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第3話 スライム

米とシリアルの比率を検討中


 俺と母さんが寝ぐらにしているのは五メートル四方ほどの小部屋。その部屋の入り口はこのダンジョンの大通路の脇道につながっている。

 大通路を覆うほどの大きさの魔物が、この脇道に入ってくることはない。だが、しばしばこの脇道に逃げ込んできた魔物と鉢合わせすることはあった。

 しかし、それも最近は減ってきた。おそらく母さんが、この辺りの魔物をあらかた狩り尽くしてしまったからだと思う。 

 そのため、最近は母さんが獲物を取るために遠出することも多い。

 それに伴って俺が一人でいる時間も増えていた。


 その時間、何もしていないわけではない。


 母さんに稽古を断られてから一ヶ月。覚悟というものが示せずにいた俺は、それでも強くなるために別の方法を考え、それを実行した。


「よくやったぞ、スラ太」


「キュイ、キュイ」


 目の前の、岩ほどの大きさをした青くうごめく物体を、俺は撫でまわす。

 すると、それは気持ちよさそうに全体を震わせ、どこからか、風船を擦り合わせたかのような音を響かせる。


 そう、スライムである。溶けかけたやつではなく、巨大な水滴みたいな形を保っている。


 実はスライム自体はこの近くにずっとうじゃうじゃいた。

 母さんは腹が膨れず、害も及ぼさない魔物は基本的に放置していたのだ。


 俺は、自身が魔族であり、魔物を操る能力があることを知ってから、この種族特性を活かせないかと考えてきた。

 そこで、母さんがいない間に、そこかしこの弱そうな魔物を使役できないか試行錯誤していたのだ。

 魔法的な何かの繋がりができるとか、そういうものを想像していた。だが、いつまで経っても操れる気配はなかった。


 諦めかけていたとき、偶然出会ったのがこの『スラ太』だ。

 スライムと言ったら水色を連想するが、この辺りで見かけるスライムはピンク色ばかりだった。前世を思い起こさせる水色のスライムを見たとき、ビビッときたのだ。

 みにくいアヒルの子のように、ピンクのスライムに囲まれて細っていたスライムに同情してしまったのだ。

 力なく、今にも地面に沈みそうになっていたので、灯火用に取っておいた魔物の脂を与えたところ瞬く間に復活し、こうして懐かれてしまったのだ。

 きっと好物だったのだろう。

 このまま食べて食べまくって太ってほしいという思いを込めて『スラ太』と名付けた。

 愛あるネーミングになったと自負している。


 それと同時に、体から何か力が抜けたのを感じた。

 これが魔物を使役するということなのかも知れない。


 今はスラ太に、骨に引っ付いていた血肉の処理をさせていた。

 残されたのは、とある魔物の真っ白な大腿骨。

 杖ほどの長さで振り回しやすく、関節部の凹凸がちょうど手に馴染んだ。

 素振りくらいはできるだろう。




 それから数日も経たずに、俺がスライムを使役していることが母さんにバレた。

 だが、母さんは咎めることなくむしろ後押ししてくれた。


「すごいなリオンは。おかげで臭いが薄まった。もっとスライムを増やすことはできないのか」


 残飯や糞尿の処理をスライムに任せていたのだが、これが思いのほか好評だったみたいだ。

 そうか、異世界モノの漫画やアニメを結構見てきた俺にとっては、スライムを実生活で活用するという発想は普通に思いつくことだが、この世界ではそうではないのか。


 それからは、スライムを増やすために行動した。

 だが、そうそう助けてやれそうな弱ったスライムなどいない。一からスライムを弱らせて、使役できないか試してみたりもしたが、そのまま力尽きて溶けた。

 

 仕方なく、スラ太に仲間になってくれそうなスライムがいないか聞いてみたら、伸ばした腕がペコリと頷く。

 なんと、当てがあるらしく、そのまま旅に出て行った。



 数十日が経ち、まさか、そのまま家出して帰ってこないのではないかと不安になった頃。 

 『キュイー』という甲高い鳴き声をあげて、戻ってきたスラ太。


 無事に帰ってきてくれたことが嬉しくて抱きしめる。

 そして顔を上げるとスラ太の後ろには二匹の水色のスライムがいた。


 自己紹介も兼ねて、できることを見せてもらった結果、二匹の名前はそれぞれ、スラ坊(ボー)と、エッサイムに決まった。



**



「このスライム、人をダメにする心地よさだ」


 スラ坊(ボー)に手を沈ませながら顔を綻ばせる母さん。普段は洞窟の地面で雑魚寝だから、この柔らかさは気持ちいいだろう。



「このスライム、魔法が使えるのか」


 伸ばした触腕から火弾を放つエッサイム。それを見て目を丸くする母さん。

 剣先から斬撃を飛ばせる母さんでも、魔法には興奮するものらしい。


 だが直後に思案顔になる。


「魔法は人前で見せない方がいい」


「なんで?母さんのそれも魔法じゃないの?」



 弾丸のような初速で突撃したと思ったら何もない空中を足場にし出したり、斬撃を飛ばしたりと、人とは思えない動きが魔法じゃなきゃなんだというのか。


「人族は魔法が使えない。そもそも魔法とは邪神の秘術とも言われている。魔法を使える者は魔物か、それに類するものだともな」


 また宗教的な話だろうか。


「その魔物に対抗するために生み出されたのが魔術だ。私が使っているのも身体強化魔術の応用だな」


 何その便利な術。俺も使いたいんだが。 


「でも、魔法か魔術かは側(はた)から見てもわからないんじゃないですか」


 詠唱してる方が魔術とかならわかりやすいが、母さんどう考えても詠唱してないだろ。


「見るものが見ればわかる。特にわかりやすいのが魔力の動きだ」


 魔力、それは魔法現象を起こすためのエネルギー。空気中に存在する魔素を利用できる形にしたものが魔力だという。

 魔力は光り輝いて見えるらしい。

 そう言われたら、エッサイムが火弾を放つ直前、触腕の周りが赤く輝いていたかもしれない。


 母さん曰く、魔法も魔術も、魔力を媒介として発生させるのは変わらない。違いは魔力の動きに現れる。

 魔物は体内に魔石という魔素を蓄積した器官を持つため、魔法を使うときは内側から外側に魔力が流れるのがわかる。

 一方の人族は、体内に魔石を持っておらず、空気中の魔素から魔力を生み出す必要がある。その結果、魔術を使うときは、魔力が外側から内側へ、体の表面を通って流れていくのがわかるという。


「だから、人前では見せない方がいいだろう」


 そう頷きながら、一人で納得した様子の母さん。だが。



「……あの、そもそも魔力ってどうやって操るんでしょうか」


 つい心の声が出てしまった。


「それは……」


 と言いかけて、ハッとした表情を見せると、そのまま口をつぐむ母さん。どうやらここから先は有料特典らしい。きっと指導法の一つとして、魔力を操る鍛錬を検討していたのだろう。


 そのままゲロっちゃえよ、と思わないこともないのだが。


 『日々の鍛錬を近くで見せてもらうだけでもいいから』という俺の願いは、初めは断られたはずなのに、今は普通に見せてもらっている。むしろ見て盗めと言わんばかりだ。

 スラ太が来てからは、ちょくちょく俺の自己練に口を出すようにもなってきた。

 母さんにとっては、これでもまだ稽古をつけたつもりではないらしい。それでも、少しずつ指導してもらえるようになってきたのだ。


「危ないから、今はダメだ」


「ええ、なんで危ないの?」


「制御を誤れば、腕が吹き飛ぶ」


 ひえっ。それは確かに危険だ。


「魔法は危険だから、ここまでだ」


 語調を強めて、母さんは話を締めくくった。

 

 一方、俺はニヤけ顔を抑えることができなかった。

 母さんは気付いていないみたいだ。俺が人前で魔法を見せる心配をしているということに。

 それは、俺がこの迷宮の外に出ることを想像してしまっているという動かぬ証拠だ。


 俺の、外に出たいという覚悟を少しでも示せたのではないかと思うと嬉しくなった。


 稽古を断られてから、少しずつ外堀を埋めるように準備してきた。毎日、見様見真似で骨刀を素振りし、いざというときのために魔物を操れるようにしてきた。それを母さんも見ていたのだ。


 もう少しだと思い、声をかける。


「じゃあ、魔法を使わずに済むように稽古をつけてくれませんか」


 すると、母さんは自らの失言に気付いたのか顔を赤らめて慌てて否定する。


「だ、だめだ。リオンにはまだ早い」


 今日もダメだったみたいだ。

 だが焦らずにいこうと、このときの俺は思っていた。

 

 後に、俺は後悔することになる。もっと早く稽古をつけてもらえばよかったと。



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