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第13話 剣鬼


 先に動いたのはアデリアだ。

 両腕を広げると、アデリアの周囲に二十を超える氷槍が生まれる。


 だが、母さん目掛けて飛んでくる氷の槍や一本ずつ。


 それを剣で弾きながら一歩ずつアデリアに近づいていく。そして、距離が近づくと一気に走り込む。


 だが、アデリアは笑った。


 直後に母さんの後ろ側からも氷の槍が生まれる。 


 そして、一斉に放たれた。

 正面から六本。左右から四本。さらに二本が母さんの背後を狙う。


 母さんには、それが見えない。


「母さん、後ろ――!」


 叫んでから気づいた。

 今の母さんは、鼓膜をやられている。聞こえるはずがない。

 だが。


 母さんは振り返らなかった。

 剣を逆手に持ち替え、背中へ回す。


 キィンッ!


 背後から迫っていた氷槍だけが弾かれた。


「なっ」


 アデリアの口から間の抜けた声が漏れた。

 母さんはそのまま歩く。

 右から飛んできた氷槍を首を傾けるだけでかわす。

 左から来たものは剣の腹で逸らす。

 背後から来た一本は、見ることすらなく斬り落とした。


「どうして……」


 初めて、アデリアの語尾から余裕が消えた。

 俺にも分からない。

 母さんには聞こえていない。

 なのに、全部分かっている。


「――そうか」


 母さんは氷槍を見ているんじゃない。

 アデリアを見ている。

 指が動く。

 視線が動く。

 肩が動く。

 魔法が放たれるより前から、その軌道を読んでいるんだ。


「……気持ち悪いわね」


 アデリアが後退する。


 母さんが一歩踏み込んだ。

 消えた。本当に、そう見えた。

 次に見えたときには、アデリアの懐にいた。


 剣が振り上げられる。

 アデリアは咄嗟に右腕を盾にした。


 ドォーンという大きな音をあげて、アデリアが吹き飛ぶ。


 あれをまともに食らって生き残れるとは思えない。だが、母さんは、違和感を持ったのか自らの剣を見つめ、アデリアのほうを見やる。


 煙が晴れた先にいたのは、腕を黒紫の鱗で覆った姿だった。



「この姿、美しくないから嫌いなのよねえ……」


 そう口にしたアデリアの全身から、黒紫の魔力が立ち昇る。

 それは右腕だけでなく、左腕、両脚の表面にも鱗を浮かび上がらせる。

 ブーツが内側から裂け、黒紫の硬質な脚が姿を現す。鱗は太腿までを覆い、同じものが指先から肩、首元へと這い上がっていった。

 爪が伸びる。

 瞳孔が縦に裂け、黄金に輝く。


「これでど、ッ!?」


 全身を鱗で覆い、接近戦にも対応できるようにしたこアデリアは、有無を言わさぬ一撃に怯む。


 黒紫の鱗が弾け飛ぶ。


「あぐッ!」


 さらに一歩。横薙ぎ。

 アデリアが翼で身体を引く。

 翼膜が裂けた。


「この……ッ!」


 次々と放たれる氷の槍。


 斬る。

 逸らす。

 潜る。

 踏み込む。


 着地を狙うように放たれた氷の槍に、母さんは途中で空中を蹴って避ける。


 母さんは止まらない。

 

 魔法が増えるほど、アデリアの傷が増えていく。


「なんなのよ……!」


 もう『ねぇ』も『わぁ』もない。 余裕をあげる暇もない。


「なんなのよ、あんたッ!」


 母さんは答えない。

 いや――聞こえていない。

 ただ、斬る。

 その姿を見て、ようやく俺にも分かった。

 剣鬼。

 それは強い剣士につけられた格好いい異名なんかじゃない。

 話が通じないから、そう呼ばれていたんだ。




 籠手のように腕を覆う鱗と両刃の剣が鈍い音をあげて打ち合わされる。

 それは弾かれるような音ではない。身を切るような音だ。

 顔を歪めるアデリアを見て安心できた。母さんならもう大丈夫だ。

 俺は自分のできることをしなくてはならない。



「ゴブ、郎」


「ぎゃい?」


 手当をしてくれていたゴブ郎の手を止める。


「あの子を、たすけてやってくれ」

 

 俺は目線で示した。

 そこには、土塊に伏せる白いローブを羽織った少女の姿がある。さっきまで、土塊に拘束されていたはずだが、魔法の効果が切れたのであろう。


「ぎゃぎゃだ」


 言葉も覚束ないが、俺の目線で、ゴブ郎は理解してくれた。

 ああ、これでいい。

 俺は母さんたちに目を向ける。


 そのときには戦闘は佳境に入っていた。



「これならどう、かしらっ」


 言葉が終わるより早く、アデリアが右手を振った。

 同時に地面から鞭のように土塊が噴き出す。


 母さんはそれを避けない。

 一歩。

 ただ一歩、前へ出た。

 剣が一度だけ閃く。

 それだけで、眼前に迫っていた土塊がまとめて砕け散った。


「――っ」


 砕けた土塊の向こうに、すでに母さんがいる。

 アデリアの顔から笑みはもうない。

 黒紫の腕と剣がぶつかる。

 キンッ、と甲高い音をあげる。

 

 弾け飛んだのは、アデリアの黒紫色の尖った爪と角だった。


「これはリオンの分だ」


 ただ冷酷に母さんは告げる。



 アデリアは顔を強張らせたまま、片手を地面につく。

 地面が凍る。

 白い霜が一気に母さんの足元まで走った。

 だが母さんは凍結する直前の地面を蹴り、宙へ跳ぶ。


「空中なら――」


 アデリアの周囲に無数の氷槍が現れる。


「避けられないでしょッ」


 一斉に放たれる。

 逃げ場なんてない。

 普通はそう思う。


 しかし、母さんは空中を蹴ることができる。

 避けられて終わりだ。


 だが、アデリアはそれを読んでいた。一度見せた技だ。避けられることを見越して、逃げ場を塞ぐように氷の槍が、土の鞭が、そして。


「誰が、氷と土だけって言ったぁ?」


 直後に周囲の薄紫のもやの中、無数の火弾が現れる。それらがアデリアの命令のもと一斉に飛んでいく。

 氷槍と違い、軌道を曲げる火弾。


 待ち受けるのは左右からの挟撃。避けることもできないはずだった。


 だが。



 母さんは空中で身体を捻った。

 一閃。

 二閃。

 三――

 いや、違う。

 一回しか振っていない。

 俺にはそう見えたのに、母さんの周囲を囲んでいた氷槍はすべて真ん中から断たれていた。

 その破片を足場にした。


「「は?」」


 アデリアと俺の声が重なった。

 だが、その意味は真逆だった。アデリアは自分の打ち出した氷槍を足場に使われたことに理解が追いつかなくてあげた声であろう。

 一方の俺は、なぜ足場にしたのかという疑問の声だった。そもそも母さんは足場なんてなくても空中を蹴れる。その理由はすぐにわかった。

 落下する氷片を蹴って、空中で方向を変えた母さんは、そのままアデリアへ一直線に落ちていく。


 それは星のように速かった。


 母さんなら火も切れるのだろう。だが氷と違って、火は実体がない。実体のある氷を蹴って速度をあげたのだ。


 母さんは、飛来する火弾の表面を撫でるように受け流し、足元で爆発させた。その反動でさらに速度の乗った一閃を放つ。


「化け物ッ!」


 アデリアがとっさに両腕を交差させるも、剣が黒紫の鱗へ食い込み。


 アデリアの血が飛んだ。


「誰が化け物だ」


 気付いたときには、アデリアの横に立つ母さん。その剣を振り、吐き捨てる。


「魔族に言われたくない」


 

 アデリアはもはや虫の息だった。角も翼も腕も失い、胴体も抉れている。


「……ふふっ。やっぱり、剣鬼って呼ばれるだけあるのねぇ」


「終わりだ、強欲」


「終わり……?」


 アデリアは不思議そうに首を傾げた。


「何を言っているのかしら」


 その声は母さんには届かない。されど、振り上げられた剣は頭上で止まった。

 直後、地面が大きく揺れたからだ。


 ダダダダダダダダダ


 聞き覚えのある音と地面の揺れ。それがだんだんと大きくなっていく。


 瞬間、離れたところの地面が爆ぜた。


 ダンジョンワームだッ。


「なんだッ」


 母さんは、アデリアとダンジョンワームを同時に見える位置まで後ずさる。


 地面を抉りながら現れたダンジョンワームは、その勢いのまま壁を這って天井の近くの壁を突き破っていく。



 そのまま消えるまで待ち続けた。

 何がしたかったのか分からなかった。


「うふふ」


 口元から血が流れる。

 それでもアデリアは笑っていた。


「欲しいものが、まだあるのに」


 その視線が俺に向く。


「……ねえ、リオンくん」


 その手が俺に向く。


「また、会いましょうね」


 それが、アデリアの最期の言葉だった。


 それは彼女の負け惜しみだったのかもしれない。




 白いローブ姿が見えない。

 先ほどまで拘束されていた場所は、ダンジョンワームによってポッカリと穴が空いていた。

 そこでやっと気付いた。アデリアの狙いに。


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