表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火力ビルドの検証勢、攻略不能ボスの思考ルーチンを読む 〜トップクランが詰まったレイドを、戦術だけで崩していく〜  作者: 氷見豆


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/15

## 第5話 仮説と安い検証


 トーマは結局、俺たちと一緒に排水路へ入った。


 理由は単純だ。


「気になるから」


 本人がそう言ったからだ。


 露店を閉めるにはまだ早い時間だったが、「初日の相場なんてすぐ崩れるし、それより面白そうなほう優先」と、あっさり看板を下ろしてしまった。


 俺はそういう軽さが嫌いじゃない。


「で、改めて聞くけど」


 トーマは肩に担いだ小型の工具箱を揺らした。


「お前ら、初心者ダンジョンで何を検証してんの」


「敵AIの優先順位」


「簡潔すぎる」


「中ボスが盾役を無視する」


 ミツキが横から補足する。


「その理由をナギが掘ってる」


「掘ってるって言い方もどうなんだ」


「実際掘ってるだろ。今のところ泥と格子と水と音」


 トーマは数秒黙ったあと、くしゃっと笑った。


「いいね。そういうバカは嫌いじゃない」


「さっきも似たようなこと言われた」


「褒めてる」


 工具箱の中には、俺が頼んだ軽い金属球、薄い金属板、靴底布、細い縄、ついでにトーマ自身の発想で作ったという小さな重り付き袋まで入っていた。


「これは?」


「投げた場所で“ちゃぽん”って分かりやすく鳴るやつ。水の深さ違っても聞き分けやすい」


「助かる」


「あと、これは格子に落とすと結構うるさい」


「もっと助かる」


「本当に用途が嫌だな」


 俺たちはまず、中ボス部屋ではなく途中の広間で検証を始めた。


 トーマを加えたことで、同時に三つの条件を動かせる。

 それが大きい。


「一回目。俺が石床。ミツキが格子。トーマは水路に重り」


「了解」


「了解」


 排水モグラを一体だけ引き寄せる。


 俺は石床で静止。ミツキが格子を軽く踏む。トーマが浅瀬へ重り袋を落とす。


 ちゃぽん。

 がん。


 排水モグラの頭がまず格子へ向き、そのあと浅瀬へぶれた。


「初動は格子」


「持続は水」


 トーマが面白そうに呟く。


「次。ミツキだけ石床走り。トーマは格子に金属板」


 やる。


 今度は金属板に強く反応するが、トーマがその場を離れると、少し遅れてミツキの走った方向へ頭が向いた。


「置き音より、生体の移動が強い」


「生体って言い方」


 ミツキが笑う。


 検証を続けるうちに、三人の間で共通理解ができ始めた。


 敵はたぶん一つの値だけを見ていない。

 強い入力、続く入力、動いている入力、それらを重ねて選んでいる。


 そこまではいい。


 問題は中ボスだ。

 雑魚と同じ感覚を持っていても、優先度の重みは違う可能性がある。


「結局、本番見ないと分からないな」


 トーマが工具箱を閉じながら言う。


「うん」


「今のところ、お前の仮説は?」


「ブルードモールは格子と浅瀬を強く見る。重装は不利。水門の操作も反応する」


「なるほど」


「でも、それだけだと最初の突進先の説明が少し足りない」


「足りない?」


「魔術師が狙われたとき、格子を踏んだだけなら分かる。でも、一回目はそれまでブルードモールが正面のミツキを見てた」


 そこが引っかかっていた。


 完全な盲目なら、最初から音だけでいい。

 でも実際には、一度はミツキへ向き、そこから逸れている。


 なら、視覚ゼロではない。

 別の感覚と競合している。


「つまり、見えてるけど見えてない?」


 ミツキの雑なまとめが、意外と本質に近かった。


「そんな感じ」


「分かんないな」


「だから確かめる」


 次の検証は、かなり単純だった。


 トーマにランタンを持ってもらい、俺が浅瀬へ重り袋を投げる。ミツキは格子の上に立つ。


 モグラ系の雑魚は、最初ミツキの格子へ向く。

 だが、トーマがランタンを低くして水面へ反射を落としながら動くと、頭がそちらへずれた。


「……あ」


 三人同時に声が出た。


 もう一度やる。

 今度はランタンの位置だけ変える。


 結果は同じ。


 水面に揺れる光が、行動選択へ食い込んでいる。


「光……?」


 ミツキが目を丸くする。


「いや、正確には反射かも。直接の灯りじゃなくて、水面で揺れるほうに反応してる」


「暗所の生き物っぽいな」


 トーマが顎に手をやった。


「目が死んでても、揺れる明暗は拾えるとか」


「それなら」


 俺は中ボス部屋を思い浮かべる。


 弱いランプ。

 浅い水路。

 鉄格子。

 重装の前衛。

 動く後衛。


「一回目の突進が逸れた説明になる」


 鉄格子で強く位置を拾い、水面反射で移動方向を取る。

 だから“後ろへ走った軽装”が食われる。


「でも、まだ一個ある」


 トーマが言った。


「戻り方」


「うん」


「さっきから何回も言ってるやつだな」


「そこがたぶん勝ち筋になる」


 敵の攻撃優先だけ分かっても、せいぜい事故を減らせるだけだ。

 攻略にするなら、こちらから動きを固定したい。


 追跡と帰巣。

 この二つに同じルールが流れているなら、誘導ができる。


 俺たちは思い切って、中ボス部屋の手前まで進んだ。戦うためじゃない。入口から部屋の構造を見るためだ。


 壁際からのぞく。


 中央の広場。

 左右の水門。

 格子床の並び。

 浅瀬の筋。

 そして右奥へ続く、少し細い流路。


「あそこ」


 俺は指で示した。


「前回も、戻るときに右奥へ入った」


「確かに」


「巣穴かも」


 トーマが言う。


「あるいは、退路」


 その単語が頭に刺さった。


 退路。


 ただ元の場所へ戻るんじゃなく、“安全に戻れる経路”を選んでいるならどうか。


 その場合、ブルードモールは戦っている最中にも退路評価をしている可能性がある。


「……ミツキ、前回、水門って閉めた?」


「片方だけ。流れ邪魔かなと思って」


「そっか」


「関係ある?」


「あるかもしれない」


 むしろ、かなりある。


 水門操作に反応する。

 戻るときに右奥の流路を選ぶ。

 もし開閉で“逃げ道の価値”が変わるなら、敵は攻撃中でも進路を更新する。


「今日の本命はここだ」


 俺は小さく息を吐いた。


「次は、水門を触って逃げ道の選び方を見る」


「……やっぱり、倒す前にやること多いな」


 ミツキが笑う。


「でも、ちょっと分かってきた。あいつ、ただ暴れてるんじゃなくて、何かをちゃんと選んでる」


「そう」


 そこが見えれば、敵は理不尽じゃなくなる。


 俺は壁越しに、部屋の奥の暗がりを見た。


 《濁爪のブルードモール》はまだこちらへ気付いていない。


 でもいい。


 今はまだ、勝ちに行く段階じゃない。

 勝てる形を見つける段階だ。


 そして、その形はもう少しで見えそうだった。


 部屋の外へ戻る途中、トーマは何度か足を止めて床を叩いたり、水門の軋みを聞いたりしていた。


「どうした」


「いや、作った側の癖を想像してる」


「開発の?」


「そう。ここ、雑に見せてるけど、音の抜け方にちゃんと差があるだろ。石、格子、水、それぞれ」


「うん」


「ってことは、敵AIだけ凝ってるんじゃなくて、部屋のほうも“そう動かすため”に作ってる」


 俺も同じことを考えていた。


 ブルードモール単体の挙動だけじゃない。

 この排水路は、敵がそう動けるように構造そのものが配置されている。


 つまり、攻略の対象は敵一体じゃない。

 敵と地形の組み合わせだ。


「だから、たぶん勝ち筋も部屋の中にある」


 俺が言うと、トーマは楽しそうに口元を上げた。


「そういうの、いいな。ボスだけ殴るゲームじゃないって感じがする」


「でしょ」


「いや、お前が嬉しそうなの珍しいなと思って」


「嬉しいから」


 正直だった。


 サービス開始初日、まだ誰もろくに深掘りしていない初心者ダンジョンで、敵と地形の関係がここまで見えるのは楽しい。

 しかも、まだ全部じゃない。


 水門を触った時の反応と、右奥の流路への執着。

 あの二つがつながれば、攻略はただの被害軽減じゃなく、誘導になる。


 そこまで行けば、初めて“こちらの作戦”になる。



 帰り際、トーマは部屋の床をもう一度じっと見てから言った。


「右奥の流路、ただの巣穴じゃないかもな」


「どういう意味?」


「逃げ込む場所っていうより、“通れるかどうかを常に気にしてる場所”って感じだ。さっきの反応、妙に神経質だったし」


 その指摘は重要だった。


 安全地帯へ戻るだけなら、もっと大雑把でもいい。なのにブルードモールは、水門の開閉や流路の状態に対して細かく反応する。

 なら、あそこは単なる帰宅先じゃない。行動ルーチンの基準点に近い。


「退路っていうより、行動の基点か」


「そのへん」


 俺はその言葉をメモへ追記した。


 “戻る場所”ではなく、“戻れると判断している場所”。


 この差は大きい。

 実際の安全より、AIが安全だとみなしていることのほうが攻略には使いやすいからだ。


 トーマはそこで工具箱を閉じず、細い板を二枚取り出して床に並べた。


「これ、次持ってく」


「何に使う?」


「沈んだ格子の沈み込み具合を見る。あと、通れると思ってる幅を試す」


 なるほど、と思った。


 俺はどうしても敵の頭の中の優先順位ばかり見るが、トーマはそこへ触れるための道具の側から考える。今の段階だと、それがかなり効く。


「助かる」


「さっきからそればっかだな」


「本当に助かってる」


 トーマは少しだけ気まずそうに笑ったあと、足元の流路を見た。


「でも、面白いな。ここ、敵の居場所っていうより、敵と会話する部屋みたいだ」


「会話?」


 ミツキが首をかしげる。


「だって、格子踏む、水門触る、光を動かす、流れを変えるって、全部こっちから“こう動くか?”って聞いてるようなもんだろ」


 その表現は妙にしっくりきた。


 こっちが入力を投げる。

 敵が反応で返す。

 また別の入力を重ねる。


 確かに、それはただ殴っているだけの戦闘より会話に近い。


「……いい言い方だな」


「だろ」


 トーマは少し得意そうに胸を張った。


 ミツキも、暗い部屋の奥を見ながら小さく呟く。


「じゃあ次は、ちゃんと向こうの言葉を聞き返せるようにしないとだね」


「うん」


 そのために必要なのは、たぶん火力より整理だ。

 どの入力が強くて、どの入力が持続して、何が行動の切り替え点になるのか。


 そこまで取れれば、初心者ダンジョンの中ボスでも、十分に作戦相手になる。


 トーマはそこで、小さな工具箱の蓋を開いたままこちらを見た。


「ところでさ」


「うん」


「お前、この手の検証っていつも一人でやってたのか」


「だいたい」


「よく飽きないな」


 少し考えてから答える。


「飽きる前に、分かると嬉しい」


「子どもみたいな答えだな」


「本質かも」


 ミツキが吹き出した。


「でも、ちょっと分かる。さっきだって、“あっ、光だ”ってなった瞬間、私も楽しかった」


「でしょ」


「くやしいけどね。今まで全然見えてなかったから」


 そうやって悔しさと楽しさが同時にある状態は、たぶんかなりいい。

 検証は、全部理屈で進むように見えて、実際には“分かった瞬間が気持ちいい”という感覚がないと続かない。


 トーマも肩をすくめた。


「俺も道具作る側としては好きだな。こういう“何に反応してるか分かれば、安物でも意味が出る”やつ」


「高級品で押すんじゃなくて?」


「高級品は分かりやすいけど、面白いのは安物がはまる時だろ」


 それはかなり同意できた。


 火力で押し切れる場面は多い。

 でも、条件を読んだ結果として安い道具が刺さる瞬間は、もっと記憶に残る。


 部屋の奥の暗がりをもう一度見ながら、俺は小さく息を吐いた。


 次は、ただ様子を見るだけじゃない。

 こっちから問いかける順番まで決めたうえで、中ボスの返答を取りにいく。


 ようやく、“観察”が“会話”に変わり始めていた。


 問いかける順番まで決まっているなら、次は偶然の遭遇じゃない。

 こちらから中ボスの思考を揺らしにいける。


 排水路を出るころには、俺のメモはかなり変な見た目になっていた。


 音、振動、反射、水流、退路。

 普通のプレイヤーなら戦闘ログに書かない単語ばかりが並んでいる。


 でも、たぶんこれでいい。


 火力が低いなら、相手の強みを別の項目へ分解して、そのどこをずらせるか見つけるしかない。

 その最初の材料としては、今日の収穫はかなり濃い。


 あとは、その材料を実戦の順番へ変えていくだけだ。


 ただ、検証は安くない。


 宿へ戻る前にミツキが盾を外すと、縁の金具が一つだけ曲がっていた。

 本人は平気そうな顔をしていたが、腕の震えは隠せていない。


「次、同じことやるなら二回まで」


「盾の耐久?」


「私の耐久」


 即答だった。


 トーマが横から小瓶を振る。


「ポーションも残り二本。しかも一本は味がひどいやつ」


「味は関係ある?」


「ある。士気が死ぬ」


 ミツキが真顔で頷いた。


「それは分かる」


 笑いかけて、すぐにメモへ残す。


 《検証コスト》

 ・ミツキの盾受けは二回まで

 ・ポーション残り二本

 ・誘音石残り四個

 ・集中して数えられるのは、連続で三条件まで


 こう書くと、ようやく戦闘らしく見える。

 仮説は綺麗でも、現場では人と物が削れる。

 検証が間に合わないかもしれない、という焦りまで含めて順番を組まないと、たぶん次はただの机上の勝ち筋で終わる。


「ナギ」


「うん」


「次に“もう一回だけ試したい”って言ったら、盾で小突くから」


「それは検証に含む?」


「含まない。教育」


 トーマが吹き出した。


 そのくらいの軽口が出るなら、まだ大丈夫だ。

 でもミツキの腕の震えも、曲がった金具も、ポーションの残りも全部、本物の制限だった。


 安い検証。

 そう呼ぶなら、何が安くて何が高いのかを間違えちゃいけない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ