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フードを外した彼女が気の済むまで私を堕としに来た  作者: 進道 拓真


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第八話 曇天模様の非日常


 佳澄から思わぬ角度でダメージを負わせられることとなった日依であったが、あの後の顛末に関してはどうにかこうにか乗り切れた……と思っておきたい。

 …その後については、あまり詳しいことを聞かないでほしい。


 日依にとってもあまり思い出したい記憶ではないのだ。

 何しろ彼女が佳澄の手を握ったことで劣(・)情(・)を(・)催(・)し(・)た(・)のではないかという、あまりにも信じ難き疑いを掛けられていたので必死に弁明をしたという過去があるがゆえに。


 どんな思考回路を経ればそんな結論に至るのか、真面目に問いただしたいところであったが…聞けばこちらにとっての地雷を踏みぬくのも容易に想像できてしまう。

 なのであの時の日依はとにかく自らに掛けられた疑いを晴らすことだけに全神経を注ぎ込み、最終的に佳澄から『そっかそっか…私はどんな日依でも引いたりしないから、安心してね』というお言葉を頂けた。


 …どことなく疑いが残ってしまっているような気がしないでもないが、そこを気にしてはいけない。

 これで事態は収束したのだ。そう思うしかあるまい。



 ──何はともあれ、だ。


 そんな過程を経ながら夜の時間は過ぎ去り、彼女も自分の家に帰っていけばまた再び朝はやってくる。

 眩しい日光が差し込みながらも、季節の影響も相まって冷え込み始めたこの時期の寒気に身を震わせながらも日依が足を運んでいたのは他でもない。


「…じゃあ日依、また明日ねー! 課題忘れずにやってきなよ!」

「うん、分かってるよ。そっちも気を付けてね」

「ばいばーい!」


 彼女が今現在いる場所は日頃から通っている高校であり、既に時刻は授業も一通り終えた放課後ということもあって多くの生徒が部活に勤しむか帰宅するかの二択で動いている。

 そうした中には当然日依の姿もあり、今も教室内で話すことも多い友人知人と別れの挨拶を交わして帰りの準備を進めていた。


 今日は特に用事もない。これから帰るとしても自宅はそれほど遠くもないのでさほど時間をかけずに帰れるだろう。

 ならばこれ以上留まる理由もないので早々に帰宅してしまおうと考えて──不意に日依は、教室のあ(・)る(・)一(・)点(・)に視線を向ける。


(──佳澄さん、またずっと一人で過ごしてたなぁ…いつも通りって言われたらそれまでだし、こっちから何か言う事でも無いから良いんだけど…)


 そう、当然と言えば当然だが日依はつい数日前から急激に接点が増えた佳澄とクラスメイトという間柄を持っている。

 であればごくごく当たり前の話、同じ教室には彼女の姿もあるということで…露骨にならない程度に見てみれば教室の一角でフードを深く被り、窓の外をジッと見つめる佳澄が確認できる。


 その姿は何も知らない第三者が目撃すればきっと日常的な光景であって、そして曲がりなりにも彼女の事情を多少は把握している日依にとってはおかしく映るもの。

 これに関しては特に佳澄と直接話し合って決めたことというわけでも無いのだが、家での過ごし方とは異なって学校で彼女と日依が関わることは前と変わらずほとんどない。


 せっかく繋がりを持ったというのにそれで良いのかと考えられるものの、あの姿を見ていたら何だか話しかけるのも失礼ではないかと思えてしまったのだ。

 家では日依に対し人懐っこい言動を見せることもある佳澄も、学校では孤高のような雰囲気をこれでもかと振りまいて一人で過ごしている。


 そんなところについ先日まで何も関わりが無かった日依がいきなり親密な様子で話しかけに行けばどうなるのか…といったところを考慮した結果だ。

 まず間違いなく同級生からは一体どうしたのかと勘ぐられるだろうし、場合によってはそれに留まらず家でのことまで追及されるかもしれない。


 流石にそれは色々な意味で面倒ごとを舞い込ませてしまうゆえ、二人の間で無意識のうちに暗黙の了解として学校では関わらないという距離感が生まれたのだろう。

 明言こそしていないが、少なくとも日依はその認識で授業や他の友人との時間を過ごしていた。


 そして佳澄の方も、具体的にどう思っているのかは不明瞭であるが現状は日依と同意見なのか、特にこれといって話しかけることも無く淡々と一人での時間を満喫しているようだった。

 …しかし、そんな彼女が家に帰れば意図が不明なしたり顔で迫ってくるのだから世の中分からないものだ。


 まぁ何はともあれ、プライベートではない場での彼女らはそのような感じである。

 日依もクラスメイトに上手くこの接点を隠せているならそれをわざわざ明かすことも無いかと結論付け、では今日はこれで帰ろうと思ったところで…ふと一つ用事を思い出した。


「…あっ、そういえば職員室寄らないとダメなんだった……今からなら間に合うよね? 行こうっと」


 大した用件ではないのだが、担任から後で渡す物があるから職員室に来てくれと言伝を預かっていたのでまずそれを済ませなければいけない。

 その時は軽く返事をしてしまったため危うく忘れるところだったが…幸いにも記憶の底から思い出せたので向かわなければ。


「ていうか…外も何だか曇ってきてるし、早く済ませないと。濡れて帰るのは御免だよ…」


 心なしか朝と比べて曇り始めているようにも見える空を窓から眺めれば雨の予感もしてくるので、早く終わらせるに越したことはない。

 足早に教室を出て職員室へと向かった日依の背中を見つめていた、一(・)つ(・)の(・)視(・)線(・)には気づかぬまま……彼女は荷物を抱えて出て行った。




「じゃあ、これで失礼します。……ふぅ、やっと終わりっと」


 思いの外、想定していたよりも時間を要してしまったがようやくそれも済ませられた。

 気になっていた用事の内容というのも、どうやら期限間近の提出物に関して日依の物だけが出されていなかったのでそれを改めて提出してほしいとのこと。


 それに関する説明が思っていた以上に手間取ってしまい、やっと一段落した時には既に二十分近くが経過していた。

 …早く帰ろうと思っていた今日に限ってこの有様だ。

 別に用事があるわけでも無いから構わないし大して気にも留めていないのだが、どうも気分が落ち込みそうになる。


 しかしいつまでも沈んでばかりいても仕方ないので、気分を一新する思いでスタスタと廊下を突き進み昇降口にて靴を履き替え、いよいよ帰路に着こうとする。


 ──が、そうしようとした直前に日依の視界に飛び込んできた景色が彼女の歩みを止めた。


「え…嘘でしょ? さっきまで曇りだったのに、雨(・)降(・)り(・)始(・)め(・)て(・)る(・)じゃん…ど、どうしよう」


 彼女の目の前に現れたのは、先ほどまでの天候とは一転して雨が降り落ちてきている外の景色。

 早朝には晴天で、放課後の時点では曇り空が広がり始めていたことから薄々嫌な予感はしていたものの…まさかこのタイミングで本当に降ってきてしまうとは思っていなかった。


「傘とか持ってきてないよ…今日は晴れだと思ってたから折り畳みも準備してないし。濡れて帰るしかない、かぁ…」


 さらに不運なことに、こういう時に限って必要な物を日依は持ち合わせてきていない。

 雨具の一つでもあればここまで悲観することも無かったのだが、その雨具の一つさえも手元には存在していないのでこうなると全身がずぶ濡れになることを覚悟で家まで走るしかないだろう。


 そう判断し、諦めの境地で自宅まで駆けて行こうとして──…。


「──あれ、日依? こんなところで立ち尽くしてどうしたの?」

「はぇ!? び、びっくりした……って、か、佳澄さん!? いや、そのあたしはただ帰ろうとしただけで…そっちこそ、まだ学校にいたんだ」

「帰ろうって…どう見ても走りだそうとしてたけど。…ん? 傘持ってないけどもしかして忘れちゃった?」

「……はい。その通りです」


 …その瞬間、唐突に背後から気配さえ微塵も感じていなかった方向から声を掛けられたことで驚きのあまり奇声を放ってしまったが振り返れば…見慣れた少女の姿が。

 よもやこんな場所で会うことも、話すことも無いだろうと思っていただけに遭遇したこと自体が信じられない佳澄がそこには立っていた。


 それもフードを深く被りつつ、手には折り畳みの傘を持って鞄を肩にかけていることから帰宅しようとしているのは明らかだ。

 加えて、こんな場所で雨が降ってきたことに絶望して立ち尽くしていた様子を目撃されたことで雨具を忘れたことまでもあっさり見抜かれた。


 何となく自分のうっかりミスと抜けている面を暴かれているようで気恥ずかしくなってくるが、全て事実なので己の失態は誤魔化さず認めるしかない。


 ──しかし、そこで佳澄から言われてきたのは日依にとっても予想していなかった事であった。


「ふぅん…それなら私の傘に入っていく? ちょっと狭いけど、よかったら日依も一緒に帰ろうよ」

「………へ、いいの?」


 そうして彼女から飛ばされてきたお誘いに、日依は目を丸くしながらも。

 思いがけない角度からもたらされた救済の手に、ポカンと間抜けな声を無意識にこぼしてしまった。


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