↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/16

前世の記憶2


 そして、クリスマスの夜。



 彼女は来なかった。


 俺の家には、バラの花束が残されたままだった。



 それからは連絡もつかなくなった。彼女のアパートを訪ねても、返事はなかった。


 同僚からは、他に男を作って逃げたんだ、早く忘れろ、と言われた。

 俺はそんな言葉、信じなかった。


 また会える。そんな漠然とした予感がしていた。漫画喫茶で偶然再会したように、またいつかふらっと現れるのだ。

 俺はプロポーズのために用意したバラの花束を見る。クリスマス当日よりは少し勢いが落ちていたが、まだまだ鮮やかな色合いをしている。本当は一生に残る思い出としてプリザーブドフラワーのほうがいいかと思ったのだが、花屋の店員に生花のほうがいいと勧められたのだ。だがこのままでは、じきに萎れてしまう。

 俺はバラの花束をプリザーブドフラワーに加工してもらうことにした。これで、三年ほどは鮮やかな色を保つようになる。

 いつか再会したときに、『クリスマスに渡す予定の花だったんだけど、君が来なかったから時が止まったんだ』なんてキザなセリフができるように。彼女はきっと『似合わないからやめてください』と言って笑いながら、負けを認めてくれることだろう。


 俺は警察にも届け出た。何度も問い合わせた。事情も説明した。これで誰かが彼女を見つけてくれると思った。だが、それだけだった。

 それだけで、自分にできることはやったつもりになっていた。



 それからというもの警察から進展を告げる連絡が来ることはなかった。

 たびたび、家に警察官が訪れることはあった。毎回、俺は事情を説明した。それでも、本人の意思で姿を消した可能性もあると言われ、憤る俺を静かに見つめるだけ。

 それから数ヶ月が経ち、警察の動きも見られず、家に来ることもなくなった。そうなったことで俺はまた正気を保てなくなっていった。

 

 そこで気づいた。彼らはカウンセラーの真似事をしてくれていたのだ、と。


 警察にもできないことはある。代わりにできることをしてくれていた。 


『宿河原さん、また彼女のことを聞かせてください』


 彼らは、意味もなく思い出を語る俺の話に、静かに相槌を打ってくれた。

 その時間だけは、彼女がまだ近くにいるような気がした。

 だから、俺は正気を保てていた。


 それに気付いてしまったとき、もはや誰を恨んでいいのかわからなくなっていた。



 『俺の何がいけなかったんだ』

 『稼ぎが足りなかったのではないか』

 『ルックスが良くなかったのではないか』

 『プロポーズするには早すぎたのではないか』

 『俺は焦り過ぎていたんだ』

 『こんな歳食った俺が、若い彼女を縛るべきではなかったんだ』


 自分のせいにした。

 


 『思えば彼女は家に呼んでくれたことがない』

 『何か隠し事があったに違いない』

 『最初から俺は相手にされていなかったんだ』

 『これ以上仲が深まるのを望んでいなかったのではないか』

 『いつもと違う雰囲気に彼女は悟ったのではないか』

 『これ以上騙せないと察して逃げたのではないか』

 

 彼女のせいにした。



 『彼女は詐欺師だったんだ』

 『ならば生きていることになる』

 『それでよかったじゃないか』

 『また会える日が来る』

 『俺に夢を見させてくれた』

 『今度は俺が夢から覚める番だ』


 俺は自分の人生を歩み始めた。





 三年は保つと聞いていた花も、二年目には、すっかり鮮やかさを失っていた。


 同じ頃、彼女の白骨遺体が山中で発見された。事件が明るみに出たのは、ある警視監と暴力団との癒着が発覚したことがきっかけだった。その警視監は、ある暴力団組長と長年にわたって内通していたらしい。調査の過程で、過去にも数々の事件を揉み消していたことが判明した。

 その一つが、彼女の失踪事件だった。彼女を車ではねたのは、組長の息子だった。事故を隠すため、彼女の遺体を山中へ埋め、組長は警視監に事件の隠蔽を依頼したのだという。


 彼女が生前に所持していたものも一緒に土に埋められていたらしい。

 彼女の親代わりだった祖母も亡くなっていたため、俺が遺留品の確認をすることになった。



 雨がしとどに降る昼時、俺は遺留品の確認のため警察署を訪れた。

 そこで見たのは、見覚えのないケーキ屋の袋だった。


「クリスマスの夜でしたからね、ケーキを買って帰っていたのでしょう」


 俺を案内してくれた事務職員はそう説明してくれた。


 ケーキ屋の袋を受け取ると、警察署を出る。その足で、俺は雨の中、彼女の痕跡を辿るようにその店に向かった。


 デパ地下やモールにあるような一区画を借りたところとは違う、幹線道路沿いにある一戸建ての店だった。


「いらっしゃいませ〜」


 中を除けば、内装も店員の服装も真っ白で洗練されていることがうかがえる。だが、近寄りがたい空気はなかった。むしろ、暖色の灯りが辺りを照らしているためか、店員の朗らかな挨拶のためかわからないが、なんとなく居心地の良さを感じた。

 俺は玄関先の傘立てに濡れた傘を置くと、女店主に声をかけた。 


「すみません。二年前のクリスマスに、この袋を持っていた女性について聞きたいんですが」


 俺は警察から返された袋を見せた。


「あら、この袋……」


 女店主は何かを思い出したように目を細めた。


「ああ、あの子のことかしら」


「彼女を知っているんですかっ」


 その言葉に俺は咄嗟に声を荒げた。


「あの子のことは覚えてるわよ。クリスマス当日に、どうしてもプロポーズ用のケーキを作ってほしいって頼まれたんだから」


「ぷろ、ぽーず」


 彼女は......俺と同じことを考えていたのか......?


「本当は予約が必要なんだけどね。あんまり必死だったから、特別に引き受けたの」


 そうだ。


「メッセージカードとかはありましたか」


「ええ、プロポーズ用のケーキには皆さん入れますからね」


「じゃあメッセージカードには何か書いてありましたか!?」


「えぇ〜。それは、何だったかしら。なになにさん、結婚してください、みたいな感じだったようなぁ」


「それはっ、本当ですか!?」


「ええ。結婚相手の名前が書いてあったんじゃない」


「相手の名前は、宿河原(しゅくがわら) 理人(まさと)って言います」


「まさと......どういう字を書きます?」


 俺はカバンからメモ帳を取り出して、ペンで『理人』と書く。


「ああ、そうそう。変わった名前だったから覚えてるわ。『理人』(こう)書いて『マサト』って読むんだけど、自分は『リヒト』って呼んでるんだって、嬉しそうに話してたのよ。私もメッセージカードに、理人(りひと)さん、って書いた気がする」


「本当に『理人さ(・)ん(・)』だったんですか? 『理人先(・)生(・)』じゃなく」


「先生は絶対ないわよ。書いたことないわ、ってどうしたの!?」


 俺は涙を止めることができなかった。

 これが彼女のプレゼントだったんだ。


 本当に彼女らしいクリスマスプレゼントだった。

 


『私、先生の前ではいつだって子どもなままなんです』

『だから養ってください。かわりに私も先生を養ってあげますから』

『あ、夫婦になるなら先生って呼び方じゃダメですよね。犯罪になっちゃいますし』



 そう冗談混じりに笑った彼女はもういない。今となってはそれが冗談だったかも確認することはできない。


 でも、今は冗談ではなかったのだと自信をもって言える。


 プレゼント交換の勝負は、俺の完敗だよ。

 俺のバラよりもよっぽど記憶に残っていた。

 俺の一方通行な想いじゃなかったんだ。



 店を出たときには、すっかり雨は上がっていた。

 雲の切れ間から差し込む日差しが、濡れたアスファルトを照らしている。俺は空を見上げた。


 彼女は、俺と結婚したかったんだ。


 その事実を知っただけで、少しだけ胸が軽くなった気がした。

 

 もっと早く知りたかった。

 いや、違う。

 もっと早く、知ろうとするべきだったんだ。


 警察に届け出た。何度も問い合わせた。できることはやったつもりだった。でも、本当にそうだったのか。


 今日、俺はたった一軒のケーキ屋を訪ねただけで、二年間知らなかった彼女の想いを知ることができた。

 だったら、もっと早く動いていれば。もっと声を上げていれば。彼女の足取りを掴むことができたのではないか。彼女を、あんな冷たい土の中に、二年間も放置せずに済んだのではないか。


 そんなことを考えながら、俺は歩き出した。


「おい」


 背後から声がした。


 振り返ろうとした、そのときだった。

 腹の奥に、何かが突き刺さった。


「……え?」


 熱い。

 遅れて、焼けつくような痛みが走った。

 足から力が抜ける。

 何が起きたのかわからないまま、俺は膝をついた。


「てめえが、余計なことしやがったせいで……」


 視界の端から、男の声がした。


「親父も、組も、全部めちゃくちゃだ」


 男の顔に見覚えはなかった。

 だが、その言葉で十分だった。


 ああ。


 こいつも、そうなのか。

 俺は、何か言い返そうとした。

 けれど、喉から出たのは、言葉にならない息だけだった。


 男が去っていく。


 待て。

 まだ、話は終わっていない。


 俺は地面に手をついた。

 立ち上がろうとした。

 だが、身体は動かなかった。


 なんだよ。


 また、これか。

 上司に言い返せなかった。

 同期の嫌味を笑って受け流した。

 警察の言葉を信じて、ただ待ち続けた。


 そして今も。


 俺は、何もできないのか。

 違う。


 何もできなかったんじゃない。

 何もしないことを、選んできたんだ。


 相手を責めず、波風を立てず、仕方がないと自分を納得させて。

 それを優しさだと思い込んでいた。


 そんな独りよがりの偽善、クソ喰らえだ。


 視界が暗くなっていく。

 濡れた地面に、黒い何かが広がっていく。

 血か。

 違う。色がない。

 全てが白黒に見えてきて。



 ああ、そうだ。

 彼女は、俺に言ってくれたじゃないか。


『先生はもっと、自分のために生きてください』


 俺は、まだ。

 何一つ、変われていない。


 もし、もう一度人生をやり直せるなら。


 今度は。


 もう、誰かに任せて終わりにはしない。

 自分で考えて、自分で選んで。

 たとえ相手がどんな奴でも。


 最後まで――。

 





サブタイトルの幼女って生々しいからロリに変えようかと悩んでる今日この頃。

というか幼女はどこや。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。