第14話 イリス
気づいたら俺は、寝床の上にいた。見慣れた洞窟の天井を目にして体を起こせば、毛皮を下に敷いただけの簡易な寝床の上にいたのだ。アデリアとの戦闘が終わり気が抜けたのだろう。俺は早々に意識を失っていたらしい。
全身が包帯だらけで見た目痛々しいが、実際に痛い。まだズキズキと心臓の鼓動に合わせて血が垂れ流れているかのように痛む。
「あ、おきた」
ふと、つぶやくような小さな声に顔をあげると、少女が目に入った。
アデリアに拘束されていたはずだ。今はあの白いローブを羽織っていないようである。
「リオンッ」
反対側から大きな声が聞こえて、振り向こうとする前に何かに抱きつかれる。
「よかった」
母さんは涙を浮かべて言う。
「俺は大丈夫だよ」
実際はまだまだ身体中痛いが、安心させたくて無理に笑みを浮かべてみせる。
すると母さんは少しを落ち着きを取り戻した。
「それよりも、ゴブ郎は......」
さっきから気になっていたことだ。俺はてっきり少女がダンジョンワームに連れて行かれたと思っていたのだ。だが、少女はここにいる。ではあのときダンジョンワームに加えられていた白ローブはなんだったのか。俺はなんとなく、ゴブ郎のことが気になったのだ。
それを聞いて顔を伏せる少女。
少女は、麻布一枚で頭から足まで、すっぽりと覆い、腰のあたりを紐で結んだだけの簡易な装いをしていた。
母さんは俺の顔を真っ直ぐ見てことの顛末を教えてくれた。
どうやらゴブ郎が万が一のことを考えて、自ら囮になったらしい。目立つ白いローブを少女から借りて、少しでもアデリアの意識を少女に向けさせないようにしたのだ。
自らの命も顧みないその姿勢に俺は涙し、同時に何もできなかった自分に悔しさを滲ませた。
ゴブ郎に行かせたのは俺だ。俺のせいだ。
「私にも責任がある。だから、そんなに落ち込むな」
母さんが俺を慰める。
今も振るえる俺の手に、そっと小さな手が重なる。
「リ、オンのせいじゃない、よ」
その言葉にハッとする。
ああ、こんな子にまで心配させちゃダメだ。
「そうだ、お前が生きていてくれてよかった」
母さんに再度強く抱きしめられる。
母さんにも心配をかけてしまった。何やってるんだ、俺は。
不意に、腰や肩に少しひんやりとした柔らかい感触を感じた。咄嗟に目をやるとそこには、スラ太にスラ坊にエッサイムの姿があった。
そうか、よかった生きていたんだ。
俺と母さんはしばらくの間二人抱き合って泣いていた。
どのくらい経ったかわからないが、ひとしきり気持ちが落ち着き自然と離れた。
そこで俺はようやく顔を上げた。
「ごめんなさい、母さん」
「本当に、無茶はするな」
「うん」
俺は隣でこちらを見つめてくる少女に目をやる。
「ありがとう。……えーと」
あれ、そういえばこの子の名前聞いてなかったな。
「そういえば、君、名前はなんていうんだ」
少女は、こてんと首を傾げる。
「じゅうさん」
じゅうさん。十三?
「いやそれ数字だよな」
え、今までどんな扱い受けていたんだ。
そういえばアデリアの言葉を信じるなら、イリスは拾ったといっていたな。その時にはすでに服もボロボロだったらしい。俺は、囚人のように番号で呼ばれて忙しなく動く少女の姿を想像してしまった。
「私は、成り損ないって」
何になろうとしていたのかはわからない。だが、そんな理由で数字呼ばわりはいただけない。
「普通は数字で人を呼ばないんだよ」
俺は少女に優しく言う。
「そう、なんだ」
俺の言うことにすぐ納得するのは、それはそれで心配になる。
だが、直後の少女の言葉に、俺の中で電流が走る感覚がした。
「じゃあ、名前、ほしい」
そしてなぜか、母さんもあたふたし始める。
「わかった」
そうか、ここは俺の出番だな。今まで魔物四体に名前を付けてきた確かな実績がある。ここは直感に任せよう。
少女を見やる。肩まで伸びた闇色の髪に、白い髪束が筋のように幾重にも重なっている。
これはあれだ。
鱗粉もあったしな。
「カラスアゲハだ」
二人は黙り込んだ。
「っていうのは冗談で......」
仕方ないじゃん。思いついたのカラスアゲハなんだから。あれキレイじゃん。存在感あんじゃん。
ああ略せばいいのか。じゃあ。
「からあげ......っていうのも冗談で」
カラスは流石にダメだろ。カラスって確か英語でクロウだったよな。でもクロウって女の子っぽくないよな。じゃあ、略せばいいのか。
「クロハっていうのはどうだ?」
反応はイマイチだった。
「いや、クロってその髪色の黒とかけてたりするんだけどぉ」
そういうと少女は目を伏せる。
えぇっ。そんなにダメだった!?
クロハって悪くないよねえっ。
「イリスだ。お前の名はイリス」
見かねた母さんが、名前を決めてしまった。
「いりす?」
「ああ、極光の魔女と恐れ敬われた魔術師の名だ。七色の魔術を使うことから、それにあやかってあらゆる可能性を秘めた子に育ってほしい、そういう意味で故郷では付けていたやつがいたな」
「かのう、せい」
思案する少女は、いりす、いりす、と自分に言い聞かせるように繰り返す。
やがて。
「私は、イリス」
そう言葉にする少女、イリスは晴れやかな表情を浮かべていた。
くっ。悔しいが、確かにいい名前じゃないか。母さんのネーミングセンスを認めざるを得ないか。
じゃあ、俺の名前ももしかして何か由緒ある名前なんですかね。期待していいですかね!?
「ところで、母さん。俺の名前の由来はなんですか」
「ああ、リオンについてか。なんだと思う?」
口角を上げて俺に問いかけてくる。
「魔王を倒して建国した初代勇者様の名前、とか?」
にやける母さんは、胸を反らして腰に手を当てる。
「ふん、聞いて驚け、獰猛な野獣、という意味だ」
人ですらないッ!!
俺は愕然とし、つい不平を口にする。
「なんだそのネーミングっ」
「かっこいいだろう?」
「適当すぎんだろっ!!」
「リオンに言われたくないわっ!!」
言い争う俺たちをよそに、イリスが声をあげる。
「私が、付け直して、あげよう、か?」
いや、そういうことじゃないんです、イリスさん。
きょとんとするイリスに、俺と母さんは毒気を抜かれるのであった。
***
少ししてから改めて話をした。
問題はゴブ郎についてだ。
なんとなくだが、ゴブ郎が生きている気がするのだ。この感覚がなんなのかはわからない。魔力のパスみたいなものがつながっているのだろうと思う。ゴブ郎がダンジョンワームに地面ごと喰われたという話を聞けば、どう考えても生きているはずはないのだが、直感がそう囁くのだ。
「ゴブ郎が生きているとは思えないが」
母さんは懐疑的だった。
だが、イリスは俺の話に賛同してくれた。
「ん、アデリアが、生きていれば」
うん?どういう意味だ?
「アデリアは目の前で死んだじゃないか」
何か聞き間違いをしたかと思い、素直に疑問を浮かべた。
「ナイトウォーカーは、後を継ぐ」
聞けば、魔族が人族から恐れられるのもわけない話であった。
魔族は魔物を操る能力を持つと言われている。では、その魔族が死んだら操っていた魔物はどこに行くのか。
どうやら子に引き継がれるとのこと。魔物は忠誠心が強いのだろう。ゴブ郎を見ているとそんな気がしてくる。
子は親が死んだことを察して、自ら親の名前を継承するらしい。それまでは子どもたちは番号呼びらしい。だから、イリスは十三なんて名乗ったのか。
「同名の魔族の話は、私も聞いたことがある」
付け加えて母さんも教えてくれた。過去に、人族が一度滅ぼしたはずの煉獄の魔王や星砕の魔王とやらが、同じ名を名乗って人族に復讐しにきた、なんてこともあったらしい。ちなみに魔王とは魔族の中でも特に強いものを指す人族の呼称だ。
母さん曰く、魔族は長寿であり、子ができにくいとのこと。そもそも、ダンジョンという自分の城を持たないと繁殖もしないらしい。
アデリアは強欲の魔王と言われるくらいの大物のため、子がいても不思議ではない。
もしアデリアの子に継承されていたら、ゴブ郎を連れ去っていったダンジョンワームがその獲物を新たな主のもとまで届けようとするだろうと。
だが、もし子がいないなら、ダンジョンワームの使役が解け、ダンジョンワームは口に加えたゴブ郎をそのまま食ってしまうかもしれないとのこと。
まさか、敵の子の無事を願うことになるとはな。
「ちょっと待て。ゴブ郎がその、新たなアデリア?のもとに連れて行かれたとして、生きたままの保証はないんじゃないか」
ふと湧いた疑問。
むしろ殺されるのではないか、と。
「ゆぃのーひんは、大事」
え?今なんて?
直後にイリスは口元に指でバッテンを作って言い直す。
「人質には、手、ださない」
「人質?」
人質ってゴブ郎のことか? なんで?
その疑問に答えたのは母さんだった。
「ああ、なるほど。その新しいアデリアってやつはリオンをまだ狙う可能性があるんだな?」
母さんを見て、こくんとうなづくイリス。
「親を殺された仕返しに、来るかも?」
「他の魔王のように、か......危険だな」
母さんは納得した様子だが、俺はたまったものじゃない。
「わかってる。魔族は......ナイトウォーカーは、危険」
イリスはそう言い切ると、ギュッと手に力を込めた。
魔族に対する心構えを確認したところで、俺は今後のことを考える。
「ゴブ郎を助けるにはどうすればいい?」
「私にとっては、リオンの身のほうが大事なんだが......考えを変える気は無いんだな」
見捨てろと暗に仄めかす母さん。だが俺の考えを優先してくれるらしい、ならば。
「俺は、約束したんです。ゴブ郎を助けると」
直接言ったわけではない。ただ俺がそういう約束だと認識しているだけだ。
俺は群れに囚われていたゴブ郎を助け出した。今再びゴブ郎は囚われた。これでは元通りじゃないか。
『変わりたければこの手を取れ』
手を差し伸べた俺。変わることを求めて手を差し出したゴブ郎。
この約束を俺が破るわけにはいかない。
それに、ゴブ郎はイリスを助け出してくれた。
ならば俺も応えなきゃいけない。
「そうか」
ため息の混ざった声。だが母さんは優しい目をしていた。
「なら、本気で修行をつける必要があるな」
そういった母さんの言葉にーー
ーーゾクっとした。
「俺に指導をしてくれるんですね」
「ああ。その代わりに、指導中は母さんとは呼ぶな」
本気じゃないか。
「分かりましたっ。師匠ッ」
「ふふ、気が早いなぁ」
母さんは苦笑する。
だが、気が急いてしまうのも仕方ないんだ。
母さんによる修行は長年求め続けてきたことだ。俺は何度も直接指導してくれるように頼んだ。だがその度に断られてきた。それが今叶うのだ。
『剣鬼と言われた私を動かすだけの覚悟を示せ』
かつて言われた言葉を思い出す。その覚悟を示そうと努力してきた。その覚悟がついに認められたのだ。
そして同時に不安にも襲われた。
『なら、本気で修行をつける必要があるな』
先ほどの母さんの言葉、その端々に、抑えきれない歓喜が混ざっていたからだ。今も睨め付けるその瞳孔は肉食獣のように、俺から離れることはない。どんな厳しい修行になるのだろうか。
楽しみでもあり、不安でもある。
だが一つ確かなことは、この修行を乗り越えた先に俺の望む未来があると言うことだ。得た力は今後俺が生きていく糧となる。この先、外に出たとして......。
「その修行、私も、受けたい」
「おぅいいぞ」
かるッ!!
イリス「名前、なに?」
セレナ「リオン、言ってやれ」
リオン「なんだっけ」
セレナ「お前っ、仮にも母の名前だぞっ」
リオン「よくあるじゃん。祖母呼ぶとき、おばあちゃんって言いすぎて、実際の名前出てこないやつ」
セレナ「おばあちゃん!?」




