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6話 生きたライブ



 翌日。


 俺は駅前通りに向かっていた。駅の北口から放射状に伸びる通りには、数々の店が軒を連ねる。ファミレスを始めとする飲食店、コンビニの数々はもちろんのこと、本屋からファッションショップ、靴屋にアニメショップと各種揃っている。老若男女の賑わいがあるのも当然と言えた。


 昼時をわずかに避けた午後、ファミレス前に集合。休日昼間に入店すると、二時間くらいで出ろって言われるからな。長居する気はないが、まぁ一応。


 きっちり十分前には到着したが、集合場所には既に俺を待っている人がいた。彼女はこちらに気づくと大きく手を振った。


「日向くーん!」


 夏々華先輩だ。昨日一昨日と同じサイドテールだが、髪を結ぶシュシュが違っている。初夏らしい薄手のブラウスにフレアスカート。目線が高いような気がすれば、足下がフラットヒールでわずかに盛られていた。


 語彙に乏しい表現で恐縮だが、女の子女の子した私服が嫌と言うほど似合っていて、とても可愛らしかった。満面の笑みも込みで、デートを待ちわびていた彼女感があってとてもいい。とてもいい。


 ちなみに、おりかは外に出ないので、年中地味なインナーかパジャマである。よって『いつも通り可愛い! 百点満点!』はあっても、『普段と違う装いも可愛い! 百点満点!』には期待出来ないのだ。女子を女子にするのは他人の目、ってのは真理なのである。


「おはようございます夏々華先輩」

「おはよう日向君っ」


 天使の微笑み。いや、これは単純な男を勘違いさせる魔性の微笑みかもしれない。俺は単純な男なのでドキッとした。


「すみませんお待たせしちゃって」

「えへ……私、遅刻しないか心配でいつも早く出ちゃうんだ。だから気にしないで」

「心配って、方向音痴とかですか?」

「そんなことないよ。でも途中で何があるかわからないでしょ? お財布忘れたことに着いてから気づいたり、急にお腹が痛くなったり、職務質問されてそのまま連行されちゃったり、大地震で電車が止まったりするかもしれないもん」

「心配しすぎでは」


 よっぽど怪しくないと連行まではされないし、電車が止まるレベルの地震はファミレス集合じゃなくて避難所集合だから。


「ところで夏々華先輩。友達というのは?」

「もうすぐ着くって連絡あったよ」


 ふむ。ファミレスも混んでなさそうだし、時間的にも到着次第入店して大丈夫だろう。

 そう考えた時だった。


「あっ。来たよ。りんちゃーん!」


 さっき俺に見せたのと同じ笑みで、また誰かに手を振る。人混みに紛れながら、スタイリッシュなコーデが似合う一人の少女が、悠然とこちらへ歩いてきているようだ。


 そして目の前に立たれた時、俺の喉はうっかり本音を漏らした。


「……げ」

「『げ』とはご挨拶ね」


 流される麗しの黒髪。冷気さえ感じる声音。整った顔立ちは、不機嫌を醸しながらもその美しさを損なわない。


 見間違えようもない。忘れもしない。先輩バンドマン三人を相手にして、一切怯まずに噛みつく過激な姿を。


 夏々華先輩の友達にしてギタリスト。待ち合わせにやって来たのは、水嶋と呼ばれていたあの少女だった。


 あの時見た攻撃性を思い出し、俺はリスみたいに震えながら問うた。


「な、夏々華先輩……これは一体……?」

「日向君とは顔見知りだよね? 水嶋みずしま りんちゃん」

「燐よ。名字は嫌いだからそう呼んで頂戴」

「ひ、日向 駆……です」

「何よ? 同学年なのだから敬語は要らないわ気持ち悪い」


 水嶋は相変わらずアタリが強いが、それは自然の摂理だから別にいい。そんなことより、摂理に反することがあるじゃないか。問わずにはいられない。


「なあ水嶋」

「燐」

「……燐。なんでお前と夏々華先輩が……?」


 あの時の二人はどう見ても友人関係には見えなかった。夏々華先輩からの呼び方も『水嶋さん』だったはずだ。昨日には既に友達を連れてくると言っていたのだから、つまり二人が親密になったのは一昨日。あのバンド解散の後から、翌日放課後までの間ということになる。


 答えてくれたのは夏々華先輩だった。


「あの後すぐ、燐ちゃんが気になって校舎に戻ったの。そうしたら燐ちゃん、一人でギターの練習してて。私思わず聴き入っちゃった」

「夏々華があんまり食い入るように見てくるものだから気が散って練習にならなくてね。それで仕方なく声をかけただけよ」


 夏々華先輩さえ呼び捨てかよ。すげえなコイツ。これっぽっちも見習いたくねえけど。


「それより早く入りましょう。こんなところで話していても仕方がないわ」


 入店。それなりに客はいたものの、空席もちらほら見受けられる。これなら時間で追い出されることはなさそうだ。


 座る組み合わせは当然、夏々華先輩と燐、俺と荷物達。テーブルに並んだドリンクバーとケーキに手をつける前に切り出したのは、燐だった。


「早速話を聞かせて頂戴」

「ああ。そもそものきっかけは、俺の従兄弟が『バンドをやりたい』って言い出したことだ」

「従兄弟?」


 と、まだまだ出だしだというのに、燐はいきなり怪訝に、警戒心を込めながら眉を寄せた。


「その言い出しっぺの従兄弟は何故来ていないの?」

「それが問題でな。実はその従兄弟ってのは、所謂ひきこもりなんだ」

「帰るわ」

「わ、待てって展開早えよ!」

「燐ちゃん! 少しは話を聞いてあげようよ!」

「帰ると言ったのよ」


 言うが早いか、燐は本気で立ち去ろうとした。飲み物にもケーキにも、一切手をつけず。


 俺と夏々華先輩に引き止められた彼女は立ったまま、俺を侮蔑の目で見下した。


「話は大体見えたわ。これまで弾いてこなかった人間が興味本意で音楽に手を出そうとしていて、けれど一人で戦う勇気もないから他人と群れようって魂胆でしょう。頓挫するのが見えているわ」

「そういうわけじゃ……」

「ハン、出来もしない妄想を語って、やりたい作業だけやって、面倒になれば他人任せ。その分こっちが必死に作業を進めても、まともなフィードバックの一つもなし。最終的には私一人にほとんど全ての作業を押しつけておいて、完成したらあたかも全員でやったかのように成果だけ持っていく。そのくせ素面で『君とはまた一緒にいい音楽を創りたいな』なんて言い出すのよ。死ねばいいわ」

「やけに具体的なんだが……前にそんなことがあったのか?」

「ないわよ思い出させないで」

「あるんじゃねえか」

「とにかく!」


 燐は苛立ちMAXでテーブルを叩いた。


「バンドを組むとして、今の貴方達に何が出来るのか、バンドに対して何を提供出来るのか、そして組みたいと私に思わせるだけの魅力は何か。この三つを明確に出来ないのなら、貴方達の妄想が現実になることはない。ここで終わりよ」

「…………」

「どうなの」


 俺はいきなり逆境に立たされていた。燐の眼力の強さに見据えられ、目を逸らしたくなる。


 なにせ俺達には何もない。音楽の技術も才能もなければ、知識すらなく、ただ『バンドがやりたい』というおりかの気持ちがあって、俺はそれを叶えてやりたいだけ。それ以外には本当に何も持っていないんだ。


 それでも……ここはやるしかない。


「ちゃんと説明すればいいんだな?」

「違うわ。私を納得させるのよ。時間の浪費に付き合う趣味はないから」

「わかった。だからとりあえず俺の話を聞いてほしい」


 燐は無言だったが、ひとまず腰を下ろしてくれた。ストローに口をつける姿に、俺はもちろんだが、何故か一緒に緊張していた夏々華先輩も胸を撫で下ろした。


 さて、どこから話すべきか。


「そうだな……まずはこれを見てくれ。夏々華先輩もお願いします」


 まずは、俺達がやろうとしているVirtualバンドの、大まかなイメージを掴んでもらうことにした。


 去年の大晦日に行われたYouTubeの生放送。そのアーカイブ。多くのVTuber達が集まって生放送で歌い、MCをやった、言わばVTuber紅白歌合戦だ。


 VTuber達が歌う映像を、燐と夏々華先輩は友達らしくイヤホンを共有しながら視聴している。燐の険しい顔と、夏々華先輩の純粋に楽しむ顔が対照的だった。


「映っている演者達には、それぞれ中の人がいる。モーションセンサーを装着しながら、実際にライブをしたんだ。俺達がやろうとしてるのは、それのバンドバージョン。Virtualバンドだ」


 反応したのは夏々華先輩。


「えっ。じ、じゃあ、顔を見せなくてもいいの?」

「そうです」

「そっかぁ……だ、だったら私、やってみようかな?」

「本当ですか!」


 燐は未だ眉間にシワを寄せているが、夏々華先輩には好感触のようだ。先輩は照れ笑いしながら、


「えへ……私も人前に出るの苦手だし、緊張しちゃうから。これなら私でもライブが出来そう」


 そう言った。


 夏々華先輩はわかってらっしゃる。緊張しいやあがり症、恥ずかしがり屋。そして、ひきこもりでもライブがしたい。そのためのVirtualバンドです。


「従兄弟はたとえバンドメンバーであっても、他人と顔を会わせるのが怖いんです。そんなひきこもりでもバンドが出来る方法がこのVirtualバンド。これなら一人一人撮影して、後から編集で同じ空間で演奏しているように見せればいい」

「じゃあ、動画投稿が主な活動になるの?」

「ええ。ですがゆくゆくはこんな風に、生放送のライブが出来たらと思ってます」

「ふふっ。動画投稿っていうのもなんだか楽しそうだね」


 動画って身近な存在だけど、意外と投稿者って周りにはいないものだ。その楽しさを布教されることもないわけだから、未知の世界に踏み込むわくわく感は大きいよな。


 だが、嬉しそうに反応してくれた夏々華先輩とは逆に、燐は指先でテーブルを叩きながら、苛立ち混じりに冷たく断じた。


「こんなのライブじゃないわ」

「どうしてだよ? ちゃんと生歌だし、動きもリアルタイムで拾ってるんだぞ? ……まさかVTuberだからか? 新しいものは軽薄だって言いたいのか?」

「そういうことではないわ。これはこれで、音楽の新しい届け方だもの」

「じゃあ……何が問題なんだよ?」

「駆。貴方、ライブってなんだと思う?」

「ライブ……?」


 今までは見る側しかやったことないせいか、あまり考えたことないな。


 ライブ。つまりLive。直訳すると、『生』とか『生きる』になるはずだ。日本では、生放送、生演奏といった意味で使われることが多いよな。


 ……うん。そのまんまだな。でもそれ以上のことは思いつかない。


「うーん……生演奏とか、生きている演奏ってことじゃないか? 俺もアニソンフェスなら行ったことあるけど」

「その通りよ。ライブは生きている」

「……どういうことだ?」

「例えば、録画されたライブ映像を一通り見たら、それはライブに行ったのと同じかしら?」

「それは違うんじゃないか? 実際に会場で空気を体験してないなら、それはライブを見たってだけだ。ライブ特有の一体感がないって言うのが近いか?」


 ライブに行ったことある人ならわかるだろうが、ライブ会場というのは空気が違う。アーティストの歌と一緒に盛り上がって、会場全体で熱を上げる感じというかさ。初めはそんなつもりなくても、知らない内に飲み込まれていて、一緒に叫んでたりするんだよ。


「でもさっきのもちゃんと生放送で生歌だし、視聴者がリアルタイムでコメントしたりも出来る。そりゃ、実際にライブに行くのとは全然違うだろうけど、それに近い感覚を味わえる人は格段に多くなるはずだ。今までと形は違うけど、より多くの人がライブに参加出来る、みたいな。ライブビューイングみたいなもの、って捉え方もある」

「確かに、ライブ特有の一体感を手軽に味わえるかもしれないわ……オーディエンスだけはね」

「……?」


 燐は「これはあくまで私の持論なのだけれど」と前置きし、首を捻る俺の目を射抜いた。


 そして燐は一見クールなままでありながら、まるで少年のような熱で話し出す。


「ライブというのは対話なのよ。演奏するアーティストと、待ちわびるオーディエンス一人一人との対話。あの空気に包まれているのはオーディエンスだけじゃなくアーティストも同じ。いい? アーティストが最高の演奏をすれば、それはオーディエンスの心に反響して、波紋のように広がっていくわ。そして、盛り上がる会場の熱に浮かされたドラムが疾って、合わせるこっちの身になれと思いながらもギターが乗らずにいられなくて、酷使に震える指を黙らせながらベースは懸命に演奏を支え、ボーカルは音程も気にせず高揚を叫んで、掠れた声と飛び散る汗に、会場はさらに燃え上がっていく。燃え広がった熱狂のライブは誰にも止めることは出来ない。全てを燃やし尽くすまで疾走し続けるわ」


 わかる?


「アーティストに最高のライブをさせているのは、最高のオーディエンスなのよ」


 一気にまくし立てた燐の額に、一雫の汗が光っていた。まるで、ライブを終えたばかりのバンドのように。


 それでも彼女は止まらない。飲み物を一気に飲み干し、ライブ映像が流れ続ける画面を指差した。


「確かにオーディエンスは盛り上がっているかもしれない。コメントという形ではあるけれど、心のあるがままを存分に発露しているかもしれないわ。けれど彼女達はそれを『生』で感じているかしら? オーディエンスの『生』を、目で、耳で、肌で感じて高揚することは出来る?」

「それは……」

「オーディエンスがアーティストを燃え上がらせないのなら、それは孤独なステージと何も変わらないわ。ライブだけが生み出す、生きた音楽にはならないのだから」

「…………」


 何も、言い返せなかった。それは燐の言葉が正論だったからじゃない。俺の考えが間違ってたと思ったからでもない。

 じゃあ何故俺が反駁出来なかったかって? そんなの決まってる。


 ――やっぱり俺じゃ燐には勝てない。そう思ったからだ。


 燐がバンドに懸けている想いは、俺が想像していたより遥かに凄まじかった。音楽に関係する全てに自分なりの答えを出していて、自分だけの強い芯を持っている。

 燐はライブに感動しただけじゃ終わらなかった。感動の正体を考えて、自分の感覚に落とし込んで、また音楽に触れて……それを何千、何万回繰り返せば、あんな結論が出せるようになる? あんなに楽しそうに語れる?


 燐と俺とでは立っているステージが違い過ぎていて、協力を仰ぐこと自体がおこがましいとさえ思えて。その格の違いが、俺の口を塞いだんだ。こんな相手に俺は何を言えばいい?


 二の句が継げない俺に、燐は一言。


「……終わりね」

「――ッ!」

「ちょ、ちょっと燐ちゃん……!」

「この話に乗りたければ、夏々華は好きにすればいいわ。私は乗らない」


 千円を置いて燐が立つ。立ち去る。立ち去ってしまう。


 だが俺に燐を引き止める力はない。バンドに加入させるだけの力はもっとない。目標もなく、ただなんとなく背景を生きてきた、モブキャラの俺には。


 ……でも。


『わたし……バンドがやりたい……!』


 ……でも、おりかは違う。おりかには俺と違って、才能も可能性もある。それを俺は嫌と言うほど知っている。そんなおりかが潰されるのを見るのは、もう二度とごめんだ。だからあの子の夢だけは守ってやりたい。血は繋がらなくとも、それは兄として当然のことだろ?


 そして……Virtualバンド活動は、凡人な俺の夢でもある。なんの才能もない俺でも、生まれて初めて何かを成し遂げられるかもしれないんだ。こんな俺でも、好きなことで生きていけるかもしれないんだ。


 だからこれは、俺達二人の夢。


 ……今この場で戦えるのは俺だけだ。ここで俺が戦わなかったら、おりかまで不戦敗になってしまう。俺のせいで夢を諦めることになってしまう。


 ダメだ。それだけは絶対にダメだ――!


「待ってくれ――!」



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