オークヒーロー
「申し訳、ありません……」
テグモスさんは体を小さくして、絞り出したかのような声で謝罪し続けています。
今までそのしわくちゃで小さな体には似合わない覇気とでもいうのでしょうか? 何やら恐ろしい気配を発していたミルトさんですが、ふとそれが消えました。
「ワシの心にとどめる、と言ったからな。よい。忘れよう。今後もワシについてきてくれ」
「し、しかし、それではしめ……」
どぉん! 入口付近から凄まじい音が響きます。全員の視線が集中すると、そこには装飾の鎧さん、たぶんオークヒーローのゾーグさん、が持っていた剣の先を土間に突いたようです。……それだけであんな音をさせるなんて、集会場の入り口が土間になっていてよかったですわ。
「テグモス、ミルト様はよい、と言ったのだ」
「は、ははぁー! このテグモスの命、ミルト様に捧げます! いかようにもお使いくださいませ!」
ゾーグさんの一言でテグモスさんは平伏してしまいました。
「しかし、テグモスよ。お前確か名誉をこのシア様にかけておったの? ではお前の捧げた命、シア様をお守りするために使え、ワシがよいと言うまでの、しばらくの間な」
「は、はい、一命に変えましても、シア様をお守り申し上げます」
「ではシア様、しばし我らはここを拠点化させていただきますゆえ、出発の準備をお願いします。我らとともに懐かしの我が国に戻りましょうぞ」
え? 拠点化? まあいいか。けど皆はどうかしら?
「少々お待ちになってください。まだ皆に聞いていませんわ」
「おいらはいいよ! おいらはシアについていくから。ついていって、いいよな?」
先程の提案をまだ全部エルノたちに説明していないのに、大きくしっぽを振ってエルノがかぶり気味に答えてくれました。
奥からフリーダを乗せてクァルも近づいてきました。
「クァ!」
一声大きく鳴いたあと頭をわたくしにこすりつけてきました。
「フリーダも、いく。いきたい。シアの住んでたところ、見てみたい」
フリーダも笑顔で答えてくれました。しっぽを振っているので嘘や誤魔化しではないはずです。
「フリーダ……」
思わず頭をナデナデしてしまいます。
えっと、ルファにも一応聞いておくけど、いいよね。
『俺に拒否権はないからな。もちろんいいぜ、好きにしてくれ。シアに出ていけと言われても、シアの母国なら代わりの人間いそうだしな』
もう、いまさら出ていけなんて言わないわよ。よほどのことでもない限りね。
『なんだか近々そのよほどのことが起きる気がしたんだが?』
不吉なこと言わないでよ。
「みんな、いいようですわ。参りましょう。準備いたしますわ」
「荷物が多いようでしたら、おっしゃってください。荷物持ちをここの玄関まで送っておきますので。ではワシらはこのへんでしばらく……。テグモス、頼んだぞ」
そういってミルトさんは再び装飾の鎧のオークヒーロー、ゾーグさんに担がれて集会場から出ていきました。
「シア様、私は一時外に出ておきますので、準備をお願いします。完了するか荷物持ちに荷物を渡したい場合はお声がけをお願いします」
テグモスさんがそういって出ていこうとした時に気づいてしまいました。
「あー! わたくし、素足のままでしたわ!」
「え? それはどういう……?」
「はしたない真似をしてしまいました……、申し訳ありません」
「何がはしたないのか我らにはとんと。……あ! し、しかし確かにミルト様にとっては……さすがはミルト様です、私の杞憂などすべて吹き飛ばしてくれました。そこの少女、フリーダといいましたか? 彼女も目にはいっておられたがどうにもなさらなかった」
「それはどういうことですか?」
「ミルト様は私の考えなどすべてお見通しだった上でお許ししてくれたのです。私はもしかするとミルト様が望郷の念からシア様、もしくはフリーダ殿に懸想するかも、と危惧したのです」
『懸想は、誤訳に近いな、もっと強い意味だ』
解説しなくていいですわ! そんな方相手に無神経にも素足を晒してしまったのですもの。次どんな顔をしてお会いすればいいのかしら。
「よく分かりませんが、オークにとって素足は別に無礼とかはありませんので。ミルト様もお気になされていないことでしょう」
そういう問題ではありませんわ。……そういう問題なのかしら? わたくしが恥ずかしいのですが、文化が違うと本当にわからないものなのですね。今後は靴下を脱いではいけませんね。フリーダ用の靴下も早急に作ったほうが良さそうです。我が国に戻るならよけいに。
「すぐにフリーダの靴下を作りましょう。この前作った服ならくるぶしが隠れればいいかしら。けど前の服だとオーバーニーぐらいあったほうがいいわよね。……、両方作っておきましょうか。皆でやるわよ。……あ、クァルはどうしましょう?」
「クァッ、クァー!」
クァルの声は自動翻訳でも翻訳してくれませんから言葉ではないのでしょうね。けど何か言ってるような気もしますわ。クァルは他にやりたいことがあるようです。器用に自分でドアを開けて出ていきましたわ。
よし、出発までに靴下を作りましょう。わたくしが普段履いている靴下を参考にしながら、今ある布を組み合わせて作ります。靴下にあっていない布でしょうが、足が隠れればいい、ということで。快適さはないと思うから普段履きはしなくていいわね。王の前に出るときと、人間がいそうなところに近づく時に履いてもらいましょう。
昼食を食べ終えてしばらくしたぐらいに出来ました。あとは何を持っていくか、ですが、武器とかは置いておいていいわよね。わたくしはわたくしがここに来た時に持っていたものをは全て持っていきます。フリーダやエルノの背負い袋も作っておいて良かったわ。山菜集めとかで使っていたものが転用できそうです。といってもエルノもフリーダも個人の持ち物は着替え以外ほとんどないのですが。
持ってもらう荷物はないのですが、入り口付近にいるテグモスさんと待っているであろう荷物持ちさんにこちらの準備は終わったと報告に行きます。
「あら、あなたは確か……」
待っていたのはテグモスさんと以前に一緒に来られた商人のワナッフィさんでした。
「ワナッフィです、お久しぶりです。覚えていてくださって嬉しいです。こちらには荷物持ちと、こちらの集落の精算にきました」
集落の精算? そんな価値のあるものがあったかしら。
「まずお荷物があればお預かりしますが?」
ワナッフィさんの後ろには前もいた大きな鳥もいました。
「いえ、今のところ荷物はすべて手荷物程度ですので。ところで精算とは?」
「はい、王より申し付けられたのですが、蓄えられている食料や鍛冶の素材、施設の売却代金などですね」
「ああ、確かに食料を残していっても腐るだけですし、皆様に食べてもらったほうがいいですわね。しかし施設の売却金とは……?」
「はい、こちらは遠征のための物資集積地となるので施設をそのまま使わせてもらうところも多いですし、なによりこの地はシア様の管理するところでございましょう? そこを再利用させていただくのですから、その料金です」
困ったわ、食料はまあ納得できるのでいいですけど、この場所の代金ですって。……わたくしはゴブリンからここを奪っただけですし、もともとはエルノやフリーダが属していたコボルド族のものですわ。そんなのをまるまるわたくしが頂いていいのでしょうか? もともとはエルノやフリーダの場所なのですから二人に聞いてみましょう。
「少々お待ちになってくださる? 相談してきますわ」
「はい、ご随意に」
集会場に戻って、二人に説明します。二人ともきょとんとしています。理解できなかったのでしょうか?
「シアはもうおいらたちのトップだからシアの好きにしてくれていいよ。でももしシアが気持ち悪いというなら、おいらたちの集落を留守中はオークに貸すんだって感じでいいんじゃないかな? そうしたら万一戻ってきたくなっても返してもらったらいいじゃん」
「あたしは、シアに、ずっと、ついてく。から、シアの、言う通り」
そういえばフリーダはわたくしへの様づけがいつの間にかなくなってくれているわね。これから人間のところに戻るつもりなんですもの、良かったですわ。こんな小さな子が様づけだと知らない人に聞かれたら、わたくしがフリーダを支配しているように見えますもの。
エルノもフリーダも理解できなかったのではなく、何故わたくしが判断しないのか、という疑問だったようですわね。ええ、わたくしの判断で決めさせていただきましょう。ということで集落を貸しということでワナッフィさんと話してみます。




