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交渉

「ワナッフィ、どうだ? これで我らの不足を補えるか? そして交換できる物資はありそうか?」

「正直に申し上げます。量は我らの不足を十分に補えるかと思います。むしろ豪華になります。これほどの珍味、なかなか食べられるものではありませんし」


あら、高評価のようね。亀の内臓は珍味なのですね。今までエルノしか食べていませんでしたが、わたくし達も食べてみましょうか?

「しかし、内臓も肉も量が多く高品質でありますので、それに見合う物資は、残念ながら持ち合わせておりません……」

「むむう、ここまできて食糧不足で撤退とは失態である。なんとかならんか?」

「私めに言われましても。シア様の御慈悲を引き出す他ありません。大型のヘイドディタスを倒した上に甲羅を消してしまうお方に敵うはずもありませんし」


「あのー、それをわたくしの前で話してもいいのでしょうか? 全部聞こえておりますが?」

あまりに筒抜けなので思わず言ってしまいました。

二人ともしまったという顔をしています。本当に正直な方々です。金属鎧の隊長はともかく商人がそれでいいのでしょうか。もしかして本当にわたくしにびびってしまっているのでしょうか? 繰り返しますが嘘は言っていませんが、多分に操作した情報しか渡していませんけどね。


「まあいいですわ。そちらの出せるものをお見せいただけますか? ものによっては高額で引き取らせてもらいたいですわ」

「わ、わかりました。少々お待ち下さい」

商人のワナッフィさんが大きな鳥から荷物を下ろしました。


「今回持ってきているもっとも高価なものはこちらになります。各種香辛料に甘味となります」

おおおおお、これは欲しいですわ! でもそれを顔に出しちゃダメ。ふーんって感じでなんとか受け流します。

「これら以外となりますと、宝石がいくつかと高級糸に裁縫道具がいくらか。あとは兵士用の衣服に靴に予備の武器ぐらいしか持ってきておりません」


欲しいのばっかり持ってるじゃないですか。けどそれを悟られると値を吊り上げられかねません。いかにも仕方なくそれで妥協したという風にもっていかないといけませんね。

『俺、シアがそんなにしたたかだったなんて気づかなかったぞ。これはさすがに元貴族様ってことかな?』

あらルファ、見てたのね。今はわたくしが皆の代表ですもの、したたかにでもなんにでもなりますわよ。……わたくしは国外追放されるような極悪人、無慈悲な悪の令嬢でしたから、悪人らしくここは有利に交渉させていただきますわ。


「たしかにそんなに価値があるものはなさそうですわね。それら全部だとこちらはどれだけ渡せばいいのかしら?」

顎に手をやって、悩んでいる風に見せます。こういう動作はだいたい種族関わらず通用するはずです。特にオークは人間に似ていますし。学園で学んだところによると、オークは魔法によって蛮族化した元人間だという説もあるぐらいには似ているそうですし。


「我らにとっては残念なことに、半分にも足りないかと思われます……」

「半分、ね。良いわよ、それらであなた方が欲しい分と交換しましょ」

「え? し、しかしそれはあまりにも……」

「本当に悪いと思うなら貸しにしておくわ。口約束でいいわよ。亀肉なんかまたとればいいんだし、それであなたたちも助かるのでしょう?」

商人であるワナッフィさんには自らの商人としての誇りからか即断できなかったようですが、隊長のテグモスさんは即決したようです。

「私の名誉にかけてお約束いたします。どうかお譲りください」

「い、いいのですか、テグモス、貴方の名誉をかけて? いや、貴方が名誉をかけるのなら私もかけずにはおれませんが」


そういって二人とも頭を下げてきた。

わたくしとしては、こちらを大きく見せるための演技で、もう亀の相手はこりごりなんですが、こちらも欲しかったものが手に入って、相手も欲しかったものが手に入るのですから、いいですよね。

口約束ですから、やぶってもらってもいいですし。ただ、森の向こうの大きな勢力に繋がりを持てるというのは決して悪いことではないでしょう。こちらからふっかけたわけでもないですしね。


「わたくしは慈悲深いのですよ。貸しはお気になさらず。どうせ期待しておりませんわ」

弱みは見せたくないので、あくまで尊大に振る舞います。

「ありがとうございます。助かる上、珍味を味わえるのは士気が高まります。物資の移動のために兵士たちを集落に入れてよろしいでしょうか?」

「ええ、量がありますからむしろ助かりますわ。まだまだ食料庫にたくさんありますから。どれだけの量を渡すのかなど、物資に関してはエルノに任せますわ」

「あのコボルド殿の指示に従えばよろしいのですね。分かりました。シア様の御慈悲に感謝いたします」


そんなこんなでこちらはじきに腐らせてしまうだけの肉を渡しただけで、いろいろと欲しかったものが手に入りましたわ。

兵士の服や靴、武器などは予備でもあるということでしたので、なるべくサイズがあいそうなものを半分ほどだけいただきました。武器もエルノ用として余分がなかったのでありがたいですわ、ちゃんと鉄製ですし。


オークたちも亀肉や珍味を手に入れて嬉しがっている感じですわね。ただ商人のワナッフィさんだけは深刻そうな顔をしていますが。商人が名誉をかけるとか普通はありませんしね。かなりの心労がかかってそうですので、すこし和らげてあげましょう。


「ワナッフィさん、少しお話よろしいかしら?」

「え、ええ。もちろんでございます」

「以前からこの集落にオークの商人が訪れていたという話は知っているかしら?」

「あ、はい、その者から話を聞いておりましたので、交渉しに参ったのです」

「ではその方でもワナッフィさんの者でもよろしいですからまたしばらくしたらこちらに交易をしに来てもらえないでしょうか?」

ワナッフィさんは本当に目をまんまるにして驚いていました。


「私などを指名していただいてよろしいのですか?」

「ええ、わたくしたちにも欲しいものはありますからね」

そういって、足元を見られない程度に本当に欲しい物、サイズの合った女性用の活動的な服や下着、細い針、鉄や銅製の調理器具や美容と食用の油などを持ってきてもらうように頼みました。


「わかりました。どのようにお返しすればと頭を悩ませておりましたのでむしろ私の方こそ助かりました。次本店に戻りましたらすぐに折り返して持ってまいります」

「ありがとう、助かるわ」


次はテグモスさんね。ワナッフィさんほどでもないみたいですが、ついでに話をしておきましょう。

「今よろしいですか?」

「はっ、おい、ロット、あとはまかせていいか?」

部下らしきオークを呼び寄せていくつか指示を出した後、わたくしに向き直りました。

「お待たせしました、何用でしょうか?」


「いえ、ただの好奇心なだけなのですけど、皆様はどこに行かれるつもりなのですか?」

「あー、いや、それは……」

まあ軍人でしたら民間人、しかも他種族の、に目的とか漏らしませんよね。


「ここは森の端で此処から北に行っても先には荒野、そして人間の作った壁しかありませんよ」

テグモスさんが目を細めた。

「失礼ながらシア様のご種族は人間、でよろしいのですよね?」


「ええ、そうよ、あの壁の向こうからやってきた人間よ」

「やはりそうなのですか。人間の話は聞いておりましたが、初めて見たものでして。それでそのの壁の向こうから来られたということは、シア様もコクガイツイホウされたのですか?」

え? なんで人間を初めて見たと言っているオークが、あの壁から来たものが国外追放された者だって知っているのかしら?!


「そ、それは、ご想像におまかせしますわ、おほほほほほ」

あーダメだ。こんなんじゃごまかせる訳がない。

実際テグモスさんの目は細いままだ。


「……そうですか。我らの任務はその壁の監視体制を作ることです。その任務が終わりましたら、私は一旦本国に戻りますが、その後改めてシア様の集落に来てもよろしいですか?」

え? 一体何の用事でしょう。貸しは作りましたが、何かを返してくれるのでしょうか?


「え、ええ、先程ワナッフィさんにももう一度こちらに来てもらえるように頼みましたから便乗したらよろしいのではないでしょうか」

「そうなのですね。分かりました。あ、一応。先程の私どもの目的、他言無用にお願いしますよ」

そういったテグモスさんの目は普段どおりになっていて、むしろ笑っていました。……危機は脱したのかしら? 余計な好奇心で危ういところでしたわ。自重しないと。先程の悪人のフリでちょっと調子に乗ってしまったようです。反省ですね。

「ええ、もちろんですわ」

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