7話 人を惹きつけるもの
「待ってくれ――!」
「……何かしら?」
俺の叫びに、燐が振り返る。
反射的な足掻きでしかなかったことに俺は黙り込みそうになり、しかし半ば自棄になりながら、思うままに口を開いた。
「お前は言ったよな。今の俺達に出来ること、バンドに提供出来るもの、それから魅力。この三つを明確にしろって」
「言ったわ。それが?」
「……俺は楽器が出来ないし、Virtualバンドに提供出来るものだって、VTuber関連のにわか知識くらいしか持ってない」
「そして、貴方の言うVirtualバンドの企画には魅力が足りなかった」
情けない。凡人に生まれて、何も出来ない自分が情けなくて仕方ない。マンガやアニメの主人公みたいに、ピンチをカッコよくスマートに解決する力があればよかったのに。そうやって無い物ねだりをする心も、死にたくなるほど惨めだ。
だが……もう知るか。初めから情けないのなら、みっともなく足掻いたところで、失うものは何もない!
「いいや、あるさ! お前を惹きつける魅力が!」
「悪いけど無駄よ。貴方の企画じゃ、」
「俺じゃない!」
「ハァ? 貴方何を言って……」
俺はVTuberのライブ映像を流していたスマホを手に取り、全く別の画面を開く。そのまま、夏々華先輩のイヤホンが差しっぱなしなのにも構わず燐に突きつけた。
「ウチのボーカルだ」
「……今度はそういう作戦で来るのね」
「これでダメなら打つ手なしだ。お前のことは諦めるしかない」
だからお願いだ。
「最後のチャンスをくれ。俺と、この歌声の持ち主に」
「…………」
燐は俺の目をじっと見つめていた。俺は目を逸らさない。おりかの兄として。代わりに戦う者として。
長い長い、視線の応酬だった。張り詰めた沈黙が続き、息をすることさえ忘れそうになる。
やがて、燐は諦めたようにため息を吐いた。そして俺の手からスマホを受け取る。
「本当に最後よ」
「……ありがとう」
いつでも帰れるようにだろうか、燐は座り直すことはしなかった。しかし両耳イヤホンに目を閉じて、音楽だけの世界へと身を落とす。おりかの歌声と一対一で向き合ってくれている。
それを見た俺は、なんだか力が抜けてしまった。元の椅子に崩れ落ち、テーブルに半分突っ伏す。
そんな俺を見て、夏々華先輩が小さく笑った。
「ふふっ」
「……なんです夏々華先輩? 結局最後は他力本願だったことを笑ってるんですか?」
「え? あ、ご、ごめんね!? そんなつもりで笑ったんじゃないの!」
「別にいいんですよ。情けなくていいやって開き直ってましたから」
「本当に違うのっ」
「じゃあ、なんなんです?」
「ぐでーってした日向君を見たら『ああ、日向君だ』って思って、なんだか安心しちゃって」
「……何言ってるんです?」
俺は常に俺なんですが。知らない内に俺の顔が「入れ替わってる~!?」していたとでも言うんですか。
「燐ちゃんを引き止めてる日向君、カッコよかったから」
「え…………」
「カッコよかったよ」
「や、あの、に、二回も言わなくていいです。聞こえてるんで……」
「あれっ、もしかして照れてる?」
「そういう冗談慣れてないんでやめてください……」
「冗談じゃないのに」
夏々華先輩は嫌味なく、まるで本当のことのように言ってくる。うっかり本気にしちゃいそうだからやめてほしい。うぅー、冗談だとわかってるのに顔が熱い。初な男子高校生イジりとは、夏々華先輩も案外人が悪い。
カッコいいなんて、人生で一度も言われたことないぞ。おりかにもだ。
誤魔化しの話題を振ろうとしたが、熱された頭ではすぐに思いつかない。焦りが俺に変なことを口走らせようとした瞬間。
「っ、うおっ!?」
胸ぐらを掴み上げられた。息がかかるほどの距離に、めちゃくちゃおっかない顔で俺を睨む燐。
このまま頭を壁(の角)にドンされるんじゃないか。そんな危惧がガチで頭をよぎる。
「な、なにゆえそんなに怒ってらっしゃる……?」
「やってくれたわね……!」
「や、やったって俺が? 何を……?」
「っ……夏々華!」
「ひぅっ!? な、何……?」
燐は夏々華先輩に、スマホを強引に押しつける。夏々華先輩は素直にイヤホン装着、そしておりかの歌を再生。
すると、夏々華先輩の顔色は一瞬で変わった。身体を震わせるほど驚き、それから何か考え込んでいるかのような顔をして、音楽に浸る。
「駆……貴方卑怯だわ」
「卑怯て……ズルはしてないだろ」
「だからタチが悪いのよ……!」
「えぇー……」
そんな理不尽な。原因はわからんが、俺は悪くないパターンだろこれ。
燐は相変わらず忌々しげに俺を睨みつけている。
「なんなのよあのボーカルは。筋力が足りなくて音が震えているし、届いていない高音もあるし、聞く人が聞けば素人の域を出ないことは明らかだわ」
「ボロクソ言うなお前……」
「なのに悪くない! 悪くないのよっ! ボーカルに求められるのは高い技術なんかじゃあないわ。技術だけは高いと感心される人材なんか、情報社会と化したこの現代には、掃いて捨てるほど存在している! ボーカルに真に求められるもの。それはオーディエンスを飲み込む破壊力! そして圧倒的なカリスマ性! ライブ会場を一瞬でバンドの色に染め上げられるインパクトが、彼女にはあるっ!」
「お、おう、そうか……」
要するに燐は、おりかの歌声にかなりの衝撃を受けたらしい。思わず喋りが奇妙な冒険じみてしまう程度には。
燐は俺を解放し、落ち着きなく腰を下ろした。
「ああもう! 最後の最後であんなのを出してくるなんて、本当に卑怯だわ……!」
「そんなによかったのか? すげえなってことと、エネルギーに満ちてるなってことくらいしか、俺にはわからなかったんだが」
「音楽というのはそういうものよ。刺さらない人間にはまるで刺さらないけれど、刺さる人間には人生を歪ませるほど刺さる」
「で、お前には綺麗に刺さったわけか」
「っ………………まぁ……それもあるわね」
やけに間のある、歯切れの悪い答えだった。
というか、それ『も』ある、ってことは、他にも燐を引き止めている理由があるってことか? ……よくわからないが、とにかく。
「それでどうなんだ? 入ってくれるのか?」
「嫌よ」
「即答かよ」
もう少し悩むところじゃないのか今のは……。
「悪くない……悪くないのよ……」
燐は爪を噛んでひどく苦悩する。今の俺に出来ることと言えば、燐の回答を待つことだけなわけで、状況は完全に膠着状態に陥っていた。
行き止まりを破ってくれたのは、いつの間にか歌を聴き終えていた夏々華先輩の、控えめな挙手だった。
「あ、あの……こういうのはどうかな? 私達でVirtualバンドの動画を一本作ってみるの。その出来を見て、入るかどうか判断したらいいんじゃないかな?」
それは非常にシンプルな提案だ。燐の表情も少しだけ柔らかくなる。
「そう……ね。それが一番手っ取り早いし、そうしましょう。ただし条件をつけさせてもらうわ」
「条件?」
燐は一つ頷き、指を立てながら条件を突きつけてきた。
一つ目。
「期限は一ヵ月。それまでに、動画を他人に見せられる形として完成させること」
「まぁ……妥当か。普通どれくらい時間がかかるかは知らないけど……」
二つ目。
「曲は完全なオリジナルを一から作ること」
「ハァ!?」
「えぇっ!? り、燐ちゃん、それはいくらなんでも厳しすぎるよぅ!」
「いつまでもカバーバンドのつもりなら、私は降りるけれど?」
「待ってくれって! 曲作りなんて俺には全くノウハウがないし、3Dモデル製作とか調整もあるんだぞ!?」
「そ、そうだよっ! 曲を完成させて、それから撮影もしなきゃいけないんでしょ……? それを全部一ヵ月以内なんて……」
「二人とも落ち着きなさい。私だって不可能を吹っ掛けて陥れようとしているわけではないわ」
そして三つ目。その条件は、意外なものだった。
「三つ目の条件は、一ヵ月間、私をメンバーとして扱うこと」
「……手伝ってくれる、ってことか?」
「駆。貴方は微妙に表現を間違えることが多いから気をつけなさい。手伝うんじゃなく参加するのよ」
「燐ちゃん……いいの?」
「当然でしょう? 組むかどうか決めるのに、バンドの一員として一緒に活動しなければ意味がないもの」
言われてみればごもっともなのだが、音楽が出来る燐が参加してくれるのは普通にありがたい。夏々華先輩も作曲は出来なさそうだし、作曲出来るメンバー探しから始めなきゃいけないところだった。
三つの条件をもって、燐は問う。
「どうかしら? やれないのなら私は降りるだけよ」
俺の答えは、当然。
「受けるに決まってるだろ。Virtualバンドがやれるってとこ、お前に見せてやる」
「夏々華は?」
「わ、私も力になれるよう頑張る……っ!」
俺も夏々華先輩も、やる気は十分。絶対に完成させて、おりかのバンド活動、そして俺のVirtual活動のスタートラインに立ってやる。
俺とおりか。二人の夢を踏み出すんだ。
「そう……悪くないわね」
俺達の答えを聞いて、俺達の決意を見て。燐は満足げに微笑む。
そしてそのまま平然と放たれた言葉に、俺は自分の耳を疑うことになる。
「そうだ駆。明日は貴方の家でやるから、そのつもりでいて頂戴」




