準備と緊張
朝早くに自然と目が醒めました。予定の時間だったらしくほどなくメアリが入室してきます。顔を洗う水を持ってきてくれたのです。自分で顔を洗ってから、今日は朝からお風呂を勧められました。お風呂に入るならここで顔を洗う必要はないのでは? と思いましたが、いつもの習慣ですしね。
朝からお風呂に入るのはほぼありませんが、もしかすると今日ハインツ殿下が視察にくるのかもしれません。なら準備としては妥当ですね。そんなことを考えながら自分一人でお風呂に入ります。自宅で貴族令嬢だった時はお風呂にも侍女がいて手伝ってくれましたが、砦でそんな贅沢はできませんし、メアリはあの見た目で男性なので極力わたくしの肌は見ないようにしてくれています。器用なものです。そんな状態でわたくしのドレスなどの着付けもしてくれるのですから。
お風呂に入っている時に砦がざわつきました。……来られたのかもしれません。しかしわたくしの出番はまだあとだと思うので予定通りに風呂に入り、そのごゆっくりと普段着に着替えます。朝食が抜きになってしまいましたが、フリーダが自分の分のコンフェイトスを分けてくれました。この甘さは効きますね。
トゥーモとティユがメアリを通じて、今の状況を細かく教えてくれます。やはりすでにハインツ皇子が視察に来て、現在スヴェンさんとマルガさんが砦の中を案内しているようです。けどお風呂のある部分は女性兵士たちが数多くいる場所なのでわざわざ案内はしないでしょう。わたくしはここでゆっくり準備して欲しい、とのことです。いずれ販売物の責任者は誰か問われるだろうから、わたくしが出ないわけにもいかないようですし。現状すべてを把握できているのはわたくしとベルクトだけですからね。ベルクトは今研究所にいるので殿下の前に出すには時間もありませんでしたし、立場的にも難しいでしょう。
先程殿下は会議室に入られたらしく、今こちらにクァルがいるとも聞いたのでクァルに会いに行きます。
「くぁ」
臨時で作られたらしいクァルの待機部屋に入ると、クァルが鳴きました。部屋にはフリーダもいました。フリーダはクァルを殿下に紹介する際のライダーとなるようです。ちゃんと制御されているというパフォーマンスですね。そんなことしなくてもクァルは大丈夫なのですが、まあ見た目で安心できるのは大きいのも確かでしょう。
最近のクァルはどんどん大きくなってきて、そろそろ砦の中を歩くのも難しくなってきそうですし、見た目は黒い竜で頭には突起がたくさんついていますしね。知らない人が見たら怖い見た目になってきていると思います。小さい頃はそこまでだったのですが、成竜になりつつあるのかもしれません。まだまだ甘えん坊ですが。
今もわたくしを見かけて鳴いて、頭を擦り付けてきています。そして自分の背中に頭を回してから咥えた自分の鱗をわたくしに渡してきました。以前にも不思議な果物を渡してきたので、これにもなにか意味があるのでしょうか。
「ありがとう、くれるのね?」
「もともと剥げかけていたもの。もう代わりの鱗は生えてきてるから大丈夫」
フリーダが教えてくれます。そういったことなら遠慮無しでいいわね。小さい鱗ですからドレスにアクセサリとしてとりあえず固定させましょう。それぐらいの作業でしたらわたくしでも僅かな時間で出来ますわ。
さっそく戻ってドレスに合わせます。その間にエルノは砦の皆さんが好き勝手に作られた、制服のようで少し違う、すごくかっこいい衣装を着ていました。エルノにあう制服はなかったので新規で作ったもののようです。けど今まで正規に整えなければいけない事態はなかったのでわたくしは初見ですわ。
エルノはどうだかっこいいだろ、といった感じで構えていますが、尻尾を振っていてはいまいちしまりませんわ。
そんな風に笑い合っていたら、とうとう出番が来てしまったようですわ。急いでドレスを着ます。着終えておかしなところはないか見ていたら、迎えが来ました。砦に残っていた僅かな女性兵士です。彼女に導かれて、部屋に入ります。
「こちらが我らに様々なものをもたらしてくれた方、アクレシア様です」
扉が空いて、入った瞬間にそんなことをスヴェンさんが言いました。もちろんスヴェンさんの前に居られる方にです。
「アクレシア? 君はあのアクレシアなのかい?!」
大きくきれいな目を見開いて、ハインツ殿下が駆け寄り、わたくしの手を取りました。




