5話
「ねえ、貴方って入口の看板の文字読めない訳?館内は飲食禁止なんだけど。まさか入館すると同時にルールを破る愚か者なんて初めて見たわ」
いくら人嫌いの俺だからって、誰もいないと思っていた図書館に実は人がいたなんて事態が発生してもびっくらこいて泣き喚くなんてマネはしない。
まあ実際の所それが知らない人間であったならばそうなっていたかもしれないが、幸運な事にその殺意の籠ったかつハキハキとした声には聞き覚えがあった。まあ幸運と言ってもこの時間帯に図書館に来る人間なんか彼女位なもんだからある意味必然かもしれないが。
何はともあれ俺はそいつの事が苦手ではない、むしろ俺にとっては扱いやすい性格をしている。
だから焦る事無く俺は余裕をもってゆっくり振り返る。
「よほ、あっいふひばばいかひはらひはん」
「飲み込んでから喋りなさいなんて野暮なツッコミしないっつーか、その細長の乾パンで口が詰まる訳ないでしょ。おちょくってるつもりなら出禁にするわよ。」
おちょっくてる、というか彼女にとっては読者の邪魔にすらならない様子であったのでそう言うと語弊があるものの、まあ何はともあれ自分のささやか悪戯がバレたので、大人しく乾パンを飲み込む。全く彼女の観察眼には敵わないなと心の中でため息をつきながら、乾パン袋もポケットの中にしまった。
それと同時に、彼女に対する対抗心が芽生えた。何とかしてこの塩対応な少女を怒らせてやりたいと。
彼女の言葉に対して少し黙って思案した後、出来るだけ彼女が反応しそうな台詞を選択して、
さりげなく俺はこう言った。
「さっきぶりじゃないか如月さん。悪いね。別に看板が読めない訳じゃないんだ、ただこの時間帯なら誰もいないかと思ってさ。誰にも見られてないなら飲食も悪くないなーってさ・・・。」
すると彼女は図書館全体に響き渡りそうな位大きな音で舌打ちして、読んでいた分厚い本を勢いよく閉じた。恨めしくこちらを睨みつける彼女の顔は、いくら彼女が貧弱である事を知っていたとしてもそれなりに迫力があり、つい彼女から一歩距離を取ってしまう。
そうだった。如月四季という少女は誰よりも本と知識に愛情を注いでいる。彼女がこんな昼間っから司書の役割をこなしているのもそれが起因してのものだ。
だからこそ今の図書館を軽視した発言は彼女にとっては何よりもタブーであり、俺が踏んではいけない特大地雷であった。
自分の思いやりや共感力が欠如していることはそれなりに自覚はあったものの、まさかそんな彼女の基礎的情報とも言える事さえ忘れてしまうとは・・・我ながら人への関心の薄さには絶望する。
ただちょっと怒らせる程度のはずだったのに、余りにも思惑通りになりすぎて逆に困ってしまう。
日頃フィリッツに最低限の思いやりを覚えろと言われているというのに不甲斐ない。
「最近やっと私の弛まぬの努力で飲食するバカを減らしてきたってのに・・・今度は貴方がワタシタチの敵になるってワケ??」
若干カタコトの発音になりながら、手をワシワシ機敏に動かして如月はそう言う。
そういや図書館の清掃は如月が買って出てるんだっけか。本来調べ物や勉強のためにある机が、菓子の食べカスやっとら汚れやらが付着しているのは俺も見たことがある。それを毎日綺麗にしてくれているのは如月だ。
「いやその、悪かった。冗談だよ。席に着く前には乾パン袋を片付けるつもりだったんだ。さっき口に含んでたのは入館する前に食べた奴だから・・・それ位は勘弁してくれ。俺はいけ好かない奴だけどある程度のマナーは守る方だ。」
俺の言葉を行儀よく傾聴していた如月は、俺の言葉を聞いて少しだけ硬直したかと思うとまた大きな舌打ちを鳴らした後、不機嫌そうに椅子に座った。
「ふん、ならいいわ」
そういって如月はそっぽ向いてその煌びやかに光るツインテールを揺らしながら、再び読んでいた本の栞を取った。
相変わらずつっけんどんな奴だなと、呆れと同時に安心感を覚える。こうやって俺に全力で突っかかってくれる相手は如月くらいしかいないもんで俺もつい彼女にはちょっかいをかけてしまう。そりゃ確かに俺が全面的に悪いのは間違いないが、毎回俺の発言に全力で食いつく彼女も彼女だろう。
食いつかなければ厄介な冗談を聞くこともないと言うことは彼女だってわかっているだろうに、なぜか彼女はありがたいことに毎回欲しい反応をくれる。
子供の頃はあまり人に関われなかった弊害なのか、どうにも俺は彼女の前だと少し幼稚になってしまうらしい。
これも改善していかなくてはなと、そう思った。
さておき、せっかく司書の如月がいるのなら聞いてみるのもありだろう。彼女なら何か自分の欲しい情報を知っているかもしれない。知らないにしても本の居場所を教えてくれればそれでいい。
俺はカウンターテーブルに肘を乗っけながら如月に聞いた。
「ねえ如月さん。心理学か魔法を使った犯罪に関する本棚に案内してくれないか?」
すると如月はさっきよりも怪訝な表情を浮かべて言う。
「私はただの司書だから教えてあげることにはヤブサカでは無いけども・・・。何その危険すぎるラインナップ。あんた魔法使って何か悪事でも働く気なの?私的に気になるわね。」
成程。『魔法を用いた犯罪』はいうまでもない。心理学も言い換えれば人の心の内を暴く学問であり、詐欺なんかでよく応用される。
確かに側から聞いてみればなんともこれから犯罪を起こしそうなチョイスだ。
だが実際のところはそんなことは無く、むしろその逆だ。俺はこれから行われるかもしれない犯罪を阻止するために仕方なく勉強しようとしているだけなのだから。
「違うぞ如月、全く違う。俺は確かに悪徳な奴かもしれないが、かといって神が見ているというのに犯罪を起こすほど俺は愚者でもない。事情は言えないが・・・多分どっちかと言うと正しい事だ。とにかく今はそういった知識が欲しい。まず一番は・・・そうだな。間を取って犯罪心理学に関する本だ。何処にあるか知らないか?」
疑いを晴らすために機密事項を伏せたまま、ある程度の事情を説明をした。
如月はそれを聞いても暫くどこか怪訝な顔で本の隙間から見つめてきたが、半ばで心の中で整理がついたのかため息をついた後に立ち上がる。椅子の埃が付着したスカートを手で掃いながら。
「どうせ私はただの司書だから。貴方があくどい事をしようと世紀の大犯罪を犯すとしても私は案内するだけよ。」
呼んでいた分厚い本をカウンターテーブルに置いて、如月がひらひらと手を上下に動かす。
それに引っ張られるように俺も如月の3歩後ろを歩くことにした。
歩き始め、俺は通り過ぎる前に特に他意もないまま、ただ気になって横目のまま置かれた本を確認する。
酷くページがボロボロで薄汚れており、何やら随分と古そうな文献だった。無骨な表紙の上に書かれているタイトルには―――『魔法学大系』と記されている。
恐らくは古書だ、現在の最先端魔術と違っておおよそ魔術の進化によって淘汰された旧魔術を取り扱った書物なんだろう。
現代魔法学と比べて勉強する必要性はあまりない気もするが、かといってそこまで不自然な書物でもなかったので俺は少しだけガッカリした。どうせだったらもっとマニアックな書物を読んでいて欲しかった。そうであれば俺も興味をそそられたかもしれないのに。第一、魔術の使えない俺が魔法学なんか学んだところでそこまで有用性は無いのだから。
そうして少しの間だけ如月の本についてどうでもいい思案をしていると、前方から声が聞こえてくる。
「あんた、犯罪心理学が魔法学に関する本が欲しいって言ってたわよね」
こちらに見向きをする事無く図書館の床をコツコツと鳴らしながら如月が聞いてきた。
あくまでメインは犯罪心理学であり魔法学に関してはついで程度でしか考えていなかったので、一瞬否定しようとしたが、俺よりも頭のいい如月がその事を念頭に置いていないはずも無いので俺は素直にそうだと頷く。
「あんたの言うその正しい事って、一体誰にとっての正義なのかしらね?」
軽快な口調なのに、その言葉にはどこか戒めのような意味合いがへばりついているように感じた。
これに関してはただの思い込みなのかもしれない。何かが自分の胸を刺したかのように重く感じる。
気付いていないだけで俺は何か間違ったことをしているのだろうかと疑ってしまい、どうにも気持ち悪かった。
「なあ、それってどういう」
「・・・まあ、今のはちょっとしたレファレンスだから気にしなくていいわよ。続けて質問するけど、あんたは今回、自分の意志で本を借りに来たの?それとも―――誰かに頼まれたとかだったりする訳?」
如月はただの淡々と、それこそまるで機械みたいに冷徹に歩いて、質問して、それを繰り返す。
「・・・それ答える必要あるのか?質問の意図が良く分からないし、なんだか不気味だ。」
「別に答えたくないならいいわよ。じゃあこれも質問ね。その魔法を使った犯罪って具体的にどんな事をいう訳?確かに魔法を使った犯罪っていうのはありふれているけれど、かといってそれについて扱った本なんてそこそこマニアックで案内のしようがないのよね。だからもうちょっと詳細に話してほしいんだけど」
そこでようやく、如月がこちらに振り向く。
ただ彼女は平然とした顔で、そんなことを聞いてくる。それを聞くことが如何にも当然だと言っているみたいに。
彼女からの質問は司書の仕事として当然のものだと思う。納得も出来る。納得が出来るからこそ、それが何処までも嘘くさく感じる。その質問をする理由が必要だったかのように、彼女の発言は何処か精巧な作り物のように感じた。
彼女のその見透かした目線にはたしてどんな意味があるのか俺にはさっぱり分からなかった。
この質問にはどう答えたっていけない。答えるってのは単に本当の事を言うだとか事実を隠して嘘を言うだとかそれだけではなく、俺の反応全てを指す。
たとえ俺が反応に困って硬直したところでそれすら答えになりうるのだ。
だからこそ俺は内心焦っていた。魔法での殺害方法について調べているだなんて正直には言えないし、かといって沈黙をするっていうのも怪しまれる。
最悪だらけの中で俺が選んだ苦肉の策は、嘘をつくこと以外にはなかった。
「俺が・・・俺が探してるのは、魔術で起こせる犯罪についてだよ。それだったらぶっちゃけ何でもいい。ああ・・・でも、特に魔術で人を殺す方法についての本なんかがあると好ましいな」
子供の頃たまたま手に取って読んだ本から、上手い嘘のつき方というものを習った。
その方法は嘘と真実を織り交ぜながら話すというシンプルな方法。シンプルだけど、実際にこれをやり切るのは精巧な作り話とその作り話を貫き通す胆力がいる・・・気がする。
その本に書かれた内容に感銘を受けた俺は、日頃からその技術を磨いてきたので、隠し事は苦手でも即興で話を作ることはそこそこ得意なのだ。
そして今の話には少しだけ嘘が混じっている。それは言葉の最初に付け加えた『なんでもいい』という部分だ。
実際俺が目当てなのは殺人方法に関する書物だけだが、それ単体を目当てとしているようではどうにも不自然だ。だからこそ、まるで魔法を用いた犯罪だったら例えなんだろうと構わないような口ぶりをする。
コツとしては本命の部分を平然と、まるで後ろめたい様子なんか見せないこと。
理由づけなんて適当でいいんだ。魔術と掛け合わせた研究がしたいだとか、フィリッツに調べ物を頼まれただなんだの言い逃れることは容易だ。
確かあいつは趣味で小説文を執筆しているようだし、それの資料だとでも言っておけばいい。
如月は俺は少しだけ無表情のまま見つめた後、つまらなさそうなトーンで俺にこう言った。
「そう、随分正直に言ってくれるわね。魔法で人を殺害するだなんて話は聞いたこと無いけども、なんでもいいっていうならそれなりに心当たりはあるわよ。」
どうやら俺は窮地を脱したみたいだった。いや、意外と俺が考えすぎの小心者ってだけで如月の質問には他意はなかったのかもしれない。
何はともあれ俺の心配は杞憂で終わった。この街で起きている殺人事件は
如月が立ち止まっていた足を再び動かし始めたので、俺もそれに従って再び足を動かす。
それから数十秒ほど経った頃だろうか。ただでさえ広大な図書館を階段を含めてそれなりに歩き、足が身体の重量を感じ始めた頃にようやく如月の歩く足が止まった。
「ほら、ここよ」
そう言って如月は振り返って、愛想のない口調でそう言った。
如月の立っている位置の少し横、そこに配置されている本棚には『歴史/分類8』と書かれている。
どういう事だ?俺は歴史書なんて頼んじゃいない。彼女が書架の場所を間違えたかと一瞬考えるが、その可能性は直ぐに思考から切り捨てた。
司書が、特にあの如月がこの図書館の配置を間違う事なんてあり得ない。
だから彼女は意図的にこの場所に案内したという事になる、何かの意味を確信して態々
彼女が口にした確信を突いたような質問も態々俺をここに連れてくる行動も、全く以て彼女が何の意味を示しているかが予測突かない。
如月が俺に何を求めているのか、そもそも何も求めちゃいないのか。俺を何処まで見透かして、何処に到達点を見出している?如月の心の内を何とかして覗いてやりたい。一方的に俺の心だけを如月が握りしめているように思えて変になりそうだった。
如月が身体を書架の方に向けて、本をジッと見ている。首を傾げたかと思うと今度はしゃがんで下の方を見つめた。何かの本を探しているみたいだった。その何かの本以外には一瞥もくれないで、彼女はその見えない本だけを真っ直ぐ見つめているように唸っている。
唸り始めて5秒後程経った頃だろうか。如月は部屋の中でポツンと呟く独り言みたいに小さな声で『あった』とだけ口を漏らし、一冊の本をスルリと引き抜いた。
「これ持っていなさい。」
そうとだけ言って如月は一冊を俺の方に差し向ける。受け取れという事だろうか。
何の説明も聞かされないまま俺は言うとおりにそのボロっちい本を受け取った。タイトルには『悪魔学集成』とだけ記されている。どうやら神話に登場する様々な悪魔について綴られた書物のようで、随分と分厚い。
「如月、これは一体何なんだ。俺が欲しいって言ったのは―――」
俺が思った疑問は至極当然だった。犯罪心理学と魔法学に関する本が欲しいと言った俺に対して、何故神話についての本を渡すのかさっぱり見当もつかない。だというのにその言葉を遮った如月はやけに自分こそが正しいと信じたような表情で言う。
「勿論後であんたの欲しい本は案内してあげる。でもただ案内するだけってのもつまんないのよ。アカデミーの司書ってそこそこ多忙だから少しくらい遊ばないと気が済まないのね。その本は単なる私のオススメよ。役に立たなかったり、面白くないって思ったらまた返せばいい。もし面白かったらまた感想を頂戴。・・・それじゃ、あんたのお目当ての書架に行くわよ」
彼女から発せられたのは、普段の彼女から出る台詞としてはあり得ない説明だった。彼女の性格的に、司書の仕事をほっぽり出して俺に全く関係のない本を差し出すわけがない。そんな不潔な女の子じゃない。俺と如月はとても親しいという訳じゃないけど、それでも同じアカデミーで同じクラスの生徒であって、ある程度彼女の誠実さとか高貴さみたいなものは知っている。知っているつもりだ。
だから今の彼女は何というか、とても普段のイメージとは乖離していて歪に歪んで見える。
歪に見えるんだけど・・・
「ああ、分かったよ如月さん。ついでにこの本も読むことにする。面白くなかったら君の言う通りにしよう」
歪に見えるからと言って、それが実際に歪であるかどうかは別の問題として考えた方が良いだろう。
対象物が歪んで見えるのは俺のピントがずれているからだ。そう考えた方がマシだという事を俺は知っている。世界が何度もおかしく見えたことがあったが、そうやって世界を疑って・・・結果的におかしかったのはいつも俺の方だった。
彼女が差し向けたこの本にもきっと意味がある、仮になかったとしてもそれが俺に対して何か害を与えるわけでもない。
ここは大人しく本を受け取ることにしよう。
そうして彼女の言う通りに動いたまま、俺は合計で三つの本を持って帰るさまになった。
一つ目はさっき彼女に渡された悪魔に関する本、残り二つは俺が選んだ事件に関連の深そうな心理学の本と魔法学の本。
「それじゃ、私は仕事に戻るから。本を借りるんだったらまたカウンターに来ること。いいわね」
如月はスタスタと天敵から逃げる猫のような速さで階段を駆け下りていく。
俺は彼女を尻目に近くのリーディングスペースに腰掛ける。
まず一番初めに犯罪心理学の本を読むことにした、実際の犯罪者へのインタビュー記録だとか、凶悪犯罪の手口だとかが載っている。
目次の欄を確認して、めぼしいページから読み漁る。
そこで、事件と関連性の高そうな無差別連続殺人犯のインタビュー記録が、俺の捲る手を止めた
『殺人犯の名前はアリソン・ベルージュ。神暦189年にアイアンフォール区域で18人の犠牲者を出した凶悪犯。彼は生前町の人から信頼される医者であったがその実態は回復魔術によって人を蘇生しては虐待を繰り返すシリアルキラーであった。鉱山地域であるアイアンフォールで働く労働者は病にかかりやすく、優秀な回復魔術と薬学知識を持っていた彼の元には弱った患者が数多く来ていた。
身寄りのない弱った患者を攫っては自宅の地下室に閉じ込め、何度も何度も身体を損傷させたという。
インタビュアーは教会所属の魔術師テイラー・フロスト氏。以下はその記録である。
―――
[インタビュー記録開始]
フロスト:貴方がアリソン・ベル―ジュさんですね。どうも、私はテイラー・フロストと申します。
今から貴方には幾つかの質問に答えてもらいたい。
アリソン:ああ、そうか、そうですか。いえ、結構。少しばかり耽っていたものですから―――これから
4日後に神前裁判に掛けられると思うと、私といえども中々冷静ではいられない。
貴方方にとって私へのインタビューが有用なものになるのでしたら、どうぞ。
フロスト:ありがとうございます。それではまず早速、何故貴方は患者に対してあのような残忍な
虐待を施したのでしょうか―――?
アリソン:そうだな、理由を付けるのなら…それを一言で表すにはとても難しい事です。何しろ私は
様々な絶望が積み重なったモノですから。人をいたぶる事に快感を覚えたという一面も
あります。ほら、子供の頃に蟻の巣を潰した事ってあるでしょう?それと似た感情を
人間にも感じてしまったんです。誠に残念ながら。
でもそうですね。一言でいうなら私は神の不在を証明したかったのでしょう。
フロスト:・・・というと?
アリソン:私には5年ほど前、将来を約束した恋人がいたんです。ブロンドの髪を三つ編みにした、
ワンピース姿の良く似合う素敵な女性でした。とても、素敵だったんだ。
でもある時彼女はいなくなってしまった。不合理な理由でね。
それ以降でしょうか、気がおかしくなった私は患者の一人を誘拐したんです。
『様態が変化したので詳しく見ないといけない』だとか、適当な理由をつけてね。
とても私を信頼していた、表情豊かで良く笑う患者でした。
もう名前も忘れてしまいましたが。
彼を自宅に連れ込んで何度もいたぶりました。最初は私に笑顔で説得を続けていた彼も
いずれ私を睨み付け、悪魔だと罵るようになりました。私もそんな彼の姿を見て心が痛んだ。
初めての殺人を終えた私は酷く怯え、暫く仕事にも手がつかなくなったんだ。
人を殺せばいずれ神に罰せられる。地獄に落ちるとね。
だが、それから何カ月が経とうと私が罰せられることは無かった。
勇気を出して外に出てみても、私は不幸を浴びるハメにはならなかった。いつも通りの
日常でしかなかったのです。
フロスト:なるほど・・・もしやそれで貴方はその事実に味を占め、何度も犠牲者を出したという事ですか
しかし貴方は現にこうして捕らえられている。これについてはどう解釈なさるつもりなのでし
ょう。
アリソン:そんなの、神の気まぐれに決まっている。私は神への実験を続けていくうちに分かったのです
神は実在するとね。
フロスト:何故そんな風に思えるのですか。神がそんな事をお許しになるはずが無いでしょう。
アリソン:逆ですよ、フロストさん。神はそんな崇高な存在ではない。いや、崇高ではある。
だが神というのは、人間的視点で言えばどちらかというと悪性を纏った存在に近い。
フロスト:・・・それは貴方が殺した人達を神が救わなかったからですか?
だとしたらそれは貴方が神学に対して無知なだけだ。
神はいずれ全てをお救いになられる。例え我々にとっての最大の恐怖が死であったとしても、
神にとってはそうでは無い。貴方のその幼稚な遊びのために一体何人が犠牲になったと
思っているのですか。
アリソン:ああ、そうか。フフ・・・そうですね。貴方がた信仰者はそうやっていつも都合のいいように
偶像を捻じ曲げる。それが人間にとって唯一の希望になりえるからだ。だが違う。
私はもっと別の根拠からそれを知っているんだ・・・そうだ。なんせ私は神に会ったのだ
から。
フロスト:神に会った・・・ですか。しかし神は特定の誰かに手を差し伸べることは
無いとされています。
貴方が会った神というのは、具体的にどのような姿をしていましたか?
それが説明できなければ、貴方の言っている神はやはり妄想としか思えません。
アリソン:いえ、直接見た訳では無いのです。しかし声は聞こえてきた。
2人目の患者を殺したとき、ふと左耳から囁かれたのですよ。美しい女性の声で・・・
弱く罪深いうじ虫を殺せと・・・神はそう仰った。
それを聞いた時に私は、【救われた】と。そう思ったのです。
神は・・・平等なお方だ。平等に、我々に死を与えてくれる。
私はそれから神に心酔していきました、このような美しい神に従えるのならそれ程嬉しい事は
無いとね。
それ以降の私は、ただ神の声に従ってきただけです。そうして忌まわしい異教のあなた方に
囚われた訳だ。だがそれもいい。それもまた神の選択なのだから。
[時間制限のため、インタビュー記録はここで終了]
――――
アリソン・ベル―ジュは何度も神の存在に関する主張を続けていた。インタビューをする前からも度々看守や別の受刑者にも似たような妄言を繰り返しており、親しい人間の死から一種の精神障害を引き起こしたと考えられている。
精神障害の症状として代表的な不眠症や食事量の減少などは確認できず、むしろ肉体は至って健康であったと記録されており、アリソンが口にしていた【神の声】がもたらした結果だと考えられている。』
神の存在に関する追及は、先日起きた連続殺人事件でもあった。
心臓に打たれていた銀の杭に彫られていたメッセージ、そこには『Artemis has forgiven』と記されていた。
もしや今回の事件の犯人も、そういった狂信者が行った犯行なのかもしれない。そうなると犯人の可能性が高いのはやはり・・・教会内部の人間という事になる訳だが。
「うーん、やっぱりそんなに大した進展は無いな。元々教会内部の人間がやってたってのは事前に考えられてたし・・・読み物としてはなかなか面白いけど」
神への妄信がいずれ殺人を生むだなんてパターンもあるのか・・・。神への信仰心が魔力量の増加に繋がるって言うのは神学や魔法学の常識だけど、意外と信仰しすぎってのも考え物なのかもしれない。
魔術の使えない俺には良くわからないが・・・




