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別視点 ヴァルター・アールヴェント

「ヴァルター・アールヴェント、ただいま戻りました」


謁見の間、ここで俺は父、ブロテア帝国現皇帝ギュンター二世と謁見した。


「よくやったヴァルターよ。聖約を無事果たしたお前は次期皇帝の皇太子だ」

父が王座から立ち上がって、王笏で俺の肩を軽く叩いた。


「そこなのですが、父上。今すぐ帝位をお譲り願えないでしょうか?」

俺が片膝をついたままそう言うと、父はよろけるように王座に座り直した。


「な、なにを言っておるのだ、ヴァルターよ」


「聖約の歴史は短い。しかしすでにその例が残っております。聖約を制定したご先祖様が聖約を達成した息子に、即時帝位を譲っております。私は聖約をこなしていないから、と」


「聖約をこなしていないわしは、それに従って帝位を譲るべきだと?」

ここが父上のコンプレックスのようなので慎重に話を運ばなければ。


「そうあるべきかと。それが我ら皇族だと思っています。細かい記録は残っておりませんでしたが、聖約を制定した帝位を譲った皇帝は、寿命を全うしたとされておりますゆえ、今には認知されていない制度ですが、上皇になるというのはどうでしょうか?」


「上皇、だと……?」

「全権限を私に譲っていただき、ただ皇帝の父となります。もちろん私の父で前皇帝なのですから、全権限以外は全て今のままと考えております。この皇城から出る必要もありません。王座と王笏は譲っていただきますが、お部屋の変更すら私は言うつもりはありません」


「わしと、お前の母の命は保証する、というのだな」


俺は怯える父にあえて笑いかけた。

「私は父も母も愛しております。お二人がいなかったら私は存在しなかった。私がここまでになれたのは間違いなくお二人のおかげでもありますので。そんな私が、面倒くさいからとお二人を手に掛けるなど、ありえません」


ずっと静観されていた皇妃席に座っていた母上がゆっくりとした口調で尋ねてきます。

「確かにお前からすると面倒な母ではあるからね。ならばもう母の言うことは分かっておいでね」


「妻をめとり、二人で支え合っていく、のですよね」


「お相手は、もういるの?」


「はい、あいにく今はここにおりませんが、確かにいますよ」


「そう、出来れば皇后でなくなる前に見ておきたかったわ」


「問題ありません、母上はもう見ておられます」


「え? どなたなの? あなたと仲の良かった方で未婚の方まだいらしたかしら?」


「いえ、元アクレシア・ノイラートという名前です」


「あら? その名前は確か……」


「お前、本気か? 元々ハインツの許嫁ではないか! それに国外追放を受けているはずだ」

父が少々頭に血を上らせて言ってきた。


「どなたが、彼女を許嫁から追いやったのか?! そもそも彼女は無罪だ。そのへんはしっかり事前に調べております」


「おお、いったいどこで……、いつから……」


「父上が考えているようなことは一切ありませんよ。もともとハインツだって許嫁と言いつつ、一切愛しているように見えなかったし、手も出しておらんでしょう。許嫁の段階で手を出す者など我ら皇族にはいないはずですしね」


「確かにそうだが。彼女の皇家侮辱を訴えたのがハインツなのだから」


「彼女の名誉のためにも、私の妻と、皇后となってもらいます。彼女は嫌がるでしょうが飲んでくれることでしょう。この際、ハインツの名誉は考えるに値しないこととします」


「わしらのことは分かった。が、ハインツはどうする気なのだ? お前に跡継ぎが出来るまでは」


「みなまで言わなくても分かっております。が私に万一があっても今のハインツでは代わりにもなりはしないでしょう。ですからハインツは廃嫡していただきます」


「廃嫡だと?! ハインツをどうする気だ?!」


「どうもしませんよ。ただ皇帝への道は閉ざさせていただきます。我が帝国のために。私だってハインツが憎いわけじゃない、むしろ弟としてかわいいとすら思っていますよ。だが、皇帝としての能力がなさすぎるのはどうしようもない。彼にはどこぞの直轄地を領土として与えて公爵として封じるつもりです」


「命は助かるのだな……」


「殺す気はありませんよ。ああ、けど代官は送り込みます。彼にまともな領土運営が出来るとは思えない」


「分かった。もうわしにはどうにも出来んようだ。ヴァルター、お前でなければわしの首は飛んでおるのだろうな……」

父はうなだれた。こんな父は見たくはなかったが、もう仕方がない。そんな父を支えるように母も前に出てきた。


「ヴァルター、あなたにとって私達は満足の行く運営ではなかったのでしょう。あなたの手腕を見せていただきますわ。純粋に私の息子がどのように育ったのか、何を学んだのか、今日の振る舞いを見て、もっとよく知りたくなりました」


「ありがとうございます、母上。私と、私が選んだシアを見てください。あなた方が自ら切り捨てたものは大きかったのだと」



父が人を呼び、大臣その他、主たる者全員を緊急で呼び出した。集まってる間に俺は皇城を掌握した。


呼び出しに応じて主だった者が集まってくる。……すぐ近くにいたはずなのに宰相は来るのが遅い。そしておそらく忙しかっただろう軍務大臣は即座に駆けつけた。やはりまともなのは軍務だけか。いや、帝都防衛の任を受け持つ軍将も早かった。役目を考えれば当然ではあるが、まだましだろう。


父が帝位継承を告げると、集まった者たちはざわめいた。俺は一喝し、宰相と外務大臣の逮捕を命じ、下がらせた。そして残ったものに言った。


「あの者たちは他国とつながっていること明白であった。しかし汝らは一部を除き、即断できないだけで疑わしき者もいることは把握している。私が皇帝となったからには、そういったものを許しはせぬ」

実際のところ、今俺が把握しているのは先程の二人とあと一人、軽微なものがいるだけだ。しかし大臣や宰相を即断したのだから、その恐怖は利用するべきだろう。我が帝国を食い物にしようなど俺が許さん。


「しかし、あの二人は宰相に外務大臣、重要なポストです。代わりに誰を任命するのですか?」


「今は誰も任命しない、私が引き受けよう。もちろん他の者にも手伝ってもらうがな。特に経験者にはな」

俺としてはすぐにでも軍務大臣コルネリアス・ノイラートに宰相になってほしいところだが、彼はシアの父親だ。それに今の軍務は重要な位置だ。おいそれと変えるわけにはいかない。外務はまあ今はしばらくいなくてもなんとかなるだろう。一番うるさいケトロイダ共和国と次にうるさいアウムレッチ王国は黙らせたばかりだしな。


数時間で国の中枢も掌握したので、帝都の掌握にも動いた。さっそく帝都防衛の軍将は俺に忠誠を誓ってくれたので、彼を使って、しばらく帝都を封鎖し、スパイを狩り出すことにした。すでに内偵はニンジアがすませてあるので、スパイ共の隠れ家を急襲する、あるいは身柄を確保するだけだ。


ニンジアの提供してくれた資料の中には、聖女ラウラ・ロッシュの名前も上がっていた。しかし彼女自身への疑いは薄く、彼女の親に大きな嫌疑がかかっていた。彼女の親は大商人でもともと国外の者だったが、正式な手続きを経て我が臣民となった者であったはずだが、外務大臣がいろいろと手を回した証拠が出てきていたのだ。


俺も聞いていたがラウラはとても邪悪な考えの持ち主とは思えない子女であり、その魔法力は大したものだったはずだ。……おそらく親の誘導で乗せられていたのだろう、そう俺は考えて彼女の逮捕は避けた。彼女にも自由はあるが、今まで通りであるならハインツと一緒になって飛ばしてしまおう。彼女の命を奪うよりずっとましな結果になるはずだ。彼女はシアの友人でもあるはずだから。さすがに身近に置くことはできないけどな。


こうして俺は、一日で帝位継承を終え、冒険者から皇太子へ、良き皇太子から恐怖政治の皇帝へと変わった。恐怖政治なのは今までが酷すぎたので粛清せざるを得なかったからだ。これからはどんどん悪法はなくし国を良くしていくつもりなので、自然と俺の評価も落ち着くだろう。そうでないとシアに顔向けができない。

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