4話 二人の夢
「冷静に考えて無理だろ……」
自室。パソコンの前で頭を抱える。
バンドについてあまり知らなかったが、少し調べてみると、俺の持つイメージはそう間違っていなかった。それぞれの担当楽器でチームを組んで、生演奏する。さらにメインの活動場所はライブハウス。つまりはお客さんとの距離もかなり近いわけで、バンドメンバーとすら顔を会わせたくないおりかでは、そんな場所に立って歌うのは不可能どころの騒ぎじゃない。
「しかもこの条件だからな……」
机に投げたメモを見る。そこに書かれているのは、おりかが出してきた、絶対に妥協出来ない点だ。
1、他人と直接会わない
2、バンドがいい
3、外にはまだ出たくない
まず1と2が矛盾を起こしているわけなんだが、一体どうしろというのか。
少しでも譲歩を引き出そうと「バンドじゃなくて、一人じゃダメなのか? 『歌ってみた』とかさ」とも訊いたのだが、おりかは頑なにバンドを所望した。
「バンドがいい……誰かと一緒にやる……」
「じゃあやっぱり、他人と会うのは必須だろ」
「やだぁ……っ、それは無理なの……!」
「…………つまり、他人と音楽がしたいけど、他人と会いたくはないと?」
「(……こくり)」
「どっちかを妥協することは?」
「(……ふるふる)」
なんというか、完全にドン詰まりだった。『あのモンスターを倒すには伝説の剣が必要ですが、伝説の剣を手に入れるにはまずあのモンスターを倒さなくてはなりません』みたいな。とんちかよ。
そんなわけで、俺は現在絶賛行き詰まり中だ。
大量に開いたタブを全部閉じ、気持ちを一旦リセットする。目に入るデスクトップの壁紙は、最近のデビューにも関わらず破竹の勢いで一気にのし上がったVTuber。
「はあ…………少し動画見て休憩しよう」
この子の新しい動画がアップされたって通知が来ていたはずだ。息抜きを兼ねて、YouTubeを開く。
一口にYouTuberと言っても、形態は様々ある。『話題の激辛焼きそば食べてみた!』というように、世間の流行や話題をいち早く押さえて動画化する人。ゲームの実況動画を上げる人。歌ってみたを上げる人。楽器の演奏シーンなど、自身のスキルを撮影して上げる人。
どれをやっていい、どれをやっちゃいけないってルールはないから、それらを複合してやっている人が多い。特にゲーム実況はエンタメ性も高く、メインでなくとも手は出している人が多い印象だ。
今回俺が開いた動画は、『【GW】ゴールデンウィーク満喫してきたった!!!!!』という、言ってしまえばVTuberがフリートークするだけの短い動画だった。本人の個性が強く、動画ってことを忘れてるんじゃないかってくらい自由奔放で面白い。絵面は3Dモデルの美少女が楽しそうに話しているだけなのに。
この子、どの動画でも常にわーぎゃー騒いでいるが、客の前じゃなく、静かなスタジオ、カメラの前で独りで騒いでいるのだと思うと、すごいスキルだよな。本人の目にはカメラが映っているだけなのに、視聴者からすると、画面の向こうから、本当に視聴者に向けて話しかけているみたいだ。
ふと、彼女が以前動画内で言っていたことを思い出し、俺は顔を綻ばせる。
「これであがり症だとか言ってたっけか? 人前に出ると全然喋れないー、とか。まったく、こんなテンションで動画撮れるのにそんなわけ……」
――口にした瞬間だった。俺の中、繋がりようのなかった点と点が、なんの前触れもなく繋がる。
あがり症の人が、こんなハイテンションに喋っている動画を、多くの人に届けている……。
不意に生まれた一本の線はその両端をさらに別の方向へ伸ばし、新たな可能性と繋がっていく。頭の中でアイデアが転がり、別のアイデアとぶつかって、脳内物質を流しながらどこまでも広がり続けた。
そして。
「……これだ!」
ああ、そうだこれだよ! これなら上手くいく……! おりかの言ってたことが実現出来る!
文字通り、居ても立ってもいられなかった。これまでの人生で感じたことのない熱い興奮を胸に抱き、俺はおりかの部屋へ猛然とダッシュ。ノックを端折って扉を思いきり開け、叫んだ!
「おりか! バンドが出来るかもしれな」
「え…………」
「…………え?」
硬直。
目の前に、小ぶりで可愛らしいお尻。驚いた瞳に俺を映すのは、肌色多め、いや、一糸纏わぬ姿の可愛い妹。
……なんで? そう思ったのは、俺だけではないだろう。
おりかは突如飛び込ん出来た俺をきょとんと見つめ、それから白い肌にみるみる朱を差していき、目元を涙で潤ませて、
「っ、ひやあああああああああああぁぁっ!?」
耳をつんざかんばかりに絶叫した。
「う、うわっ、ごめん!?」
硬直が解け、すぐに出ていかねばとようやく理解した俺はゼロフレームで回れ右。寸前で目覚まし時計が後頭部を直撃し、目眩を感じながら廊下でへたりこんだ。めちゃくちゃ痛え。
いや……そもそもなんで裸だよ。
たんこぶをさすりながらしばらく待っていると、扉が控えめに開いた。妹はもちろん部屋着をバッチリ着ている。
「…………入って、いいよ」
「お、おう」
久しぶりに入ったおりかの部屋は、女の子特有のいいにおいがした。変態っぽいと思うなかれ、女子の部屋ってそういうのあると思うんだ。絶対にある。
俺は、湯気を上らせてカチコチに正座しているおりかから先手を奪った。
「……ごめん。まさか着替え中とは思わず」
「ううん……寝るところだったの」
「……寝るのに服を脱いでたのか?」
「服……嫌い……」
「文明に慣れてない原始人みたいな言い方されても」
「にぃに……わたしに用があって来たんでしょ?」
「あぁ、そうだそうだ。聞いてくれおりか。誰にも会わずにバンドをやる方法、見つかったぞ!」
「え……ほんと?」
おりかは自分で要求したくせに、『まさか』みたいな顔をする。
「おりかはVTuberって知ってるか?」
「知ってる。親分もみーちゃんも好き」
「メジャーどころだとそうだが、みーちゃんは教育上よろしくないかもしれないから後で相談……って、そうじゃなくて。つまりだな、あんな感じで3Dモデルを使って、電脳空間でバンドをやるんだよ!」
「……? VTuberの『歌ってみた』とどう違うの?」
どうやらピンと来ていない様子。無理もない。今のところ、この形式での活動は前例がない。まだ俺の頭の中にしかないからな。
「まず、おりかが歌ってるところをモーションキャプチャーで撮る。ここまでは普通の『歌ってみた』だが、それをバンドメンバー全員分やるんだ。別々に収録すれば顔を会わせなくて済むし、動画化する時には、あたかも全員が同じ空間で演奏しているように編集すれば、Virtualバンドの完成だ」
それならメンバーから音源だけもらって、MMDなんかで作った3Dモデルを使ってMV作る方が早い気もするが、モーションキャプチャーは表情とか、その場のリアルな動きが拾える。
それになにより、ただ3Dモデルを作っただけでは出来ない、大きな利点が一つある。
それは、
「それに……もしもおりかがバンドメンバーと会ってもいい、って気になったら、本当のライブだって出来るかもしれない。まぁライブと言っても、YouTubeの生放送なんだけどさ」
おりかが外の世界と仲直り出来た時、そのまま羽ばたいていけるかもしれないってことだ。
「ライブ……」
「音楽が出来ない俺でも、これなら力になれる。俺と一緒にやってみないか? VTuberとして。Virtualバンドとして」
やってることは音楽というより、動画投稿者かもしれない。でも俺はそれもアリだと思う。動画って……いや、創作って多分、なんでもアリなはずだ。そこに自分が信じる『面白い』があれば。
そうだよ。平凡で特技もない俺も、他人が怖くてひきこもってるおりかも、『好きなことで生きていきたい』って望んでいいはずなんだ。それが叶う時代はもうここにあるんだ。
だから後は、おりかが共感してくれるかどうかだけ。この、バンドなんだか動画製作だかわからないものの面白さに。
おりかは俺の提案を、ゆっくり噛みしめるように自分の中に落としているようだった。固い空気が長い時間に乗って流れ、やがておりかは呟くように言った。
「…………いい……」
「それは……」
…………どっちの意味なんだ?
「……すごく、いい……!」
そこにあったのは煌めく瞳。胸に溢れるわくわくがそのまま映し出された、心のあるがままの姿。
俺とおりかは自然と手を取り合っていた。それは、同じ熱を共有した証。
「やる……にぃにと一緒にやる……! Virtualバンド……!」
「よっしゃ決まりだな!」
平凡な高校生の俺とひきこもり小学生の妹による、一見無謀にも思える夢への活動は、こうして始まりを迎えた。




