6話
「ありがとう如月さん。取り合えず調べもの頑張ってみるよ」
昼休憩の時間もそろそろ終わりそうなので、図書館からの帰るついでに如月に挨拶をしておくことにした。
如月は返事を口に出すことは無く本を読みながらただ小さくうなずくだけだった。
これもなんとも彼女らしい塩対応だ。やはり先程の様子がおかしかった彼女は何か事情があったかのように推察できる。
事情を深堀りする必要性は無いだろう。多分、彼女が選んだ本の中身さえ見れば分かるはずだ。
俺はもう一度如月に手を振った後、図書館の扉を開けた。
振り返る寸前、彼女が俯きながら控えめに手を振り返してくれた気がしたが、それを確認する機会は失われた。
―――
午後の授業が終了すると同時に、俺は気だるい気持ちを表すように欠伸をした。聞いた周囲の人間の気力も削いでしまいそうな情けない欠伸だった。
「おいおい日暮くんなんだよその気の抜けた欠伸、おかげで僕の気力まで削がれちまったじゃないか」
やっぱり俺の耳は正確らしい、声のした方向に振り向く。
フィリッツの首には木製の看板が掛けられており、看板には『授業に遅刻したノロマ↑』という文言が彫られている。
「なんだ。意外と大した罰は受けなかったんだな。」
授業の初めにはフィリッツの姿が見当たらなかったが、いつの間にか説教を潜り抜けて戻ってきたらしい。人としての尊厳を失わせるその看板を外さない様子を見る限り、恐らく3日程度アカデミー内でこの無様を晒すというのがフィリッツに課せられた罰なんだろう。
「何が大した罰を受けなかっただよ!!君にはこれが大したことないように見えるのか!?おかげで僕が今まで築いてきたクールなイメージが台無しだぁ・・・!」
こいつにクールな印象を持ったことがあるやつが仮にいると言うのなら、そいつは多分感受性というものがかなりおかしな方向に狂っているだろう。
普段あれだけ分かりやすく奇行や醜態を晒しているというのに今更なんだと言うのか。
『残念なハンサム』というイメージの方が適切だし、教室内で聞こえてくる女子からの評価もおおよそそんなものだ。
「お前の自己評価ってマジでそんな感じなのか?もう少し客観性というものを学んだ方が良いぞ」
「・・・?何を言ってるんだ?どこからどう見てもクールな美男子だろう」
俺は彼の言っているクールな美男子という存在がどんなものかあんまり知らないが、多分クールな美男子は自分の事をクールだとか美男子だとか言わないと思う。
「ああそうだな(笑)お前はクールだよ。今日もカッコいいな(笑)」
「ははっ、言われ慣れてるけどどうも」
言われ慣れてるというのはまあ多分嘘なんだろう。それか他人からの評価を自分の都合に良いよう180度捻じ曲げているかのどっちかだ。
「お前はこれから帰りか?俺は研究室で自分の研究を進めようと思うけど・・・ていうかその看板はいつになったら外れる訳?まさか外までそれを付けるのか?」
「流石にアルゴ先生もそこまで鬼畜じゃないよ。これを付けるのはアカデミー内だけだって。まあ代わりに来週まで付けなきゃいけないんだけどさ・・・」
まったくざまあ無いと思った。こいつは普段から人の秘密を探ってはそれを俺に共有するという悪行を常習的に行っている。俺以外には噂話をしないという点がなんともいやらしい。人の秘密を全体にアカデミー全体にバラすべきではないという倫理観を備えているというのは大変結構だが、かといってそれを安全で無口だからという理由で俺に共有してくるのはどうなんだ?
こっちまで強制的に共犯者になっちまう。
変に確立された倫理観と、それを他人に話したいという歪んだ社交欲求が入り混じっているのだ。
俺はフィリッツの事は嫌いでは無いし親友とも思っているが、それはそれとして罰を受けて当然だとも思っている。
「多分神さまからの日頃の罰だよ。精々苦しんでくれ。俺はそろそろ研究室に行く」
「はぁ・・・また明日ね。日暮くん」
「ああ。」
そうして俺は会話の後に落ち込んでいるフィリッツを置いて研究室へと向かった。
―――
本校舎を抜け出し、そこから少し歩いた距離にある第3棟技術研究室。そこが俺たち技術研究室の本拠地である。
大袈裟に言ってみたものの実態は部員数3人の、まあ他と比べれば規模の小さい研究室である。
名義だけ貸しているフィリッツを除けば俺ともう一人の後輩たった二人だ。担当教員としてアルゴ先生が他の研究室と兼任して顧問を務めてくれている。
アカデミーの恵まれた研究環境と、技術研究を志す同士を目当てに俺が一年前から立ち上げた研究室は、今日もギリギリのバランスの基成り立っている。
耳を澄ましてみれば今日も、研究室からはのどかな爆発音が・・・
「マ、マクニールさん・・・!一体どうしたんだ!!何故部屋の外まで爆発音が聞こえるんだ!!」
研究室のドアノブを捻り、急いでマクニールと部室内の備品の安否を確認する。
黒い煙が立ち上っていてよく見えないが、どうやらマクニールさんは無事のようだった。振り向いた彼女の顔には溶接マスクが取り付けられていた。
「あ、センパイじゃないですかヤダー!!申し訳ありません!!電磁式加熱装置で実験したら爆発四散しちゃいました!!」
そうしてマクニールが溶接マスクから顔をのぞかせた。
「あーもう!卵とかの水分を逃がしやすい食物は水蒸気爆発を起こしちゃうからやめろって言ったじゃないか!!しかも火災起こしてるし!!電磁式加熱装置の修理って結構面倒くさいんだぞ!」
「だって先輩が執拗にダメとか言うからですよー・・・そんな事言われたらやりたくなっちゃいます」
そりゃ確かに俺だってそういわれたらやりたくなっちゃうけどさぁ・・・!




