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わたくしであるということ

ハインツ殿下がなにかいろいろと話しかけてきますが、あまりに能天気なもののおっしゃいようですので頭に入ってきません。先程往復ビンタされたことも忘れているかのようです。護衛はさすがにしっかりと覚えているようで、そのせいでわたくしが動けるような状況じゃないから大丈夫、という判断でもないようです。

双方の護衛の皆さんがピリピリしておられます。わたくしがまたビンタに動いても仕方がないようなことをおっしゃっていますからね……。


その中で重要だと思われるのは、どうも微妙なラインで聖女ライラがわたくしに貶められているとの嘘の密告を殿下にしたものがいること、ライラはあいまいにしか認めていないこと、の二点ぐらいかしら。それと大きな間違いをひとつ訂正しました。


「殿下、わたくしのことをアクレシアと呼んでくださっていますが、今のわたくしはアクレシアとは呼べません。貴族年艦から削除されているらしいですので、もはやアクレシアという人物は帝国に貴族としてはいないことになっているはずです。わたくしは元はアクレシアという貴族でしたが、今は違うのです」


「そんなこといってもアクレシアはアクレシアだろ?」


「それをあなたが皇子である帝国が認めていない、という話です」


「そうなのかい、そういったことなら僕……」


殿下が言いかけたところで、クァルとその背中に乗ったフリーダ、ミルトさんとゾーグさんがスヴェンさんとともに入室しました。


「くぁ」

殿下の前、遠くにクァルが座って挨拶をしました。

「クァルのあいさつです。クァルはある程度なら言葉を理解できますし、みんなの習慣も理解しています」

はっきりとした発音で淀みなくフリーダが言いました。見事な成長ですわ。皇子の前でクァルに座ったままなのは、教えていないので仕方ないでしょう。そこを咎める人でもありませんし。


「ああ、ありがとう。これが竜か。すごいな。でそこのものがオーク、なのか? あまりそうには見えないが」


「おお、見識高い皇子よ。ありがとうございます。ワシは今南のオークたちを取り仕切らせてもらっているミルトと申すものです。縁あってシア様と共にこちらに戻りました。こちらは純粋なオークの指導者の一人オークヒーロー、ゾーグです」

ゾーグさんはいつもの鎧は着ていますがさすがに帯剣はされていません。ゾーグさんはミルトさんを殿下の対面近く、わたくしの隣へミルトさんを下ろして、後ろに控えました。


「指導者、ではないのか? 何故後ろに下がる?」


「人間の皇子よ。私ともう一人も、かつてはミルト様の敵であった。しかし今は軍門に下り、心から従う者だ。だからミルト様が居られる限り、私はミルト様を差しおいて動きはしない」

普段の迫力というか圧力、みたいなものはほとんど出さず、ゾーグさんがそうおっしゃります。けどすべてを抑えられているわけでないのか、抑えきれていないのか、少し漏れ出しているので、それだけで殿下は威圧を受けているようです。まあ慣れていないのと、ゾーグさんのことを知らなければ、そうそう迂闊には行動できませんよね、たとえハインツ殿下でも。


「なるほど。竜にツワモノか。皆に感謝する。皆のおかげで僕は取り返しのつかないことをしたことにならなかった。なにかほしいものはあるかな? 僕で用意できるものなら用意しよう」


「クァルはおいしいものが食べたいみたいだよ」

フリーダが気楽にクァルの希望を述べます。


「ワシは……そうですな。そちらの国の皇帝陛下と我ら南のオーク一族についての交渉がしたいですな」


「ほう……? 父上と話がしたい、と。そんなことでよいのか?」


「はい、すぐにとはいきませんでしょうから、それまでこの国の方面軍の一員として役に立つことを証明させていただきましょう」


「父上に話を通さないといけないので、確実な約束は出来ない、がそれでいいかな?」

頭は下げませんが席を立ってハインツ殿下が誠意を見せます。こういうことはきちんと出来る方なのですけどねぇ。


「はい、それで十分かと」


「わかった。善処しよう。ところでアクレシア。婚約は破棄してしまったままだが、僕と一緒に帝都へ帰るかい?」


一瞬、お父様とお兄様の顔が浮かびました。お母様とは会えましたが、まだ二人とは会えていませんし。ですから魅力を感じたのは事実ですが……。


「何をバカなことを。殿下にとっても不名誉でしたことでしょうけど、もうなかったことには出来ないのです。それに殿下にはライラがいるのでしょう? わたくしにはまだここにやり残したこと、やりたいことが山程ありますから、まだ帰るつもりはありませんわ」


「ぼ、僕は別にライラを選んだわけでは……」


「あなたが何を言おうと、結果としてそうなりますよ。殿下やわたくしの兄を含めて、皆ライラに惚れ込んでいたのは確かでしょうし、わたくしもそうでしたからね……」


「そう、なのか? 僕が見るときはいつもライラと喧嘩しているように見えたが」


「喧嘩なんてしていませんよ。意見の相違があっただけですわ。ともかくわたくしはあなたの許嫁ではなくなって、貴族籍をなくしました。ライラも貴族ではありませんが皇帝陛下も認める聖女ですからなんとでもなるでしょう? 親が決めて、子供のまだ何もわかっていない頃に決めた許嫁なんかより友人であったライラを大切にしてあげてください」


「あ、ああ。君がそういうのなら。この砦が健全であることは知れたし、もう戻るよ。迷惑をかけた」


言葉だけでしたらまともに聞こえるかも知れませんが、この状況でそれをわたくしに言いますか……。分かっていたつもりでしたが、やはり関わってはいけない方のようです。こちらが疲弊するだけですわ。


スヴェンさんは立場上ハインツ殿下と一緒に出てきましたが、残ったミルトさんとゾーグさんが同情的な目で見つめてきます。同情、されますよねぇ、これ。やっぱり今わたくしの周りにいる方々はわたくしとあっていますわ。



誰かが走ってきます。こんな騒々しいこと今までこの砦であったかしら。


ノックも何もなく扉が開きました。賊?! 一瞬体がこわばります。


全身鎧の戦士が入ってきました。これでは確かに静かに廊下を走ることはできませんね。けど、その鎧は……。

「……シア、大丈夫だったか?」


ヴァルター様?

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