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第12話 覚悟


「リオン……私は……」


 何かを言おうとして、口を開く。

 だが、言葉は続かなかった。


 俺も、何も言えなかった。

 その沈黙の中で、母さんの指から力が抜けた。


 カラン。


 乾いた音を響かせて、剣が地面に落ちる。


 同時に俺からは見えた。

 ほくそ笑むアデリアの表情が。


「かわいそうなリオンくん」


 アデリアが歩き出した。


 なんで。なんでだよ。なんでそんな隙だらけの姿を晒してる?

 剣無しでアイツに立ち向かえるのかよ。

 早く剣を取ってくれ、母さん。


 そんな焦りに駆られて、ふと気づく。


 このままじゃ、何も変わらない。何も変われない。前世と同じじゃないか。

 信じて待つだけじゃダメだ。

 俺が動かないとダメだ。


 俺が母さんに剣を握らせる。そのためには……。



「……いい加減に黙れよ」


 自分でも驚くほど低い声が出た。


 アデリアはこちらを見たまま。

 そして、母さんは肩を震わせる。


「リオン、口調が」


 ああ、いい加減猫かぶるのも嫌になってきた。


「今の母さんに敬語なんていらないよな。魔族風情の言葉を信じる人間になんて」


 ハッと目を見開く母さん。


「母さんが俺の親を殺したのかもしれない」


 今、アデリアが攻撃してこないのは、この状況を楽しんでいるから。

 ならば、その隙をついてやる。


「ダンジョンを潰して、人が死んだのかもしれない」


 俺はそのときのことを知らない。

 知らないものを『母さんは悪くない』なんて言うつもりはなかった。


「母さんが、守るべき民を裏切ったのかもしれない」


 母さんの顔が歪む。


「だったら――」


「でも」


 遮った。


「それと、俺の母さんであることに、何の関係がある?」


「……え?」


 一歩。

 ゴブ郎から離れる。


 俺は震える足で立つ。

 魔族の体は思ったより丈夫らしい。


「罪があるなら償えばいいだろ」


 簡単なことだった。


「人を殺したなら、その人たちに償え。民を裏切ったなら、民に償え」


 そしてゴブ郎に目線で伝える。

 それだけで理解してくれた。


「俺は、母さんに育ててもらった」


 六年間。飯を食わせてもらった。抱いてもらった。馬鹿みたいな子守唄を聞かされた。怒られた。褒められた。守ってもらった。


「その六年まで罪になるのか?」


「…………」


「俺まで、母さんが間違えた結果なのかよ」


「違う!」


 初めて母さんが顔を上げた。


「お前を育てたことだけは違う!」


「じゃあ、それでいいだろ」


 母さんの目が見開かれる。


「俺にとっては、それで十分だ」



「……でも」


 母さんが呟いた。


「私がお前から、本当の親を奪ったことは変わらない」


「…………」


「私に、お前から母と呼ばれる資格など――」


 まただ。話が戻った。

 さっき俺が答えを出したはずなのに。

 まるで同じところをぐるぐる回っている。


「そうよぉ」


 アデリアの声。甘い。妙に耳に残る。


「あなたにそんな資格、あるのかしらねぇ」


 薄紫の吐息。

 それが空気に溶けて――母さんの身体にまとわりつく。

 その瞬間だった。

 俺の胸の奥にも、何かが湧いた。

 ――本当に、この女を母親だと思っていいのか?


「…………」


 ぞっとした。

 今、俺は何を考えた?

 さっき、自分で答えを出したばかりだ。

 なのに。

 ――親の仇だぞ。

 違う。

 ――お前を騙していた。

 違う。

 ――こいつは人族だ。


「……違う」


「どうしたのぉ、リオンくん?」


「なら、お前には母さんのことを言う資格があるって言うのか、アデリア」


 アデリアを睨みつける。


「強欲の魔王、だったか。さぞかし、人族から恨まれてるんだろうな」


 これはアデリアに向けた言葉ではない。母さんに聞かせているんだ。


「へぇ。その呼び名嫌いって言ったわよねぇ。わざわざその言葉を使ったってことは覚悟できているのかしら」


「魔族の王で魔王。何を嫌うことがある。立派な通り名じゃないか」


「そっちじゃないわよ、強欲のほう。火の粉を振り払っただけだって言うのに、まるで私が悪いみたいじゃない」


「悪くていいじゃないか。魔族なんだろ」


「ふふ、ついに壊れちゃったのかしら。あなたも魔族じゃない」




 アデリアが笑う。また薄紫の息が漏れた。そこで、ようやく全部が繋がった。

 さっきからだ。

 こいつが話し始めてから、俺たちはおかしい。

 戦っていたはずなのに、話を聞いている。

 母さんは剣を落とした。

 俺まで、一度出した答えを疑い始めている。

 そして――


「……魔族」


「なに?」


「お前、さっきその呼び方を嫌ってただろ」


 アデリアの笑みが、ほんのわずかに固まった。


「ナイトウォーカー。それがお前たちの呼び方なんだろ」


「…………」


「なのに、なんでずっと『魔族』って言ってる?」


 返事がない。

 代わりに紫のもやが揺れた。


 こいつのプライドの高さは俺が身をもって知っている。だが、母さんとの会話ではナイトウォーカーという言葉を使わなかった。それはなぜだ。

 ナイトウォーカーという言葉が人族には知られていないからではないか。

 なぜ訂正しなかった? 訂正することで話が切れるのを嫌った?

 訂正しなければそのままの意味で母さんに通じる。


『信じちゃ、だめッ』


 少女の言葉を思い出す。

 何を?

 そうか。

 言葉そのものが必要なんだ。


 こいつはただ罪悪感を刺激しているんじゃない。

 言葉を聞かせて、心の中にあるものを膨らませている。


 この薄紫のもや、まさか......。

 

 気づいたときには、俺の足元にも薄紫のもやが渦巻いていた。


「母さん」


「……リオン」


 俺は妙に冷静になっていた。


「前に言ったよな」



 俺は右手に魔力を集めていく。さっきの泥を作った魔法のおかげで、ある程度コツはつかんだ。

 やることは身体強化、握力の強化だ。


 俺の魔力の収束を見て、母さんも手に魔力の光を集めていく。


「ふふふ、いいわぁ。こうやって壊れていく様を見るのは」


 俺と母さんが仲違いしていく様を面白そうに眺めるアデリア。

 本当にそう思っているなら愚かなことだ。


 俺は頭の角を掴んだ。


「剣鬼を動かしたければ、覚悟を示せって」


「何を――」


「言葉じゃ駄目なんだろ?」

 

 アデリアを見る。

 こいつの言葉が心を狂わせるなら。

 俺は――行動で伝える。


「なら、見てろ」


 右手に魔力を集める。

 握力を強化する。

 そして――。

 右の角を握り潰した。


 クッ



 唖然とする母さん。

 そして、アデリアは済ました顔で言う。


「あなた、イカれてるわ」


 お前に言われたくないね。

 でも、まだ終わりじゃないんだ。


 

 次は左の角だ。


 ウグゥッ


 痛いほどに頭から血が流れ出る。

 いや、実際に痛いのだ。だがそれ以上に痛がってみせる。


「母さん、これで俺も人族になれるかな......」


 すべては母さんの心情に訴えるため。

 俺はきっと俳優になれるに違いない。


「これで母さんの息子って言えるよな......」


 母さんが、そんなこと気にしているんじゃないなんてわかってる。



 そのまま右の手で、俺は右の翼の根本をつかむ。


 そのまま引っこ抜いてやろうとしたときーー


 ーー手が止められた。


 ぴくりとも動かない。いつの間にか腕を掴まれていた。

 だけど、その手は柔らかかった。


 目の前には、涙を浮かべる母さん。


「リオン、そんなことしなくていい......」


 ようやく来てくれた。これで話ができる。


 アデリアに聞こえないように俺は小声で告げる。

 それを聞いた母さんは驚いた表情で俺の顔をまじまじと見つめてくる。きっと俺のやってほしいことを理解したのだろう。

 

 母さんは涙を拭い去り、アデリアに振り返る。


「強欲の魔王。貴様には感謝しておこう。おかげで、リオンとは真の親子になれた」


「何を世迷言(よまいごと)を」


「リオン、耳を塞いでいろ」


 その言葉にもはや迷いは感じられなかった。

 そして、両手を胸の前あたりで広げる。先ほどまで溜めていた魔力がいまだ両手を光らせていた。俺は、母さんがやろうとしていることに気がつきとっさに耳を塞ぐ。


 パアァーーーーンッ!!!


 瞬間、銃声のような甲高い音が波紋のように空気を振るわせ、風を周囲に広げていった。


 母さんがしたことはただ手を叩いただけだ。だがその両手は身体強化魔法により、ものすごいスピードで打ち合わされていた。両手の間にある空気を手の隙間から押し出し、あたりに衝撃を伝えていた。


「私が愚かだった。魔族の言葉に耳を傾けるなどな」


 両手を胸の前で合わせたまま告げる母さんはーー


「だが、これでもう聴こえない」


 ーーその両耳から血を流していた。


 そして、紫のもやに包まれていた視界が晴れていた。

 一つの行動でアデリアの二重の策を跳ね飛ばしてみせたのだ。


「ふふ、なるほど。私の策を見破るなんて、やるわねぇ。リオンくん」


 そう、今になって思えば、周囲に漂っていた薄紫のもやは精神攻撃の類いだったのだろう。思考を少し誘導する程度の気付きにくい策。その策に母さんは陥っていたのだろう。


 故に、策を見破った俺に対して、アデリアは感心の声をあげたのだ。だがその声には、まだ余裕が感じられた。


「でも、剣無しでどこまでやれるかしら」


 母さんが持っていた剣はアデリアと母さんの間に落ちたまま。

 今から剣を拾う隙はない。剣を拾うよりも速くアデリアの攻撃が届くに違いない。

 だが。


 バッと母さんが手を突き出すと、そこに黒い刀身の短剣が吸い寄せられる。違う、飛んできた短剣を掴んだのだ。


「チッ。小賢しい」


 アデリアの目線の先には、ゴブ郎の姿があった。 俺はゴブ郎に短剣の回収をさせていた。きっとアデリアは取るに足らないと思って放置していたのだろう。


 母さんは、そのままジリジリと間を詰めると地面に落ちていた自らの剣を脚で跳ね飛ばす。空中でその柄を掴むと、剣先をアデリアに向けた。


「私たちは、似たもの親子だろう?」


「ええ、本当にね」


 面白くなさそうな顔で嫌味を言うと、アデリアは全身の魔力を逆立てる。


 それが戦いの再開の合図だった。




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