿に気が抜けそうになる。が、当たったら痛いものは痛い。俺はゴブリンの横っ腹を骨刀で軽く打った、つもりだった。だが、そのゴブリンは泡を吹いて倒れる。
「えっ。死んでないよな」
仲間になってほしいのに死なれたら困るのだが。って。
「あぶねっ」
反射的に身をかわした。直後、木の棒のようなものが顔面スレスレを飛んでいく。
飛んできた先を見ると、慌てた様子で弓を構えるゴブリンがいた。
この状況でも、とっさに弓矢を避けられた。自分の身体能力に驚いてしまう。だが、その余裕もなくなる。
弓を持ったゴブリンがリーダーだったのだろう。何かを叫ぶと、他のゴブリンたちも一斉に手斧を掲げて飛び込んでくる。
「ちっ。手加減はできんぞ」
本気で殺しにくる相手を前に加減することなど難しい。俺は各個撃破することに専念する。一体のゴブリンが声を上げながら切り掛かってくる。その最初の一打を避け、相手の腹を骨刀の先端で突くと、そのゴブリンは後ろによろめいた。だが、その間にも他のゴブリンたちは間合いを詰めてきていた。
このままでは捌ききれなくなる。だがこちらも一人ではない。
「今だ」
「「「キュイッ」」」
直前に足元に体を薄くして潜んでいたスラ太が、近づいてきたゴブリンたちの足にまとわりつく。スラ坊が飛んできた弓矢の速度を分厚い脂肪で完全に殺す。エッサイムが火弾を放ち、ゴブリンとの距離を広げてみせる。身動きの取れなくなったゴブリンたちは、地面を抉る勢いで、スラ太の伸ばした触腕に手斧を振り下ろす。
スラ太が無事か心配になったが、今は確かめられないのでやることをやるだけだ。
俺は身動きの取れなくなった近くのゴブリンから順番に、その胴体に骨刀を打ち付ける。中には持っていた手斧を投げてくるゴブリンもいたが冷静に躱し、骨刀で殴り、意識を飛ばす。
離れた場所で静観していた群れのリーダーに目をやると、そのゴブリンは後ずさった末に、転びながらも逃げていった。
そして残ったのは、腰蓑だけを身につけた一匹のゴブリン。酷くやつれており、体臭も一際きつい。体つきも他のゴブリンたちより劣っており普段からあまり食事を取れていないことが窺えた。てっきり、一匹だけ装いが違うから、こいつがリーダーだと思っていたのだがな。
戦闘が終わり、スラ太たちも無事戻ってきた。どうやら核をやられなければ平気らしい。初戦闘だというのに想像以上に動けたのは収穫だ。もっとこう精神的な葛藤とかあると思っていたのだが、よく考えれば魔物の解体はすでに経験済みで、命を奪うことへの忌避感はなかったな。魔物との連携も取れていたのでこの戦い方が性に合っているのかもしれない。
どうやらゴブリンの中で死者は出ていなかったようだ。上手く加減できてよかった。
ひと段落ついて、残ったゴブリンたちを縄で一纏めにしてから、例の腰蓑だけのゴブリンに目を向ける。
そのゴブリンは武器も持っておらず、先ほどからこちらの様子を静かに見てくるだけだった。なんとなく、こいつなら話が通じるだろうと思い、縄で縛らずにしておいたのだ。
「俺の話が通じるか」
ゴブリンの前で屈みながら話を始める。相手は『ごぶ』と短く返答しながら頷く。
「単刀直入に言う。変わりたければこの手を取れ」
俺にはわかる。こいつだけ服を剥ぎ取られていた。全身に何かに噛まれたような傷もあり、武器も持たされていなかった。挙げ句の果てには、リーダーに見捨てられた。冒険者パーティで一人だけいじめられた末、ダンジョン内で窮地に陥り追放されるという、異世界テンプレを目の当たりにしているのだ、と。
そのつぶらな瞳が真っ直ぐこちらを射抜く。
そしてそのゴブリンは、俺の差し出した手を取った。
この瞬間、俺たちの間に固い絆が結ばれた。




