8話 ごく普通の男子高校生が女子を家に上げるなんて、そんなラブコメじゃあるまいし
休日に女の子を家に上げる、なんてのは、高校生からしてみれば、彼氏彼女関係以外の何物でもない。
これが小学生であったり、あるいは社会人であれば『え~ただの友達だよ~』も通用するのだが、年中春真っ盛りのお年頃ではそうもいかないのが現実だ。
いやはやまったく、ただのバンドメンバーだと言っても聞かないんだろうな。ピンク色の邪推しか出来ないのだ、思春期というのは。普通に何も起きるはずないのに、何を期待しているんだか。
「ねえ、駆?」
「な、なんでござるか?」
「……何よその話し方?」
「女子を家に招くのは初めて故、緊張しておる」
「そ、そう……」
緊張しないとは誰も言っていないわけだが。
俺だって健全な男子高校生だし? 燐も見てくれはかなりいい方だし? 自宅に同い年の美少女がやってくるわけだし? 何も起きないとわかっていても? 変な想像しがちじゃん?
……が、ギターを背負って隣を歩く燐は、まったく意識していないようだ。緊張している俺を時折訝る以外は、なんにも。
「な、なぁ燐。お前は緊張しないのか?」
「しないわ」
「で、でもさ。一応俺も同級生男子なわけだし、お前ももう高校生なんだから、危機管理的な意味でももう少し気を遣った方が……」
「…………」
俺としては割と真っ当な言だったと思うのだが、燐はそんな紳士な俺を冷めた目で見た。
「……ケダモノ」
「ち、違うぞ俺は! 俺は違うけれどもだな!」
「そうね。貴方にそんな度胸はないわ」
「ちょ、決めつけんな! 俺だっていざという時はやる男なんだぞ!」
「貴方は練習でやらなかったことを本番で決められると言うの? ずいぶん都合がいいのね。羨ましいわ」
「ぅぐぅ……」
マジで燐には勝てねえ……。もしかしたら、本当に襲いかかったとしても返り討ちにあうかもしれない。
燐にイジめられながらも無事自宅へたどり着く。
「まぁ……入ってくれ」
「おじゃまするわ」
普段なら玄関をくぐった時点でおりかが出迎えに来てくれるのだが、今日はそれがない。仕方ないのだが、やはり寂しく感じる。
燐をリビングに通し、俺はキッチンへ向かう。
「飲み物持ってくるから。座っててくれ」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
本当はきっちりしたものを出すべきなのだろうが、あいにくそんな買い置きはない。まぁ、ただバンドの話をするだけなんだ。好感度を上げる必要もない。
市販のレモンティーとサイダーを持って行くと、燐はソファに座りながら、まるで元から一緒に住んでいるかのようにスマホを触っていた。
リラックスした雰囲気を見てると……なんというか、こう……。
「……何を突っ立っているのかしら?」
「い、いや、やっぱ緊張するな……と」
「緊張することなんかないでしょう?」
「仕方ないだろ。女の子を家に上げるのなんか初めてだし、ましてや可愛い子ともなれば緊張もするさ」
「からかっているつもり?」
やや呆れを含んだ笑い。彼女にとっては深い意味なんかなかったんだろうが、そのおかげで俺の緊張はほぐれた。
そうだな。バンドメンバーになったらこんなことしょっちゅうだろうし、意識しても仕方ない。
俺は心の中で燐に感謝しながら、普段通りの自然な返しをする。
「別にからかったわけじゃない。燐は可愛いよ」
「あら、まだ続ける気なのね。なら、私の目を見て同じことが言える?」
「言えるに決まってるだろ」
「やってみなさい」
これは素直な気持ちだから即答出来る。可愛いに限らず、褒めることに関しては、俺はおりかに普段から言葉で伝えている。だから慣れてるし、そもそも恥ずかしいことではないしな。
「可愛い」
「っ…………」
「燐は可愛いぞ。口は悪いが、それも情熱あってのことだしな。水嶋 燐として堂々としてるんだから、魅力的にも映るさ。間違いなく美少女だしな」
「……ぁ……ぅ」
「……? どうした?」
さっきまで普通にしてたのに、燐は急にそっぽを向いてしまった。というより、意識的に俺と目を合わせないようにしている感じだ。耳が赤くなっているのがかろうじて認識出来るが……具合でも悪いのか?
燐は明後日の方を向いたまま、ぶっきらぼうな口調で言った。
「…………くだらない冗談言ってないで、早く飲み物を頂戴。喉が渇いてるのよ」
「へいへい。レモンティーとサイダー、どっちにする?」
「炭酸は嫌いよ」
俺がご希望通りレモンティーを淹れてやると、燐はそれをほとんど一息で飲み干した。それから、俺を憎々しげに睨みつけてくる。なんだってんだよ……。
せめて夏々華先輩がいてくれれば、と思わずにはいられない。でも元々予定があったんじゃ仕方ないよな。
「……まぁいいわ。始めて頂戴」
「お、おう……って、何をするのか聞いてないんだが」
「……やっぱりね。そうだと思ったわ」
「なんだよ。まどろっこしい言い方から入るの、お前の悪い癖だぞ」
燐が一見意味不明なことを言って、俺が『どういうことだよ?』って訊いて、燐が詳しく説明して、ようやく俺が最初の言葉の意味を理解する。昨日もそんな流れがあったが、もったいぶらずに最初からわかりやすく言ってくれればいいじゃないか。お前がラノベヒロインだったら『無駄に面倒くさい喋りをする女』扱いされるぞ。
「ならハッキリ言うけれど……貴方、バンドに要らないわよね?」
「そういうことをストレートに言うな! ちょっとはオブラートに包むとか、気遣ってくれよ! ただのオタクだからメンタル弱いんだぞ!」
「まどろっこしいと言ったのは駆でしょう……」
「というか要るだろ俺も!」
「要らないわよ? 解説しましょうか?」
「俺が要らない理由の解説ってあまり聞きたくないが……聞こうじゃないか」
燐はレモンティーを自分で注ぎ、軽く喉を潤した。
「まず貴方は楽器が出来ないし、ボーカルも出来ない。演奏に参加するのは無理よね?」
「それは認めるが、Virtualバンドなんだから裏方仕事はあるんだぞ。俺はそのつもりでいる」
「知らないかもしれないけれど、リアルのバンドも自分達で裏方をするわ。フライヤー作成から配布、出演させてくれるライブハウスの確保、もちろん曲作りもそうよ。アマチュアの内は全部自分達でやるしかないもの」
「そ、そうなのか?」
アマチュアバンドってめちゃくちゃ大変だな……ってそうじゃない。感心して丸め込まれたら、日向 駆不要説が事実として承認されてしまう。
えーと、俺がVirtualバンドに必要な理由……。
「…………3Dモデル作るとか?」
「それも勉強すればどうにかなる……というか少し調べてみたのだけれど、個人でVTuberをやっているベーシストがいるじゃない。つまり可能ってことよね?」
「ぅ……おは(ぶぅーん)の人か……確かに…………で、でもボーカルと連絡取れるのは俺だけなんだぞ? 俺がいなくなったら、アイツとメンバーの繋がりは完全に断たれる」
「それは……確かに問題ね」
「だろ?」
「けれど、活動の中でメンバーの誰かに心を許してくれれば、それも不要になるわね」
「…………」
「わかってもらえたかしら? 駆がバンドにとってどれほど不要か」
「………………はい」
企画とか広報とか動画編集とか色々考えてみたけど、それもバンドメンバーで分担すれば全然出来るんだろうな。俺が担当しようとしていたことは、言ってみれば片手間に出来るようなことばかり。楽器担当と違って、俺でなきゃならない理由がない。
つまり俺は完全にいらない子。はい論破。
落ち込む俺に、燐は余命を告げに来た天使みたいに言った。
「だから駆。作曲を覚えなさい」
「……へ? 作曲?」
何を言い出すのか。俺は思わず目をぱちくり。燐は続ける。
「私が教えてあげるわ」
「で、でも作曲なんて俺に出来るのか……?」
「やらなきゃ出来るようにはならないわ」
「そりゃそうだろうけどな……俺は楽器も出来ないんだぞ? しかも音楽の成績は常に二だ、二」
「楽器が弾ける必要はないし、二もあれば十分だわ。パソコンで作れるもの」
「あー……DTMってやつか?」
聞いたことがある。デスクトップミュージック、略してDTM。PCで作ったり編集したりする音楽のことらしい。
「今は楽器が弾けない作曲家なんて珍しくないわ。要は楽器が持つ音色を覚えて、その音を組み合わせる感覚を掴めばいいのよ」
「作曲、ねえ……」
気に入ったアニソンの作曲者数人をかろうじて覚えているだけの俺が? にわかには信じがたい。
しかし、
「燐がそう言うならやってみるか」
不思議と忌避感はなかった。燐が言うんだからまぁなんとかなるんだろう、みたいな。
燐は微笑み頷く。
「なら貴方の役割は、裏方と作曲で決まりね」
「やっぱ裏方も俺がやるのか……」
「当然でしょう」
その間も今まで通り家事はこなさなきゃいけないわけで、慣れるまではキツそうだな……。
「それと、ベーシストがまだいなかったわね。見つかりそう?」
「いいや。Twitterで募集かけてるけど、望み薄だな。悪戯は何件かあったが、本気そうな人から連絡はない」
「得体の知れない活動に、Twitterでの募集だもの。まともな判断力を持つ人間なら避けるでしょうね」
「まぁ、怖えよな」
こればかりはこっちも待つしかない。あとはまた学校とか近所で探すくらいだが、それも今出来ることじゃないしな。
「となると今出来ることは、早速曲作りに触れてみることくらいか?」
「ええ、そうね」
「ノートPC持ってくるから待っててくれ」
と、俺が立ち上がった時だった。
テーブルに置きっぱなしのスマホが震え、着信を報せた。相手は……おりかだ。何かあったのか?
「おりか? どうかしたのか?」
『…………』
「……おりか?」
『…………』
無言。電話口の向こうに人の気配はあるのだが、何も話そうとしない。怪訝に思って何度か呼びかけると、おりかは小さな声で言った。
『お腹……空いた……』
「お腹空いた? ……って、朝飯食ってからまだ二時間くらいだぞ」
『…………せ、成長期、だから……?』
「俺に訊かれても。んー、トースト焼いて持ってこうか?」
『ん、と…………い、いらない……かも……』
「なんじゃそりゃ?」
腹が減ったと電話してきたくせにいらないとは、妙なことを言う妹だ。言葉尻も微妙に歯切れが悪いし。体調が悪いのではなさそうだが。
一体なんの電話なんだ、これは? 首を捻っていると、おりかはまたしても妙なことを言い出した。
『にぃに。今日のお昼ご飯、何?』
「昼ご飯? ホワイトソースのパスタにしようと思ってるけど。ベーコンとほうれん草のやつ」
『パスタ……! ねえにぃに、何時? お昼ご飯何時っ?』
「何時って……ちょっと待ってくれ。今、燐にも訊いて」
『えぇっ!?』
燐にも訊いてみる、と言おうとしたのだが、本気の驚きに遮られて叶わなかった。
おりかは声をわなわなと震わせながら続けた。
『な、なんで……? その女、ずっといるの……!? お昼ご飯の時間にも……!?』
「女て。でもまぁ、多分普通に夕方まで……」
チラと一瞥すると、燐は頷いてくれた。
「……夕方までいるらしいぞ」
『夕方!? まさかにぃに、その女のためにお昼ご飯作って、その女とお昼ご飯食べるの……!?』
「燐がいたらおりかは部屋から出れないし、そうなるな。心配しなくても、おりかの分はちゃんと俺が部屋に持っていってやるって」
『…………』
「で、それがどうかしたのか? ……おーい? おりかー?」
『…………………………にぃにのばか』
切られた。最後に心を抉る一言を残して。
とはいえ、何故俺が馬鹿と言われたのか、そもそもなんの電話だったのか。疑問ばかりが首をもたげる。なんだったんだ本当に?
「今の電話の相手が、噂のひきこもりボーカルかしら?」
「まぁな。用件はさっぱりだったけど」
「本当に部屋から出てこないのね」
「普段は家の中を自由に歩き回ってる。けど今日は他人がいるから、部屋にこもるしかないんだ。せっかくの日曜日なのに外出出来ないのは可哀想だよな……」
「部屋から出るだけなのに外出も何もないでしょう……」
それに、と燐は続ける。
「私は電話でもいいから彼女と話したいわ。せっかく一緒にバンドをやるのだから」
「おりかは嫌がると思うぞ」
「…………」
燐は若干呆れた目を俺に向けていたが、
「……まぁいいわ。私達は私達のすべきことを始めましょう」
そう言って授業を始めたのだった。




