前線基地
一日歩いただけで集落からテグモスさんが築いた前線基地についてしましましたわ。わたくしあの集落へは森に入ってから二日ほどかかってたどり着いた気がしますから、丸一日分以上さまよっていたということですね。
前線基地といっても森の中の開けた空間に荒野側、すなわち北側にだけ丈夫そうな柵を設けていて、建物がいくつか建ってるだけの場所なんですけどテグモスさんたちがここを築いたであろう日数を考えると結構すごいかもです。今もいくつか建築中のようですし。
「急なことでしたので、シア様たちのための建物はまだ作っておりません」
基地についてすぐテグモスさんにそう説明されました。仕方ないのでどこかはしっこで野宿させてもらおうかと辺りをきょろきょろしていると、装飾の鎧の人、オークヒーローのゾーグさんがこちらに来ました。
「シア様たちは私の小屋を使うといい。王に次ぐ特別仕様のはずだし、子どもに野宿をさせるのもな」
「え? いいのですか? その、ゾーグさんは、王様に次ぐ偉い方なのでは?」
ヒーローと言われているぐらいだし、一軍勢を率いているテグモスさんより上っぽいし。
「なに、私は野宿に慣れているし、なんならテグモス、お前の小屋の玄関を借りてもいい」
「げ、玄関などと。ゾーグ様を差し置いて私がぬくぬくと寝るなど……」
「借りるものが貸すものより優遇されてどうする。そんなことはできん。お前が玄関も貸さぬというなら野宿するまでだ」
そんな話をしている間、エルノとフリーダはクァルの背中に乗って、前線基地の中を見て回っていましたわ。二人ともあの集落以外を知らないからかとても好奇心旺盛だわ。オークの皆さんも事前に聞いていたのか、クァルを見てびっくりする方はいらっしゃるみたいですけど、混乱する方はいないようですし。
「クァル、エルノ、フリーダ、戻ってきてー」
ゾーグさんの小屋まで案内されたので三人を呼びます。素直に三人とも帰ってきてくれました。
「それではありがたくお借りさせていただきます。ありがとうございます、ゾーグさん」
「ああ、睡眠不足になられても困るしな。今後は安心して寝るといいぞ。我らが守ると王が約束されたのでな」
「ありがとう」
「ありがとう」
「クァ」
三人もそれぞれ感謝の意を伝えてくれます。
「ああ、気にするな」
そういってゾーグさんはテグモスさんを引き連れて立ち去っていきましたが、さっきの言葉、コボルド語っぽかったわ。さすがヒーローともなると違う種族の言語もしゃべれるのかしら。さすがにクァルの声は分からなかったようですけど。
小屋の中は簡素で大きなベッドが一つあるだけでしたわ。けどベッド! ちゃんとふわふわしたものもありますわ。コボルドたちにはベッドで寝るという習慣はなかったようで集落にはありませんでしたが、オークにはあるのですね。嬉しいですわ、いつぶりでしょうか? ベッドで寝られるのは。
汚れているといけないのでまずはわたくしも含めて皆を洗浄します。それからベッドに座ってみます。思った以上にふわふわですわ。実家のベッドよりはさすがに、ですが学園寮のベッドより上かもしれませんわ。
「シア、なんだこれ?」
エルノとフリーダが不思議そうにベッドを見ています。
「これはベッドといって人間はここに寝るのよ。オークもみたいだけど。ここに座ってみて、ふわふわよ」
さっそく飛び乗るようにエルノが座ると、軽く跳ねましたわ、エルノが。
いったいどんな素材を使っているのでしょう。このベッド。
「なんだこれ、すっげー」
エルノが面白がってポンポンと跳ねます。止めたほうがいいのは分かってますけど、止めれませんわ。だってこんなに楽しそうなエルノってめったに見ないんですもの。
「あはははは、ほら、フリーダも来てみなよ、これ面白いぞ」
手を伸ばしたエルノに誘導されてフリーダもエルノの隣に座ります。
フリーダはおそるおそるといった感じで座ったので跳ねません。
「違うよフリーダ、こうするんだ。ほーら」
エルノが大きく動きます。わたくしまで軽く跳ねましたわ。フリーダはわたくしよりはずいぶんと小さくて軽いですからぽーんと大きく跳ねましたね。
「ふぇ?!」
「エルノ、待って」
エルノの太ももを抑えて跳ねないようにします。そしてさっと体を入れ替えてフリーダの隣に座り直します。
フリーダの顔が真っ青になってますわ。それに目には涙も溜まってます。怖かったようですね。
「大丈夫よ、フリーダ」
そんなフリーダをわたくしの足の上に座らせて抱え込んでから、頭を撫でてあげます。
「大丈夫だからね。エルノも悪気があってやったわけじゃないからね」
エルノもようやく気づいたようです。たぶん異種族の顔だから表情とか読み取りにくかったのね。わたくしもエルノの表情は読み取りにくいですもの。
「あ、あの、ごめん、おいらそんなつもりじゃ……」
「ええ、分かっているわエルノ。フリーダも分かってくれているわ。ただ少し知らないものの動きが怖かっただけですわ」
足の上にフリーダを乗せて、頭を撫でてあげながら、軽くわたくしも跳ねてみます。
「ほら、面白いでしょ。わたくしと一緒だったら怖くはないですよね、フリーダ」
顔は見えませんが、うなずいてくれているようですので、良かったですわ。
「ありがとう、シア、もういい。ちょっとびっくり、しただけ……」
フリーダがわたくしから自ら降りて、エルノの隣、もともとわたくしが座っていた場所、に座り直しました。
「ごめん、エルノ、びっくりしただけ、だから。教えて、やり方」
「あ、ああ、さっきはごめんな、突然すぎたな。……えっと、こうやって……」
二人でベッドの上で跳ね始めましたわ。
わたくしはそっとベッドから離れて二人の前に立ちます。跳ねすぎて後ろに飛ぶのはいいですけど前に飛んでしまうと怪我してしまうかもしれませんからね。
すぐにフリーダもエルノのように出来るようになりました。二人とも笑顔ですわ。良かったわ、一時はどうなることかと思いましたが、丸く収まりましたわ。けどフリーダの振る舞いは完璧でしたわ。フリーダにも、そしてエルノにもわだかまりはないと思います。わたくしもフリーダのように振る舞えたら、国外追放なんてされなかったのかしら? と思えるほどに。
ふと、思い出します。そういえば聖女の笑顔ってあまり見た覚えがありませんでしたわね。わたくしに対してだけでしたらいいのですが、聖女の笑顔に見える表情は、他の人は笑顔に見えたようですが、わたくしにはそう見えませんでした。笑顔と同じ顔を作っているだけ、というか。けど出会って最初の頃はちゃんとした笑顔だった気もしますわ。わたくしが聖女の笑顔を奪ってしまったのかしら。あのフリーダの柔軟な振る舞いを見た後では、自分で情けなくなるぐらい硬い反応をしてしまっていた気がしますわ。
「さて、これぐらいにしましょうか。これは寝る場所で遊び道具ではありませんし、万一壊してしまってはせっかく貸してくれたゾーグさんに顔向けできませんわ」
今朝より王とは会っていませんからわたくしはすでに顔向けができなくなってしまっていますが、王に対しては。
タイミングよく夕食が運ばれてきました。量もあるし、穀物や野菜、肉も数種類、さらに別皿に果物とかなり贅沢な食事でしたわ。もちろんエルノやクァルの分も届きました。普段夕食は食べないエルノですが、もったいないからと食べてくれましたわ。
何もしていないのにご飯が出されて食べられるというのもいつぶりでしょうか? 以前はそれを当然のものと思っていましたが、こちらに来てからはそうはいきませんでしたからね。なんだかすごく悪いことをしている気がしてしまいますわ。パーティーに誘われるというのは素晴らしいことでしたのね。面倒くささしか感じていませんでしたが。
ご飯を頂いたあと、荷物を少し整理して、三人でベッドで寝ることにしました、さすがにクァルが乗れるほど大きくはなかったのでクァルは自ら部屋の隅で包まりましたし。
「ふかふかで、温かい」
「本当だな! おいらベッド好きだぞ」
「ええ、そうね、わたくしも懐かしいですわ」
オークを信用していないわけじゃないですが、この小屋の周りと入口辺りに二重に警戒の魔法をかけてからわたくしたちは眠りにつきました。
明日はおそらく荒野を渡ることになるはずですので、睡眠不足で体調不良とかしゃれになりませんからね。




