別視点 アーベル・ノイラート
僕の妹が陥れられた。最近はきついところもあったアクレシアだが、妹が皇族を侮辱なんかするわけがないし、騒乱を扇動した、って言っちゃ悪いが妹に扇動するような言説があったとも思えない。学園では今まで出来なかった、やりたいことをやるのだと笑っていた妹がそんな真似をするはずもない。
しかしそれを訴えでたのはハインツ皇子、我がブロテア帝国の第二皇子でアクレシアの許嫁だった人だ。父が宰相だったからハインツ皇子とは昔から付き合いはあるし、そういう方ではなかったはず。だから僕も家族も皆、婚約を喜んだものだ。
それなのに、こんなことになってしまうとは……。僕自身も妹の連行を妨害したとのことで、拘束され無期限の停学処分を食らってしまっているし、関係ないのかもしれないが父も宰相から降ろされ、格下の大臣に飛ばされてしまった。ショックで母は体調を崩し、今は実家の領地へ帰って療養をしている。
父はかなり難しい大臣をやらされるようになってしまい、母のいない家に帰れなくなってしまった。だから今は僕が家を守らなければならない。……が、理不尽に妹を奪われ、一家離散の目にあっているのに黙っているわけにはいかない。不幸中の幸い僕は停学中で時間はあった。
まず僕は当家の執事長を調べた。長年当家に仕えてくれている気の良いお爺さんだったが、地盤を固めるためにもまず調べないといけなかった。幸い執事長は当家の、僕や妹の味方だった。そこからは執事長と二人でまずは当家の使用人を全員調べた。……一人だけ確定が取れない、下っ端の使用人がいた。申し訳なかったが、多額の見舞金を出して暇を出した。万一裏切り者がいたら僕は当然として家も、ただの使用人でも処罰されかねないことをこれからするかもれしれないから。
家の中をまとめたところで、妹への処罰の妥当性を調べた。複数の証人がいたようだが、僕自身や執事たちが持っているコネを総動員してその証人とやらが誰かを調べ上げた。……ハインツ皇子以外の全員が、黒い噂を持つ貴族の子弟だった。その中には他国と通じていると噂される者もいた。ここで僕は、妹は何らかの陰謀に巻き込まれたのだと確信した。しかしハインツ皇子だけが、自らの許嫁を訴えた真の動機が分からなかった。
しかしすぐに分かるきっかけが現れた。一度父が否定して発布されなかった「武具販売停止令」が発布されたのだ。
どう考えても帝国の利益どころか衰退を招くきっかけになりかねない愚法が、よりにもよって皇帝陛下肝いりの令として出されてしまったのだ。
皇帝陛下はこの令により治安は良くなり、帝国は尊敬される国になるだろうと言っていたが、おそらくそうはならないだろう。むしろ逆の事態になると思う。父だってそれが分かっていたから止めたのに、新たに宰相になったやつは無能なのだろう。
実際にすぐにその愚法の効果が現れた、予想通り悪い方向へ。一ヶ月もしないうちに帝都にあった鍛冶屋は半減した。他の街も同様のようだ。当然だ、一番の稼ぎ頭である武具を売ってはいけないとなったら鍛冶屋の大半は生活できない。
そういった鍛冶屋はすぐさま国を捨てて他国に行ってしまった。……それは仕方のないことだが、他国への移住があまりに早すぎたのが不審だったので調べてみた。
国土を接している国々が移住を、特に鍛冶屋の、を推奨していたのだ。こちらの愚法の発布に合わせて。それにより国内外で鍛冶屋の引き抜き、移住支援などの活動が行われた結果だったようだ。
その他にも鍛冶屋が使っていた素材の消費がなくなり、その素材の買取価格が下落し、素材自体が我が帝国に寄り付かなくなった。
さらに武具が売っていないので冒険者の数が減り、地方の魔物被害が頻出した。兵士たちの武具も他国から買うことになって、ただでさえ予算が削られていた軍が火の車になって、兵士の数を減らさざるを得なくなり、もちろん兵士の士気も装備の質も落ち、余計に治安維持ができなくなってしまった。
それを何を勘違いしたのか、皇帝陛下は「武具持ち込み税」なる悪法を今度は発布した。なんでも武具の販売を禁止したにも関わらず治安が低下したのは武具の持ち込みが後をたたないからだ、という理屈らしい。
もちろん事態は更に悪化した。その税はかなり高く設定されてしまっており、そのため税を支払わなければならない者自体が減ったためその税で財政は潤わず、むしろ商隊の護衛の費用がかさむようになってしまって、物資そのものが帝国に入りづらくなってしまい、全ての品が高騰してしまった。
それに冒険者も帝国に入るのに多額の税金を取られてしまうので他国から寄り付かなくなってしまった。
帝国内の冒険者も武具が手に入らないので増えることはなく、むしろこんな帝国を見限った冒険者が多数流出してしまう事態になってしまった。それは地方の治安悪化に直結する。地方の害獣や魔物退治の多くは冒険者に依存しているのだから。
全てそんな愚かな政策を推し進めた皇帝陛下の責任であると言わざるを得ないが、陛下はそこまで愚かな人物ではなかったはず。誰かがそそのかしているのだ、と思ったが、一人思い当たってしまった。
聖女ラウラ・ロッシュだ。
僕も一時期その魅力に一時うつつを抜かしてしまった彼女だ。彼女の思想は甘い。近くにいた時は甘美で素晴らしい思想に思えたのだが、いったん悪い面が見えてしまうと、なぜこんなものにはまってしまったのか? と思うほどだ。
そしてハインツ皇子も、アクレシアの紹介でラウラを見知り、はまった。他にもラウラにはまったものは多くいた。大臣の師弟、学力や戦闘力優秀な者、もいた。我ら貴族には思いも寄らないその甘い思想は我々を虜にするに十分だった。……要するに僕も含めバカばっかりだったのだ。学力とか関係なく。
今思えばアクレシアが一番最初にラウラの危険性に気づいたのだと思う。僕がラウラにひっかかった時すでにラウラと言い合い、といってもアクレシアが一方的に言うだけだったから、アクレシアの評判は一気に下がってしまった。僕も愚かなことにその片棒を担いだのも事実だ。あの時はアクレシアの言い分が辛辣すぎると感じていたのだが、僕たちの考えが甘すぎたんだ。目に見える部分だけ綺麗にしたってどうにもならないのに。
ハインツ皇子のその後の行動はラウラの思想に乗ったものだった。大まかには間違っていないのだが、細かくいろいろ間違えているというか方法論がダメすぎた。実際ハインツ皇子の行いは空回りするかのように好転どころか悪化の一方だ。
そしてハインツ皇子殿下の父親である皇帝陛下。試練を受けていない予備、と最初は侮られていたらしいけど、賢帝と言えるほどの方だったはずだ、だからこそ父上も喜んで宰相などという高潔な父には辛いことしかない役目を続けてこられてきたのだ。
我が家は長年宰相を務めている割にはそれほど大きくも資金もない。それは父が高潔だったからだ。逆にだからこそ帝国はよく回っていたのだ。要が腐っていてはどんな巨大なものもほころぶ。今の宰相は、元から評判があまり良くなかった者だ。
今はラウラがいう理想に沿った政策、愚法悪法の類は父が宰相を退き、そいつが宰相になってから急に動き出したものだ。そもそも何故陛下はそいつを宰相にすえてしまったのだ。
……そういえばラウラはいつから聖女と言われ始めたのだろう? 学園に入った時はすでに聖女と言われていたはずだ。誰が彼女を聖女と認めたのだろう? そもそも聖女とは? 我が帝国に聖女伝説は古くからあるが、聖女認定の基準は、僕は知らない。そもそも基準があるのか、誰が認めるものなのか、知らない。
彼女の言動から第二皇子ハインツ皇子、そして現皇帝ギュンター二世陛下が変わってしまったと思わざるを得ない現状、そもそもなぜラウラが聖女なのか、突き止めなければならないようだ。




