前世の記憶1
この回を第一話目に持ってくるか非常に悩みましたが、ここに。
単独話として楽しんでいってね。
ちなみにリオンの前世の名前は 宿河原 理人 です。
『宿河原君、タバコ買ってきてくれたかい』
『はい、ここに......』
『......君さぁ、これじゃないよ』
『え、でも言われた通りセブンスターを』
『これ、ソフト。私が言ったのはボックス』
『何が、違うのか』
『吸い心地だよ。そんなことも知らないの君』
『すいません。知りませんでした』
『君、そんなんで社会人やってけると思ってんの』
『すいません。以降気をつけます』
『はぁ、もう一回買ってきて。金は出すからさ』
『は、はぁ』
『ああ、余った釣りは貰っちゃっていいから』
『あ、ありがとうございます』
『そこは断るところだろうが』
『すいません』
『はぁ。早く行ってこい。昼もう終わるから』
『わかりました』
『ほんと頼むよ』
『理人、お前まだ係長補佐だっけ?』
『ああ』
『そっか。俺、来月から係長になるんだ』
『おめでとう』
『ありがと。いやぁ、理人にも頑張ってほしいよ』
『……ああ』
『同期だしさ。俺たち』
『そうだな』
『まあ、俺の場合は運がよかっただけだけど』
『……』
『あ、悪い。嫌味に聞こえた?』
『いや、別に』
『ああ、でも俺の方が上司になるから、敬語練習しとくか?』
『そう、ですね』
『何、真に受けてんだよ、冗談だ、冗談』
『はは。よかった』
『そうそう、笑顔だよ、笑顔』
『俺、笑ったか?』
『ああばっちり。お前最近、暗い顔してたからさ』
『……そうだったか?』
『そうだよ。じゃあ、俺そろそろ戻るわ。午後から取引先との面談あるから』
『......ああ。頑張れよ』
『お前も、頑張れよ』
『宿河原さん、今までありがとうございました』
『こちらこそ。結婚おめでとう』
『ありがとうございます。宿河原さんには本当にお世話になりました』
『いや、俺は何もしてないよ』
『そんなことないですよ。私がミスしたときも、いつも庇ってくれたじゃないですか』
『……そうだったかな』
『はい。だから、宿河原さんも早く幸せになってくださいね』
『……ああ』
『宿河原さんって優しいから、絶対いい人が見つかりますよ』
『そうかな』
『はい。私も、宿河原さんみたいな人が旦那さんだったら、安心できると思います』
『……』
『あ、でも宿河原さんって、頼まれたら何でも引き受けちゃうじゃないですか』
『まあ、断るのは苦手かな』
『ですよね。そういうところ、女の人からすると、ちょっと心配かもしれません』
『……そうか』
『でも、結婚したら変わるって言いますし。きっと大丈夫ですよ』
『ああ』
『じゃあ、宿河原さんも頑張ってくださいね。お仕事も、婚活も!』
『……ありがとう』
『それじゃ、失礼します!』
三十に近づき、漠然とした焦りが生まれた。
三十になっても、焦りは消えなかった。
三十を超えても、結局何も変わらなかった。
何かきっかけがないと人は動かない。俺はきっかけを欲していたんだ。でも、周囲の人間関係は、我慢できてしまう程度には恵まれていた。行動を起こさなくても何とかなった。
これが、怒鳴り散らかす上司なら。全否定してくる同僚なら。マウントとってくる部下なら。俺は行動に移せるのに。
「理人せーんせ?」
そんな俺に初めての彼女ができた。
俺自身も信じられなかった。何かの間違いではないかと疑った。
でも、彼女はただ笑って。
「先生といると楽しいです」
俺は仕事では評価されない。
上司には雑に扱われる。
同期には置いていかれる。
部下には人生の先を越される。
そんな俺でも、想ってくれる子がいる。
だから俺は、この子だけは大切にしようと思った。
彼女は元教え子だった。家庭教師のアルバイトをしていたときに、高校受験を控えた一年間見ていただけ。初めは無口な子で、警戒心も高かった。家庭事情も複雑で、親兄弟もおらず、学校にも満足に通えていなかった。そのため他の子よりも気を配る必要があった。子どもとの会話のきっかけというのは大体家や学校のことがほとんどだ。それが聞けないというのは大変だった。彼女の親代わりの祖母からは、やりたいことをやらせてあげてください、という緩い要望しかなかった。だからこそ、俺は初めのひと月は勉強ではなく、会話に重点を置いた。会話のきっかけになると思い、そのときの流行を必死に追いかけた。その甲斐もあってか、顔をあわせていくなかで徐々に打ち解けていった。
『宿河原先生って言うの長いんで、下の名前でいいですか』
そう提案されたときは素直に驚いた。彼女が自ら歩み寄ってくれたからだ。
『お、おう。もちろんいいよ』
『はい。理人先生』
『理人じゃなくて理人だ』
『えぇ、ちょっと似合わないかなぁ』
『おーい、人の名前似合わないはないだろぉ』
無事、彼女が志望校に受かって、俺もお役御免になってからは会っていなかった。俺も大学の研究や就職活動に追われていた。それから数年後、知人が働く漫画喫茶で、大学生になった彼女と偶然再会した。その際に、同じ趣味を持つことを知り、思い出話をした。それから自然と連絡を取り合う仲になった。
どちらから告白したわけでもない。ただ、何度も会ううちに、いつしか恋人のような関係になっていた。男女の友人の延長という感覚で、なるべく趣味の話ばかりをしようとした。でも聞き上手な彼女に俺はつい仕事のことも愚痴ってしまった。
すると彼女は興味深そうな顔をして聞き入ってくれた。
「先生、そんなに頑張らなくてもいいんですよ」
「でも、逃げるみたいで嫌なんだよ」
「逃げてもいいじゃないですか。先生はもっと、自分のために生きてください」
「そんなことしたら会社のみんなに迷惑が......」
「他人に優しい先生は好きですけど、他人に甘い先生は嫌いです」
彼女の言葉はいつも的確だった。
彼女と付き合い始めてからも、それ以上の関係に進展することはなかった。
それは先生と生徒という関係がずっと足を引っ張っていたからだと思う。
その代わりにできることはなんでもした。
高い店に連れて行こうとした。
プレゼントも奮発しようとした。
仕事より彼女を優先しようとした。
彼女が困っていたら何でも助けようとした。
「先生? 何かしようとしなくていいんですよ。私は先生と一緒にいられるだけでいいんです」
そう言って彼女は微笑んだ。
「今日はもう遅いから、家まで送ってくよ」
「先生こそ明日早いんですよね。ここまででいいですよ」
「女の子を一人で行かせられないよ」
「それ禁止っ。今時は男女平等なんですから」
「これも駄目なの」
「でも......。その気持ちは嬉しいです」
「そ、それは......。じゃあ、俺も一緒にいたいから送ってく......だめか?」
「じゃあ、家の前まで、ですよ?」
そう言って彼女は顔を赤らめた。
俺は年下の彼女に人生を教わった。
誰かのために生きることがこんなに心満たされることだとは思わなかった。
俺にはできすぎた彼女だった。
自然と仕事にも前向きになり、自分に自信がついていった。
俺は幸運だ。彼女がその気なら俺はとっくに搾取されていただろう。
俺は幸運だ。こんな俺でも、人並みの幸せってやつをつかめそうなのだから。
俺はクリスマスの予定に彼女を何度目かのデートに誘った。
高級レストランに誘って、夜景の前でプロポーズするつもりだった。
準備を整えて彼女に電話をかける。
すると彼女は電話越しに、こう言った。
「先生の家がいいんです。ダメですか?」
「それは、いいけど、何かあるのか?」
「プレゼント交換したいんですっ」
「なんだそれ、子どもじゃあるまいし」
「だって一度やってみたかったんだもん」
「それ、二人でやるものなのか?」
「えーと、じゃあ、追加ルールで、より思い出に残るプレゼントを渡せた方が勝ちですっ」
「交換に勝ちって......、まあいいけど、誰が判断すんだそれ」
「そこはほら、互いの絆を試す、みたいな?」
「そんなの絶対、俺負けるじゃん」
「ちょっ。負けようとしちゃだめですからねっ。罰ゲームつけますよ」
「おおいいねえ」
「くぅ。負けたらお願いをなんでも一つ聞く、とかどうですかっ?」
「乗った」
「吠え面かかせてあげますからねっ」
と、相変わらずの庶民肌の彼女に呆れてしまった。プロポーズくらいは特別な場所で伝えたほうがいいと思っていたのだが、彼女に言われては断れるはずもなかった。
だが、おかげで面白いことになった。
プレゼント交換で勝負という話だ。俺は絶対に負けない自信があった。なぜなら、ただのプレゼントではないから。もうすでにプレゼントは決まっていた。婚約指輪も考えたが、それは二人で選びたかった。ただプロポーズで渡すなら、あれだろうと事前に発注していたのだ。彼女がどんな顔をしてくれるのか、その日を今か今かと待ち侘びていた。
そして、クリスマスの夜。
彼女は来なかった。
俺の家には、バラの花束が残されたままだった。
私なら、すぐ退職届出します。




