5話 びっくりしいな先輩
問、バンドを始めるに当たって、絶対に必要なものを答えよ。
答、バンドメンバー。
ということで、まずはメンバー集めから始めることにした。おりかが一人でギター持って歌っても、それはひきこもりの弾き語りでしかない。
向かったのは軽音部。広い視聴覚室が部室代わりに使われていて、今日もいくつかのグループが練習していた。
早速声をかけてみた。まったく新しいバンドやりませんかー?
「友達同士でやりたいから」
「バンドメンバーなのに会わないとかふざけてんの?」
「ボーカルは間に合ってる」
至極真っ当な断られ方をしてしまった。反応が当然すぎて落ち込む気にもならない。
そもそもの話、ボーカルって最初に決めると思うんだよな。つまりバンドが結成されている時点で、ボーカル不在ってことはまずないわけで。
「おじゃましましたー」
既にあるバンドに入れてもらうんじゃなく、0から集めるべきか。そう思いながら視聴覚室を出ると、一人の女子生徒が目に入った。
「ひうぅ……どうしよぅ……」
俺の出た側とは逆の扉から、何故かへっぴり腰で視聴覚室を覗き込んでいる。おどおどしきりのその仕草には見覚えがあった。昨日、怒り狂う水嶋を止めようとして逆襲されていた、気弱そうな娘だ。
彼女は一度扉に手をかけたものの、尻込みして廊下の隅でうずくまる。何してるんだ?
近づき、声をかける。
「どうしたんですか? 具合でも?」
「ひうぅっ!?」
背中から声をかけられた彼女は驚いて肩を跳ねさせ、殺人鬼に追い詰められたような目で俺を見た。……そんな顔されるとちょっと傷つくな。
が、彼女も俺の顔を忘れてはいなかったようで、すぐに安堵の息を吐く。
「き、君は昨日の…………あのっ、昨日はありがとうございました! 私一人じゃどうしようもなくて……!」
「そんな気にしないでください。あれは誰でもビビりますって」
苦笑。
「というか、先輩だったんですね」
彼女の胸元、リボンの色が示すのは二年生の証。昨日も今もやたら縮こまってるから、失礼ながら同学年だと思い込んでいた。
丸っこい犬みたいな目は、いつも泣きそうにおどおどしている。声が小さいところはおりかと似ていたが、元から大人しい子だったおりかのそれとはまた違う。慣れた人とは普通に話してくれそうな雰囲気を感じる。
年上ながら庇護欲をそそり、また同時に嗜虐心も刺激する人だ。ふわふわした髪はサイドテールに結わえられ、彼女が視線を彷徨わせるのに合わせて揺れていた。
「は、はい。私、茨木 夏々華っていいます」
「俺は日向 駆です。というか、敬語はやめてください。俺の方が後輩なんですし」
先輩は控えめに、しかし嬉しそうに微笑んだ。
「よろしくお願……じゃなかった。よろしくね、日向君。私のことも、夏々華でいいから」
「ええ、よろしくお願いします。ところで夏々華先輩? 部室の前で何を?」
「あ、うん。私もバンドに参加したいんだけど、勇気が出なくて……うぅ、今年こそは頑張ろうって決めたのに」
「ということは、バンドメンバー募集中?」
「そうなんだ。私、ドラムをやってるの」
これだっ! メンバー探し初日で幸運に恵まれた俺は、興奮のあまり夏々華先輩の手を握り、驚いてさらに丸くなる彼女の目を熱く見つめた。
「ひぅっ!? ひ、日向君……?」
「夏々華先輩。俺、夏々華先輩が欲しいです」
「えっ? ……ええっ!? わ、私が、欲しい……!?」
びっくりしいな夏々華先輩は顔まで赤くしている。が、俺に気遣う余裕はなかった。絶好のチャンスを逃すわけにはいかない!
「そうです。夏々華先輩、俺と一緒に……」
「ま、待って日向君っ! そんな、私達まだ出会ったばかりなんだよ……?」
「そんなの関係ありません! 夏々華先輩が必要なんです!」
「わ、私なんかで……いいの……?」
「もちろんです!」
「…………」
夏々華先輩は真っ赤になって下を向き、指先を落ち着きなく合わせていた。そして下を向いたまま、蚊の鳴くような声で答えた。
「あのっ……私で、よければ……」
幸先のいいスタートを切れたことに、俺は思わずガッツポーズで叫んだ。
「よっしゃ! 早速ドラマー確保っ!」
「………………え? ドラマー?」
「え? はい。ドラムやる人のことをドラマーって呼びますよね? 夏々華先輩はドラマーじゃないんですか?」
「そ、そうだけど……日向君はドラマーを探してたの?」
問われて気がつく。そういえば、メンバーに入ってくれそうな人が見つかった嬉しさのあまり、ちゃんと説明してなかったな。
「ドラマーというか、バンドメンバーを探してました」
「そ、そうなんだ…………そうだよね……」
何故か肩を落とす夏々華先輩。なんだ? 微妙な行き違いが起きてる気がする。
「すみません。俺、バンドメンバーを探してて、ちょうど夏々華先輩がバンドに入りたいって言っていたので、チャンスだと思ったんですが……もしかして、何か誤解させちゃってましたか?」
「……ううん、いいの。私が勝手に勘違いしただけだから……」
そう言う割には、徒労感にまみれた顔してるんですが。
しかしすぐに、夏々華先輩はそんな顔を振り払った。
「それより、私でよければ入ってもいいかな?」
「もちろんです! ……と言っても、普通のバンドじゃないんですが……」
「普通じゃない?」
「特殊と言うか、新しい形のバンドがやりたくて。一言では説明出来ないんですけど……」
バンドだけど人前に直接出なくて、ボーカルはメンバーと顔を会わせなくて、Virtualで活動するけど演奏は実際に収録する。そんな謎の活動をスマートに伝える言葉が、この場では見つからなかった。なんてややこしい存在なんだVirtualバンド。
「日向君がバンドメンバーを探しているのは確かなんだよね?」
「そうなんです。今のままじゃボーカルとドラムしかいなくて」
「じゃあ、もう一人友達を誘ってみてもいいかな? ギターの子なんだけど」
「……! 本当ですか!?」
なんてこった。メンバーが一気に二人も加入するかもしれないなんて。
しかも夏々華先輩は穏やかな人だ。その友達も優しい可能性は高く、それならおりかも打ち解けやすいに違いない。これは本当に幸先がいい。
夏々華先輩は天使の笑顔を見せてくれた。
「明日土曜日だけど空いてるかな? その友達も連れていくから、バンドのお話、聞かせてほしいな」
「ええ、喜んで! 夏々華先輩、ありがとうございます。本当に助かります」
「ううん。こちらこそよろしくね」
夏々華先輩とはLINEを交換して、その日は別れた。帰り道はつい浮き足立って鼻歌まで出てしまい、通行人に奇異の目を向けられて恥ずかしい思いもした。
でもそれが気にならないくらい嬉しかったし、楽しみだったんだ。計画が実現に向けてするすると転がっていく、その先を想像することが。『進捗は上々だぞ』っておりかに報告することが。
上機嫌を維持したまま、俺は妹の待つ家へと帰宅するのだった。




