来訪者
「テグモス様! もう王が到着してしまったようです。止められません!」
「なにぃ?! 早すぎるだろ! 最近ご病床じゃなかったのか?!」
テグモスさんが慌てて集会場から出ようとします。それについていこうと立つと、手振りで出てくるな、とされました。とりあえずおとなしく従っておきます。聞き耳して状況が危うくなりそうでしたら、出ていって王と会いましょう。
デグモスさんはわざとなのか扉を開け放して出ていったので、様子も伺えそうです。向こうからはなるべく見えなさそうな位置で望遠の魔法を使って見ておきましょう。
南の入り口を守っていたと思われるオークの兵士たちは全員出入り口を開けて膝をついていますね。上位者への敬意の現れはオークも同じようです。その開いた出入り口からいろんな装飾を付けた鎧が入ってきます。ド派手ですし、あれがオークの王でしょうか。テグモスさんが前に立って、懸命になにか説得しているように見えます。が装飾の鎧は聞いていない感じです。どんどん入ってきます。
「人間の女よ。いるなら出てきなさい。悪いようにはしない」
装飾の鎧がそんなことを大声で言います。うーん、こんな事言われて出ていかないと、あとで見つかった時危ない気もするし、テグモスさんの立場も悪くなりそうだ。出ていくべきかしら。
あ……一瞬目があってしまった気がしますわ、これは出ていかないとまずそうです。こちらに向かって歩いてき始めたような感じですし。
覚悟を決めて出ます。念の為伸縮自在槍と短剣は持っておきます。
「わたくしならここにいますわ!」
あちらからすると、バーン!って感じの登場のはずです。
テグモスさんはこちらを見て頭をかかえてますわね。どういうことでしょう? そんなに心配してくれているのかしら?
「こちらまで来てはくれまいか?」
脅しとかそんなではなく落ち着いた感じの声ですわ、本当に頼んでいる感じですわね。
もちろん大人しく近づきます。
「武器の所持はご勘弁願いたい」
まあ当然かも知れませんね。エルノを呼んで短剣を持ってもらいます。
「そちらも、お願いしたい」
そういって装飾の鎧は、わたくしの手を指差します。あはは、掌の中に隠し持っていた伸縮自在槍も見抜かれていたようです。別にこれを使って襲いかかるつもりは今のところはないので、おとなしくこれもエルノに渡します。
「ご協力感謝する、こちらへ」
あら? この装飾の鎧の方が王なのではないのですか? 妙に貫禄がある方でしたが。
集落の出入り口を出ると、どう見ても神輿に担がれた玉座があって、そこにしわくちゃな小さな人影が見えました。ああ、この方が王なのですね。別に王冠とかはかぶってはいないですが、周りのオークの様子がこの方が王なのだと分かるものでしたわ。
その小さなしわくちゃのおそらく老人の方が自ら玉座や神輿から降りてきて、わたくしの前に立ちました。
「もそっと、ワシにその顔をよく見せてくれんか?」
大きくなまってはいるみたいですが、確かにわたくしたちと同じ言葉でその方は言いました。
目が悪いのでしょう、それに身長があっていませんから、見えにくいのかもしれません。ですので目線を合わせるため、片膝をついてしゃがみました。
「お、おお、美しい……」
な、泣いていらっしゃいますわ……、どうしましょう? わたくしなにか悪いことをしてしまったのでしょうか。
わたくしがうろたえていますと、その方は涙を袖で拭き取り、わたくしに立つように促しました。
「ありがとう、ありがとう。もういいよ、立っておくれ。ワシの長年の夢が一つ果たされた……」
「あ、あなたは一体……?」
「ワシはオークの王とされているが、自分では自分のことをただの人間だと思っておる、今となってはただのじじいじゃよ」
え? えええ?! いったいどういうことなのでしょうか?
「かいつまんで説明するにも長い話じゃ、どこか皆のいないところで話がしたいんじゃが、そちらの集落に入っても良いじゃろうか?」
「え、ええ、ではこちらへ来てもらえますか?」
ここはオーク語のようでしたが、さっきのは?
「失礼いたします」
そういって装飾の鎧の方が王を肩に担ぎ上げました。本当に歩くのも辛いから神輿に乗っていらしたのね。
「ではこちらへ」
集会場へ戻ります。
「エルノ、集会場を片付けてきて」
「わかったよ」
エルノは察してくれたのか何も聞き返さずに先に集会場へ戻りました。わたくしはなるべくゆっくり歩いて集会場へ向かいます。
途中でオークの王が声をかけました。
「皆は適当に休んでおいてくれ。テグモス、お前は一緒にくるんじゃ」
テグモスさんの顔は青くなって、それから観念した感じでついてきました。
無事皆が集会場へ入って席に付きました。あ、いえ、装飾の鎧の方は扉の隣で立ちっぱなしですわ。集会場へ入るときも入り口に引っかかってしまうのではと思うほど大きな方ですので威圧感がすごいですが、本人は極力抑えようとしている感じですわね。
わたくしと王が向かい合う感じで座って、お互いの隣にエルノとテグモスさんが座りました。フリーダには奥でくるまっているクァルの後ろにいてもらっています。存在はもう気づかれていますけどね。
「申し訳ありませんが、お茶の一つも用意できる環境ではありませんので……」
「いやいや、こちらが勝手に押しかけているだけじゃからお気になさらず」
なんだか王とは話しやすいですわ。何故かしら。感性があうというか……。
「さて、ワシの話は長くなりそうなんで、まずはお嬢さんのお話から聞いてもよろしいかな? 何故こんなところに美しいお嬢さんが?」
「わたくしの名前はアクレシア・ノイラートと申します、お嬢さんではありませんわ」
これは例え相手が王であっても譲れないことですわ。
「これは失礼しました。長らく王などやっていると気遣いというものがなくなってしまいましてな」
「そうですの。ちなみにシアで構いませんわ、テグモスさんにもそう呼んでもらうようにしていますから」
確かにハインツ殿下にはあまり気遣いというものはなかった気がしますわね。わたくしに対してはいろいろと気遣ってくれていた時もあったようですが、周りのものに気遣うということはなかった気がします。権力というのはそういうものなのかもしれませんね。
「では先に。わたくしは北にある人間の帝国プロテアの、貴族の子女でしたわ。しかしある日突然、身に覚えのない理由で国外追放とされ、この地に放り出されてしまいました」
「な、なんと。高貴なお顔だと思いましたら、ご貴族の方でしたか。それに国外追放……しかも身に覚えのない……」
なにやら王がわなわなと震えています。そんなに同情してくれているのかしら。
「シア様、ワシも北の人間の国から国外追放、しかも身に覚えのない罪状でされた者である、と言ったら信用されますか?」
「え? 信用も何も、そうおっしゃるのでしたら王様にとってはそうなのでしょう。わたくしもそうですし。けど王様はオーク族ではないのですか? 確かにあまりオーク族の特徴はお持ちではないようですが」
「はっはっは、そう思われるのも仕方ないかもしれませんな。しかしワシはちゃんと人間の両親から生まれた人間のはずです。実際人間として十六で鍛冶師となって北の地で暮らしておりましたからな」
「それが、いったいどうして?」
「シア様と同じ国外追放ですよ。もう何十年も前のことですし、ワシの場合は身に覚えがないのも同じですが、だいたい予想はついてはおりますが、ね」
『この王様、確かに見た目はオークに近いが人間でもあるようだ。フリーダと同じだよ。ただ中途半端さがフリーダよりも大きくて人間ともオークとも言えないなにかになっているみたいだが』
そうなんですの。フリーダもコボルド社会でひどい目にあっていたようですし、この王様も人間社会でひどい目にあっていたのかもしれませんね。
『そうだな。いろんな異世界を知っているが、人間同士で差別しまくってる世界も多かったしな。ましてや違う種族ならなおさらだ。シアも経験した通り、価値観がまったく違うからな。それが差別につながるかもしれないと気づいていて差別が悪いことだと認識していたテグモスは優秀だと思うぞ』
「申し遅れましたな。ワシはミルトと言います。国外追放を受けた後運良くオークたちに助けられましてな。オークたちに鍛冶技術を認められ、さらに他の能力もあったようで、今では王などと祭り上げられておりますわ。しかしいくら祭り上げられてもワシには変えられぬものがありましてな」
「それは、いったい?」
この方は未来のわたくしなのかもしれない。くまなくお話は聞いておきたいですわ。
「人間としての価値観ですわ。今ではオークたちの価値観も理解はしております。が心からそう思える価値観は人間のものなのです。もうご存知かもしれませんが、オークの美的価値観はワシら人間とは真逆と言っていい。だからワシの周りには美しいと思えるものはずっといなかったのです。だから死ぬ前にもう一度だけで良いから、美しいと心から思えるものが見たかった。シア様のおかげでそれは果たせました」
「そ、そうなのですね、お役に立てたのなら……」
「ご心配めされるな。もうワシも歳じゃし、ご高貴な生まれの方と知って、手を出すことはありませぬ。ワシは人間の平民でしたからな」
軽く笑って、ミルトさんがずいっと身を乗り出す。
「そしてシア様、北の国へ戻りたい、という気はありますかな?」




